157 意外なる乱入者
勇者のランチタイムにあわせ、突如として始まった弁当販売。
元々の想定であれば、最高額の10万¥弁当の争奪戦が起こるであろうことを、運営スタッフは想定していた。
しかし蓋を開けてみれば、無惨……!
普通に店で買うよりも安く、買い叩かれてしまったのだ……!
それでもジャンジャンバリバリは安堵していた。
売れ残り続出となると、自分のMCの腕前に傷が付く。
彼は、完売は自分の手柄だと言わんばかりにステージを駆け回り、手柄を国じゅうに轟かせんばかりに叫んでいた。
『完売じゃん! 完売じゃん! 完売じゃぁーーーんっ!! ゼピュロス様の御威光をさらに輝かせたのは、どこの誰じゃぁーーーんっ! そう! このジャンジャンバリバリに任せておけば、いつでもどこでも、なんでもんかんでも、ジャンジャン、バリバリィーーーッ!!』
調子に乗ってさらに、野良犬をイジる。
『おやおやあ? みんなぁー! 野良犬のほうを見てみるじゃん! あっちには弁当販売なんてないじゃん! でも当然じゃん! 弁当は人間が食べるものだからじゃぁーーーんっ! あの身も心も、きったないワンちゃんたちは、このランチタイムをひもじいまま、ずーっと過ごさなくちゃいけないじゃん! お腹がぐーぐー鳴って、みっともないじゃーんっ!』
そして大げさに、あちゃー! と顔に手を当ててのけぞる。
『あっ、そっかぁー! 野良犬といえば、残飯あさりじゃぁーーーん! だからあんなゴミ捨て場に、好き好んで集まってるじゃぁぁぁーーーんっ! そのうちあのゴミ山に顔を突っ込んで、ガサゴソやりはじめるに、違いないじゃぁぁぁーーーーーんっ!!』
弁当販売をしなかったのも、ゴミ捨て場に野良犬サイドの観客席を作ったのも、すべてはゴージャスマートの差し金である。
しかしまるで、彼女たちが好き好んでそうしているかのように煽り立てている。
ジャンジャンバリバリは愉快痛快でたまらず、舌の調べが止まらない……。
はずだった。
……ドドドドドドドッ……!!
土煙をあげながら観客席に突っ込んでくる、一台の馬車が現れるまでは……!
葦毛の巨馬は、家のように大きい馬車を牽引していた。
ふたつに分けられた立ち見の観客席を、さらに分かつように突っ切っていき、激突しそうなほどのドリフトをかましながら、ステージの前に横付けする。
……ズシャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!
『うぎゃぁーーーーー!? いったい何なんじゃん!? 何なんじゃぁぁぁーーーーーんっ!?!?』
ひっくり変えるジャンジャンバリバリ。
馬車の御者席にいた人物は、すっくと立ち上がった後、跳躍してステージに飛び乗った。
……ズシン……!
着地の衝撃で、床板を軋ませるほどの大柄な身体つきの乱入者。
仁王像のようにMCを睨み降ろしたあとしゃがみこんで、拡声魔法の触媒である棒を奪った。
その棒を小指を立てて持ち、静まりかえった観客席に振り返った、ステージジャックの正体は……!?
『補給物資だ! 野良犬どもに弁当を持ってきたぞ!』
その張り詰めた弓のような、凛とした声はまぎれもなかった。
顔は、わんわん騎士団と同じマスクに覆われ、さらには格好も騎士のような鎧に身を包んでいる、彼女の正体は、もちろん……!
『なっ、お前は何なんじゃん!? さてはステージをめちゃくちゃにしようと、スラムドッグマートが差し向けたならず者じゃん!? いくら野良犬の悪事がバレそうだからって、勇者様のイベントを邪魔するだなんて、厳罰モノじゃんっ!! スタッフぅー! いますぐこのならず者を、つまみ出すじゃぁぁぁぁぁーーーーんっ!!』
舞台袖から筋骨隆々とした男たちが上がってきて、あっという間に野良犬マスクを取り囲む。
ゴージャスマートはこのイベントのために、多数の腕利きの者たちを警備員として配置していたのだ。
野良犬マスクも腕に覚えがありそうな、しなやかな身体つきではあるが、多勢に無勢。
筋肉ダルマのような男たちに飛びかかられては、ひとたまりもないだろう。
しかし彼女は不敵な態度を崩さなかった。
じりじりと包囲網を狭めてくる男たちに向かって、こう言い放つ……!
