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佐藤は優しい?

「かわちゃんが息を切らすって珍しいですね。やっぱり、年齢的な?」


 バシッと久々に頭を叩かれた。

 やばい、なんだか、嬉しい?


「ここはボケる所じゃないって。お前は従兄が飛び降りてもいいのか?こいつは足が凄く速いぞ。俺じゃないと捕まえられなかったからな。」


 しかし、楊に捕まれた和久はそれほど息を切らせていない。


「和君。本気を出さなかったね。」


「クロちゃんは僕を追いかけてもくれなかったね。」


「追いかけても追いつくはずないじゃないか。」


「せめて、待って!ぐらい叫ぶべきでしょう。」


 なんて面倒な従兄なんだと、どうしようと良純和尚に助けを求めて視線を動かしたら、いない。

 どうやら僕は捨て子されたようだ。

 彼が僕を見捨てるのも久しぶりすぎて、それには新鮮な悲しさを感じるよ。


 あ、淳平までいない。


「あ。淳平君もいないって、どういうこと。僕は良純さんと淳平君に捨て子されちゃったって事?酷いよ!」


「クロちゃんが酷いよ。少しは慰めてよ。」


 和久の叫びと共に楊にぱしっと軽く頭を叩かれ、楊を恨みがましく見上げると息を切らせた彼が僕に凄んでいる目にぶつかった。


「おい、本気ってなんだ?」


「和君は陸上の元インターハイ選手です。短距離走では東北では有名な人です。」


 僕の答えに楊は和久に向き直り、彼を掴んだ力をギュッと強めた。


「てめぇ。死ぬ気もないのに俺に全力疾走させたのかよ。ふざけんな。」


 和久は楊からそっと顔を背けて呟いた。


「このまま殴り殺してください。」


「なんだよ、それ。」


「武本の大事な商品を盗まれた馬鹿ですから。このまま死ぬのが一番です。」


 和久はがっくりとうな垂れ、そんな哀れな姿を一層哀れにしている青黒く変色して腫れている暴行の跡に、僕は胸がかなりどころか酷く痛んだ。


「ごめん。和君。僕が悪かったよ。まずはその顔を何とかしようか。痛くない?」


 僕の言葉に見上げた和久の顔が喜びに輝いている事になぜか僕は少しイラッとし、そして兄貴分の楊もそうだったのか和久を掴む手を突然離したので、和久は少々ぐらついてしまった。


「あぁ。すまない。奥の長椅子に座って休んでくれ。かなり体が痛むはずでしょう。」


 違った。

 楊は僕の言葉に和久への心配がぶり返しただけだ。

 良純和尚が時々言うとおりに、僕はろくでなしなのかもしれない。


「これで冷やそうか?」


 反省する自分に追い討ちをかけるように、優しさの権化の佐藤が冷却シートの箱を持って現れた。

 医務室まで駆けてくれただろう佐藤の優しさに、和久は再会して初めて気が緩んだ顔を僕達に見せた。

 僕の心がちくちくするところを他所に、今や和久は奥の長椅子に座らされ、佐藤に冷却シートを顔や腕に貼って貰っている。


 僕はそのあまりにも気弱でなすがままの彼に違和感を感じ始めていた。


 元々母方の従兄の極悪人共と違い彼は静な人だが、静かだからと言って芯が弱い人などではない。

 大体、気力のない人間がスポーツで名を成すことができるだろうか。

 僕は和久の手当ての邪魔にならないように佐藤を挟んで横に座った。


「ねぇ。和君は一体どうしたの?いつもの和君じゃないよ。」


「クロちゃんの考える僕ってどんな姿?」


 ぶっきらぼうに素早く返してきた彼に僕はビクリとしたが、それこそが初めての経験であり、僕にこんな声をだした事など今までなかったと気がついた。


「そうだね。ごめんなさい。僕は和君の事を良く知らなかったみたい。和君は何時も優しくて、甘えられる僕の大事なお兄さんだったから。ごめんなさい。僕は一方的に和君に甘えるばかりで、和君にだって辛い時があるんだって考えなかったね。」


 彼は僕の謝罪を聞いてより悲しそうな色を目に浮かべると、そのまま僕から目を逸らして前方を見つめてしまった。


「ごめんなさい。知らなかったなんて言い方こそ駄目だよね。」


「いいよ。僕は駄目な人間であることを君に隠していたんだから、そんなの仕方がないよ。君を守るどころか、ずっと辛いことがわかっていても助ける方法を見つけてあげれなかった馬鹿なお兄さんだものね。」


「おい。ずっと辛いことがわかっていたって、どういうことだ?」


 低い脅しを含んだ声で和久を怯えさせたのは、優しさの権化の佐藤であった。

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