46 クーララカの逃亡生活5(ヘイト回)
このグレイスカイ島のカジノで行なわれている、名物ルーレット……。
その名も『狭間ルーレット』は、独特であった。
また通常のルーレットに比べてルールがわかりやすく、刺激的でもあったので好評であった。
普段はカジノに行かない倹約家の金持ちでも、この島の『狭間ルーレット』だけは遊ぶという者も多く存在する。
ルールはこうだ。
ワイルドテイルを磔にした水車を、ルーレットに見立ててゆっくりと回転させる。
回転させる回数は、ベットされた金額に応じて決定される。
ルーレットは水車というだけあって、下部は水槽になっている。
回転すればワイルドテイルの顔は当然、水のなかに沈む。
決められた回数ぶんだけ水車を回したあとに、ルーレットの『球』にあたるワイルドテイルがどんなリアクションをするかが『出目』となるのだ。
出目は以下の14項目。
『無表情』『苦しむ』『驚く』『泣く』『怒る』『恨む』『叫ぶ』『笑う』『喜ぶ』『失禁』『気絶』『死亡』『発狂』『満面の笑顔』
最後の『満面の笑顔』だけは賭けることができず、ルーレットでいうところの「ゼロ」に相当。
ヒットした時点で、カジノ側の儲けとなる『ハウスエッジ』となる。
となると、ワイルドテイルがひたすら『満面の笑顔』を浮かべ続ければ、ずっとカジノ側の勝利となるのだが……。
ずっと水に浸けられ続けて、心の底からの笑顔を見せるなどという芸当は、気が触れてでもいないと無理であろう。
ちなみに『引きつった笑い』などは『笑う』『喜ぶ』となり、カジノ側の勝ちにはならない。
また複数の要素を満たした場合、たとえば怒鳴った場合などは、『怒る』『叫ぶ』両方の勝利となる。
表情などという曖昧な要素で判定しているだけあって、これはガチギャンブルというよりも『お遊び』の要素が強い。
掛け金も参加者の間で移動するだけなので、カジノ側は損することはない。
なお掛け金の移動の際、数パーセントの手数料を取っているので、それがカジノ側のメインの儲けとなる。
この『狭間ルーレット』はこの島のカジノであれば、どこででも行なわれていた。
なぜならば、来客からいちばんの人気があったからだ。
それは前述の、ルールのわかりやすさに加えて、大いなるレクリエーション性。
何者かが酷い目にあわされて、その反応を娯楽とするのは異常な感じもするが……。
現代のいじめ問題やリアクション芸人の存在などを見れば、それがいかに需要のある事かがわかるだろう。
そしてもうひとつは、大いなる偽善性。
この島で捕らえられたワイルドテイルは、邪神を崇める異教徒とされている。
掛け金の総額に応じて、より水車が回るルールになっているので……。
賭ければ賭けるほど、苦しめられる……!
この世に仇なす存在である、異教徒を……!
つまりこれは『赤い羽根募金』などに代表される、寄付の一環なのだ。
カジノの参加者は、泣き叫ぶワイルドテイルを見ても同情などしない。
「ああ……! 自分はいま邪教徒を懲らしめて、とっても世のため人のためになることをしている……!」
と実感するのだ。
……さて、ずいぶん回り道をしてしまったが、クーララカの話へと戻ろう。
この島、いちばんのカジノ……。
ギャンブル好きの彼女も、この島に訪れた初日に真っ先に飛び込んだカジノ。
以前訪れた時は客として大負けしたが、絶対また訪れて、負けを取り返そうと思っていたカジノ。
しかしまさかこんな形で、再び訪れることになろうとは……!
「んーっ!? ふむぅーっ!! んふぅぅぅぅぅぅ-----っ!!」
水車に磔にされた四肢を、ちぎれんばかりに暴れさせるクーララカ。
しかし水車は金属製で頑強、しかも首という首をガッチリと固定されていたので、びくともしない。
「ほほひははひふほへいふひゃはひっ! ほほほほほにはははひはへはへはんはっ! ははへっ! ひはふふははははひとひょうひひはひほっ!!」
「私はワイルドテイルじゃない! この男に罠にはめられたんだ! 離せっ! 今すぐ離さないと承知しないぞ!!」と言葉で訴えようにも、轡をはめられているので、うめき声にしかならない。
檻の中でガチャガチャと暴れる、サーカスのゴリラを紹介するかのように、シャンパンアケマクリは客席に向かって叫んだ。
『おおーーーっとぉ!? このメスゴリラ、やる気じゅうぶんのようしゃーんっ! ゴリは絶対に死なないゴリ! と豪語してるしゃーんっ!』
スポットライトの向こうにいる観客たちは、イキのいい魚を前にした、寿司屋の客のように笑っている。
「うほほふふはっ! へへへひふはっ! ふほっ! ふほほっ! ふほぉぉぉぉーーーーっ!!」
『えっ、なになにっ!? ゴリは何周回されても、貴様らに「満面の笑顔」をお見舞いしてやる!? これは、明らかなる挑戦しゃんっ!? とんでもないワイルドテイルの登場しゃーんっ!? これはもう、みんなでお仕置きしてやるしかないしゃーんっ! さあっ、この悪いワイルドテイルを懲らしめるため、みんなどんどんベットするしゃーんっ!!』
シャンパンアケマクリに煽られ、客席にはどんどんチップが積み上がっていく。
『おおおーーーーーーーーっ!? ファーストベットから、なんとなんと総額5千万¥とはっ!? みんなこの生意気なメスゴリラが、泣き叫ぶところを見たくてたまらないようしゃぁーーーーんっ!! シャンパン、アケマクリィィィィィーーーーーーッ!!』
……ガコンッ!
留め金が外れるような振動とともに、ゆっくりと回り出す水車。
『ルーレットの回転は1千万につき1回! だから5回転行くしゃぁーーーーーーんっ!! みなさんいっしょに、カウントダウン、シクヨロしゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!』
シャンパンアケマクリの名調子に、すでにたけなわのように盛り上がる客席。
「いいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーちっ!!」
クーララカの黒髪が垂れ、泡立つ水面に先んじて沈む。
「ふぐっ!? ふぬふぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!?」
顔が浸かる直前、彼女は叫ぶのをやめて口を閉じようとしたが、轡をはめられていることに気づき……!
「ふんぎゅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
興奮したゴリラのように目を血走らせながら、沈んでいく……!
「がぼっ!? ごぼぼぼぼっ!? ぐぼぼぼぼぼぼぉっ!?」
開きっぱなしの口から、水が容赦なく流れ込んでくる。
『いったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! 見るしゃん見るしゃん! この顔! さいっこうしゃんっ! ぶふふふっ! さっきまでの強気はどこへやら、もう死にそうな顔してるしゃぁーーーーーーーーんっ!!』
ガラス張りになった水槽の中で揺らぐ、藻のような黒髪にまみれた、苦悶に歪む顔を指さすシャンパンアケマクリ。
彼は積年の恨みが晴らせたと、ひとりステージの上を跳ね回り、子供のように喜んでいる。
そんな彼につられ、客席はどっと爆笑に包まれた。