自覚
あと数日で文化祭が始まる。楽しみだった文化祭は勝負の場に変わる。
絶対に負けるわけにはいけないんだ。絶対に負けられないんだ。
文化祭の準備もある程度が終わり、あとは文化祭の前に少しだけ準備をするだけだった。
いらなくなった道具を違う教室に持って行く。道具置き場となった教室の前にある人物がいて、私は回れ右をしたくなった。
「やあ、東堂海砂さん。元気だったかな?」
「先輩のせいで元気じゃなくなりました」
「それは…それは」
いつも顔に張り付けている笑みで私に声をかける大友先輩。早くその場からどっか行ってほしいと切実に思う。
その願いも虚しく、大友先輩は私の荷物を横から奪い去り、さっさと教室に入っていった。
一瞬だけ帰ってやろうかと思ったが、私の手にはまだ置く荷物がある。またここに来るのもめんどくさい。ここから私たちが使っている教室は距離があるのだ。
仕方なく教室中に入ると、既に綺麗に荷物を並べていた。そこら辺に散らばっていたいろんな道具も整頓している。
短時間で凄いスピードだ。
「ほら、その荷物貸して」
パシッと手に持っていた荷物が取られる。その時に私は逃げれば良かったのだが、あまりの早さにそういうところまで思考が追い付かなかった。
「よし、終わり」
「大友先輩って几帳面なんですね」
手をパンパンと叩いて片付けを終了する大友先輩に感心する。ここまで綺麗にする人を初めて見た気がする。
終壱くんはああ見えて意外に大ざっぱだし、お兄ちゃんもそうだ。玖珂先輩もそうぽいし、私の近くにいる人は大概が大ざっぱだ。
「だから好きなタイプも綺麗系かな?」
「……そうですか」
クスッと笑みを零す大友先輩になんて言えばいいかなんて分からなかった。なのでてきとーに相づちをしといた。
「ねぇ、東堂さん」
「なんですか?」
「本当に僕達のクラスと勝負する気?」
どうせ勝てないと言いたげな表情で見てくる大友先輩に大きく頷いた。私は負ける気はしないのだ。
絶対に勝つ自信しかない。なにせ、こっちのクラスには幸運を呼ぶ姫がいるんだ。負けない。
「負けません。私のクラスは絶対に負けませんよ」
「どっからその自信が出て来るんだろうね」
どっからなんて知らない。ただ分かるのだ。不安になったりしない。だって信じているから、絶対に勝つって。
それがきっと大友先輩には分からないことなのだろう。人を疑ってきた大友先輩には分からないことなんだ。
「まぁ、僕は負けても勝ってもどうでもいいんだけどね。でも、終壱は負けず嫌いだから」
「そうですね…終壱くんは強敵です」
「モテるからね」
終壱くんのところにはイケメンが多い。終壱くんを始め、玖珂先輩に蓮見先輩、大友先輩が揃っている。しかもホストクラブだ。
だが、ホストクラブは女子向けだ。こっちは男女共に来てもらうような店だ。
考え事をしていたらいつの間にか、大友先輩が私の近くまで来ていた。
「東堂さんは終壱のことどう思っているの?」
「どう?」
「例えば、恋人にしたいとか」
その言葉に私は勢いよく首を横に振った。
終壱くんを恋人にしたいとか思ったことはない。終壱くんは私にとって兄みたいな人だ。
「終壱くんは好きですけど、それは家族愛です」
「きっぱりと言えるね。じゃあ、それなら好きな人がいるんだね」
「…すきなひと?」
「そう、好きな人だ。ずっと一緒にいたい人」と笑顔でそう私に囁く。
好きな人とはあの好きな人であっているのだろう。そんな急に好きな人と言われ、分かるわけがない。
今まで考えたことがなかったのだ。分からない。
「好きな人と一緒にいるとどうなるんですか?」
「そこ聞く?まぁ、いいけど。そうだなぁ、人それぞれだと思うけど…」
一緒にいてドキドキする。ずっと側にいたいと思う。この人に触れたいと思う。自分以外の異性と話しているともやもやする。
そんなことをつらつらと述べる大友先輩の顔を見ながら考えてしまった。私にそんな人はいるのかと。
「おい、アンタ!」
「…え?」
後ろから腕を掴まれ、思考を一時ストップさせる。後ろを振り返るとやけに焦った玖珂先輩がいた。手にはケータイを握り締めている。
「よし、僕は帰ろうかな。後は青春を謳歌しているお二人さんに任せた」
やけににこやかと笑みを浮かべながら大友先輩は教室を出て行った。
残されて二人きりになった私はどうしていいのか分からなくなった。というより意味が分からない。
なぜ、玖珂先輩が焦っているのか。ここに来たのか不明だ。
それに大友先輩よ。後は任せたってこの部屋めちゃくちゃ綺麗ですよ。
「アンタ…何もされなかったのか?」
「え、何かされそうだったんですか?」
「いや…そうか。アイツめ…」
はぁぁと深いため息を吐き、玖珂先輩は掴んでいた腕を離した。
別に離さなくていいのに。ふとそう思った。
「あれ?」
そういえば前も玖珂先輩に触れられたいと思ったことがあった。それは玖珂先輩の手が丁度よくて気持ちいいからである。
でも時々、玖珂先輩にドキドキしている。ずっと一緒にいたいと思ってしまう時もある。それにヒロインのナイトだけにはなってほしくなかった。
「それって…」
「どうかしたのか?」
さっきまでため息を吐いていた玖珂先輩はいつもの顔で私を心配する。何も言わない私の額に手を当て「熱はねぇな」と呟いた。
かぁぁと赤くなるのが自分でも分かる。もっと触れたいと思う。
「まじですか……っ」
「アンタ、本当に大丈夫か?」
いつもの玖珂先輩はこんなに心配しないのに今日ばっかり心配する。
ずるい。私ばっかりドキドキしている。ずるい、私も玖珂先輩をドキドキさせたいのに。
一度、自覚したら駄目だった。もう、そのことしか考えられない。
私はどうやら、最初に会った時に恐怖対象にしか思ってなかった玖珂先輩のことを好きになってたみたいだ。