第六話 初探索
天気快晴、気温適温、気分最高!
場所はギルドのある首都イスカージャの西の森。自然の香りを肺一杯に吸い込んで、気合を入れなおした。
目の前の低木には『ゆきまみれ』と呼ばれる小さな果実がたくさん生っている。
俺とアルは依頼を四つ受け、現在は二つ目の依頼であるゆきまみれの採取を行っていた。
ふわふわとした雪のような実は素手で触ると潰れてしまう。そのため魔法で採らなければいけないのだが、これがすごく難しい。萼ごと取れてしまったり、勢いが付きすぎてどこかへ飛んで行ってしまったり。十回のうち一回成功できるかどうかだ。
隣の木を見れば、アルが無詠唱でひょいひょいと瓶に詰めている。依頼の八割、いや九割はアルが採取することになるだろう。
「浮遊せよ!…あっ採れた」
大きな萼を纏っていた果実は、自由を謳歌するかのように萼を脱ぎ捨てふわりと浮いた。
「そーっと、そーっと…」
宿屋から拝借してきたペンを握りしめ、ゆきまみれを瓶へと誘導する。途中で落とさないよう集中しなければならない。
ゆきまみれは素直に瓶の中へ吸い込まれていった。ふう、と止めていた息を吐く。
「これでやっと一瓶完成~!」
「こちらもちょうど終わったぞ」
振り向けば、アルは瓶がいくつも入った箱を持っていた。
「あとはミカの瓶で終わりだ」
「はや…」
瓶を両手で持ち、色々な角度から見る。瓶の中身は真白いふわふわで埋め尽くされていた。
これを自分で集めたのだ。それも魔法で。…いくつかは落としてダメにしちゃったけれど。
「んへへ」
「にやつくのはいいが、蓋は閉めたほうがいいぞ」
「あっそうだった!」
慌ててコルクで栓をする。最後にリボンを巻いたら完成だ。
「これでよぅし」
瓶の隊列に加えさせれば、アルが慣れた手つきで箱を閉じ、縮小させた。
アル曰く、複数のものに同時に魔法をかけるより、何かでまとめて『一つ』と認識して魔法をかけたほうが、かかりが良くなるらしい。例えば凍結させたら長持ちしたり、楽に浮かせられたり。
ローディアさんの『魔女のお茶会』も、机とソファをお茶会セットとして認識することで、出したり引っ込めたりを簡単にしているそうだ。まあ、魔法初心者の俺にはちょっと難しいだろうけど。
「うぅ~、身体が凝り固まっちゃった」
「キリもいいし、昼にするか」
「うん!一回街に戻るの?」
伸びをしたところで、アルが言った。
ここから街へはそこそこの距離がある。行きは一つ目の依頼の『陽光鳥の羽』を探しながらだったので苦に感じなかったが、帰りはどうだろう。二度も往復するとなると体力もきつそうだ。
「いや、せっかくだから探索者用の携帯食を食べよう」
「携帯食!?食べる!」
「あんまり期待しないほうがいいぞ。それに、これから嫌になるほど食べることになる…」
アルは苦笑しながら答えた。
「今日は買っておいた食材があるから、簡単なスープも作ろう。火を起こせる場所を探すぞ。野営するときはある程度土が露出していて、川に近いところを選ぶ。ここの森には川がないから、少し開けた獣道なんかがちょうどいいな」
「わかった、探してくる!」
「あまり遠くには行くなよ」
土が露出したところ、つまり落ち葉なんかで覆われていて、雑草があまり生えていない場所だ。
草木をかき分け、アルに教えてもらった魔法で木にマークをつけながら歩いて数分。少し開けた場所に出た。ここならちょうどいいだろう。
しかし獣道と言うからには、そこを通る獣がいるわけで。
「グルルルル…」
「えっ」
「ガルルル…」
「グルルルルルル…」
気が付いた時には三頭の魔物に囲まれていた。ここは縄張りだったのかもしれない。
狐のように尖った耳に、植物が纏わりついた肢体。俺の身長よりも大きい体長。目は血走っていて、口端からはよだれが垂れていた。
彼らは俺の周りを回りながらゆっくりと距離を詰めてくる。
後退ることもできないまま、ゆっくりと深呼吸をした。
(大丈夫)
だってアルが言っていた。
『魔物や動物ならば、本能でお前を私の眷属だと察知するだろう。手出しはされないはずだ』
彼らは気づいてくれる。アルがそう言っていたのだから、そうに決まっている。
しかし心臓は激しく鼓動し、全身にびっしょりと汗が流れるのを感じた。
腰に差した借り物のナイフに手を伸ばそうか迷ったが、指先だけでも動かしたら襲われる気がしてやめた。それに扱える自信もない。
名の知らぬ獣たちは唸声を大きくし、グッと足に力を入れ、前掲姿勢を取る。飛び掛かられると思い、俺は反射的にギュッと目を閉じた。
(アル……!)
