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第七話 合同探索(一)

⚠️菜食主義について、無知ゆえの偏見を持ったキャラクターたちの会話があります。

⚠️猪の血抜きシーンがあります。


以上ご理解の上お読みください。

 

 ***



 初探索から十数日。塔型迷宮へ合同探索を行う日がやってきた。

 今日まで、アルに体術の訓練をしてもらった。これで多少の荒事があっても自分の身は守れるだろう。

 得物は自分の手に合わせグリップを削り、強靭性を保ちつつ極限まで軽くしたダガー。刃は潰しており、殺傷力はない。と言っても怪力のお陰で木刀ぐらいなら粉々にできたけど。


 ギルドの食堂でジュースを飲みながら待っていると、一直線にバタバタと走ってくる足音が聞こえた。

 ああ、来たな。苦笑すると同時にアルがため息をついた。


「アルさーん!ミカくーん!」

「フローラ…!今日こそはアルさんに迷惑かけさせないぞ」

「すみませんすみませんすみません」


 フローラ、ツェツィーリヤ、ディタのヒレ耳三人組だ。パーティ名は『ルサールカ』と言うらしい。彼女らも今回の探索に参加する。

 ツェツィーリヤとディタによって、左右から腕を掴まれ連行されていく様はさながら宇宙人だった。


「もう一個のパーティってどんなとこなの?」

「パーティ名は『チームネコ』。全員ネコ科の獣人なんだ」

「そ、そうなんだ。パーティ名安直だね」


 まんますぎる名前に笑いをこぼしつつ、フローラが前に言っていた猫ちゃんってこのパーティか、と納得する。ネコ科の獣人、もふもふかな。


「ほら、噂をすれば来たみたいだぞ。私たちも行こうか」


 視線を走らせれば、短い体毛で全身が覆われた獣人がいた。豹だろうか。彼の隣にも、褐色肌の獣人女性がいる。

 男性はごつい鎧を身にまとっており、女性は踊り子のような衣装を着ていた。防御力に雲泥の差があるが大丈夫なんだろうか。

 椅子から降り、彼らへ向かって歩く。パーティなのに二人だけなのか、とじっと見ていると女性と目が合い、手を振られたので振り返した。


「アルさん!その子が弟君?かわいいわね」

「ああ」

「おはよう、ボク。お名前は?」


 女性はしゃがんで首を傾げた。


「おはようございます。ミカです。お姉さんは?」


 聞き返せば「まあ!」と顔をほころばせる。


「ねえちょっと聞いた?お姉さんですって!バレリオ、お姉さんですってよ!」

「はいはい良かったな。ミカ君、俺はバレリオだ。よろしくな」

「よろしくお願いします!」


 手を差し出せばもふもふとした大きな手で握られた。内側には肉球もある。

 握ったまま手をジッと見ていれば「ちょっと割り込まないでよ」と女性に離された。


「ミカ君?お姉さんの名前はジャミーラよ。チームネコのリーダーなの。覚えて頂戴ね」

「はい!」


 二人と握手を交わし、辺りを見回す。しかし近くにはルサールカの面々しかいない。


「どうかしたの?」

「チームネコさんって二人だけなんですか?」

「あー、うちのメンツはね、あと二人いるの。一人は遅れてくるわ。一人っていうか一匹だけど。もう一人は…いるかしら。ツシマ―!挨拶なさい」


 ジャミーラが呼びかけると、どこからか忍者の格好をした猫の獣人の少女が現れた。


「……」

「…?お、おはようございます」


 少女は黙りこくっている。せめて何か返してほしい。


「あの…」

「…………(せつ)はツシマ。以上」


 やっと返してもらえたと思ったら、またどこかへと消えてしまった。忍者、すごい。


「ごめんなさいね、あの子ちょっとシャイなのよ」


 ちょっとではないと思いつつ、ジャミーラに曖昧に返した。


 それから少しの時間が経った。フローラの襲撃に会い、回収され、再び襲撃され、と二回ほど繰り返し、やっと支部長が二階から降りてきた。しかし、チームネコのもう一人(一匹?)はまだ来ていない。

