表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

留置場にて.1

 学術国家と呼ばれているだけあって、この国の人間は半数以上が研究者タイプに分類される。

 研究者の本質。それは発想の転換と柔軟な思考を持ち、慣例から逸脱すること。今までのやり方に疑問を持つこと、合理的で新しい方法を見つけ出すことである。


「この巨大すぎる施設の謎が解けましたよ」


 ソルに連れられてやってきた建物の前で、セイショウはポツリと呟いた。彼の記憶が正しければ、ここは裁判所のはずだった。

 道すがらソルが説明してくれた話によると、容疑者から死刑囚まで事件の全ての関係者はこの場所に集められるらしい。とりあえず裁判所と呼ばれているものの、実際には留置場、拘置所、裁判所、刑務所、死刑執行を行う処刑場その他諸々の機能を併せ持つとのこと。

 なるほど。全ての機能を一つの建物に集中させれば、囚人の移送や各部署への引き継ぎをスムーズに行うことができる。何事にも合理性と効率性を追求するオートらしい建物と言えるだろう。


「僕、初めてアイヒに来た時に城だと思いましたよ」

「お前だけじゃない。大抵の人間はそうだ」

「実際に貴族が暮らしてる城の方が地味なんだけどね、実は」


 セイショウ、ソル、カイが会話しながらも急ぎ足で階段を上る。優に四十人が横に並んで通れそうな階段であったが、行き交う人の数は多かった。内部で働く職員やその見習い、また裁判の見物人などが三人に注意を払うこともなく通り過ぎて行く。

 階段を上り終えたセイショウたちが入り口のドアに手をかけた時だった。


「君、少し待ちたまえ」

「あぁ?」


 ドスの効いたソルの声に、セイショウとカイは反射的に身体を強張らせた。

 一般人の出入りが許されているとは言え、警備が薄いわけではない。当然何人もの警備員が入り口を見張っている。

 どうやらソルの見た目は警戒の必要ありと判断されたようで、警備員は彼の肩を掴んで建物への進入を阻んでいた。


(まあ、ねぇ……)

(見た目だけなら犯罪者レベルですからね)


 目線で互いの思惑を確認するカイとセイショウ。

 周囲を行き交う人々は時間に追われているのだろうか。好奇の目で、あるいは迷惑そうな視線を向けながらも歩みを止めることなく進んでいく。川の中の岩を迂回して流れる水のように、人の流れは三人の周囲だけを避けて行った。

 喧嘩腰のソルの迫力に一瞬だけ怯んだ警備員は、すぐに表情を引き締めた。相手の反抗的な態度にあったことで余計に警戒を強めてしまったらしく、その顔には断固とした決意と緊張が浮かんでおり、ソルとの間に険悪な空気が流れる。

 どうやら長くかかりそうだと判断したカイとセイショウは、顔を見合わせて無言で頷き合うと、くるりとソルに背を向けて先を急ぐことにした。


「おぃっ……こら、てめぇら! ちょ、どけ!」

「君! 抵抗するのかね!」


 二人の裏切りに気づいたソルは怒鳴り声を上げるものの、警備員に抱きつかれるようにして動きを阻まれる。


「あ、僕たちアノ人とは関係ないですからー」

「ええ。たまたま近くに居ただけです。赤の他人です」


 加勢に集まってきた警備員に向かって何食わぬ顔で言い放ち、そそくさと入り口のセキュリティーチェックを通り抜ける二人。女性の係官は何か言いたそうな顔をしていたものの、童顔のセイショウが人懐こい笑顔を浮かべ、美貌のカイが飛び切りの笑顔を向けると、頬を赤らめて俯きながら通してくれた。


「……あとでソルに何されるかなぁ」

「苦労を未来から借りてくることはやめましょう」


 角を曲がってソルの視線から外れた所で、カイがボヤいた。だが後悔しているわけではなさそうだ。

 セイショウは半ば上の空で、郷里で使われていた「これから先の苦労を今から気に病むな」という意味の言い回しを呟きながら、先を急いでいた。彼にとって今回の訪問は、ソルの機嫌を損ねるよりも切羽詰まった目的がある。


