181 世界の中心で、わかりきったことを叫ぶ
勇者はすでに、生ける屍と化していた。
すでに顔は吐き捨てられたガムのように変形し、五感はクチャクチャ。
……ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!
しかし連打は止まない。
砕いて潰してもなお飽き足らず、何もかもこそぎ取っていくかのように。
まるで雨のように、打たれる者の事情などおかまいなしに。
M字開脚のように持ち上げられた股の間からは、何もかもが垂れ流し。
いろんなものが混ざり合い、ヘドロのような粘塊がボトボトと落ちている。
そして……虫歯の治療のドリルが、神経に達してしまったかのように……。
勇者の精神は、ついに穿たれた。
「ヒキェェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?!? コロシテ、コロシテェェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
『命乞い』ならぬ『殺し乞い』の奇声を、高らかに響かせる。
そんなに大きな声を出さなくても、伝映を通じて国じゅうに轟いているというのに……。
彼の頭の中でまた、あの声がした。
……死にたいか……!
……ならば、答えよ……!
……そなたは、何者ぞ……!?
「ヒキェェェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!! ヘタレ! ヘタレでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
彼はついに、陥落したのだ……!
「ライドボーイ・ゼピュロスは……! 己の快楽のためだけに、多くの生命を奪ってきた……! どうしようもない、ヘタレでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
自他ともに認める『ヘタレ』だと……!
その瞬間、雨は止んだ。
腫れ上がって塞がった視界と、曇天の隙間から……天使がかけてくれた梯子のような、光の筋が見えた。
ゼピュロスの頬から、廃油のような色の涙があふれ、頬をつたう。
――や、やっと……。
やっと、許されたの……シャ……!
これで、やっと……やっと……。
楽になれるの……シャ……!
しかしそう思ったのも束の間、
……ドッ!
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーンッ!!
またあの時の感覚が、振動が、ヘタレの全身を包んだ。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
ロケット噴射のような、阿鼻叫喚を大空にばらまく。
この時、国じゅうの誰もが空を仰いでいた。
まだ夕方なのに、突如として現れた暗雲に覆われ、夜のように暗くなったからだ。
今日は雲ひとつない晴天だったはずだった。
しかし不死王の国あたりで、突如として黒雲が発生。
災いの前兆のようなそれは、みるみるうちに広がって、ハールバリーの空を覆い尽くしてしまったのだ。
しかしそこに、闇を切り裂くような、ひとすじの光が……!
あれは……!?
鳥か!? 飛行機か……!?
いいや……!
アリーナにいる観客たちはみんな、空に向かって指さす。
ゴージャスマートで視聴していた者たちも、今は店の外にいて、遙か遠くで上昇していく光の筋を指していた。
「へ……ヘタレよ! ヘタレが飛んでいるわ!」
「邪神像に羽交い締めにされたまま、空へ空へと昇っていく!?」
「い、いったい、何が起こるっていうの……!?」
再び強制射出されてしまった、当のヘタレはというと……。
「やめてやめてやめてっ! とめてとめてとめて、とめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
まるでパラシュートなしでスカイダインビングをさせられたかのように、大パニック……!
「ゼピュロスはヘタレでしゅっ! ヘタレでしゅヘタレでしゅヘタレでしゅヘタレでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! だから許ひてっ! 許ひて許ひて許ひて!! 許ひてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
不意に、胃を突き上げるような上昇が止まる。
「ゆ……ゆる……ひ……て……ゆる、ひて……ゆる……ひてぇ……」
ヘタレには、もはやなにもなかった。
あるのは風なりの音と、止まらない涙。
そして、誰にも届かない、嗚咽のみ……!
彼は悟っていた。
この声すらも、もう、尽きてしまうことを。
これで、最後……。
これを振り絞れば、終わる……!
彼は世界の中心で、魂が口から飛び出さんばかりの一声を放つ。
さながら、初の全国ツアーの、最後の曲……。
その、最後のシャウトのように……!
「勇者……ライドボーイ・ゼピュロスは……ヘタレでしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーっ!!!!!!!!!!」
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!
巨大な花火が、ハールバリー小国の空に大輪の花を咲かせた。
後追いで打ち上げられた花火も次々と炸裂して、花畑のようにさらに彩る。
これは、ゴージャスマートのツアーのフィニッシュに打ち上げられる予定のものであった。
そして、最後の仕掛け花火が、空のキャンパスに文字を浮かび上がらせる。
この世界の仕掛け花火は、魔法を使って尺玉を空中操作することにより実現する。
それは、今日の空だけでなく、この国……。
いいや、隣国の人々の脳裏にも、深く刻み込まれることとなったのだが……。
果たして、その文字とは……?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ん……」
懐かしい感触とともに、少女たちは意識を取り戻す。
まるで父の胸に抱かれているような雄大さ。
「おじさま……」「ゴルちゃん……」
ふたりは双子の赤ちゃんのように、ゴルドくんに抱っこされて、地下迷宮の通路を進んでいた。
いや、正確には双子ではなかった。
5つ子……。
胸に、そして抱っこひもを使った背中には、シャオマオと、ビッグバン・ラヴが。
パパは、まだ眠っている子供たちを起こさないように、静かに言った。
「大丈夫、みなさん気を失っているだけです。それよりも……もうじき出口ですよ。ツアーはこれで終わりです」
暖かい言葉と同時に、ゆりかごのようなやさしい揺れがおこる。
ゴルドくんは出口に向かって、最後の階段をのぼりはじめていた。。
プリムラとリインカーネーションは、同時に進行方向を見やる。
すると、絵画のように切り取られた四角があって……。
そこには、ひとあし早く夜を迎えたような空。
そして、ひとあし早い夏を迎えたような、七色の光に彩られた、火花の文字が……。
勇 者
ラ イ ド ボ ー イ
ゼ ピ ュ ロ ス
は
ヘ タ レ で し ゅ
これにてゼピュロス編、終了~!
…では、ありません! ゼピュロスへのざまぁは、もう少しだけ続きます!