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文化祭②

 文化祭二日目。今日は文化祭最終日だ。

 昨日と一緒で客寄せのため、外を歩き回っていた。大分、時間が経ってきたころ、足の疲れを感じて少し休憩することにした。

 人目が付かない生徒以外立ち入り禁止のところで休もうと思い、そちらの方へ行く。丁度、建物の陰があったのでそこで休むことにした。

 肌寒くなってきたとはいえ、長時間歩くと暑い。手をうちわ代わりにして扇ぐ。


 ふと聞こえる声に耳を澄ましてしまった。聞こえる声は何となく聞き覚えがある気がしたからだ。

 物陰からそっと声が聞こえたところを覗くと、赤い髪が見えた。顔は逆の方を向いているので見えないが、あれは玖珂先輩だと分かった。

 玖珂先輩と向かい合う形でもう一人いる。その人物は顔が見えた。


「終壱くん…」


 自分しか聞こえないぐらいの小さな声でそう呟いた。

 玖珂先輩と対面しているのは終壱くんだ。なぜ、終壱くんと玖珂先輩は一緒にいるのだろう。それに何かピリピリとした雰囲気だ。

 声は聞こえないかと思い、耳に神経を集中させる。これはいけないことだと分かっている。だけど気になるのだ。


「玖珂陸翔。お前は海砂と仲が良いようだね」

「それで?アイツのいとこであるアンタに何の関係があるんだ?」


 私の話なのか。私が何だと言うのか。玖珂先輩も終壱くんもどうしてこんなに怒っているのか。


「関係はある。俺は海砂のことが好きだからね」


 一瞬、声を上げそうになった。口を両手で塞ぎ、声が出ないようにする。

 終壱くんが私を好き?それは私のことを妹みたいなものとしての家族愛なのか。いいや、違う。私は知っているはずだ。終壱くんが私に執着していることを。

 私は知っていて、知らないふりをし続けた。


『そんなことないよ…私が私が、あなたを愛するから!他の人の分まで、あの人の分まで!そしたら、もう悲しそうに笑わなくても、泣かなくてもいいでしょ?』


 今なら分かる気がする。終壱くんは囚われているんだ。過去の自分に過去の私の言葉に。

 きっと終壱くんは勘違いをしている。終壱くんを愛してくれる人は私だけだと彼は勘違いしているんだ。


 そう分かると心が次第に落ち着いてくる。話の続きを聞こうと、二人を見つめた。

 玖珂先輩は後ろ姿しか見えないが終壱くんの言葉には驚いてないみたいだ。

 私は何を聞いても驚いて声を上げないと思った。だが、次の玖珂先輩の言葉で私は声を上げてしまった。


「そうか、やっぱりな。アンタもオレと一緒のような気がしたんだ」

「えっ!」


 物陰から出て、盛大に驚いてしまった。勢いよく二人は私の方を向き、それぞれ名前を呼んだ。

 だが、それよりも私はさっきの玖珂先輩の言葉が気になった。終壱くんと一緒?それって。


「海砂…聞いていたんだね」


 終壱くんは悲しそうな顔をして、私に近付いてくる。途中で玖珂先輩が終壱くんの前に立ったので、私は終壱くんの顔が見れなくなった。その代わりに玖珂先輩の広い背中が見える。

 玖珂先輩は私を守ろうとしているみたいだと思った。終壱くんが私を傷付けるとは思わないが、それは嬉しかった。

 だけど同時に守られているのは嫌だと思う。それは玖珂先輩と対等に並びたいからだ。


「玖珂先輩…そこ退けてください。私は終壱くんに話があるんです」

「…アンタ」


 顔だけ私の方に振り返り、私の顔を見たら呆れたようにため息を吐いて退けてくれた。

 私の隣でいつでも動けるようにしている玖珂先輩に「大丈夫です」と微笑んでから、終壱くんを見つめた。


「ごめんなさい」

「……海砂はひどいね。いきなり謝るんだ」


 「俺に告白もさせずに振るんだね」と呟く終壱くんは今にも泣きそうな顔をしている。

 前みたいにギュッと抱き締めて「大丈夫だよ」と言いたい。だけど、それをしてはいけないと分かっている。終壱くんが周りに目を向けるために私は邪魔な存在なのだ。


「俺は海砂が好きだよ」

「私も終壱くんが好きだよ。だけど、それは家族愛だから…」

「知ってる。知ってるけど、好きだったんだ…」


 海砂が、海砂だけが。そう言う終壱くんを見て、悲しくなる。彼はどんだけ愛情を求めていたのかと。

 それは家族愛から恋人に対する愛に変わるぐらいなのか。

 私はそっと壊れ物を扱うように終壱くんの手を包み込んだ。それは家族が家族にみせる愛情だ。


「大丈夫だよ、終壱くんが好きなのは私だけじゃない。終壱くんは周りをもっと見た方がいい。愛莉ちゃんだって、終壱くんと向き合おうとしている」

「……愛莉」

「そう、愛莉ちゃんも終壱くんと向き合おうとしているんだよ。終壱くんだけ逃げようとするの?終壱くんも向き合わないと!」


 私は最後に終壱くんの手を包み込んでいた手を離し、ふぅと息を吐く。そのまま、終壱くんの頬を思いっきり叩いた。

 ぺしっん!といい音が鳴り響いた。隣から深いため息が漏れた気がしたが今は気にしてはならない。


「私は終壱くんに、東堂終壱にがっかりした!こんな状態で逃げる東堂終壱じゃないでしょ!なに、愛莉ちゃんに妹に八つ当たりしてるの。終壱くんより愛莉ちゃんの方がしっかりしてる。終壱くんはお兄ちゃんでしょ?しっかり、妹のことを見てあげてよ!」


 思いっきり叩いた手がジンジンと痛み出したが、それよりも心が痛かった。

 こう言わないといけないと分かってて、こう言ったが辛かった。

 終壱くんが悪いわけでもない。愛莉姫も悪いわけでもない。ただ、世界が悪かったんだ。それだけなのに、私は一方的に終壱くんを責めた。

 そうしないと終壱くんは変わらないと思ったから。でも、別のやり方だってあったかもしれない。そう思うと心が痛い。

 泣きそうになっても泣かなかったのは玖珂先輩が私の手を握ってくれていたからだ。優しく包み込むように。


 その後、終壱くんは赤くなった頬をさすりながら笑った。一言「ありがとう」と呟いて、終壱くんはすっきりした顔立ちをしていた。

 終壱くんが去った方向を見ながら何度もこれでよかったのかと思い返す。

 終壱くんは何かに気付いたのだとしても、私と終壱くんの間にはきっと埋まることのない溝が出来た気がした。それでも、私は終壱くんに気付いて欲しかった。

 愛莉姫が妹だという事実に、周りのみんなの気持ちに。


「アンタはよくやった」

「ぅっ、玖珂先輩…」


 玖珂先輩に優しく抱き締められ、背中をポンポンと叩かれる。その腕の中で私は泣きながら願う。

 どうか、終壱くんと愛莉姫が向き合えるようにと。


 そして、願えることなら、玖珂先輩の気持ちを知りたいと。

 今の状況には相応しくない願いだと分かっていても願いたかった。


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