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第五話 ギルドへ(二) 

 

「…触るな、ラーミズ」


 普段より低い声で眼光鋭く一瞥するのみで、アルは動かなかった。払いのけるくらい造作もないだろうに。

 ラーミズはこれ幸いとばかりに肩から腕、腰へと手を移動させた。貴様!!!不敬だぞ!!!!!


「俺らの誘いを断って、んなちっちゃな餓鬼と探索者登録に来るぐれぇだ。よっぽどその餓鬼ゃ強えんだろうな?ん?」

「貴様には関係ない」

「つれねえなぁ。どうせこれから試験だろ?」


 無礼者はアルから手を放し、その身をかがめた。小さい子供と目線を合わせるぐらいの心持はあるらしい。だがゆるさん。


「餓鬼ぃ、俺と勝負しようぜ」

「いやです」

「てめぇが勝ったら…ってあ?」

「いやです」

「……」

「……」


 いやな沈黙が流れた。なんだってこんなむさ苦しい野郎と見つめ合わなくちゃいけないんだ。どうせならアルと……いや、やっぱ恥ずかしいな。


「クソ生意気な餓鬼だな」

「クソ傲慢無礼なおっさんだな」


 無礼者は顔を赤くし、次第にこめかみを痙攣させ「このクソ餓鬼…ッ!」と言った。沸点低すぎでは。カルシウムもっととった方がいいよ。


「誰がアルに乱暴するような奴の言うことなんか聞くかよ、この無礼者!クソゴリラ!」

「てめぇ!!」

「ミカ!」


 ラーミズは胸ぐらを掴みに右手を伸ばす。俺は咄嗟に手首と肘を掴み、背中をラーミズの下へ潜り込ませ、背負い投げをしようとした。

 結果的に見ればできた。できたのだが。


「あ」

「うわあぁぁ!」


 小さい手ではラーミズの太い腕を掴みきれず、すっぽ抜けてしまったのだ。そしてアルの加護による怪力。ラーミズは放物線を描き、食堂の机をぶち壊して落下し意識を失った。

 び、備品壊しちゃった。


「すごいな坊主」

「すっきりしたー!」

「ざまあみろラーミズ、いや、クソゴリラ!」


 どうやらあちこちで傍若無人な振舞いをしていたらしい。拍手と歓声が巻き起こった。

 先程の職員までもが拍手をしながらやってきて「お見事です」と言った。


「この調子で試験も頑張ってください」

「あ、あの、机と椅子壊しちゃったんですけど…」

「あれはラーミズに支払わせますよ。試験会場へご案内しますね」


 職員はしれっと言ってのけた。まあいいか。無礼者にかける慈悲は無い。

 階段を上る職員を見て、アルは両手を出す。しかしそんなに抱き上げられっぱなしでは足腰が弱ってしまう。やんわりと拒否すれば、思いのほかすんなりと引いてくれた。


「ミカ、ありがとう」

「え?」

「怒ってくれたんだろう?私のために」


 アルを見上げれば、柔らかく微笑んでいた。


「うん、そりゃあね。ねえ、なんで払いのけなかったの?」

「ミカに危害が及ぶと思ったんだ。…それなのに、ミカがあいつを煽ったときは焦った」

「あはは…ごめんね」


 今思い返すと、アルへの無体にはらわたが煮えくり返って、周りが見えなくなっていた。手を出され咄嗟に背負い投げをしようと決め、その通りに動けたからよかったものの。


「さあ、会場に着きましたよ」


 試験が対人戦だったらどうしよう、と不安が湧く。

 そうでなくても、これから先、変な輩と戦うことになるかもしれない。アルを守れるように鍛えようと心に誓った。

 会場の扉を開けると、大人の背丈ほどの水晶が置かれていた。角度によって虹色に煌めく様は、まるでオーロラの様だ。


「綺麗…」

「それでは、これに攻撃をしてもらいます」

「ええ!?」

「安心してください。ちょっとやそっとじゃ傷つきませんし、なぜだか壊れても再生するんですよ」

「え、えええ!?」


 鉱石が再生するなんて信じられない。職員は「形状記憶って言うんですかね?」と言った。それは違うと思う。


「見たほうが早いですね。アルさん、お願いします」

「わかった」


 アルは水晶を前にファイティングポーズを取った。え、素手で殴るんですか。

 腰を落とし、軽く足を引く。フッと吐いた息とともに繰り出された拳は、水晶全体にまわる細かな亀裂をいれた。それで終わりかと思いきや、一拍置き、水晶はきらめく破片へと姿を変える。要は木っ端みじんである。