 支部長は右手を軽く上げ「悪い、待たせたな」と言った。


「待ちくたびれたよ支部長~!」

「悪い悪い。あー…ツシマはいるな?ルゥはどうした」

「なんか今日限定のグッズがあるとかで、朝からおもちゃ屋さんに」

「ったく、仕方ねえな。まあいい」


 おもちゃ屋さん。これから行くところって超危険なところじゃないの。熟練の探索者は自由だな。

 支部長はパンと一つ手を鳴らした。


「それじゃあ合同探索の連絡事項だ。まず、事前に告知したように、今回の塔はイレギュラーな部分がある。一つは起動した人間が不明なところ。しかし起動装置の近くにいたミカとアルが起動者である可能性が高いので同行してもらう」


 先程まで騒いでいたフローラでさえ真面目に話を聞いている。いよいよ行くんだ、と背筋を伸ばした。


「二つ目は謎の黒い霧。斥候(せっこう)と共に研究者を送ったが、毒性はないとのことだ。しかし塔に近づくにつれ体が重くなるらしい。重力操作かデバフか、そのあたりの類だろう」


 ツェツィーリヤが手を挙げ、言った。


「塔までたどり着けるんですか」

「ああ。斥候隊はバフなしで門まで到達して帰ってきた。それと、沼地の北東側は先日の雨で崖崩れが起きたらしい。時計回りに迂回して行ってくれ。そして三つ目。直接は関係ないが、付近に二つの死帯が確認されている。一つは魔素祓いを行っているがもう一つには手が回っていない。闇晦化した魔物が塔付近まで行動範囲を広げるかもしれん。十分に気を付けてくれ」


