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君は和君なんだよね?

 僕は吃驚してしまった。

 十歳近くも年が離れた「お兄さん」と思い慕っていた和久が、僕に跪いて求婚するなんて。

 一体何がどうしたの!である。


「僕は今はこんな格好をしているけれど、男だよ。体が変化したって聞いているかもしれないけどね、胸が膨らんだだけで下は普通に男のままなんだよ。」


 とにかく和久に手を貸して立たせると、彼は怒りに満ちた様子で僕から乱暴に腕を引き抜き僕を振り払った。

 よろめく前に僕は山口に支えられた事で、和久はもっと頭に血が上ったようだ。


「それじゃあ、こいつは何なんだ!男だろう?」


 和久は山口を指を差して声を荒げたが、指差された山口は和久による恋人認定に喜ぶだけだ。

 ムフっとした笑顔で、此方が少々イラっとするほどニタついている。

 僕はもう面倒なのは嫌なので、勢いよく和久に頭を下げた。


「ごめんなさい。和君のことは従兄のお兄さんとしか見れません。僕は本当は異性愛者です。でも、山口さんの事を好きになったので、きっと彼は特別なんです。」


 僕の言葉に、和久は僕を押しのけて室外に走り去ってしまった。


 え?


「馬鹿ちび!」


 楊が叫んで和久の後を追いかけて走って行ってしまい、後には軽やかな足音だけが廊下に響いていた。

 二人の姿はすぐに見えなくなり、困ったなぁと山口を見ると、彼はしゃがんで両手で顔を覆っている。そして、佐藤はなぜか涙にくれており、驚いた僕が良純和尚の姿を室内に探してもいなかった。

 彼は廊下の楊達が走り去った方向とは逆にある休憩スペースにいつの間にか行っており、我が物顔で勝手にウォーターサーバーの水を飲んでいたのである。


「えー。」


 取り残された僕はどうしていいかわからないので、まずはしゃがんだままの山口の肩を叩いてみた。

 一番僕の近くにいるし。


「ねぇ、僕は何か酷い事を言ったの?」


 顔を上げた彼の目は赤く、涙目だった。

 え?どうして?


「特別、ああ素敵な言葉。俺は今なら死んでもいい。」


 馬鹿なだけだったので頭を叩いた。山口は叩かれてもしゃがんだままくすくすと喜んでいるだけなので、僕は彼を見捨てて涙に暮れている佐藤の所に行った。


「どうしたの?佐藤さん。」


 彼女はそっと僕を見上げて僕と目を合わしたすぐに視線を逸らし、そのまま俯いて再び泣き出した。


「異性愛者なのに好きになったから特別って、葉山さんと同じ言葉で。彼もあなたに本気だったのね。」


 わなわなと唇を震わせながらも僕に気遣って話してくれたとは、佐藤はなんて優しい女性なのだろう。

 彼女が好きだという葉山は山口と相棒だった人であり、彼は竹林に佇む武士のような静かな格好良さがある男性だ。

 四角い輪郭に荒削りながら整った顔立ちで、博識で優しい喋り方をする人だったのに、最近は「鬼畜」丸出しな物言いしかしなくなった残念な人だ。


「僕は佐藤さんが素敵で好きになりかけた事があったから、佐藤さんが悲しそうなのは辛いよ。」


 僕の言葉に佐藤が固まってしまった。


「私のこと、好きになりかけたの?」


「ごめんね、気持ち悪い事言っちゃって。こんな僕にそんな風に見られたことがあるってだけで嫌だよね。」


 佐藤は矢張り優しい人なので、ふるふると優しく首を振った。


「嬉しいわ。ありがとう。」


 僕に笑いかけてもくれるなんて、本当に彼女は素敵な人だ。

 山口に同意を求めて目線を送ると、彼も優しい笑顔を返してくれた。


「おい、誰もこいつを追いかけないとはどういうことだ。ちびは従兄弟の癖に薄情過ぎないか?」


 楊が空気も読まずに和久を連れて戻って来たが、楊にしては珍しくかなり息を切らしていた。

 彼は県警一の俊足だと噂の人である。

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