「わ、わあ…」

「残った水晶の根本を見る感じ、記録更新っぽいですねえ」

「そうか」


 気のせいだろうか。アルの声が嬉しそうに聞こえるのだ。まさか何度も記録を塗り替えに来ているんじゃ。

 すると、地に落ちていた破片がひとりでに浮き始め、元の水晶の形へと戻っていった。


「どうです?分かりました?」

「知らないものがいっぱいあるんだなってことが分かりました」

「ハハハ、コレは空から降ってきたものなんです。だから誰も知りません。成分を調べようにも、削ったものが元に戻っちゃうんでどうしようもないんですよね」


 まほうのせかいってすごい。常識が一切通用しない。そんな未知のものバンバン壊していいのか。

 宇宙を背負っていると、アルに頭を撫でられた。


「ほら、ミカの番だ。思いっきりやってみると良い」


 そうは言っても、殴ったら痛そうだ。傷一つなくなった水晶の前に立つ。

 不思議パワーで痛くありませんように。大きく息を吸い、ぐっと力を入れる。

 そうして勢い良く振りぬいた拳は、痛めることなく、水晶に大きな亀裂を入れた。


「危ない!」


 まずい、と思った時には既に、割れた水晶の巨大な塊が目前に迫っていて。


「ミカ!」


 アルの切羽詰まった声を聞きながら、俺の意識は暗転した。




 ***




 俺は気が付くと、夕暮れ時の学校の下駄箱にいた。しかし、自分が通っていた学校かどうかは思い出せない。まるで明晰夢を見ているようだった。


(何でここにいるんだろう)


 下駄箱の横を無数の魚が泳ぎ抜けて行く。魔法の世界って何でもありだな、と思った。

 その場で立ち尽くしていると、女子生徒の会話が聞こえた。


『――組の―――君、かわいそうだよねえ』

『ね、突然―――を亡くすなんて』


(ああ、俺のことだ)


 同時に、なんとなくどこかに隠れてしまいたくなった。

 するとちょうど隠れられそうな扉が、出番を待っていたかのように現れる。俺の足は自然とその扉へ向った。

 無機質なグレーの扉は、俺を誘うようにひとりでに開き―――、俺が足を踏み入れる直前に、アルに呼び止められた気がして振り向いた。だがそこにアルは居ない。当然だろう、ここは『学校』なのだから。

 アルは何度も俺を呼んでいる。俺は声のする方へ駆け出した。学校を飛び出し、魚の揺蕩う見覚えのない街を走り回る。

 そして、見覚えのない住宅街の中に、見覚えのある一軒家を見つけた。


「うちだ…」


 十数年住んだ懐かしの我が家に、涙が滲んだ。

 しかし感傷に浸っている場合ではない。なぜならアルが俺を呼んでいるからだ。

 また駆け出そうと背を向けたその時。

 ガラガラと耳慣れた音がした。あれはうちの、スライド式の玄関が開く音だ。


『―――…?』


 なんと言っているかは分からなかったが、あれはおそらく俺の名前を呼んでいる。振り向いてはいけない、と本能が察した。


『―――!どこに行ってたの、心配したんだよ?』


 アレは姉を語るナニカだ。姉ではない。だってここは現実じゃない。俺がいた世界じゃない。


『ほら、早くおいで。おうち入ろ?―――』

「………ごめん、姉ちゃん」


 いまだはっきりと思い出せない姉の顔を見たかった。偽物でも、元気に生きている姿を一目見たかった。

 涙をこらえて住宅街を走り抜ける。

 気が付けば、大樹のそびえたつ丘にいた。相変わらず魚が空を泳いでいるけど、これは世界樹だろう。葉は風に揺られ、惜しげもなく煌めきを振りまいている。

 今までの偽物とは違う、安心感。これはきっと本物だ。


「アル―!」

『ミカ』


 振り返ると、水路を挟んでアルが立っていた。


『ほら、おいで』


 アルは両手を広げ、俺が来るのを待っている。


(違う、コレはアルじゃない。だってここは、アルのいる世界でもない)


『ミカ?』

「そっちには行けないよ」


 アル擬きに背を向け、世界樹に触れる。

 今まで遠かった本当のアルの声が、やっと鮮明に聞こえた。これでアルの元へ行けるだろう。

 暖かな光が俺を包み、安心した俺は意識が遠のく。

 アル擬きが巨大な化物に変貌を遂げているとは知らずに。




 ***




「危ない!」

「ミカ!」


 水晶の塊がミカに当たる前に、アルはミカを引き寄せ頭を守るように庇った。しかし小さな身体はくたりと力ない。

 水晶がすべて地に落ち、()()()()()ことを確認するとミカを視た。


(魂が、乖離(かいり)しかけている…!)