 支部長の言葉に各々が返事をする。

 いよいよ出発だ。緊張と少しの期待を飲み込み、アルに声をかけようとしたが、それは失敗に終わった。


「ア、」

「ッセーーーーーーッフ!!」

「アウトよこの馬鹿猫!」


 堂々と遅れてやってきた、チームネコの最後の一人。

 俺と同じぐらいの背丈だが、大きな猫が後ろ足で立っているようにしか見えない。上半身は小さな鎧を身につけているが、下は履いていないのだ。あれ、いいのか。

 ジャミーラがスパーン!と彼(彼女かもしれない)の頭を叩いた。


「いてえ!どこがアウトなんだよ、みんないるだろ」

「馬鹿おっしゃいな。支部長の連絡はもう終わったわよ。アンタを置いて出発するところだったわ」

「何ィ!?なんでオイラ抜きで始めてるんだよ!」

「あんたがいつまでたっても来ないのが悪いんでしょうが!」

「いってえにゃ!」


 再度グーで叩かれた猫は「ニャウ~…」と呻きを上げている。ちょっとかわいそうに思えてきた。

 アルたちはこちらの喧騒を気にせず、テーブル代わりの樽を囲んで話し合っている。

 ちょっとぐらい離れても大丈夫そうだ。ぐりぐりと頭を捏ねられている猫に助け船を出そうと声をかけた。


「あの、そのくらいで、」

「ああ、紹介がまだだったわね。この子は化け猫(ケット・シー)のルレカーマ。ルゥって呼んで」

「何勝手に紹介して、って子供!?子供がいるなんて聞いてないぞ!」

「アルさんの弟が来るって話、したじゃない」

「こんなチビだなんて聞いてない!」


 ルゥは俺を見るなりジャミーラの背へ隠れてしまった。尻尾の毛が逆立っているのが見える。かわいい。


「化け猫って?」

「魔物の一種だと思うんだけど、ルゥ以外の目撃情報はないのよね。本人は『里は隠れてるんだ』って言ってるけど」

「獣人の子供とは違うんですか?」


 獣人、と言う言葉にルゥは耳をピクリと動かし、ジャミーラより前に出た。かわいい。


「オイラは誇り高き銀色化け猫(シルバ・ケット・シー)族のルレカーマ様だ!獣人でもなければ子供でもにゃい!…ない!」


 ルゥは腰に手を当て自慢げに宣言した。最後は嚙んだが。かわいい。

 ジャミーラは頬に手を当て首を傾げる。


「本人もこう言ってるし、何より骨格が人族とは違うのよね。何年たっても成長しないし」

「へえ…」

「凛々しく賢く成長してるぞ失礼な」

「外見がって意味よ。…まあ中身も成長してないとは思うけど」

「うにゃー!」


 ルゥは地団太を踏んでいる。確かにあまり賢くはなさそうだ。危険な探索に連れて行って大丈夫なんだろうか。

 その考えは顔に出ていたらしく、ジャミーラが耳もとで囁いた。


「安心して、これでもルツィナーレきっての斥候よ」


 俺の口元に指を当て「調子に乗るから言っちゃだめよ」と言う。大人のお色気たっぷりである。どぎまぎしながら頷いた。刺激が強い。


「ミカ、おいで」

「どうしたのアル、って、わ」


 話し合いがひと段落したらしい。呼ばれて振り向けば、何かを聞く間もなく抱き上げられた。

 樽の上に置かれた地図を見る。色のついた小石はメンバーを表しているらしい。ジャミーラもルゥを抱え地図を覗き込んだ。いいな、俺も抱っこしたい。背丈的に厳しいだろうか。


「今日の計画を話していたんだ。まず霧エリアは、ルゥ・フローラ・私を先頭に、ツェツィーリヤを最後尾として行動する。ミカは中央で、ディタと共にいてくれ」

「うん、わかった」


 アルと離れてしまうのは少し不安だが、あまり俺を戦闘に参加させたくないんだろう。複雑な気分だ。


「塔からは、中で道が二手に分かれない限り、私はミカと共にいる。道が分かれた場合、お前とルサールカ、それからバレリオは安全な場所で待機。私と残りのチームネコで斥候隊を組む」


 アルは片手で小石を並び替えた。

 それにしても。


「アル、なんか怒ってる…?」

「……怒ってない」


 これ絶対怒ってるやつだ。言葉尻が少しきつい。何に怒ってるんだろう。俺から離れたくないとか?さすがに自惚れすぎか。

 何かしてしまったんだろうか。今から探索に行くのにルゥに構ってたからか?うーん、それかもしれない。


「アル、俺なんかしちゃったかな。緊張感足りなさ過ぎた?ごめんね、気を付けるね」

「違う、怒ってない。…怒っているわけでは、ない…」


 そう言うと、アルは視線を下にやった。

 気になるけれど、怒っていなかったようでひとまずホッとした。良かった。アルに怒られたら三日は凹んでしまう。そうなったら、塔の探索どころではない。


「よし、話は全員聞いたな。早いうちに出発しよう」


 バレリオの言葉に皆頷き、ギルドを後にした。



 ***



「百五十ファルト先に魔物がいる」


 アルは言った。先を歩いていたルゥは「にゃに!?」と一瞬振り返り、地に伏してにおいを嗅ぐ。


「アルさん本当にすごいですね。ルゥさんより魔物の気配に敏感ですし、何よりどんなに恐ろしい魔物でも一瞬で手懐けてしまうんですから」

「うん、魔物も動物も、アルの偉大さを分かってるからね」


 俺は得意げにアルを自慢する。ディタには子供の戯言と思われているだろうが、嘘は言っていない。

 ディタとは道中、アルの話で盛り上がり意気投合し、すっかり仲良くなった。

 発端は、なぜアルに怯えているのか、と言う問いだった。


『す、すみません!えっと、怯えているわけじゃないんです。その…アルさん、とても美人ですし、その上すごくカリスマ性に溢れていらっしゃるから、緊張してしまって…』

『……わかる!!アルってとんでもなく美人だから、顔見ると緊張しちゃいますよね』

『えっ!弟のミカ君でも緊張しちゃうんですか?…そっかぁ、私だけじゃないんだ。...ミカ君、私は癖だからこの話し方ですけど、ミカ君は話しやすい話し方でいいですよ』

『ほんと?俺敬語苦手なんだ…。改めてよろしくね、ディタさん』

『はい、よろしくお願いします、ミカ君』


 そんなこんなで推し友を獲得した俺は、危険な塔に向かう際中にもかかわらずほくほくなのだった。


「にゃ、ほんとにいた…。八十ファルト先から鎧猪がまっすぐ向かってくる!どうする?」


 ルゥが声を張り上げた。


「そろそろ夕飯時だし、仕留めるか」


 今まではアルが話をつけていたが、今度は倒すらしい。

 夕飯時と言うには、いささか早い気もするけれど。


「なら悪いが下がるぞ」

「ああ」


 そう言ってアルは俺のところまで下がり、俺を抱きかかえた。ん?なんで?