衝撃に備え、腕を顔と身体の前に回していたが、衝撃は来ず。それどころか、獣たちが悲鳴を上げ倒れる音がした。
そっと目を開ければ、倒れ伏す三頭の獣と、背丈ほどある大鎌を片手でくるくると回すアルがいた。アルは振り返り、俺に言った。
「遅くなってすまなかった。怪我はないか」
大鎌をパッと消すと、汚れることも厭わず膝をつき、俺の身体を確認する。
「…よかった。どこも損なってはいないな。…ミカ?」
「………こ、怖かったぁぁ!」
目の前に現れたアルにホッとしたのもつかの間。倒れた獣がそこにいるにもかかわらず、押し寄せる涙に抗えずに咽び泣いた。
「アル大丈夫って言ったじゃん!俺のこと襲わないってぇ、」
「ああ、私が悪かった」
「なんでぇ、うう、こわ、怖かったぁ、うう、ううう」
アルに抱き着いて泣けば、背中と頭に手が回される。しゃくりあげながら、涙が自然と収まるのを待った。
自分は平和に生きてきたのだ。野生の動物に襲われるなんてこと、なかったはずだ。なかなか涙が止まらないのは仕方ないことだろう。
ようやく涙は止まり、ずびずびと鼻をすすりながらアルから離れる。しかしアルの腕は離さない。だってまだそこに、意識はなくとも彼らがいる。怖いものは怖い。
「ねえ、なんであいつらは襲ってきたの」
「それは…、ん。起きたようだな」
アルは緩慢な動きで振り返った。臨戦態勢を取らないということは、今度こそ大丈夫なんだろうか。
恐る恐るアル越しに見ると、獣たちは頭を振りながらノロノロと立ち上がっていた。
「ヒッ…」
先程根付いた恐怖はぬぐえない。
しかしよく見ると様子が違う。目は血走っておらず、閉じた口端からはよだれが垂れることもなさそうだ。意思の宿った瞳は、随分と理性的に見える。
すると、どこからともなく声がした。
『生命の母よ。感謝いたします』
「いい。ミカに怪我もなかったしな」
アルは普通に会話をしている。まさか彼らの声だろうか。
『眷属の方、闇晦に堕ちていた身とは言え、本当に申し訳ありませんでした』
三頭の獣は俺に向き直ると、一同揃って器用に頭を下げた。
「い、いいよ、怪我してないし。…怖かったけど」
『なんと寛大なお言葉。我ら千草狐狼族、生命の神とその眷属に永久の忠誠を誓わせていただきたく存じます』
「加護は与えられないが、いいのか」
アルは言った。
千草狐狼は鼻先が地に着くほど深く頷く。
『もちろんにございます』
「分かった。許そう」
『ありがたき幸せ』
ついに千草狐狼は伏せの姿勢になった。尻尾をちぎれんばかりに振っている。
こうして見ると、先程まで怯えていたのが馬鹿みたいに思えてくる。だってこれ、ただのデカいワンちゃんだ。
緊張を解き、気になったことをアルに聞いた。
「ねぇ、闇晦って何?」
「魔力ある者がかかる病のようなものだ。人格が凶暴になり、残虐的なことを好むようになる。濃い魔素に曝され続けると発症する。…つまり、この先に魔素が停滞している死帯があるということだ」
『ええ、三本の大木の先にございます』
魔素。空気中の魔力、酸素のようなものだ。出発前に聞いた話では「魔素を取り込んで体内で魔力に変換し、魔法と言う形で放出する。放出が多くても少なくても体調を崩すから、魔法はほどほどに」って言っていたっけ。
「停滞してると、どうなるの…?」
「どうもしないさ。そこにいる動植物が凶暴化するだけだ。ギルドに報告すれば、ギルドが人員を募って、純結晶の魔素を吸収する性質を利用して、人海戦術で魔素を薄める。凶暴化した生物は基本討伐対象だから、私たちにできることはない」