「ミカ、ミカ!」

「僕、人呼んできます!」


 職員は、ミカの頭に水晶が当たって意識を失ったと思っているが、実際はそうではない。

 アルの目には、ミカの頭に手を伸ばす、半透明のヒト型のナニカが見えていた。


(あれはなんだ。一体何をした)


 水晶に宿っているとでもいうのだろうか。今までさんざん壊していたのに、なぜこのタイミングで。

 アルが思考を巡らせている間にも、ミカの魂は身体から少しずつ離れている。

 アルは頭を振り、ミカの魂を身体に押し戻すことだけを考えた。

 魂にそっと触れ、ゆっくり、ゆっくり、身体へ押し入れる。しかし、あと少しのところで止まってしまった。


「なぜ…。ミカ、行かないでくれ。ミカ…!」


 アルは自分の鞄の中に何か使えるものはないかと頭を巡らせた。ミカと縁の深いもの、力の強いもの。

 そこでハッと気が付く。

 アルは常に世界樹の葉を何枚か持ち歩いている。生命の源泉である世界樹の葉には、万病を癒す効果があるので、深い傷を負った生き物や重い病にかかった者にこっそりと使っていたのだ。

 異世界の魂は、世界樹には受け入れられず、弾かれてしまう。


(力技だが仕方ない)


 アルは世界樹の葉を鞄から取り出し、葉で魂を包むように抑え込んだ。


(頼む、帰ってきてくれ)


