156 場外乱闘
野良犬の同行者たちは、この『不死王の国』に入ってからというもの、瞳が乾く暇がなかった。
生命の危機に幾度となく視界を滲ませ、時には落涙し、時には声を枯らしていた。
そしてそれは、食事時になっても変わることはなかった。
食卓では、空知らぬ雨のようになってしまった、6人女たちが……。
嵐のように料理を貪っていたのだ……!
「ああっ、ああっ、あああっ!? なぜ、なぜ、なぜっ!? 以前にも増して、大変なる美味……! いけません、いけませんっ……! 手が止まりません! よく噛んで頂かないといけないのに……! わたし、はしたないです! おじさまのお料理を頂くと、わたし、はしたなくなってしまいますっ!」
瞳の端に真珠のような粒を浮かべ、戸惑いともどかしさが入り混じった表情で、フォークをせわしなく動かすプリムラ。
「うっ、うう~っ! ゴルちゃんがこんなにお料理がお上手だったなんてぇぇぇ~! ママ、ママのお料理でゴルちゃんの胃袋をガッチリ捕まえて、ママなしではいられなくしたかったのにぃぃ~! 逆にママの、ママの胃袋がつかまっちゃったぁ~! ゴルちゃんのお料理なしじゃ、もうママ、生きていけないぃぃ~!」
瞳から大粒の真珠を惜しげもなくボロボロとこぼし、頬張るリインカーネーション。
「うまひぃぃ! マジヤバひぃぃ~! 何なん、何なんコレ!? これがモンスターなん!? これがそのへんに生えてる草ってマジなん!? マジっ、ヤバくなくなくなくなくなくなくにゃぁぁぁぁ~いっ!?!?」
メイクが乱れるのもかまわず、瞳から滝のようにドバドバと涙を溢れさせるバーニング・ラヴ。
「卵焼きは雲みたいにふんわりしてて、口の中に入れるととろけて……やさしい甘さが広がる……! 味はクリーミーで濃厚……! なのにくどくない……! ふーん、卵焼きのレボリューションじゃん……! こっちの蛇しゃぶサラダは、あっさりしながらも旨味たっぷりのお肉のもっちりとした食感と、香味野菜のような香り高い野草のシャキシャキ感が、ベストマッチして……! ふーん、サラダ界のバーニング・ラヴじゃん……!」
長いまつ毛にビーズのような雫をちりばめながら、食レポするかのようなブリザード・ラヴ
最後の一言は、自分で言って照れくさくなったのか、人知れずポッと頬を染めていた。
「おいしいっ! おいしいねっ!? こんな美味しいもの、生まれて初めてねっ! 超人的な尖兵で、料理もこんなに凄いだなんて……ゴルドくんって、本当に何者ね……!?」
頬に伝った涙の糸を払いもせず、シャオマオは顔をあげて、下座に立っている人物……。
いや、着ぐるみを見つめた。
真っ白いコック帽の下には、変わらぬままのとぼけ顔。
煤で汚れても、その表情だけは永久不変であるかのよう。
彼は誇ることも奢ることもせず、ただ一言。
「ただの野良犬です」
それがまた、観ていた者たちのハートを、キュン……! と高鳴らせる。
そう……!
勇者が女泣かせであると同時に、野良犬もまた女泣かせだったのだ……!
しかも天然なので、余計にタチが悪いかもしれない……!
「ご……ゴルドくん……!」
「な……なんて……! なんてすごいワンちゃんなの……!?」
「いっしょにいる子たちの生命を何度も助けて、自分は何度も危ない目にあって……!」
「振り回されたり焼かれたり、ひどい目に遭ってるっていうのに……平気な顔して……!」
「しかもみんなのために、あんなに美味しそうな料理を作るだなんて……!」
「私……間違ってた……! 本当に応援するべきは、勇者様じゃなくて……あのゴルドくんだったのよ!」
野良犬の献身的な姿は、絶対不落かと思われたゼピュリストたちの強固なる信心を、ついにヒビ割れさせたかに見えた。
しかし、
『ら、ランチタァーーーイム!! ここでは勇者様といっしょに昼食が取れる、ランチタイムの時間じゃぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!』
ジャンジャンバリバリの、邪魔な怒鳴りが入ってしまう。
モニターはすでに切り替わり、食卓の上座で足を組む勇者が大きく映し出されていた。
ゼピュロスはちょうど、同行者たちが作ってれた料理を見た目で評点しているところだった。
その基準は、主に美しさと柔らかさ。
『うーん、これは色が良くないのさ。これは匂いが駄目なのさ。こっちはなんとなく、今の気分ではないのさ』
ダメ出しをした料理の器を、槍の柄でズズッと押し、画面外にいる作り手へ次々と突き返していた。
それはもう胸糞が悪くなる光景だったが、それすらも可愛く思えるほどの事態がこれから起こる。
観客席の勇者サイドには、タープテントによる物販ブースが設営され、特製弁当の販売が開始されたのだ。
『さあっ! 今回のこのステージのために、特製弁当を用意したじゃぁぁぁーーーんっ!! しかもこのステージ限定の、ゼピュロス様グッズ付き! これはもう、買って買って買いまくって、食べて食べて食べまくるしかないじゃぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
弁当は10種類あり、一番安いもので5千¥。
いちばん高いものとなると、10万¥もした。
値段に応じて、ブロマイドやサイン入りフォークなどのオリジナルグッズがオマケに付くという寸法。
しかし弁当自体は1種類だけで、中身はぜんぶ一緒。
価格の差は付属しているグッズに反映されているというわけだ。
しかも弁当に入っているのはご飯だけで、おかずは一切ない。
ようはモニターに映っているゼピュロスをおかずに、白飯を食えというのだ……!