「え、じゃあこの子たちは?」
アルによって昏倒させられた千草狐狼たちはどうして正常な状態に戻ったんだろう。
「私の鎌は生命をあるべき姿へ戻すんだ。…だが私たちにできることはない。ひとまず飯を食べて、依頼の品を集めたら帰って報告しよう」
「うん、わかった」
アルは鎌についてあまり話したくないように見えた。落ち葉を足で払い、ポケットから小石を取り出し拡大魔法をかける。火を起こすのだろう。
俺もそれ以上は聞かず、落ちている枯れ枝を集め、アルが組んだ石の中に入れた。
『我らは辺りの哨戒をしてきまする』
「頼んだ」
「あ、ありがとう」
千草狐狼達はそう言うと三方へ散った。
アルは拡大した網と鍋を石の上に置き、俺を見る。なんだろう、火付けかな?魔法でやらせてくれるのかも。
「ミカ」
「火付け?やってみようかな」
「…それはまた今度やろう。…ミカ」
アルは首を横に振り、俺の名を呼ぶ。
敢え無く却下された。残念。だが確かに、こんな森でめちゃくちゃ大きい炎を出したりなんかしたら、森林火災まっしぐらである。
アルは目を伏せ、両手で俺の両手を包んだ。
「ミカ。すまなかった。私の不注意で、危うく大怪我をするところだった。本当に、すまない」
膝をつき、両手を組んで目を伏せるアルは、まるで神に祈りをささげているようだった。
俺が抵抗なくやられそうになったことを自分のせいだと思っているらしい。
「アル、俺ね、ナイフを使おうとしたんだよ」
アルはパッと俺を見上げる。
「結局怖くて動けなかったけどね…。俺だってきっと、慣れれば……慣れれば自分の身ぐらい自分で守れるようになるよ!だから、アルのせいじゃないよ。今日はたまたま運が悪かっただけ。俺もアルに言われたのに結構離れちゃったし。お互い様」
体を鍛えるだけではだめだ。武器の扱い方や、魔物と戦う心構えとか。そういうものを含めて鍛えなければと改めて決意した。自分一人でも、何かあっても、アルを悲しませないように。
「そうか…。うん、そうだな。ありがとう、ミカ」
「うん、心配かけてごめんね。…安心したらお腹減っちゃった。スープ作るんでしょ?何したらいい?」
アルは「そうだな」と言ってポーチの中を漁った。やがて取り出したものは二つの小さな紙袋だった。
「ピスニ…干し肉と干した果物を混ぜて丸めたものなんだが、これをちぎってスープに入れるか、野菜を切ってスープに入れるか、どっちがいい」
「うーん、野菜を切るのはいつでもできるし…ピスニ、やってみようかな」
「言ったな?ほら」
「えぇ!?」
二言はないぞと渡された紙袋を開けると、独特なにおいが鼻を刺激した。
香辛料ときつい肉のにおいに、かすかに混ざる甘い香り。嗅ぎなれないそれに思わず顔をしかめ、袋を遠ざけた。
「す、すごいね…」
「言っておくが、その塊の三分の一はそのまま食べるんだぞ」
「まじで」
アルは紙袋から小さな根菜を取り出し、ナイフで器用に皮を剥きながら言った。
剥かれた皮は鍋の中へと落ちていく。葉や皮は鮮やかな青紫色をしていた。
「なんか、すごいゲテモノができそう」
「味はさすがにそこまで悪くないぞ。見た目は…まあ、できてからのお楽しみだな」
「それ絶対ひどい奴じゃん…」
アルが皮や葉ごと根菜が入った鍋に水筒から水を注ぐ。みるみるうちに根菜の色素が抜け、鍋全体が青紫色になった。アルは「火よ」と唱え火をつけた。
「大根…カブかな。皮ごと食べるんだね」
「イスティワカブだ。砂漠のあるイスティワで生まれ、その派手さから染料として流通したんだが、より美しい発色の花が出回ってカブは食用になったんだ。こいつに限らず、根菜は皮に栄養があるから、探索者は大体丸ごと食べるな。抜くか?」