 留置場の入口で、収容されている容疑者への面会許可を申請する。セイショウが面会したい相手の名前を告げると、係官は渋面になって「ああ、あいつか」と答えた。

 そのまま案内係が来るまで待つようにと通された控え室で、セイショウは軽くため息をついた。どうやらこの建物に入った時から我知らず緊張していたようだ。


「それにしても待たされますね。お役所仕事はどこの国も一緒ということでしょうか……カイ?」


 返事を求めて振り返ったセイショウは、自分の後ろに居ると思っていたはずのカイの姿が消えていることに戸惑った。いつの間に、一体どこへ。

 眉間に皺を寄せたセイショウが立ち尽くしていると、案内のための係官がやって来た。念のために聞いてみると面会許可は一人分しか下りていないと言う。つまり、留置場の入り口に来た時点で既にカイは居なかったということだ。

 ならばこのままカイが戻って来るのを待っていても仕方がない。不審な気持ちは残るが、セイショウは係官について行くことにした。


 両側にずらりと鉄格子の並ぶ廊下を進んでいく。セイショウは檻の中に目をやらないように意識して歩いた。そうでなくても好奇の視線や敵意に満ちた視線、それから認めたくはないが、性的な意味で媚びるような視線が突き刺さるようなのだ。「視線を感じる」という言葉が嘘では無いことを実感した。

 前を行く係官は留置場の職員であることが納得できる強面の大男だったが、意外にも世間話が好きらしく、頼まれてもいないのに仕事の話などをしてくる。

 どうやら不躾な視線をぶつけてくる囚人たちの態度は、これでもまだ大人しい方らしい。もし弁護士や検事が面会に来ようものなら、たちまち敵意と殺気が渦巻き、野次と罵倒が飛ぶのだとか。

 「この角を曲がれば、すぐにお目当ての人間に会える」と言われたセイショウは、係官についてその角を曲がった瞬間、目に飛び込んできた光景に脱力した。


「ねぇねぇ、オネエさーん。こっち向いてー。できたら声も聞かせてー?」


 檻の隙間から必死で腕を伸ばし、向かい側の檻に入っている女性囚人に向かって声を張り上げている。その下心丸出しの顔を見て、セイショウは来た道を戻りたくなった。

 アイヒテン密猟の容疑者として捕まったのは級友のアクセルだった。


「密輸なんて大それた犯罪をしでかすような人間に見えないんだがな」

「濡れ衣ですよ。単細胞で大雑把ですから、そんな器用な真似は出来ません」


 セイショウの声を聞きつけたアクセルが、振り返って顔を輝かせた。


「おお! セイショウ、俺を助けに来てくれたんだな!」

「……あいつ、十年ぐらい拘留しておいてくれませんか」


 喜びの表情を浮かべるアクセルとは対照的に、冷ややかな笑みを浮かべたセイショウが係官に向かって言う。


「お、おい! 俺を見捨てる気かー!」

「お前なら女性が居る限り、どこでも生きていける。大丈夫だ。達者でな」

「待て待て待て、本当に帰ろうとするなセイショウ。こんなとこから出してくれ! 女の姿は見えても、触ることも舐めることも抱くこともできないんだぞ! 生き地獄だここは!」

「表現が露骨すぎるんだよ」


 両手で鉄格子を掴んで必死に訴えるアクセルの言動に、頭痛を覚えるセイショウ。


「……入れるべきは拘置所じゃなくて修道院か」

「出家してもこいつの煩悩は消えないだろう。まあ留置場うちも迷惑だから、決められた拘置期間以上はここに置いておきたくない」


 係官にまで本気で拒否されるアクセルに少しだけ憐みを感じながら、セイショウは彼の檻の前に歩み寄った。


「なんで捕まったんだ、アクセル」

「それがよー、よくわかんねーんだ。女と一緒に、イチャつける場所を探して森の中を歩いてたんだよ。お前も知ってるだろ? 大学の北門から少し行くとある森、あれだよ」


 コセキ総合大学の北側には広大な森が広がっており、ところどころに点在する開けた部分はピクニックにぴったりの場所だ。

 しかし、少し奥に行けば密集した木々が鬱蒼としており、昼でも薄暗い。昼夜問わず逢引のために森を訪れるカップルは多く、アクセルの語った理由は呆れるものではあったが、この男の場合は別段不審なものではなかった。


