陽だまりの庭と、未来を育む家
宿を出た俺たちは、そのまま不動産を斡旋しているギルドへと逆戻りした。
「いらっしゃいませ。……おや? さっきの」
カウンターにいた職員が、数時間前に来た俺たちの顔を覚えていてくれた。
「条件が変わった。長期滞在の宿じゃなく、一軒家を探したい」
俺がそう告げると、職員は目を丸くした。
「一軒家、ですか? それも賃貸で?」
「ああ。期間は……未定だが、年単位になるだろうな。この子が学校に通うことになったから、静かで勉強に集中できる環境がいい」
俺はロウェナの頭にポンと手を置いた。
職員は納得したように頷き、奥から分厚いファイルを持ってきた。
「なるほど、教育熱心な親御さんですね。それならファミリー向けの物件がいくつかありますよ」
「書物を置けるスペースと、日当たりも重要ですね。庭があれば、家庭菜園……いえ、気晴らしにもなります」
クリスも横から希望を付け加える。
職員は苦笑しつつ、いくつかの物件をピックアップしてくれた。
◇
紹介された物件を見て回る。
一件目は貴族街に近い豪華な屋敷だったが、「家賃が無駄に高いし、緊張して落ち着かない」という理由で却下。
二件目は市場に近い便利そうな家だったが、「外がうるさくて集中できない」という理由で却下。
そして三件目。
案内されたのは、住宅街の端、少し坂を登ったところにあるレンガ造りの家だった。
「ここは築年数は古いですが、造りはしっかりしています。前の住人が植物好きだったそうで、庭も広めですよ」
職員が重厚な鉄の門扉を開ける。
庭は手入れされておらず草が伸び放題だが、日当たりは抜群だ。
「……おにわ!」
ロウェナが目を輝かせて駆け出した。
雑草の中に埋もれた花壇の跡を見つけ、嬉しそうに振り返る。
「えど! ここ、お花がいっぱい植えられそう!」
「中も見てみるか」
その時、玄関の扉がガチャリと開いた。
「おや? 内見のお客さんかね?」
出てきたのは、作業着を着た白髪の老人だった。手には工具箱を持っている。
「大家さん! すみません、急な案内で」
職員が慌てて頭を下げる。
どうやら、手入れに来ていた大家と鉢合わせしたようだ。
「いいってことよ。どうだい、気に入ったかい?」
大家は人懐っこい笑顔で俺たちを見た。
「悪くないですね。日当たりもいいし、静かだ」
俺が答えると、大家はニカッと笑った。
「だろう? ワシの自慢の物件だ。地下室もあるから、物置にも困らんぞ。……まあ、昔は使用人部屋に使ってたんだがな」
「地下室?」
「ああ。ワインの貯蔵庫にするもよし、秘密基地にするもよしだ」
大家は冗談めかして言った。
俺とクリスは顔を見合わせた。
地下室があれば、食料の備蓄や、あまり人目につけたくない装備の保管にも使える。
「それに、この家は頑丈だ。ちょっとやそっとじゃ壊れんよ。……気に入ったなら、いっそ買っちまってもいいんだぞ?」
大家が冗談半分で言った言葉に、俺は少し考え込み、そしてニヤリと笑った。
「……買い取るのは、住んでみて気に入ってからにしますよ。まずは賃貸で」
「ガハハ! そいつは手厳しいな! ま、ゆっくり見ていってくれ」
大家は豪快に笑い、俺たちに鍵を渡して去っていった。
◇
家の中に入る。
一階には広いリビングとキッチン、そして暖炉。
地下への扉を開けると、ひんやりとした空気が漂う広めの空間があった。確かに物置には十分すぎる広さだ。
二階に上がると、部屋が三つ。
「ここ、あかるくて気持ちいい! ほんが読みやすそう!」
南向きの部屋に入ったロウェナが歓声を上げた。
窓からは街が一望でき、遠くには学校の時計塔も見える。
「……塀も高いし、死角も少ない。防犯上も悪くないな」
俺は窓枠の頑丈さをチェックしながら呟いた。
クリスもまた、満足そうに頷いている。
「風通しもいい。磨けば光る家ですね。庭を整備すれば、良いハーブ園……いえ、花壇になりますよ」
「よし、ここに決めるか」
俺は職員に向き直った。
資金はある。
俺は即金で契約金と半年分の家賃を払い、正式に鍵を受け取った。
◇
鍵を受け取ったその足で、俺たちは家具屋へと向かった。
ベッド、テーブル、椅子。
生活に必要な家具を次々と買い込んでいく。
そして一番の買い物は、俺が選んだ頑丈で広い「書き物机」だった。
「これがこれからの、お前の戦場だ。しっかり使い込めよ」
「うん! ありがとう!」
ロウェナは机の天板を愛おしそうに撫でた。
まだ本は少ないが、これからここに知識が積み重なっていく予感がした。
家具の配送を頼み、俺たちは再び新居へと戻った。
時刻はもう夕暮れ時だ。
「さて、最初の任務だ。……大掃除を開始する!」
「おー!」
俺の号令と共に、窓を全開にして掃除が始まった。
俺は力仕事担当。
家具の配置や床の修繕をこなす。
クリスは手際よく窓を拭き、高いところの埃を払っていく。手作業で丁寧に。
ロウェナも雑巾を持って、一生懸命床を磨いている。
「ここはわたしのへやだから、じぶんでやる!」
その顔は煤で汚れているが、生き生きとしていた。
空っぽだった部屋に、生活の灯がともっていく。
◇
日が沈み、辺りが暗くなった頃。
ようやく掃除と家具の搬入が終わった。
「ふぅ……。腹減ったな」
俺はリビングの床に座り込んだ。
まだ調理器具が揃っていないため、夕食は街の屋台で買ってきたピザとシチューだ。
テーブルもまだ届いていないので、床に座って食べるピクニック・スタイルだ。
「いただきます!」
ロウェナが大きなピザを頬張る。
労働の後の飯は格別だ。
「さて、城は手に入れた。あとは学校の手続きだな」
俺が言うと、ロウェナは真剣な顔で頷いた。
「うん。わたし、がんばる」
「焦らなくていい。……まずは、この家での生活に慣れることだ」
クリスが優しくフォローした。
「ごちそうさまでした。……明日は庭の草むしりですね」
「げっ、まだそんな大仕事が残ってたか」
俺は仰向けに寝転がった。
天井を見上げると、そこには温かいランプの光が揺れていた。
宿屋の借り物の天井ではない。俺たちの城の天井だ。
外から見れば、暗かった窓に灯りがともっているのが見えるだろう。
ここが今日から、俺たちの「我が家」になる。
長い旅の果てに辿り着いた、安息の地。
俺は目を閉じ、その温もりを噛み締めた。