「もったいないから食べるよ!。この…独特なにおいのピスニも」
アルは「それはいい心がけだ」と笑い、ピスニの三分の一をスープに入れるよう指示した。
俺は素手でピスニをちぎって鍋に入れた。思っていた以上に柔らかく、ぬるっとしていて、生のひき肉を捏ねているかのようだった。
「干し肉なんだよね?すごくあぶらっぽい…手洗いたい」
「動物の脂がベースだからな。水を出してやるからおいで」
アルは「水よ」と唱えて水の球を創り出した。ありがたく手を洗わせてもらう。
「そういえば魔法で水を出せるのに、なんで料理には水筒の水使ったの?」
「ああ、飲んでみると良いさ」
「え」
そう言うってことは、不味いってことじゃないか。しかし俺には飲まないという選択肢はない。なぜなら『アルがそう言った』からだ。頬をひきつらせながら水を掬って一口啜った。
「…ううぅえぇいっっっがい!」
思わず涙がぽろぽろと落ちるほど苦い。毒なんじゃないかこれ。舌はピリピリして、喉の奥はエグみでキュウっとなる。
腹を抑えてくつくつと笑うアルを半目で睨んだ。笑ってないで俺の口の中をどうにかしてほしい。
「はぁ、悪かった。昔私も知らずに飲んだんだ。ほら、キャンディをやろう」
「ほれほんほいあわい?」
「悪かったって。これはちゃんと甘いぞ。おいで」
アルが胡坐をかき、ぽんぽんとたたくのでそこに座った。
小さな皮の袋から出てきた、これまた小さな四角いキャンディは、赤とピンクと白のマーブルで可愛らしい見た目をしている。
これで甘くなかったら詐欺だなと思いつつ、未だ舌の根元がひりひりする口内に放り込んだ。
コロコロと口の中で転がして、ちゃんと甘かったことに安心する。
アルに凭れかかって、火がはじける音に耳を傾け目を閉じた。
***
「あった!見つけたよアル!最後の一個!」
アルと共に受けた四つ目の依頼は、『隠しウサギの隠し物』。
隠しウサギには、餌である木の実や葉、樹皮、そして稀に自分の糞を集めて卵型のケースにいれ、土の中や木の上に隠す習性がある。卵型のケースがどこから出てきたのか、というと、その謎は未だ解けていないらしい。
そしてその謎のケース、見た目がかわいいとかで人気があるのだ。出所不明の物体Xをアクセサリー入れにするなんて正気じゃないな、と思ったが言わなかった。
「良かった。野宿しないで済みそうだな」
「そんなこと言って、俺が見つけられなかったら、アルが自力で見つけてたでしょ」
隠し物の依頼数は六個。なんだこのくらい簡単じゃん、なんて意気揚々と「一人で集める」と宣言したのが懐かしい。逐一アルにヒントを貰わなければ見つけられなかった。
アルはすました顔で「さあな」と答えた。
「もう。箱持っててくれてありがと。これで依頼は全部完了だから、帰るだけ?」
持ってもらっていた納品用の箱に卵を入れると、アルは流れるように蓋を閉め収縮魔法をかけた。手際がいいなと思いつつ、少しの期待を込めて聞いた。何を隠そう、もう足がくたくたなのだ。
「ああ。もう疲れただろう。抱いていこうか」
「う、疲れたけど、遠慮シトキマス」
「なぜだ」
「ええ?そりゃ恥ずかしいし、初めての探索、ちゃんとやり切ったって胸張って帰りたいもん…」
正直な話、自分の足で歩かず帰れるならそうしたい。しかし男児としてのプライドが「抱っこ」を許しはしなかった。千草狐狼がいたら「乗せて行ってくれない?」とお願いしたことだろう。しかし彼らは縄張りへと帰ってしまった。