「そしたら少し先を、一人で歩いてる女が居たんだよな。それがまたイイ女で!」


 話しながら思い出したのか、すっかり緩んだ顔でニヤニヤと笑う。


「こんな美人に会えるチャンスなんて滅多にない! この機会を最大限に生かさないと! ……と思った俺は、彼女の後をつけたわけ」

「待て。連れの女性はどうした?」

「もちろん邪魔だから置いてったぜ。『お前とはいつでも会えるから、また今度な』って断って。なんかギャーギャー言ってたけどな」


 沈黙するセイショウの背後で、話を聞いていた係官が「最低だなコイツ」と呟いていた。それには同感だ。

 ちなみに面会中の会話は全て記録することになっており、係官の手元には羊皮紙の束と羽ペンが握られている。こんな低俗な会話を残さなければならないなんて気の毒に。


「それで、どうしたんだ」

「俺は彼女を追って、どんどん森の奥に入って行った。そうしたら急に彼女の姿が消えたんだ」

「消えた?」

「ああ。でも消えたんじゃなくて、しゃがみこんだだけだったんだよ。俺が慌てて駆け寄ったら、彼女が地面の近くに座って何かしてたんだ。ハッとして振り向いた顔がまた美人でな! 見開いた黒い瞳が吸い込まれそうに綺麗なんだ。少し開いた唇がまた色っぽくて」

「そこはどうでもいい」


 鼻の下を伸ばして美女の顔立ちを説明し始めたアクセルに、檻の隙間から手刀を振り下ろすセイショウ。本来ならば暴力行為を咎めるはずの係官も、アクセルに呆れきっているせいか黙認してくれた。


「彼女は何をしていたんだ?」

「……小さな檻みたいな、金属製の箱をいじってたぜ」


 アクセルの話によれば、彼はそのまま女性を口説こうとしたらしい。そこに警官たちが現れて、何が何やら分からないうちに密猟者として捕まってしまったと言うのだ。

 大学の北の森は元々、警察やレンジャーによる巡回が行われていた。少し奥に行けば昼なお薄暗く密集している場所であるということはつまり、犯罪の起こりやすい場所ということでもある。

 アクセルに置き去りにされた女性が巡回中の警察に出会い、報復のためか彼に乱暴されたと訴えたのだ。

 もちろん警察たちは、無傷で元気いっぱいの彼女を見て乱暴されたなどと言う話を信じたりはしなかった。しかし放置するわけにもいかない。彼女の証言に基づき森の奥へと歩を進めた彼等は、密猟者が使う小動物用の罠を手に持った女と、その女と親しげな男を見つけたと言うわけだ。


「その女の人はどうしたんだ?」

「俺の向かいの檻に居るぜ。さっきから必死で呼びかけてるんだがなー」


 アクセルの言葉に振り向くと、こちらに背を向けて床に座り込む女が居た。膝下まであるローブが暗い色をしているのは、森の中で目立たないようにするためだろうか。けれど見事なプロポーションに柔らかな生地がまとわりつくことで、逆に人の目を惹きつけてしまっている。黒い髪は耳の下あたりで真っ直ぐに切りそろえられていた。

 セイショウの視線を感じたのか、女がふと顔をこちらに向けた。


「あ……」


 思わず何かを口にしかけて、セイショウはそのまま動きを止めた。

 どこかで見たような……気がする。でも、どこで? ……だめだ、思い出せない。思い違いか?

 無表情でセイショウの顔を見つめていた女は、しばらくすると再び向こうを向いてしまった。しかし二人の目が合った瞬間、僅かに彼女の瞳が揺れたのをセイショウは見逃さなかった。

 迷って立ち尽くすセイショウの背後で、係官が軽い咳払いをすると「面会許可の下りた容疑者以外との会話は禁じられている」とさりげなく規則を伝えた。


「はい、分かりました」


 セイショウは頷くと、アクセルに全く気持ちのこもっていない慰めの言葉をかけ、後ろ髪をひかれる思いで留置場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