初めての仲間
その夜、リーフはなかなか眠れなかった。
薬草小屋の隅には、緑色のスライムがいる。
昼間よりも、体の色が薄い。
昨日、森犬から助けてくれた。
そのあと、村の少年の傷も治した。
今日は村長との話し合いにもついてきた。
スライムは疲れているはずなのに、リーフのそばから離れようとしなかった。
「無理をしていない?」
リーフが尋ねると、スライムは小さく揺れた。
その動きは、昨日より弱い。
リーフは胸が苦しくなった。
「僕のせいだね」
スライムは答えない。
「僕が森犬から守ってって思ったから、君は力を使った」
もちろん、そんなことを頼んだわけではない。
けれど、スライムはリーフを守るために前へ出た。
少年の傷を治したのも、リーフが困っているのを見たからかもしれない。
「ごめんね」
リーフは手を伸ばし、スライムの体に触れた。
冷たい。
けれど、触れた場所から小さな温かさが返ってくる。
昼間、村長に言われた言葉が蘇った。
『早く正式に契約した方がいい』
テイマーのスキル。
魔物と契約し、従える力。
父は、それを役立たずだと言った。
けれど、自分にとっては違う。
このスライムと一緒にいられるなら。
この子を守れるなら。
リーフは、テイマースキルを使ってみたかった。
ただし、怖かった。
もし失敗したら。
もし、この子に拒まれたら。
今までそばにいてくれたことさえ、なくなってしまうかもしれない。
「明日、試してみよう」
リーフはスライムに話しかけた。
「でも、嫌なら無理しなくていいからね」
スライムは、リーフの手のひらへ体を寄せた。
まるで、分かっていると伝えているようだった。
翌朝。
リーフは空が明るくなる前に目を覚ました。
体を起こすと、スライムがすぐに揺れる。
「おはよう」
リーフは微笑んだ。
朝の挨拶をすると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
薬草小屋の外へ出る。
村はまだ眠っている。
誰にも邪魔されず、落ち着いて試すなら今しかない。
リーフは小屋の裏にある小さな空き地へ向かった。
周囲を見回す。
誰もいない。
朝露に濡れた草が、淡い光を受けている。
リーフはスライムと向かい合った。
足元にしゃがみ込み、両手を膝の上に置く。
「君と、正式に契約したい」
声が震えた。
「僕は、強くない。剣も上手に使えないし、お金もない。君を守れるかどうかも分からない」
スライムが、ゆっくりと揺れる。
「それでも、君を道具にはしたくない。怪我をしたときに、無理やり力を使わせたくない。君が嫌なことは、できるだけさせない」
リーフは、スライムをまっすぐ見つめた。
「僕と一緒にいてほしい。僕も、君と一緒にいたい」
スライムは動かなかった。
リーフの胸が、強く締めつけられる。
やはり、駄目なのだろうか。
スライムにとって、自分はただの食べ物をくれた人間にすぎない。
傷を治してくれたから、そばにいただけなのかもしれない。
リーフは視線を落とした。
「……ごめん。困らせたね」
立ち上がろうとした、そのときだった。
スライムが、リーフの手へ飛び込んだ。
「えっ」
柔らかな体が、手のひらに乗る。
淡い緑色の光が、スライムの中で大きく広がった。
次の瞬間、リーフの胸元からも光が溢れ出した。
温かい。
火のように熱いわけではない。
春の日差しに包まれたような、優しい温かさだった。
光はリーフの手から腕へ、腕から胸へと流れ込んでいく。
心臓の奥に、何かが触れた。
小さな存在。
弱々しく、それでも一生懸命に揺れている気持ち。
怖い。
寂しい。
でも、そばにいたい。
そんな感情が、言葉ではなく直接伝わってきた。
「君の気持ち……?」
リーフの目から涙がこぼれた。
頭の中に、短い言葉が浮かぶ。
――いっしょ。
リーフは息を呑んだ。
聞こえたわけではない。
声が響いたわけでもない。
それでも、確かに分かった。
スライムが、リーフと一緒にいたいと思っている。
「うん」
リーフは涙を拭った。
「一緒にいよう」
光がさらに強くなる。
リーフの足元に、淡い緑色の魔法陣が浮かび上がった。
複雑な文字が円を描き、スライムの体を包んでいく。
リーフは驚いたが、手を引かなかった。
魔法陣はスライムを縛るのではなく、優しく包み込んでいた。
やがて光が消える。
魔法陣も、朝露のように消えていった。
リーフの手のひらには、緑色のスライムが乗っている。
その体から感じる気配が、先ほどまでとは違っていた。
遠くにいるのに、そばにいる。
触れていないのに、温かい。
それが、契約なのだと分かった。
「……成功したの?」
スライムが、ぽよんと跳ねた。
リーフの胸の奥に、嬉しそうな気持ちが伝わってくる。
「成功したんだね」
リーフは、スライムを両手で包んだ。
「ありがとう」
嬉しくて、涙が止まらなかった。
家族に捨てられた日から、ずっと不安だった。
自分には価値がないのだと思っていた。
誰にも必要とされないのだと思っていた。
けれど、この小さな魔物は自分を選んでくれた。
役立つからでもない。
強いからでもない。
ただ、そばにいたいと思ってくれた。
「君に、名前をつけてもいい?」
スライムは、リーフの手の中で揺れた。
「緑色だから……ミルはどうかな」
緑の森を思い出す名前。
小さくて、柔らかくて、呼びやすい名前。
「ミル」
リーフが呼ぶと、スライムの体が大きく弾んだ。
「気に入ってくれた?」
――うれしい。
今度は、はっきりと気持ちが伝わった。
リーフは笑った。
「よかった。これからよろしくね、ミル」
ミルはリーフの手のひらで、何度も跳ねた。
その様子を、薬草小屋の窓からエダが見ていた。
「契約できたようだね」
リーフは慌てて振り返った。
「エダさん。見ていたんですか?」
「朝からずいぶん騒がしかったからね」
エダは小屋の外へ出てくると、ミルをじっと見つめた。
「色が少し濃くなったね」
「はい。ミルです」
「もう名前までつけたのかい」
「僕の大切な仲間なので」
言ってから、リーフは少し恥ずかしくなった。
エダは、しばらく黙ってリーフを見ていた。
そして、穏やかに笑う。
「そうかい。なら、大事にしな」
「はい」
「大事にされるだけじゃなく、大事にするんだよ」
「分かっています」
リーフはミルを見つめた。
「ミルも、僕を助けてくれましたから」
エダは小さく頷いた。
「なら、今日からは2人分の食事が必要だね」
「2人分……」
リーフは財布のない自分を思い出した。
ミルも、食べ物や水が必要になる。
契約できた嬉しさの一方で、新しい不安が生まれた。
けれど、リーフはミルを抱きしめるように両手を添えた。
1人分の生活でさえ大変だった。
これからは、2人分の生活を考えなければならない。
それでも、不思議と怖くはなかった。
今までは、何も持っていなかったから怖かった。
けれど、今は違う。
自分を選んでくれた仲間がいる。
「ミル。今日も薬草の仕事を手伝おう」
ミルが、元気よく跳ねた。
リーフはその姿を見ながら、初めて心から思った。
テイマーになってよかった。