ちなみに高校生としてのプライドはもう無いに等しい。前世のことは「そういえばそうだったな」ぐらいにしか思えない。
俺は「ミカ」で、ミカは五歳なのだ。ただ、高校生並みの知識がある。それだけの話だった。
「……いつでも頼っていいからな」
「うう、大丈夫だもん。…ありがとう」
森に入る時につけた、木のマークを頼りに獣道を歩む。
特に探す物はないが、卵探しのくせでつい辺りを見回してしまう。
「ん?」
「どうした」
ふと目の端にとらえた、ここにはないであろう人工物。
古代文明、古代遺跡、迷宮、はたまた深い森にすむ魔女の家か――。何であっても好奇心をくすぐる物に違いないだろう。
「なんかある」
「こら、不用意に近づくな。…これは」
アルに窘められ、仕方なくアルの後ろに下がる。草木を避けた先には、つるりとしたマーブル模様の石、マンホールほどの大きさの大理石が敷かれていた。明らかに、人工物である。
「ギルドに報告する案件が一つ増えたな」
「これ、何か知ってるの?」
大理石の中央には黒い石が埋め込まれている。これも魔道具の一種だろうか。
「これは、世界各地に突然現れる、正体不明の塔型迷宮だ」
「塔型…?」
目の前のこれはどう見ても塔ではない。これが縦に伸びたとしても、狭すぎて中に入ることは叶わないだろう。
「これを起動すると塔が現れるんだ。中には宝物がたくさんあって、古代の宝だとか、未来の宝だとか、果てには異世界の宝だとか、そんな噂が立っている。しかし罠もたくさんあって、生きて帰った人の方が少ない」
「へぇ~!なんかすごい、ロマンあふれるね」
「そう言って帰ってこないやつが大半なんだ。いい場所ではないぞ。ほら、帰ろう」
アルは俺の手を引き離れようとした。俺も大人しくついていこうとは思ったのだが、気になるものは仕方ないだろう。視線はずっと大理石に向かっていた。
いい加減前を向いて歩こうと、視線を外しかけたその時。
中心の石から黒い霧が吹きだし、大理石には青白い光が浮かんだ。
「アル!」
「ッ!走るぞ」
咄嗟にアルに抱えられ、飛ぶように景色が過ぎ去っていく。
黒い霧は俺たちを追うかの如く広がっていき、地響きまで鳴り出した。
めきめきと木をなぎ倒し、地中から現れたのは、先端に黒い球体のついた塔。それも相当背が高い。じっくり時間をかけてそれらは止まった。
聳え立つ塔はただじっとこちらを見下ろしているような気がした。
***
ルツィナーレ王国の首都、イスカージャ。古い言葉で探索者と名付けられた都市は、その名に違わず、夜も多くの探索者が行き来している。
明るいうちに森を出たはずが、辺りはすでに暗く、門の奥からは夜市の明かりが漏れ出ている。
やっとの思いでイスカージャに足を踏み入れる。大きなため息をつけば、気の好さそうな門番が笑いながら「おかえり」と声をかけてくれた。
「ああ」
「ただいま!」
イスカージャの衛兵は、市民や探索者たちには温厚で、ほかの国と比べても仲が良いらしい。もちろん一部の探索者――朝絡んできたラーミズのような狼藉者だ――は除くが。
扉が開きっぱなしのギルドへ入る。椅子を見て、思わず呻きをこぼした。
「うう、座りたい…」
買ったばかりの靴は不思議と足に馴染んだが、それはそれ。身長に対して歩いた距離が長すぎて、もう足が棒の様だ。
「もう少しだけがんばれ。報告と納品をして、市場に行って夕飯を買ったら、宿屋だ。それとも私が抱えようか」
「~~~っ大丈夫!」
アルは「悩んだな」と喉の奥で押し殺すように笑う。
受付の列は朝より空いており、あまり並ぶことなく順番が来た。
