153 料理対決
再審判というトラブルはあったものの、勇者と野良犬サイドはともにツアーを再開。
ふたたびモニターのメインへと戻った勇者は、奪ったスカーフで顔を覆い、ヘタレの烙印を隠していた。
そんなナリで槍を突きつけて同行者たちを進ませているので、完全に悪者にしか見えない。
そしてさらにその数は減っていた。
怒り狂ったゼピュロスが、ワイプで女たちを追いかけ回し、逃げ惑う彼女たちはメンリオンの巣まで戻ってしまい、新たなアリジゴクの犠牲者を生んでしまったのだ。
ちなみにその様子は、ほとんどの者が見ていなかった。
みんな野良犬の紳士っぷりに心を奪われてたのだが、唯一、ミッドナイトシュガーだけは見逃さなかった。
彼女の指摘により、やけっぱち気味にスコアボードが書き換えられる。
勇者様チーム のこり09名
野良犬チーム のこり06名
かつては20以上もあった差が、いまは3にまで縮まっている。
しかも野良犬側には、いまだ犠牲者がひとりもいない。
それが現れているかのように、同行者たちの表情も、天と地ほどの差があった。
野良犬サイドはくっつきたくてしょうがない女性陣が、うずうずと野良犬の後を追いかけているのに対して……。
勇者サイドは今にも逃げ出したそうに、嫌悪感丸出しで勇者に追い立てられている……。
ツアー開催の前に行われた、ヒーローショーとは真逆の状態になっていた。
しかし勇者一行が、ある部屋に踏み込むと……。
殺伐としていた女性たちから、「うわぁ……!」と感嘆の声が漏れる。
そこは、王室への晩餐すらも提供できそうなほどの、設備と材料の整った調理場であった。
宝石のように輝く、色とりどりの肉や魚、野菜や果物。
磨きあげられた調理台と流し場には、金銀のような包丁や鍋、皿や燭台がずらり。
奥には、純白のテーブルクロスまぶしい食卓がしつらえてあり、その上座は王様が座る椅子のように特に豪華。
床のレッドカーペットを踏みしめ、先頭に立った勇者は、まるで主賓になったかのように女たちを招き入れる。
「さあ、レディたち、料理の腕前をゼピュロスにアピールできるチャンスなのさ。存分に腕を振るってくれたまえ」
『ヘタレ』の文字と、曲がった鼻がその下に隠されているとは思えないほどに、ゼピュロスは口もとをにこりとさせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、野良犬サイドは一本道の廊下を進んでいた。
「あー、なんだか腹ぺこじゃなくなくない!? ブリっちもそうっしょ!?」
「別に……」
「ホッとしたらなんだか、お腹が空いてきたね」
「うふふ、じゃあ途中でいい場所があったら、そこでお昼にしましょうか! ママ、今日はいつもより早起きして、メイドさんたちと一緒に、たっくさんたっくさんおかずを作ってきたの! ゴルちゃんも今日のために、ゴルドちゃんのお弁当箱を作ってくれたし……。とっても可愛くて、美味しいお弁当を持ってきたのよ!」
「あの、お姉ちゃん……。そのお弁当は、後続の方たちが持っていたのですが……」
「えっ、ということは……お弁当なし!? そんなぁ~!?」
妹から突っ込まれ、ガーン! と半泣きになるマザー。
野良犬一行が、ある部屋に踏み込むと……。
消沈しかけていた女性たちから、「うわぁ……!」と感嘆の声が漏れる。
そこは、野外キャンプなどにありそうな簡素な調理場であった。
やや色の悪い、肉や魚、野菜や果物が床敷きの上に転がっている。
やや錆びのある調理台や流し場には、粗末な包丁や鍋、皿や燭台が乱雑に積まれている。
奥には、下手くそな日曜大工で作った食卓らしきもの。
その上座にはなぜか、ボロボロの犬小屋が置いてある。
シャオマオとビッグバン・ラヴはいぶかしがって表情を曇らせていたが、飾らないうえに人を疑うことを知らない聖女たちは瞳を輝かせていた。
「あらあら、まああまあ! こんな所にお台所があるだなんて……! ちょうどいいわ! ママが美味しいごはんを作ってあげまちゅね~!」
「お姉ちゃん、私もお手伝いいたします!」
袖まくりをして、張り切って材料の元へと向かおうとする姉妹であったが、ゴルドくんは引き留めた。
