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元衛兵は旅に出る〜衛兵だったけど解雇されたので気ままに旅に出たいと思います〜【1,500,000pv感謝】  作者: 水縒あわし
王都編

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空白の三年と、歪な書状



 冒険者ギルドは本来、国家の権力や貴族からの政治的干渉を受けない『中立独立』を旨とする組織である。




 だが、その日の朝のギルドの空気は、ひどく張り詰めた異様なものだった。




 木製の重厚な両開き扉から、鎧の擦れる音を響かせて数名の騎士が入ってきたからだ。



彼らは皆、胸元に西方の有力貴族・ハイモア侯爵家の紋章を輝かせている。その中央を歩くのは、初老の家令セバスチャンだ。




 本来ならギルド内に武装した私兵を入れるなど御法度だが、相手は西の大貴族の正式な使者である。



彼らは周囲の冒険者たちの殺気立った視線を一切気にする様子もなく、真っ直ぐにギルドマスターの執務室へと向かっていった。




「……急な訪問、および無作法をお許しいただきたい、ギルドマスター殿」



 執務室に招き入れられたセバスチャンは、慇懃無礼に頭を下げた。




 長椅子に腰掛けるエドと、その隣に立つクリス。




 セバスチャンは昨日の路地裏のように力ずくで連行しようとする素振りは見せず、懐から赤い蝋で封じられた一通の書状を取り出し、テーブルの上に静かに置いた。




「当主様が病に倒れられ、予断を許さない状況です。……現在、ハイモア領では妾の子である弟君が実権を握ろうと不穏な動きを見せており、家が割れる寸前となっております」



 セバスチャンの言葉に、クリスの表情が微かに険しくなる。




「正統なる後継者であるウィリアム様。どうか一刻も早くお戻りいただき、混乱を鎮めていただきたい。……三日後の朝、領都の門前に馬車をご用意してお待ちしております。賢明なご判断を」



 セバスチャンはそれだけを言い残し、書状を置いて執務室を去っていった。




 扉が閉まり、騎士たちの足音が遠ざかるのを確認してから、エドは腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。




「ずいぶんと余裕だな。こちらが必ず首を縦に振ると確信している顔だ」



「……彼らは、僕の性格を熟知していますからね。領民の危機と、そして何より『弟の凶行』という肉親の情を天秤にかけられれば、僕が放っておけないと踏んでいるのでしょう」



 クリスはテーブルの上の書状を手に取り、ペーパーナイフで封を切った。




 便箋を引き出し、その文面に目を落としたクリスの目が、すっと細められる。




「どうした、クリス。親父さんの遺言でも書いてあったか?」



「いえ……。師匠、この書状は決定的におかしい」



 クリスは便箋の裏表をじっくりと確認し、そして封筒に残された『赤い蝋』の跡を指でなぞった。




「家を出て三年。人が変わるには十分な時間です。……ですが、この封蝋は父の当主印ではありません。長年、父の右腕として侯爵家を実質的に取り仕切ってきた子飼いの貴族……『ウォルシュ子爵』の代行印が使われています」



「親父さんの右腕なら、代行印を使うこともあるんじゃないか?」



「ええ。ですが、文章の言い回しが父のそれではなく、ひどく権威的で官僚的です。それに……何より、弟が家を乗っ取るために不穏な動きをしているという内容が、どうしても信じられない」