 アルの機転が功を成したのか、ミカは息を吹き返した。




 ***




「ミカ!ああ、良かった…」

「あ!ミカ君、目覚めました!大丈夫です。あ、お願いします。はい…はい、失礼します」


 目を開くと、今にも泣きそうな顔のアルがいたが、すぐに抱きしめられ見えなくなった。こんなに表情を崩すこともできるんだな、なんて場違いなことを考えた。

 ぼんやりと周りを見渡す。職員は何かを耳に当て通話しているようだ。

 水晶を見上げれば、最初に見た時と変わりなかった。思いきり殴って、頭上に大きな破片が降ってきた記憶はある。頭を打って気を失っている間に再生したんだろう。

 アルに視線を戻し、ムーングレイの頭を撫でる。


「アル、心配かけてごめんね。ありがとう」

「ああ…。こんな思いは二度とごめんだ」


 一層強く抱きしめれられ、大切にされてるなあとにやける頬を抑えられずにいると、職員が気まずそうに声をかけてきた。


「あの、念のため治癒魔法士に見てもらいましょう。この部屋に呼んだのでここで、」

「ここはだめだ。食堂に行こう」

「え」


 治癒魔法士なんてものがいるのか。治癒魔法って難しいのかな。なんてのんきに考えているとアルの鋭い声が職員を遮った。

 アルは俺を横抱きにし立ち上がり、職員の返答も聞かず部屋を出る。なぜここではだめだったのだろう。

 ところで、これって俗に言うお姫様抱っこでは。


「アルさん、俺は治癒魔法士の方と行き違いにならないようにここにいますんで、食堂で待っててくださいね」

「ああ。手間をかけるな」


 職員は扉の前で、四角い機械を振りながら言った。あれが先程通信していたものだろうか。

 ともかくお姫様だっこは遠慮したい。足早に試験会場を後にしたアルに声をかける。


「アル、この抱っ子の仕方恥ずかしい」

「横もいつものも変わらんだろう」

「ぐっ…かわ、変わるよ…」


 確かに傍から見れば大差ないかもしれない。でも変わるのだ、気持ちは。

 ジッと見つめれば、アルは渋々抱き方を変えた。階段を降りきる前に変えてもらえてよかった。

 食堂に着けば、俺が投げたラーミズはおらず、壊れた机たちも元通りになっていた。


「直ってる…」

「魔法で戻したんだろう」


 魔法、本当に便利だな。

 二人で椅子に座ってしばらく待っていると、一人の女性がやってきた。フードを目深にかぶり、あっちに行ったりこっちに行ったりと、物凄く挙動不審である。


「……ディタ」


 アルにディタと呼ばれた女性は大げさなまでに肩を揺らし、そろりそろりと近づいてきた。

 しゃがんで俺と目線を合わせるとフードをそっと外す。おろした髪の隙間からはヒレがのぞいていた。


「あ、あのう、初めまして…。えっと、治癒魔法士を、やらせてもらってます。ディタ、です。すみません。ミカ君に異常がないか、か、確認、します。すみません…」


 ディタは何度もチラチラとアルを見ながら言った。


「……そんなに怯えることないだろう」

「ヒィ!すみませんすみません怯えてないですすみません!」


 アルに怯えて謝り倒す彼女はいっそ哀れに見えてくる。アル、何したんだろう。

 彼女は「失礼します…」と言いながら俺のおでこを見、首を傾げると、目を覗きこまれた。

 するとだんだんと青ざめていき「す、すみません、すみません、ごめんなさい」と口にする。まさか何か重大な何かがあるんだろうか。


「特に異常はないだろう」

「何も見つけられませんでした…えっ」

「私が防いだからな」


 えっそうなの?当たりそうってだけで気絶したの、俺。

 ディタは「じゃあなんで…あ、そっか」と一人で納得している。俺にも教えてほしい。


「それじゃあ、あの、私はこれで…」

「ああ、悪いな」

「いっいえ!失礼します、すみません!」


 ディタは最後まで何に対してか分からない謝罪を繰り返していた。本当にアルは何をしたんだ。

 そういえば今日だけで三人ものヒレ耳と出会った。同じ種族と言うことは、同郷だろうか。


「ディタさんってもしかしてフローラさんたちと同じパーティ?」

「ああ、フローラとツェツィーリヤ、ディタの三人でパーティを組んでいる」

「そうなんだ…」

「アルさん、ミカ君」


 ディタと入れ違いに先程の職員がやってきた。


「どうでした?」

「問題ない」


 職員は心底安心した様子で「それならよかった」と言った。いい人だな。


「ランク登録の準備ができたので呼びに参りました。受付に来られそうですか」

「ミカ、行けるか」

「うん」


 いよいよ探索者登録だ。そういえば試験の結果はどうなったんだろう。


「では行きましょう」



 職員はカウンターへ入ると、二つの金色のバッジと、先ほど記入した用紙、そして用紙と同じ大きさの木箱を取り出した。

 杖を振り、箱を水で満たすと紙をその中に沈める。すると文字が紙から離れ、空中に浮かびあがった!


「すごい…」


 また杖を振ると、文字たちはバッジの中へと吸い込まれていく。職員はバッジを俺に手渡した。


「こちらは身分証になります。一つは常に持ち歩いて、一つはおうちなどで保管してくださいね。片方があれば再発行できます。わかりましたか?」

「はい。ありがとうございます。…あの、試験の結果って」

「はい。水晶を壊されたのでランクは一級です。難しい依頼をこなすと準特級、特級と上がっていきます。頑張ってくださいね」


 受付から離れ、受け取ったバッジを眺める。五百円玉ほどのサイズに細かな紋章が描かれていた。盾を支える二頭のドラゴン――片方はドラゴンと言うより龍である――に、小さな宝石のついた兜と花冠。リボンには見たことのない文字が書かれている。


「片方は私が預かろう。もう片方は、好きなところにつけると良い」


 片方をアルに渡し、もう片方は迷わず胸ポケットにつけた。ほかの服に着替えるときは付け替えるのを忘れないようにしなければ。


「アル、次は依頼を受けるんだよね」

「ああ、お前が元気ならそのつもりだ」

「楽しみだなぁ」


 どんな種族や植物、動物がいるんだろう。この街はヨーロッパのような街並みだったけれど、日本みたいな国もあるんだろうか。

 依頼ボードの前には数組しかいなかった。皆、朝早いうちに出発したのかもしれない。

 貼られた依頼を流し見る。対象の絵が描かれていてわかりやすい。五割ほどが討伐依頼で四割が採取、残り一割は町民の手伝い、と言った感じだ。


「依頼なんだが、私たちが選んではいけないものがある。まずそれを説明しよう」

「ランクの制限とか?」

「それはほとんどないぞ。特級が一番上で、そのランク帯の依頼は基本、職員から直接打診される。…()()()が受けられない依頼は『討伐』と『一部の採取』だ」


 …特級が一番上?俺のランクって、特級の二個下の一級じゃなかっただろうか。

 アルは申し訳なさそうにこちらを見ている。


「えっと、特級が一番上って聞こえたんだけど」

「そうだな」

「なんで俺そんな最初からランク高いの?」

「水晶を壊したからだな」


 ふつうは壊せないのか…とショックを受けていると、アルはしゃがんで目線を合わせこう言った。


「討伐や一部の採取の依頼ができないのは、宗教上の理由で命を奪えないからだ」

「しゅうきょうじょうのりゆう」

「そうだ。植物も根から引き抜くと死んでしまう。だから私たちは、すでに死んだものを摘み取るか、実や葉などを少しずつ分けてもらうんだ」


 宗教上の理由。それはアルが生命の神だからだろう。神は命を与えられても、奪えないのか。

 しかし生き物を殺さなくていいのは僥倖だ。実は血を見ることになるのかと内心ドキドキしていた。探索が楽しみなのは、もちろん本当だけど。

 アルは立ち上がり俺の頭を撫で、言った。


「後は現地で教える。依頼を選ぼう」



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