47 クーララカの逃亡生活6(ヘイト回)
……ざばぁぁぁぁぁ……!
最初の1回転目、最初の水責めが終わり、クーララカの顔が水面から出る。
口から大量の水が「げふぉっ!?」と吹き出した。
「げほっ!? があっ! ごほっ! ぐふっ! げふうっ!」
息を貪ろうとしても、咳き込んでうまくいかない。
髪が垂れ、顔に張り付き口を塞ぐ。
自分の髪をこれほどまでに邪魔だと思ったことはなかった。
脳に酸素が行き渡らず、意識が朦朧とする。
不意に顔に何かが触れた。
シャンパンアケマクリが、手で髪をかきわけてくれたのだ。
しかしそれは、苦しんでいる彼女を気遣ってのことではなかった。
苦悶に歪む表情を、観客たちに晒すためだったのだ……!
『さあっ! 1周目終わっての、ルーレットの出目は……!? これは「苦しむ」で間違いなしゃぁぁぁぁーーーーーーーんっ!! 多くのワイルドテイルが最初に見せる表情! これが、これからどう変わっていくのがが重要しゃん! このあとのラウンドで勝つための、重要な手がかりになるのしゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーんっ!!』
この狂気の、『狭間ルーレット』にも攻略法ともいえるものがある。
最初のラウンドでは少額ベットを心がけ、水車の回転を1回転までにとどめさせることができれば、大抵出目は『苦しむ』となる。
水責めの最初というのは、たとえ経験のある者でも苦しいものだからだ。
そしてこのルーレットにおいては、球が『生きている』というのがポイント。
ある意味、競馬などに近いかもしれない。
まず早いラウンドで、球の性格や体調を見極める。
強気か、弱気か、元気か、病弱か……。
すると、初期のラウンドでの出目はだいたい絞られてくる。
強気や元気な球の場合、『無表情』『泣く』がヒットする可能性は少なく、逆に『(不敵に)笑う』『怒る』『叫ぶ』などがヒットしやすい。
そして中盤のラウンドに行くに従って、球は元気がなくなっていく。
するとどんなに強気な球でも『泣く』ことがある。
この、球が泣き叫びはじめた瞬間は、このゲームにおいての最初の盛り上がりとなる。
なぜならば、そのリアクションこそが醍醐味のひとつであり、また人間というものはいちど泣き出したらしばらくは続くので、ジャックポットの合図となるからだ。
すると同時に、パーティタイムも始まる。
客たちのテーブルに、あらかじめオーダーしておいた料理や酒が運び込まれる。
この島に遊びに来ている『セレブ』と呼ばれる者たちは、美味しい料理や酒などでは満足しない。
そして、フルオーケストラの楽団の演奏なども、もう聞き飽きている。
そう……!
泣き叫ぶ声こそが、彼らにとっての極上の調味料であり、BGMなのだ……!
スポットライトに照らされた球が、命乞いとも怨みの言葉ともつかぬ号泣を響かせるなかで、舌鼓を打つ……!
まるでエサを詰め込まれているアヒルの前で、フォアグラを食すかのように……!
食事が終わる頃には、ゲームは終盤へと突入する。
この頃には球もグッタリしていて、力なく咳き込むのみ。
そうなると後の出目は『失禁』『気絶』『死亡』がいつ来るかという点に尽きる。
さらに大穴の『発狂』にも、期待が高まる……!
客たちは、ひとつの命が、苦しみ、泣き、叫び、時には笑う姿を堪能する。
それは人生の縮図のようであり、どんなに豪華な脚本家と出演者で彩られた舞台よりも遥かに見応えがあった。
やがて訪れるフィナーレは感動的。
客たちは、取るに足らないひとつの命が、最後に激しく燃えあがり、そして静かに消えていくところを、ともに拍手で讃え合いながら見送るのだ。
そして、実感する。
自分がいま、生と死の狭間にいないことを……!
自分がいま、ひたすら生のほうに傾いている、喜びを……!
……今日の球は、昨今の『狭間ルーレット』でもいちばんイキが良い。
きっと極上のエンターテインメントを与えてくれるだろうと、観客のすべてが思っていた。
……ざばぁぁぁぁぁ……!
そうこうしているうちに、5回転目が終わる。
「ぐへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!」
球の口からマーライオンのように、おびたたしい量の水が噴き出し、水槽にどぼどぼと戻っていく。
……ポロンッ!
押し出されるように、口からピンポン球のようなものが飛び出し、水槽に浮かんだ。
シャンパンアケマクリはそれを目ざとく見つけ、拾い上げる。
『おおーーーーーーっとぉ!? チャンスボールしゃぁーーーーーーーんっ!! このラウンドに当たった方のなかで、抽選1名で、球と記念撮影ができるしゃぁーーーーーーーーんっ!! シャンパン、アケマクリィィィィィィーーーーーーーーッ!!』
チャンスボールというのは、球の胃の中にあらかじめ詰めておいた球である。
球に書かれている内容が、球の身に起こるというもの。
項目としては、前述の記念撮影のほかに、
水槽が熱湯になる
水槽に電流が流れる
水槽にピラニアが放たれる
1分間のくすぐり
顔に洗濯ばさみ
球の表情にかかわらず、球に書いてある内容に出目が確定される
などがある。
『さあっ!? そして肝心の球の表情は、どんなものなのしゃぁぁぁぁぁーーーーんっ!!』
肩を激しく上下させるクーララカに近づいてきて、髪に手をかけるシャンパンアケマクリ。
拡声魔法が拾えないほどの小声で、そっと耳打ちした。
「……さぁて……最初が肝心ということで、一気に燃料投下するしゃん……! それに記念撮影も控えているから、ちょうどいいサービスになるしゃん……! さぁ……コレを使えば、たちまち笑顔になれるしゃんっ……!」
それは背筋が凍るほどに不気味で、サディスティックな声だった。
クーララカは弾かれたように、「んむうっ!?(なにをするつもりだっ!?)」と顔を起こす。
……ずるんっ……!
手のひらが、彼女の顔全体を撫でていく。
それは観客席からは、出目がもっとよく見えるようにと、顔を拭ったようにしか見えなかった。
たしかにその役目もあったのだが、
「んふうっ!? んふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーっ!?!?」
クーララカは困惑の呻きをあげていた。
「はほはっ……!? はほはぁっ!?(顔が……!? 顔があっ!?)」
目を白黒させる彼女から離れ、シャンパンアケマクリは客席に向かって叫んだ。
『おおーーーーーーーーーっとぉ!? 見るしゃん! 見るしゃぁーーーんっ! この笑顔をっ!! このワイルドテイルのメスゴリラは、宣言どおり、満面の笑みを浮かべてるしゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?』
スポットライトに照らされたのは、お日様が笑っているかのような表情。
観客席からは、どっ! とブーイングが巻き起こった。