 クリスは書状をテーブルに伏せた。




 実家にいた頃の記憶が蘇る。




 ハイモア家において、長兄のアルベルトも、次男のクリスも、妾の子である弟を差別することなど一度もなかった。



母親が違うという理由で距離を置くような真似は一切せず、本当の兄弟として心から可愛がっていたのだ。




 長兄が近衛騎士として王都へ旅立った後も、クリスは変わらず弟を可愛がり、共に剣を振り、共に書物を読んだ。



弟は真面目で優しく、兄たちを心から慕っており、家を乗っ取るような野心とは無縁の性格だったはずだ。




「セバスチャンたちの言葉を、そのまま信じるわけにはいきません。僕の知る三年前のあいつが、身内を裏切るような真似をするはずがない」



 空白の三年間で、西の領地に何が起きたのか。




 クリスはギルドマスターに向き直り、深く頭を下げた。




「マスター。ギルドの情報網を使って、ハイモア領の現状を調べていただけませんか。費用はいくらかかっても構いません」



 本来、ギルドは貴族のお家騒動には不干渉を貫くべき立場だ。




 しかし、マスターは重々しく頷いた。




 クリスは正式な『事務顧問』といった役職に就いているわけではない。



だが、新人冒険者への丁寧な教育カリキュラムの作成や、煩雑な依頼書の整理など、短い期間でありながら、この領都のギルドにとって既に「無くてはならない存在」になっていた。




 加えて、この街でも有数の実力者であり、教官を務めるエドの弟分でもある。




「……うちの優秀な若手と、大事なベテランを守るためだ。特例として調べさせよう」と、マスターは裏ルートの手配を約束してくれた。



          ◇



 その日の夕方。




 情報屋から第一報がもたらされたが、それはごく簡単なものだった。




『侯爵が病で倒れたのは事実』『現在、妾の子である弟が領地運営の代行をしている』。



表面上の事実しか分からず、クリスの焦燥感は拭えなかった。




 そして、猶予の期限が迫る二日目の夜。




 エドたちの借家に、ギルドからの急使が詳細な報告書を届けてきた。




 西から来た行商人や、侯爵家の出入り商人の証言を繋ぎ合わせた結果、ハイモア領の「深い闇の真実」が浮かび上がってきた。




「……なるほどな。胸糞の悪い話だ」



 ランプの灯りの下で報告書を読み終えたエドが、忌々しそうに眉間を揉んだ。




 弟は反乱など企ててはいなかった。




 むしろ、倒れた父に代わって昼夜を問わず領地の政務をこなし、自らの睡眠を削ってまで見事に領地を治めていたのは、他でもない弟の方だった。




 問題を起こしているのは、弟側ではない。ウォルシュ子爵をはじめとする「血統至上主義」の派閥の方だった。




 彼らは、どれほど領地を豊かにしようとも、正妻の子ではない『妾の子』が当主代理として振る舞うことが我慢ならないのだ。




「彼らの真の目的は、血統の正しい僕を神輿として担ぎ上げることです」



 クリスは静かに、しかし激しい怒りを滲ませて言った。




「僕を『正当な後継者』として領地に戻し、それを大義名分にして、領地を支え続けた邪魔な弟を排除する……最悪の場合、反逆の罪を着せて処刑するつもりでしょう。この書状は、ウォルシュ子爵が勝手に偽造したものです」



 クリスは拳を強く握りしめた。




 自分が重圧から逃げ出してからの三年間。



あの優しかった弟が、どれほどの苦労を背負い、家を守ってくれていたのか。




 それなのに、くだらない血統の誇りのためだけに切り捨てられようとしている。




「僕が逃げたせいで、あいつが理不尽に殺されようとしている。……弟を犠牲にしてまで、僕だけが自由を謳歌するわけにはいきません」



 クリスが顔を上げると、エドがエールの入った木杯を置き、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべていた。




「弟に押し付けて逃げた負い目があるなら、今ここでケリをつけろ。ただ逃げ回るだけじゃ、いずれ弟の首が飛んで、お前も無理やり神輿に乗せられるぞ」



「師匠……」



「ただ家に戻って言いなりになるか、それともお前なりのやり方で弟を助けるか。……選べ」



 エドの不器用だが力強い言葉に、クリスは迷いを振り払うように深く息を吸い込んだ。




 もう、ただ実家から逃げ隠れするだけの青年ではない。



今の彼には、頼れる家族と、自らで選び取った冒険者としての流儀がある。




「明日。僕を迎えに来るという使者たちに、最高の『回答』を突きつけてやります。……彼らの盤面ごと、ひっくり返してやりましょう」




 クリスは不敵な笑みを返し、自室の机へと向かった。




 血統という古い呪縛から弟を救い、そして自分自身の居場所を完全に守り抜くために。



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