『私はあるお方の極秘の勅命を受け、王都ハールバリーより早馬にてここまで来た! その私を捕らえようなどとは、いい度胸ではないか!』
筋肉の壁の間から、ズボッと顔を出すジャンジャンバリバリ。
『あるお方!? それは誰なんじゃん!?』
『それを知る権限は、貴様にはない! だが、貴様らの反応でようやくわかったぞ! あのお方が、この私に勅命を下されたのは……貴様らがふがいなく、また正々堂々としていないからだ!』
野良犬マスクはバッ! と手をかざし、観客席を示す。
『見ろ! このイベントには、1千人もの観客たちがいる! 今日ここで貴様らがしたことは、すべて土産話となって持ち帰られ、噂となって国じゅうに広まるのだぞ! 無意味な兵糧攻めなど、悪評になりこそすれ、我らのためにならぬことくらい、理解できぬのか!』
一喝され、あとずさりする壁。
『敵に塩を送って勝ってこそ、我らの功名は国じゅうに轟く……! それが、あのお方が望まれていることだ! 私がこうしてわざわざ野良犬の覆面などをしているのも、そのためだ!』
『お、お前……! いいや、あなた様がここへ派遣されてきた事情はわかったじゃん! で、でも、ジェノサイドロアー様からの指示は、魔法伝声によるやりとりで下されることになっているはずじゃん!?』
食い下がるジャンジャンバリバリに向かって、あきれ果てた様子で首を振る野良犬マスク。、
『ハァ……! 貴様らがあまりに無能だから、魔法伝声による指示では不確かだと判断されたのが、わからぬのか! ここまで言ってやらぬと理解できぬとは、あのお方の苦労が偲ばれる……! まだ信じられぬのなら、その魔法伝声とやらで確認してみるがいい! あのお方もさぞや驚かれるであろうな! 貴様らの、あまりの無能っぷりに……! しかし、膿を出す良い機会でもある! さぁ、さっさとするがいい!』
ちょうど舞台裏で、ジェノサイドロアーに魔法伝声をしようとしていたスタッフたちは、その一言でピタリと動きを止めた。
もし、あのならず者の言うことが本当なのであれば、ジェノサイドロアーに確認した時点で怒られてしまうのは確実。
ウソだろうとは思いつつも、ならず者の言いっぷりがやけに自信たっぷりだったので、直前で怖くなってしまったのだ。
裏方たちは「俺は怒られるの嫌だから、お前がジェノサイドロアー様に確認しろ!」と責任のなすりつけあいを始めてしまう。
こうなってしまっては、ジャンジャンバリバリは引き下がる他なかった。
これ以上騒動を長引かせてしまうと、イベントの進行にも影響が出始めるからだ。
不死王の国ツアーのほうは失態続きであるが、それを中継しているステージイベントまでグダグダになってしまうと、目も当てられないことになる。
仕切っているジャンジャンバリバリ自身の評価も、ゼピュロスと同じく取り返しがつかない事になってしまうかもしれない。
野良犬マスクが本当に、ジェノサイドロアー様の命令を受けたのかどうかはわからないが、弁当を配るくらいなら許してやってもいいだろう……。
という決断が下される。
……しかし、ジャンジャンバリバリをはじめとする、ゴージャスマートの運営スタッフたちは知らなかった。
目先の、しかも自分の評価だけに気を取られ、それを落とさないことばかりを考えているのだから、無理もない……。
この一件で、野良犬に手を噛まれるどころか……。
野良犬に喉笛を食いちぎられるほどの、さらなる大ダメージを受けてしまうことに……。
彼らはまだ、気付いてはいなかったのだ……!
次回、弁当合戦!