アルに借りたポーチから依頼の品々を出し、拡大魔法をかけてもらう。『陽光鳥の羽』の入った額、『ゆきまみれ』が詰まった小瓶、『天色トカゲモドキの蒼鱗』、『隠しウサギの隠し物』が入った箱、それからおまけに『千草狐狼の花』。千草狐狼からお礼に貰ったが、すごく貴重なものらしい。
探索の成果を改めて見ると、なんだか誇らしくて、疲れも吹き飛ぶ気がした。…ほとんどアルの成果だけど。
「…はい。ではこちらはお預かりいたします。報酬は……合わせて九リオンと一アレンですね。両替はされますか」
受付の女性は算盤を弾いた。算盤あるんだな、と背伸びして覗き込めば、一列に珠が六個ある。十二で位が上がるのか。
「金貨一枚を分けてくれ」
「かしこまりました。両替手数料を差し引きまして、金貨八枚、大銀貨二枚、銀貨五枚、銅貨十枚でお支払いします」
「ありがとう」
女性は引き出しから小さな袋を取り出すと、拡大魔法をかけ硬貨を入れ手渡した。
アルは「それと」と続けた。
「西の森に死帯と塔が出現したんだが」
「塔については情報が入ってます。すでに誰かが起動したと。この件について何かご存じでしたら、」
「おそらく起動したのは私たちだ。塔が出現する直前、起動装置らしきものを見つけていたからな」
被せるように言ったアルに、女性は呆気にとられるように口をぽかんと開けた。慌ててずり落ちた眼鏡を直し、答えた。
「そ、そうですか。ええっと、ギルドに無断で塔を起動することは禁じられています。ですが、何か事情がおありなのでしょう?上の部屋でお聞かせ願えますか」
「ああ。…ミカ、もう少しだけがんばれるか」
「うん、大丈夫。がんばるよ」
正直なところ、足は痛いしお腹は空いたし、ちょっと眠い。今日の行動量は身体の年齢を考えると動きすぎだと思う。日本だと大人でもこんなに動かないだろう。そう考えると、この身体はよっぽどタフみたいだ。
女性の案内に従って二階へ進む。部屋の前に着くと女性はノックをし「支部長」と声をかけた。
「またか…黒い球体のついた塔が現れたことは知ってるぞ。って、アルさんか!入ってくれ」
扉を開けた男は支部長らしい。シャツから除く腕や顔、首元にまで傷跡がある。歴戦の探索者だったのだろう。
こじんまりとした部屋には、書類が山積みになった執務机と、古びた応接家具が置かれていた。
支部長は「座ってくれ」とソファを示し、自身もどかりと座った。
「茶も出せなくて悪いな。…で、君が噂の弟君かい?」
「ああ。ミカだ」
「あ、えっとはじめまして。ミカです。」
「よろしくな。支部長のベルナルトだ」
手を差し出されたので握り返せば、豪快に上下に振られた。こちらの腕のリーチを考慮してほしい。
「で、アルさんは何の情報を持ってきてくれたんだ」
「一つ目は死帯の発生だ。地図はあるか」
「おう」
支部長が腰から杖を抜き、軽く振ると地図とペンが現れた。アルは羽ペンを手に取ると、森の一か所に丸を付け言った。
「ここだ。西の森の北西。直径は百七十ファルトほど。千草狐狼、風鱗巨蝶、黄昏熊の闇晦化を確認した」
「微妙に広いな…よし、分かった。もう一つは何だ」
いつの間にそんな情報を得たんだ。ちらとアルを見たが、相変わらず凛とした表情をしていた。
アルはペンを置くと支部長を見て言った。
「塔についてだが…起動装置を見つけた」
「周りに人は」
アルは首を横に振った。
「起動装置から離れようとしたとき、黒い霧が発生したんだ。そして塔が出現した」
「触ってもないのにか?」
「ああ」
支部長は険しい顔で考え込んだ。