「一度離脱する」

「あんまり離れすぎないでね~!」


 アルは獣道から外れ、探索隊の死角に入ると、軽やかに飛んだ。あっという間に、一番背の高い木のさらに上に浮き立つ。木々の隙間から銀色の猪が突進してくる様が見えた。


「アル、なんでこんなに離れたの?」

「命を奪えない、と言うことは何も自ら手を下すことだけを指すわけじゃない。もし私たちがあの場に居たら、鎧猪からすれば『神が手下の人間を使って自分を害そうとしている』ように見えるだろう」

「そっか…。ここなら鎧猪には気づかれないの?」


 鎧猪も、探索隊も、上を見たら気づいてしまうのでは、と思った。もちろん、アルがそんなヘマをしないことは分かっているけど。


「鎧猪は目が悪い。その代わり鼻が利くが、これだけ離れていればさすがに分からないさ。それに、いま私たちは透明だ」

「と、透明…」


 神様って何でもありなんだなあ。俺は遠くを眺めた。

 右には目的地の塔。左には分厚い雲に覆われた山が見える。高度的に、雲と言うより霧だろうか。


「あの山は霧が出てるのかな」

「ああ。常に霧で覆われている。あれが始まりの山だ」

「えっ!世界樹のとこ?あんなふうになってたんだ」


 あの中心、山のてっぺんに世界樹があるのだろう。この身体が倒れていた場所はどの辺だろうか。


「見かけだけな。実際霧は出ていなかったろう?あれは世界樹に近寄らせないバリアであり、ゲートなんだ。近づこうとすれば方向感覚を失い、たとえまっすぐ進めたとしても山の反対側に出るようになっている」

