106 希望の徒花4
今回は暴力的なシーンがあります。
今まで読んできて大丈夫だったら平気だと思うのですが、苦手な方は読み飛ばすようにしてください。
飛ばしても話はわかるようにしてあります。
30を『抜け殻』にした27。
かつての仲間を制裁した彼は、その勢いのままホテルになだれ込み、もうひとりの不逞の輩のいる部屋の扉を、蹴破るっ……!
……バァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
その人物は、カーテンを閉じ、灯りも消した部屋の隅で縮こまっていた。
しかし、白塗りの男が乱入してくるや否や、
「キャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
彼にも負けないほどの蒼白の顔面になって、叫んでいた。
「ひっ……!? ひっ……!? ひいいいっ……!?」
もはや立つこともできず、カーペットを引っ掻くようにして逃げていく。
それを、罪の数を……。
今まで寝た男たちの数を数えさせるように、ゆっくりと、追い詰めていく。
彼女は、出かける際にはいつも持ち歩いているハンドバッグの中から、小柄を掴みだし、
「ばっ……化け物っ!!」
そして震える両手で構え、精一杯の気丈さを放つ。
化け物はその様を、かくんと頭を傾けて見下ろしていた。
操り人形のようなその仕草の拍子に、血のシャワーを浴びたように赤く染まった頭から、肉片がぼとりと落ちた。
それは、母体を食い破って現れた胎児のような、恐るべき存在。
それは、悪魔とまぐわって生まれ落ちてしまったような、地獄からの使者……。
|生まれながらにしての殺人鬼であった……!
彼は、空虚に笑った。
「結婚ってのは、憎い相手に家を買う行為だ、ってのは、本当だったんだなぁ……」
……ビシュンッ!!
返事のかわりに飛んできた刃を、首だけを傾けてかわす。
「たしか小柄も、俺が買ってやったんだ……。お前は男好きのする身体をしてっから、ロクでもねぇヤツに襲われた時に、って……」
その一言でようやく、女は殺人鬼の正体に気付いた。
「ま……まさか……!? まさか、あなた……!?」
『あなた』が返事のかわりに振りかざしたのは、拷問サイクロン……!
生命を欠片ひとつ残さず吸い尽くせそうな、死の隙間ノズルの切っ先……!
「ベッドの中だけじゃねぇ……! アイツが、コイツの中で、待ってるぜぇ……!」
……ドスゥゥゥゥゥッ……!!
「あな……た……。な……なぜ……。ど……どうし、て……」
「スキュラ様がおっしゃってた……。女はみんな、糞尿の袋だって……。本当に、その通りだったなぁ……。俺は糞尿の袋と、幸せな家庭が築けると思い込んじまったんだ……」
……ギュインッ!!
一瞬だけ動作スイッチを入れると、魔導装置の排出口から何かが勢いよく飛び出す。
女は達するようにビクン! と身体をのけぞらせ、動かなくなる。
「そう簡単にはイカせはしねぇよ」
……ギュイイイッ!!
「がはあああっ!?」
死の淵から舞い戻ってきたように、女は目を見開き、大きく息をする。
そして、地獄に墜ちたと錯覚しているような、鬼にすがるような涙声で、
「やっ……! やめて……! もう、許して……! お願い……! お願いだからっ……! あ、あの子は、あの子はどうするの……!? まだ小学生のあの子には、母親が……!」
「お前はもう、あの子の母親じゃない……! お前みたいな見栄っ張りでワガママで、淫売であばずれな女じゃなく……ホーリードール家の聖女たちのような、貞淑で清らかな女を母親につけるんだ……!」
それは世にも珍しい、殺人鬼からの三行半……!
「いいや、ホーリードール家の女たちだって、どうせお前と同じ、糞尿の袋……! 勇者とみれば、だれかれ構わず股を開くような聖女サマに違いねぇ……! 女なんてみんな糞尿の袋だ! 勇者に寄生することでしか生きていけねぇ、ヒル以下の存在……! 子供を産んだらすべてが用済み……! もっと早くこうして、屠殺しておけばよかったんだ……!」
それは姑のように、ネチネチネチネチと続く……!
「だから俺は、息子とふたりで生きていく……! 俺にはもう、あの子しかいない……! あの子しかいないんだ……! これからの俺の人生のすべてを、あの子に捧げるぞ……! 俺の手で、立派な勇者に育ててみせるんだ……! 女なんかに惑わされず、見向きもしねぇ、スキュラ様みたいな、偉大なる勇者に……!」
しかしようやく、途中で遮られた。
……バァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!
隣の部屋の扉が、勢いよく開くと……。
そこには、子供用の剣を手にしたチェスナが立っていて……。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
蛮勇を振り絞る怒声とともに、斬りかかってきた……!
その特攻を受けた殺人鬼は、ほんの少しだけ、不思議に思う。
「俺と同じ構えじゃねぇか……ま、なんでもいーか」
気楽にそう言い捨てて、玉砕覚悟で突っ込んできた小さな身体を、末期のカウンターで迎え入れる……!
……ドスゥゥゥゥゥッ……!!
「これで、このガキは何体目かな……30体目あたりから、数えるのをやめちまった。ま、なんでもいーか」
そして、殺人鬼は……。
いいや、男は……。
わずかなタッチの差で、その声を聞いた。
「ぱっ……パパぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?」
チェスナが叫んで顔をあげた拍子に、カーテンの隙間から挿し込む光が当たる。
……カアッ!!
そして、男は……。
いいや、父は……。
もう手遅れになってしまった、その顔を見た。
「お……お前はっ……!? うっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?」
次回、いよいよスキュラ登場!