食卓の告白と、血よりも濃いもの
路地裏での一件を終え、家に帰ったクリスは、市場で買い込んだ食材を使っていつも以上に腕によりをかけた夕食を作った。
テーブルには香草で焼き上げた厚切りの肉や、新鮮な野菜のスープが湯気を立てて並んでいる。
「わあ、今日はお肉がいっぱいだ!」
ロウェナは目を輝かせ、嬉しそうにフォークを握った。
しかし、料理を作った当のクリスは、どこか思い詰めたような緊張した面持ちで、自分の皿にはほとんど手をつけていなかった。
エドはその様子に気づいていたが、あえて何も言わず、黙々と肉を平らげていく。
食事が終わり、温かいお茶の香りが部屋に漂い始めた頃。
クリスは深く息を吸い込み、椅子から立ち上がって姿勢を正すと、二人に深々と頭を下げた。
「……師匠。ロウェナちゃん。今まで黙っていて、申し訳ありませんでした」
静かな声で、クリスは語り始めた。
自分の本名が『クリス・ウィリアム・ハイモア』であること。西方の有力貴族、ハイモア家の次男であること。
そして、親が敷いたレールに反発し、約三年前に家を飛び出したこと。
「正妻の子は、兄上と僕の二人だけです。しかし、優秀な長兄であるアルベルトは王都で近衛騎士団の副団長となり、王家直属の身となりました。そのため、実家の家督を継ぐことができなくなったのです」
クリスは膝の上で拳を強く握りしめた。
「先日、父が病に倒れました。残された正妻の子は、家を出た僕だけです。……僕の下には弟がいますが、彼は正妻ではなく妾の子なのです」
弟は非常に優秀で、能力だけなら自分よりも上かもしれないとクリスは語る。
「ですが、彼が跡を継げば『血統』を重んじる派閥が必ず反発します。家は真っ二つに割れ、領民たちが争いに巻き込まれることになる。だから、家令は僕を連れ戻そうとしているのです」
クリスの声が微かに震える。
「領民を見捨てるのは、僕の信念に反します。……でも、僕は、ようやく見つけたこの居場所を手放したくない。ですが、このまま僕がここにいれば、お二人にまで実家の厄介な手が伸びてしまう……」
難しい大人の事情や貴族のしがらみは、ロウェナにはよく分からない。
だが、クリスが「いなくなってしまうかもしれない」という恐怖と、深い罪悪感を抱えていることだけは、幼い彼女にもはっきりと伝わっていた。
ロウェナは椅子から降りると、静かに歩み寄り、クリスの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「貴族とか、血筋とか、わたしにはよくわからないけど……クリスがいなくなるのは、絶対に嫌だ」
大きな瞳が、まっすぐにクリスを見上げる。
「明日もクリスのごはんが食べたいし、一緒に字の練習がしたいよ」
その純粋でまっすぐな引き留めの言葉に、クリスは息を呑んだ。
ふう、と。
エドが空になった木組みのジョッキをテーブルに置き、呆れたようなため息をついた。
「……正妻だの妾だの、息が詰まる話だな」
エドは腕を組み、クリスを正面から真っ直ぐに見据えた。
「家族ってのは、誰から産まれたかじゃ決まらない。同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食って、背中を預け合う。それが家族だ。お前は俺の弟子で、大事な身内だ。違うか?」
「師匠……」
「お前が『領民を見捨てられないから帰る』と言うなら、俺は止めない。それはお前の選ぶ道だ。……だがな」
エドの目が、路地裏で見せたような鋭く、しかし温かい光を帯びる。
「『ここに居たい』と思っているのに、誰かに無理やり首輪をつけられて連れて行かれるのが嫌だって言うなら……相手が西の貴族だろうがなんだろうが、俺が全部叩き出してやる」
不器用だが、血の繋がりよりも確かな『絆』で結ばれた言葉。
クリスの目から、堪えきれずに一筋の涙がこぼれ落ちた。
彼は慌てて目元を乱暴に拭うと、いつもの、しかし今までで一番晴れやかな笑顔を見せた。
「……はい。僕は、ここに居ます。何が来ようと、もう逃げません」
迷いの消えた青年の顔には、確かな覚悟が宿っていた。
そして翌朝。
決意を新たにしたクリスの元へ、実家の名代として正式な『使者』が冒険者ギルドの扉を叩くことになる。