「おそらく、何かの条件を私達が満たしてしまったのだろう。塔の周辺は今も黒い霧が蔓延っているはずだ。あれが人体に影響を及ぼすかはわからない」
「フン……なるほどな。一つ聞いていいか」
「なんだ」
「探索者ミカ。何か話してないことがあるんじゃないか」
「へ?」
手持ち無沙汰に待っていれば突然声をかけられた。話してないことって何だろう。
「姉ちゃんが見てないうちに変なところ触ったんじゃねえか?」
支部長に、ギロリと言うにふさわしい目つきで睨まれた。
「触ってないです。見てただけです」
「早めに言った方が罪は軽いぞ」
「本当に見てただけですってば。気になるからじっと見てたら、突然黒い霧が出てきて…。あ、青白い光も見えました」
「それで?触ったんだろ。本当のことを言え」
「ええ…」
これでは埒が明かない。どうしても俺を犯人にしたいのか。
困ってアルを見上げれば、ぽす、と頭を撫でられた。
「ベルナルト。揶揄うのもいい加減にしろ」
「…揶揄ってるように見えるか?」
「信じないのならそれでいい。この件について一切協力はしない」
アルはぴしゃりと言い切った。揶揄われていたのだろうか。
支部長は両手を上げ、参ったと言わんばかりにソファに沈み込んだ。
「わかったわかった悪かったよ。この俺相手に物怖じしなくてスゲーな、ミカ」
「えへへ…」
今日もっと怖い思いをしたからね。強面のおじさんぐらいなんてことない。
支部長はぼりぼりと後頭部を搔きながら、言った。
「そんでもって、起動させた人間であろうお二人さんには、塔の初調査に同行してもらわなきゃいかんのだが…そいつは了承してくれるな?」
帰ってこない人が大半とか言っていなかったっけ。そんな危ないところに行くのか。
「ミカはいいだろう」
「いやむしろミカのが怪しい。ずっと見てたんだろ?視線がカギかもしれん、ってアルさんだって分かってるだろ」
確かにずっと見ていた。人の手の入っていない森にある綺麗な正円の大理石なんて気になるだろう。
アルは大きなため息をつき「仕方ない…」と言った。
「うっし、じゃあ決まりだな。アルさんが行ってくれるなら心強い。メンツが決まったら日程もギルドに張り出すから、ちょこちょこ見に来てくれ。んじゃもう遅いし、解散!」
支部長はこれ以上ないほどの笑顔で、俺たちをさっさと部屋から追い出した。アルへの信頼が厚い。
俺とアルはそのままギルドを出て、夕餉を買いに夜市へと繰り出した。
*
様々な屋台の周りには、たくさんのライトがふよふよと飛んでいる。そのうちの一つが目の前に降りてきたので、ツンと小突けばくるくると楽しげに回った。ちょっとかわいい。
「そういえばさ、死帯の情報、なんであんなに詳しかったの?」
「ん?…ああ、死帯があることが分かったときに、他の私に情報を共有して、見て回らせたんだ」
「あの時そんなことしてたんだ…」
相変わらずハイスペックだなあ。複数のアルであちこちの素材を集めたら、もっと荒稼ぎできるんじゃないだろうか。今もお金は余っているらしいけど。
「さて、夕飯は何がいい?」
「うーん、お肉は昨日食べたし…麺類とかあるかな」
「麺か。イズィリか…最近飛竜帝国から入ってきた拉麺が、」
「ラーメン!?ラーメンだきっとそれ!」
俺の食いつき様に、アルはぽかんと形の良い口を開けている。仕方がないだろう、本場のラーメンは知らないが、日本のラーメンはソウルフードだ。
「好きなのか?」
「大好き!まあ、俺の知ってるものと同じかは分からないけど…」
アルはフッと笑い「今日は拉麺にしようか」と言った。




