166 邂逅の野良犬
ゴージャスマートが企画した、『ゼピュロス様と行く、不死王の国ツアー』は、スラムドッグマートを巻き込んで次のように展開する手筈になっていた。
第一の裁きを皮切りに、闇の女神を模した四つの『裁きの間』を用意。
そこでは観客たちの支持に応じた制裁が加えられる。
勇者サイドは常に、観客たちの支持をパーフェクトに受け続けてノーダメージ。
かたや野良犬サイドは裁きを受け続け、尖兵だけがズタボロになっていく。
台本どおりに進めば、第四の裁きまでに野良犬はおかしくなる予定であった。
野良犬は責苦のあまり、正気を失ってしまう。
助かりたい一心で、大聖女やビッグバン・ラヴを不死王への生贄として差し出すだろう。
最悪、彼は発狂前に死んでいるかもしれないが、それはそれで問題ない。
台本の流れとして重要なのは、『そこにゼピュロスが、颯爽と現れる』ということ……!
そう……!
勇者サイドと野良犬サイド、それぞれのツアーはスタート地点が違い、探索ルートも異なっている。
しかし『秘密の通路』を使えばいつでも合流できるような仕掛けがされていたのだ……!
ちなみに非常口と同じく、秘密の通路にも法玉は仕掛けられていない。
そして今、ゼピュロスは走っていた。
非常口から繋がる、その隠された通路を。
ゼピュロスは思っていた。
自分がこんな有様であれば、野良犬はもっと酷いだろうと。
となれば、大聖女やビッグバン・ラヴたちはピンチに陥っているはず。
そこに駆けつけることができれば、いまの状況をひっくり返せるはずだと……。
それこそが、彼がひらめいた大逆転の妙案だったのだ……!
アークギアの鋼鉄のブーツと、期待に胸を高鳴らせ進むゼピュロス。
『秘密の通路』の隠し扉を開け、野良犬側のルートへと侵入した。
そしてここからは忍び足。
耳をそばだて、かすかな音を頼りにソロリソロリと進んでいく。
すると突き当たりにある部屋で、ずんぐりむっくりした影が蠢いているのを見つけた。
あのメタボ体型はまさに、野良犬……!
ゼピュロスは、ついに……。
そして今まさに、野良犬パーティと接近遭遇……っ!
「待つのさ、野良犬! 貴様の悪行もここまでだっ!」
勇者は高らかに叫びつつ、部屋に踊りこんでいった。
「なぜゼピュロスがここにいるのかと、言わんばかりの顔をしているのさ! でもそれは、簡単なことさ! レディたちの危機とあらば、このゼピュロス、三日月の舟を漕ぎ、ほうき星の馬に跨がって、馳せ参じるのさ……! さぁ野良犬よ、かかってくるがいい! レディたちには指一本、触れさせはしないのさっ……!」
……バッ……!
と部屋の入り口あたりで、決めポーズとともにカッコよくマントを翻す彼に、野良犬は問うた。
「あの……どちら様ですか?」
ゴルドくんはちょうど、流し台で皿を洗っているところだった。
毒の騒動で散らばってしまった食器を洗い直していたのだ。
食卓にいる女性陣は、唖然としている。
「あらあら、まあまあ、あの子、いきなりお部屋に飛び込んできたわねぇ」
「それに、なにかおひとりで、ブツブツおっしゃっていましたが……?」
「しょ、正直……怖いね! メンリオンなんて、目じゃないね!」
「ふーん、不審者じゃん」
「それよりも見て、頬にヘタレって入ってるし、顔じゅうケチャップとマスタードまみれだし……何アレっ!? あっはっはっはつはっ! マジでブリっちの言うとおり、変態じゃなくなくない!?!?」
バーニング・ラヴに大爆笑され、ゼピュロスは自分がスカーフをしていないことに気付く。
さっき入ってきた廊下に引っ込むと、スカーフで顔を覆い、わたわたと身体についた調味料をマントで拭いた。
そして彼は思う。
――お、おかしい……! おかしいのさ!?
野良犬は少し煤けているものの、特に取り乱した様子はないのさ!?
レディたちも、お茶なんて飲んでノンビリしてるし……。
いったい、何がどうなっているのさ!?
き、きっと……野良犬の恐怖政治に、怯えきっているに違いないのさ!
現に、レディたちは顔がひきつっていたし……!
