167 公開の負け犬
ちなみにゴルドウルフは、勇者をツアーに同行させるのはやぶさかではなかった。
なのになぜ、彼はこれほどまでに、にべもないのか……?
それは勇者のある行動を、引き出そうとしていたのだ。
ゼピュロスはいま対峙している野良犬の、中の人の正体も、その中の人の狙いも……。
何もかも気付いておらず、まんまと声を荒げる。
「おい、野良犬っ……! 本当に、どうなってもいいシャッ!? このゼピュロスがその気になれば、オーナーに命令して……貴様を本物の野良犬にすることくらい、簡単なのシャッ!」
「私は今でも野良犬ですよ」
「いいからさっさと言うとおりにするのシャーッ! いい加減にしないと、メスブタどものように、この地下迷宮から永遠に出られないようにしてやるのシャーッ!? それとも今すぐ、殺処分してほしいのシャーッ!?」
とうとう槍を突きつけてまで脅しにかかるゼピュロス。
しかしゴルドくんは、切っ先を喉元に押し当てられてもまったく動じる様子はない。
「どうぞ、ご自由に」
変声魔法で調子の外れた声を、おどけたように通路内に響かせるのみ。
ゼピュロスは歯茎を噛みしめる。
――この、クソ犬がっ……!
こんな状況だからって、イキがりやがって……!
このまま、突き殺してやりたいのシャーッ!!
殺すのは、簡単……!
死にかけの痩せ犬を、蹴っ飛ばすよりも簡単なのシャァ……!
しかしここで、肉塊に変えてしてしまうのは、早急……!
このゼピュロスを引き立てる役が、いなくなってしまい……!
これから先の、めくるめく展開が台無しになってしまうのシャア……!
こうなったら……やむを得ないのシャッ!
幸いここは秘密の通路だから、どこにも法玉はないのシャア!
……カラーン!
なんとゼピュロス、ライドボーイのアイデンティティのひとつである、槍を投げ捨て……。
「お……おねがいなのシャァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!」
なんとなんと、あれほど蔑んでいた野良犬に、五体投地っ……!?
「い、今までのは強がりだったのシャッ! このゼピュロスは寂しがり屋なのシャ! 見捨てられると淋しくて死んでしまうのシャッ! だからお願いなのシャ! どうか、どうかいっしょに連れて行ってくださいなのしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~!」
とうとう勇者は、着ぐるみの足にすがりついて、おいおいと泣きはじめた。
さきほどまでの高圧的な態度が、何だったのかと思えるほどのへりくだりっぷりである。
これは勇者にとってはあるまじき醜態であるが、すべては計算ずく。
どんなに情けない姿を晒したところで、この秘密の通路には法玉が無いから、モニターに映ることもない。
目撃者は、野良犬だけ……!
コトが済んでしまえば、あとはトボけられる……!
いくら野良犬がこの事をわめき立てようが、勇者が土下座したなどというありえない話を、信じる者などいるはずもない。
狂犬の狂言として、片付けられて終わり……!
……と、ゼピュロスは思っていた。
……しかしゴルドウルフは、そうは思ってはいなかった。
「み……みてっ!」
誰かがそう叫んだが、そんなことをは言われなくても、この国じゅうの女たちは見ていたのだ。
ゼピュロスが野良犬の足元で、這いつくばっている姿を……!
「ぜ……ゼピュロス様が……!」
「ゴルドくんのツアーに付いていきたくて、泣きわめいてるわ!」
「あっはっはっはっはっ! アレじゃ、犬と飼い主の立場が逆転したみたいじゃない!」
「脅しがきかないとわかったら、ノータイムで土下座したのん」
「わたしも大家さんのわんちゃんと散歩するんですけど、わんちゃんによく土下座してます~」
「3号は別の意味で、もっと人間らしく生きたほうがいいのん」
「勇者様の土下座なんて、初めて見た!」
「勇者様は地面に伏すのもありえないっていうのに……それも自ら進んでやるだなんて……!」
「あれが……ゼピュロス様の、本当のお姿……?」
『ああん、この情けない姿を見て、笑って欲しいのしゃ! そして許してほしいのしゃ! ゼピュロスがいっしょにお供することを~! もしここで野良犬クン……いいや、野良犬様に捨てられてしまったら、このゼピュロスは、死んでしまうのしゃぁぁぁぁぁぁ~~~ん!』
うぉんうぉんと警報のように、勇者の嗚咽が鳴り渡るアリーナは、もはや争いどころではなくなっていた。
野良犬と敵対していた、重度のゼピュリストたちは……。
いやそれどころかゴージャスマートが仕込んだサクラたちですら、庇う気力を失いつつあったのだ……!
「ああ……ライバル店のマスコットキャラに、土下座して、すがりつくなんて……」
「それも、あんなにわんわん泣きすがって……! みっともないったらありゃしない!」
「私たちがずっとこうやって庇ってあげているのに、あれじゃもう、どうしようもないよ……!」
「ああもう! 本当に、どこまでも見下げ果てても足りないわ!」
『野良犬しゃま! 野良犬しゃまぁぁぁぁ~~~んっ! 連れって、連れてって連れって連れって、連れてってぇぇぇぇぇぇぇ~! でないとずっとこうしてるのしゃぁぁぁぁぁぁん! ああん、ああん! あぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~んっ!!』
とうとう負け犬のように仰向けになって、服従を誓うかのごとく床を転がり始めるゼピュロス。
『うっ……ぐ……ううっ……あ、あの服従……。い、いや、あの正義のポーズには……で、伝統的な、勇者の……その……』
これにはさすがのジャンジャンバリバリも、擁護のボキャブラリーが尽き……言葉を詰まらせるばかりであった。
まさか秘密の通路にまで法玉が仕込まれているとも知らず、負け犬っぷりをこれでもかとさらけ出す勇者ゼピュロス。
これにはステージ裏で、伝映の制御をしているスタッフたちも困惑しきりであった。
「おいっ、これどういうことだよっ!? 外に出るための非常口と、勇者様のルートと野良犬のルートを繋ぐ『秘密の通路』には法玉を仕掛けないはずだったろ!?」
「確かに仕掛けなかったよ! 何度もチェックして、問題なかったはずなのに!?」
「だったらなんでバッチリ映っちゃってるんだよっ!? ああ、もういいっ! メインとワイプを切り替えて、少しでも誤魔化すんだっ!」
今回はばかりはそれも無意味であった。
なぜならば、両者は同じ場所にいる。
切り替えたところで、情けなさ全開の勇者の顔がアップになるか、服従のポーズ全開の引きになるかの違いでしかなかったのだ……!
次回、ゼピュロスはさらに信じられない行動に…!?