「すごいね…。誰が魔法をかけたの?」

「創造主だ」


 そりゃすごいわけだ。世界樹についての知識が増えたところで、鎧猪を仕留めたらしい。アルは「降りるぞ」と言って降下し始めた。

 死角に降り立ち、がさがさと音を立てながら探索隊へ合流する。音を立てるのは、探索者同士で敵意がないことを示す暗黙のルールだそうだ。

 一番近くにいたジャミーラが気付き「あら」と声を上げた


「アルさんおかえりなさい!解体手伝ってくれるかしら?」

「ああ。任せておけ」

「えっ解体はいいんだ」


 思わず声を上げた。もう死んでるから関係ないのか。そういえば、アルは肉料理もバクバク食べていた。


「もう死んでいるからな。肉を腐らせるほうがもったいないだろう」


 あまりのドライさに絶句していると、バレリオがナイフを回しながら「ハハハ!」と笑った。


「アルさんは生命神の信者とは思えないほどさっぱりしてるよな」

「東の方の信者は草しか食べないんだろ?そんなんじゃお腹が膨れないよにゃあ」


 ルゥも笑いながら言った。

 アルと俺は生命神の信者と言う扱いなのか。それにしても、草って。猫だから野菜イコール猫草なのかもしれないけど。


「菜食主義って言うんでしょー?痩せるにはよさそうだよね」

「フローラはもう十分痩せてるじゃないですか…!私、挑戦してみようかな…」

「やめとけって、ディタ。急に菜食にすると体調崩すらしいぞ。それにお前だって十分痩せてるだろう」


 ディタとツェツィーリヤは話しながらもてきぱきと木材を組み立てている。吊るすのだろうか、アルはロープを準備していた。

 俺にできることはなさそうだと思い、近くの倒木に座る。


「ツェツィーリヤには分からないですよ!今まで着られていたシャツのボタンが閉まらなくなった時の絶望は…!」


 地べたに寝転がっているフローラと、ツェツィーリヤは顔を見合わせた。視線をディタに戻し、同時に口を開く。


「胸のせいだろ」

「おっぱいのせいじゃん」

「お胸のせいじゃないかしら」

「う、ジャミーラさんまでぇ…」


 ジャミーラも料理の支度をしながら言った。慣れているのだろう、皆話しながらも手は一切止めない。


「ミカ」


 すごいなあ、なんて思いながらボーっと眺めていると、アルに声をかけられた。


「何?俺にもできることある?」

「ああ。解体の仕方を教えるからおいで」


 グロそうだけど、俺にもできるだろうか。血や内臓を見て失神するなんてことに、ならないようにしないと。

 アルは刃渡り二十センチほどのナイフを俺に手渡した。


「これは夜桜(ヤオウ)(クニ)で作られた、狩猟用のナイフ。夜桜式と呼ばれている」


 ケースを外せば、(しのぎ)は黒く、刃には刃紋が見える。まるで日本刀の様だ。

 アルは指先をナイフの上に滑らせ、言った。


「このナイフの背は鋸歯状(きょしじょう)になっている。太い木を切るのには向いていないが、骨を断つのに役立つんだ」


 鋸のような峰で骨を断ち切るところを想像しようとして…できなかった。当然だ。ジビエはおろか、普段食べていた鶏肉でさえ、どのように屠るのか知らないのだ。今日、耐えられるだろうか。


「それじゃあ捌きながら説明する。…バレリオ、手伝ってくれ」

「おう」


 そう言うとバレリオは鎧猪の前足を開かせた。


「まず前足を開く。そして肩と喉の間、心臓から伸びる太い血管があるところに切り込みを入れ、血抜きをする」


 アルが小さく深く切り込みを入れると、バレリオが猪の身体を傾け、赤黒い血が一気に噴き出した。

 鎧猪はそこそこの巨体だ。血の量も多い。


「鎧猪は腹側は柔らかいんだ。このまま喉から肛門まで開き、内臓を取り出す。その時にも血が出るだろうが…」


 アルは俺の顔を見た。ドバドバと溢れる液体から目を逸らす。


「まだ、吐き気はないから大丈夫…」

「よし。続けるぞ」


 それから、解体ショーは見慣れた肉塊になるまで続いたが、俺は臓物が出てくるところでギブアップした。アルは「少しずつ慣れていこう」と笑ってくれたが、自分が情けない。

 解体が終わるころには日がとっぷりと暮れていた。なるほど、確かに夕飯時だった。解体がこんなに時間のかかるものとは思わなかった。


 焚き火は三つ。穴を掘り、石で囲んだものだ。

 二つは三脚で鍋が吊るされ、片方は肉と野菜を煮ている。もう片方は哨戒に行っているメンバーの分なので火は消えている。

 猪肉だし、牡丹鍋だと思うがこの世界では何と言うんだろう。

 もう一つの焚き火は明かり用のはずなのだが、フローラが鉄板で肉や臓物を焼いている。おかげで辺りには香ばしい煙が漂っていた。

 焚き火の周りでは、干し肉を作るために、洗濯物のように肉が干されている。


 ボーっと焚き火を眺めていると、魔法で血の汚れと匂いを消していたバレリオが隣に来て座った。もう彼からは、血生臭い匂いはしない。


「気分はどうだ。飯は食えそうか」

「はい、だいぶ良くなりました」

「なら良かった。初めて見るとショックだよなあ。お疲れさん」

「わっ」


 大きな手でガシガシと頭を撫でられる。勢いが良くて左右に揺られ、思わず笑いが零れた。つい、ふと思ったことを口にしてしまった。


「ふふふ…お父さんがいたらこんな感じなのかな」


 ハッと気づいた時には既に遅く、皆は手を止め、痛ましそうな顔でこちらを見ていた。

 やってしまった。突然現れたソロ探索者の弟ってだけで訳アリなのに、父親の記憶だけじゃないけどがないなんて憐れまれてしまうにきまってる…!