その原因を自分が作っていたとは、つゆほども思わないゼピュロス。
――しかし、このまま野良犬退治をするわけにはいかないのさ。
大きな山場……。
ようは大聖女とビッグバン・ラヴの決定的なピンチがなければ、このゼピュロスの活躍は、引き立たないのさ……!
こうなったら……。
ソレを、引き出すまで……!
新たなる企みを思いつき、ゼピュロスはまたしても、ニタァ……! と不気味な笑みを浮かべた。
しかしすぐにそれを消すと、いつもの柔らかな表情を作る。
そして再びひょっこりと、野良犬パーティのいる部屋を覗き込んだ。
「ちょっとそこの野良犬クン、このゼピュロスから嬉しい話があるのさ」
ゴルドくんに対して、ニマーと笑いかけるゼピュロス。
それは傍から見れば、変質者の百面相さながら。
ゴルドくんはそうとも知らず、わざわざ皿洗いの手を休め、「なんですか?」と相手をする。
「ここでは何だから、別の場所で。ちょっとこっちに来るのさ」
勇者は、こいこいと手招き。
「わかりました。でもまだツアーの途中なので、少しだけですよ」
ゴルドくんは食卓のほうを向くと、
「ちょっとこの方が私に話があるそうなので、少しの間だけ出てきます。みなさんは休んでいてください」
心配そうに見ている同行者たちに一言断ってから、部屋を出た。
勇者に連れられ向かったのは、廊下の途中にぽっかりと空いた秘密の通路。
中に入った途端、勇者は偉そうに腕を組み、壁によりかかった。
「今日は奇遇にも、ゴージャスマートもこの不死王の国でツアーをしているのさ」
「ええ、知っています」
「ゼピュロスのツアーのほうは大成功、このゼピュロスおかげで楽園なのさ。レディたちもゼピュロスを取り合っていてね、大変なのさ」
「そうですか」
「せっかくだからその幸せを、野良犬クンにもお裾分けしてあげようと思ってね。ここから先の野良犬ツアーに、このゼピュロスが同行してあげるのさ。これで灰色だったツアーも、薔薇色に変わるのさ」
「結構です」
「もっと喜ぶといいのさ。野良犬クンは尖兵として、大変な栄誉を得られたのだよ。さぁ、このゼピュロスに跪くがいいさ」
「お断りします」
「おや、耳に虫が入ってしまったようなのさ。今日は虫が多いようなので、虫除けをしておくのさ。力天級戦勇者にして、人気絶頂のアイドルグループ『ライクボーイズ』のリーダーである、ライドボーイ・ゼピュロス……。ライドボーイ・ゼピュロス……!」
「ええ、知っています。勇者の頼みが聞けないのか、と言いたいのですね?」
「実にユニークな野良犬クンなのさ。このゼピュロス、生まれてこのかた『お願い』など、一度たりともしたことがないのさ。する必要などないと言ったほうが正しいかな」
「そうですか」
「このゼピュロスは、野良犬クンが催す哀れなツアーに、大輪の薔薇の花束……いいや、花畑を添えてあげようとしているのさ。これはお願いなどではなく、レディたちへの素敵なプレゼントというわけさ」
「何度も言いますが、お断りします」
変わらぬゴルドくんの態度に、ピクリとゼピュロスの眉が動いた。
「いくら学のない野良犬クンでも、勇者のプレゼントを断るのは不敬にあたるというのを知っているだろう? もしこのことが、野良犬クンの雇い主……。キミと同じくらい薄汚れたオッサンである、『スラムドッグマート』のオーナーにバレたらどうなるか……。どれだけ学のない野良犬クンでも、さすがにわかるだろう?」
早口で言ってそう。
というより早口でまくしたてるゼピュロス。
「ゼピュロスは一度だけ『スラムドッグマート』に招かれたことがあるが、大変だったのさ。オーナーは土下座して、ゼピュロスの靴をベロベロと舐めてくるし、マザーはマザーで、ゼピュロスのハーレムに入りたいと泣いてすがりついてくるし……。『スラムドッグマート』の上層部を、ふたりともひれ伏させるこのゼピュロスにそんな態度を取ったら、野良犬クンは本当の野良犬になってしまうのさ。さぁ、そうなりたくなかったら、このゼピュロスに跪き……」
「お断りします。この事をオーナーやマザーに告げ口したければ、どうぞご自由に」
ゼピュロスは着ぐるみの中にいるのが、『スラムドッグマート』のオーナーであるゴルドウルフであることを知らなかった。
次回、勇者はとんでもない行動に出る!