以前であるならば、そんな苦行のようなことであっても、観客たちは殺到しただろう。
愛を試されているのだと錯覚し、札束を握りしめ、誰もが10万¥の弁当を買い求めていたであろう。
しかし今や、栄枯盛衰……!
最高額の弁当を扱うテントには、誰も向かわず……。
未だ目が醒めやらぬファンと、仕込みのファン……。
それに付き合わされたファンが嫌々と、最低額のテントに並ぶだけとなってしまった……!
勇者サイドにいた客の多くは、その場を動かない。
もはや彼女たちにとってそれらの弁当は、ただの白米詰め合わせと等価……。
いくらイベント価格とはいえ、5千¥も払ってたまるか、という気分になっていたのだ……!
ちなみにランチタイムにあわせ、食べ物の屋台はすべて営業を終了している。
ようは兵糧攻めの状態を作り出したわけだが、思ったよりぜんぜん客足が鈍かったので、ジャンジャンバリバリは焦っていた。
『み……みんなどうしたんじゃん!? 早くお弁当を買って、ゼピュロス様とランチタイムとしゃれこもうじゃん! ゼピュロス女子の間で、ポスターやブロマイドのゼピュロス様といっしょに食事をとる、「ゼピュロス飯」が流行ってるじゃん!? それをなんと、動いているゼピュロス様を観ながらできる、またとないチャンスじゃーーーんっ!!』
しかしいくら呼びかけたところで、多くの観客たちはストライキのように動かなかった。
ときおり狂信者の手によって、絵画でも売りつけられるかのように、手を引っ張られていく者を除いて。
ジャンジャンバリバリはスタッフと目配せをしていた。
余らせるわけにはいかないと、必死の営業トークを炸裂させる。
『よ、よぉし! それじゃ、ここでチャンスターイムっ! ここから1分間、お弁当はぜんぶ10%引きじゃーんっ! 早く早く! 早く買わないと売り切れちゃうじゃぁぁぁぁーーーんっ!! 59、58、57、56、55……さぁさぁ! 早く列に並ばないと、終わっちゃうじゃん!? 終わっちゃうじゃーーーんっ!!』
……しーん。
『あ、ああーーっ!? 30秒を過ぎたところで、値札がなんと、20%引きになったじゃぁぁぁぁーーーんっ!? これはもう、買うしかないじゃん! 買うしかないじゃん! 売り切れ、御免じゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!!』
……しーん。
『ななっ、なんとぉーーー! ゴージャスマートさんのご厚意により、サービスタイムが延長!? さすがゴージャスマートさん、太っ腹じゃぁぁぁーーーーーーんっ!! お値段もなんと、30%引きぃぃぃーーーっ!?!? これは最後のビッグ・チャンスじゃん! もう迷ってる暇なんてないじゃん! いますぐテントに走るじゃぁぁぁぁーーーんっ!!』
しかし、不動……!
さながら兵馬俑のように、観客たちは固まったまま、そこを動かない……!
どんどん暴落していくゼピュロス弁当。
それでも消費者の心は動かせなかったので、最後のほうのジャンジャンバリバリは、完全に泣き崩れていた。
『きゅ……99%……。99%オフ……じゃんっ! ううっ! み、店じまい……! 店じまいの、大セールじゃん……! お……お願い! 買って! 買ってくださいじゃぁん……! で、でないと、でないと……夜逃げもできないじゃぁん……うっ、うううっ! うわぁぁぁぁーーーっ!!』
彼にとっての伝家の宝刀である『泣き落とし』に加え、99%オフという捨て値にしてようやく、観客たちの石化の呪いを解くことに成功。
波は大きく動いたものの、ほぼ全員が最安値である50¥の弁当を買い求めるにとどまった。
それでも売れまくっていることには違いないので、ジャンジャンバリバリは嘘泣きをやめて、再びステージを駆け巡る。
『いぇぇぇぇぇぇーーーーーいっ! 満員御礼! 完売御礼じゃぁぁぁぁーーーーーんっ!! さすがゼピュロス様の人気は本物じゃぁぁぁーーーんっ! あっ、そうそう! 弁当1個に1枚付いているブロマイドは60種類あるから、たくさん買ってコンプリートを目指すじゃん! そうすればレディたちも、一気にゼピュリストの仲間入りじゃぁぁぁぁーーーーーんっ!!』
……彼らはまだ、気づいていなかった。
ステージの上で有頂天になっている勇者も、モニターの向こうでわがまま放題の勇者も。
買い求められた弁当に付いていたブロマイド、そのほとんどが捨てられ、レディたちの足元で惨めに汚れていることに……。
ゼピュリストたちの間では『踏み絵』ともされている不可侵なるそれが、まさにゴミ同然に踏みにじられていることに……。
ファン離れが、『逆ビック○マン現象』を引き起こすまでに進んでいるなどとは、勇者たちは知る由もなかったのだ……!
あんぱん様からレビューを頂きました、ありがとうございます!
天下 一様とアイーシャ様ともの合わせ技でやる気が充填されましたので、またやります! やらせていただきます!
そして次回は、あの人が大活躍します!