 バレリオはヒョイと俺を抱え、自身の膝に座らせ、宣言した。


「よし。今日から俺がお父さんだ」

「そっ、ええ…」


 そう来たか。

 なんと返答すれば良いものか悩んでいると、ルゥが言った。


「ならアルもオマエの娘だな!」

「む、アルさんが俺なんかの娘だなんて、おこがましいだろ…」

「ミカ、オマエはほかの子供と違ってオイラをべたべた触ったりしないし、オイラの弟分にしてやってもいいぞ!」


 ルゥは偉そうに言った。かわいい。本当は俺も、もふもふなでなでしたいです、ごめんね。

 そうだ、弟分になればもふれるチャンスがあるかもしれない。


「してもらお、」

「だめだ。ミカは()()弟だ」

「アル!」


 アルはバレリオの隣に座った。魔法で消すだけでは気持ち悪いから、と水浴びをしていたはずだ。

 帰ってくるのが早いと思えば、暗闇で見えずらいが、アルの髪はびっしょりと濡れていた。


「もう、ちゃんと乾かさなきゃだめだよ。タオルないの?」

「あるが、拭いたぞ」


 たまに雫が滴っているのによく言う。仕方ないなあ、とアルからタオルを受け取り、アルの後ろに立った。


「火にあたっていればすぐ乾く」

「そんなレベルじゃないよ…。じっとしてて」

「どっちが上だか分からないな」


 ルゥはころころと笑った。アルはされるがままで、バレリオは微笑んで俺を見守っている。

 なんだか少しくすぐったい。合同探索のメンバーが皆いい人で良かった。


「お肉焼けたよ~。なんかかわいいことしてんね」

「アルがびしょ濡れだったからミカに怒られたんだ」


 肉の乗った大皿を持ってきたフローラは微笑ましそうに言った。大皿を地面に置き、鍋を囲むように座る。


「あはは、アルさんいっつもそうだよね。ミカ君のがお兄ちゃんだねえ」

「それオイラも同じこと言った!」


 フローラとルゥは顔を見合わせ、また笑った。

 人数分の椀によそい終えたバレリオが手を叩き、言った。


「さ、哨戒に行ってるやつらも腹が減っちまうからな。ささっと食べよう」


 アルの髪を素手で触る。このぐらいなら火で乾くだろう。


「アル、だいぶ拭けたよ」

「ありがとう、ミカ」


 アルとバレリオの間に座り、手を合わせた。


「…神々よ、我らの日ごとの糧を今日もお与え下さりありがとうございます。いただきます」

「いただきます!」


 食前にお祈りするんだな、なんておもいつつ汁を一口啜ると、肉の出汁と香味野菜の強い香りが合わさって、独特なうまみが鼻腔に突き抜けた。

 ほっと息を吐き、薄く切られた――といっても五ミリほどの厚さはある――肉を畳んで一口で頬張る。豚肉のようなものを想像していたので、豚より濃い肉の味と、もちもちとした食感に驚いた。

 こんなに弾力があるなんて思わなかった。欲張りすぎたかもしれない。


「どうだ、美味いか」

「ん-ふーふん!」

「ハハハ!ゆっくり噛みな」


 何とか噛み切って飲み込み、今度は焼き肉を一口食べる。肉だと思ったそれはコリコリしていて、内臓の様だ。一瞬解体シーンがよぎったが、考えないようにした。お肉、おいしい。

 バレリオはもう鍋のお代わりをよそっている。早いな、とアルを見ればアルも椀が空だった。


「私にもよそってくれ。父さん」

「!?ゲホッゲホッ…ア、アルさん聞いてたのか」


 バレリオは咄嗟に横を向いてむせた。アルって意外とお茶目だよなあ。

 何者か分からない野菜を頬張れば、ピリッとした辛みの後にさわやかな香りがした。うん、いける。

 スープの最後を飲み切り、アルの椀によそい終えたバレリオに向かって言った。


「お父さん俺もお代わり!」

「お父さん私も!」

「父ちゃん、オイラも!」


 便乗したフローラとルゥにも、バレリオは笑ってよそってやった。



***



 早朝。日が昇ると同時に俺たちは出発した。

 塔まであと少しだが、身体の重さは感じない。隣にいるディタに聞けば「フローラが身体強化の魔法をかけてくれているんですよ」とのことだった。

 黒い霧は濃くなり、先頭の背がぼんやりとしている。


「...七十ファルト先、目標地点になんかいる」


 ルゥは迷惑そうに言った。


「なんかってなによ。こんなところに野盗?」

「いや、レナート王子と護衛たちだ」


 ジャミーラの問いにアルが答えた。

 ルツィナーレ王国の王子だろうか。未知の塔にいるということは、よほど腕に自信があるらしい。


「あらまあ。迂回はできないわよね?」

「塔の足元にいるっぽいにゃあ」


 皆がため息をつく中、ジャミーラは仕方がないとでも言う風に頭を横に振った。

 それから少し進んだが、霧はこれ以上濃くならないようで、ようやく塔の根元が見えてきた。そしてそこには二人の兵士と、小柄な人影が仁王立ちしていた。


「遅いぞ貴様ら!このボクが待っているというのに、一体何をしていたんだ!」


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