「ふたりとも、ちょっと待っていてください」
仲間たちをどの場にとどまらせたゴルドくんは、部屋を入念に調べはじめる。
罠がないか、警戒しているのだ。
どこからともなく取り出した薬瓶のようなものを、肉や魚に1滴たらす。
すると、その箇所が紫色に変色した。
「……精神に作用する毒素の反応があります。ここにある肉や魚、そして野菜には手を付けないほうがいいでしょう。そして調理器具にも同様の仕掛けがあるかもしれませんから、触らないようにしてください」
そして部屋の奥に進んでいき、食卓まわりをチェック。
犬小屋を取り除き、椅子を調べる。
座面に少し力をかけただけでバラバラになったので、これまたどこからともなく取り出したトンカチで手早く修理した。
見違えるように頑丈になった椅子を、手早く人数分作り上げると、
「食事の準備は私がしますので、みなさん、ここに座って待っていてください」
その提案に真っ先に異を唱えたのは、やはり聖女姉妹であった。
「ええっ!? ゴルちゃ……ゴルドちゃんがお料理を!? そんなのいけません! お料理はママが……!」
「そうですおじ……! ゴルドくんっ! せめてお手伝いを……!」
しかしゴルドくんは、焦げて垂れ下がった耳をふるふると左右に振る。
「いいえ。調理器具にも罠が仕掛けられているかもしれませんから、私ひとりでやります。お願いですから、言うことを聞いてください」
「でもここにある食材って、毒が入っているんでしょう? 材料がないのに、どうやって料理するつもり?」
もっとな疑問を投げたのは、ブリザード・ラヴであった。
「調達してきます。地下迷宮には食べられるものが、意外とあるんですよ」
ゴルドくんはそう答えて、さらに念入りに聖女姉妹に注意してから、部屋から出て行く。
やや不安は残るものの、女性陣は大人しく椅子に座って、野良犬の帰りを待つ他なかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方そのころ勇者は、王座で優雅に足を組んだまま、食前酒をたしなんでいた。
ファンに給仕をさせながら。
以前であれば、ゼピュロスに奉仕できるとあらば先を争っていた彼女たちも、今ではしょうがなく働いている。
「なんであんなヘタレ野郎のために、料理なんか……」とブツクサ文句を言いながら。
そんな不満たらたらの様子は、モニターを通してすでに国じゅうに筒抜け。
本来ならば不敬とされ責められる行為であったが、集まっていたのは多くの同情。
ふてくされながら料理をする魔導女や聖女たちが映し出される中、ワイプのほうでは、ちょうど野良犬が食材調達から帰還したところであった。
どこから手に入れてきたのか、新鮮そうな肉や野菜、そして大きな卵を抱えている。
調理台に置くと、取り出したナイフで手際よく調理を開始する野良犬。
その様子をそばのテーブルで見つめていた、マザーとプリムラ。
今にも手を出してきそうだったが、他の仲間たちに押さえられていた。
そして……観客たちの間から、当然ともいえる感想が漏れ始める。
「ゼピュロス様は、自分は座ってなにもせずに、女の子にやらせてる……」
「しかもあれ、どう見ても無理矢理だよね……」
「でもゴルドくんは女の子たちを座らせて、自分がすすんで料理している……」
「聖女様たちはむしろ、手伝いたがってるのに……危険な目に遭うといけないからって……」
ビストロ勇者と、ビストロ野良犬。
その光景は観客の女性たちにとっては、あまりにも差がありすぎるものであった。
今日はやる気ゲージが溜まりましたので、2話更新です!
そして新連載、開始しました!
『胆石が賢者の石になったオッサン、少年に戻って賢者学園に入学して、等価交換も寿命も無視した気ままな学園生活!』
勇者が賢者になっただけのような…そしてのっけからマザーみたいな女神様が出てきておりますが…。
本作を面白いと思っていただけている方なら、こちらも楽しんでいただけると思いますので、ぜひ見てみてください!
この後書きの下のほうに、小説へのリンクがあります!