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第20話

 翌朝。


 ほとんど眠れないまま、


 森へ行った。


 治療区画には、


 ミアナがいる。


 そのすぐそばに、


 ちび。


 包帯に覆われた身体は、


 昨日より、


 ずっと小さく見えた。


「先生」


「静かに」


 ミレーヌも、


 ほとんど寝ていないらしい。


 目の下に、


 少し影がある。


「まだ寝てる?」


「さっき少し動いた」


「……」


 近くへ、


 座る。


 ミアナは、


 こっちを見る。


 でも、


 昨日みたいに、


 唸らない。


「ちび」


 小さく呼ぶ。


 耳が、


 ほんの少し、


 動いた。


「……ちび?」


 ゆっくり、


 目が開く。


「……」


 ほんの、


 少しだけ。


 それでも、


 オレを見た。


「み……」


 弱い、


 声。


「先生!」


「見えてるわよ」


 ミレーヌが、


 少しだけ笑った。


「もう大丈夫?」


「それはまだ言わない」


「……」


「でも」


 ちびの呼吸を見る。


「少なくとも、昨夜よりはずっといい」


 力が、


 抜ける。


「……よかった」


 本当に、


 それしか出なかった。



 ◇



 傷は深い。


 出血も多かった。


 感染にも、


 気をつけなきゃいけない。


 しばらく、


 まともに走るのも、


 無理らしい。


 ちびの頭へ、


 そっと手を置く。


「もう変なところ行くなよ」


 言ってから、


 違うと思った。


「……お前のせいじゃないか」


 悪いのは、


 罠を置いた人間。


 ちびは、


 いつも通り、


 いつもの場所へ、


 遊びに行っただけ。


 ミアナが、


 ちびの身体へ、


 鼻を寄せる。


 その向こう、


 ヴァル、


 ルウ、


 ネーヴェ、


 他のラグナたちも、


 離れたところから、


 こっちを見ている。


 群れ全体で、


 ちびを守っている。



 ◇



「隊長、寝ました?」


 後ろから来たカイルに聞く。


「お前に言われたくない」


「……」


 確かに、


 カイルも、


 ひどい顔。


「似たような顔してますよ」


「そうだろうな」


 一瞬、


 笑う。


 昨日とは、


 違う。


 少しだけ、


 いつもの森が、


 戻ってきた。



 ◇



 王宮からも、


 正式な報告が届いた。


 リリアナ、


 昨夜から、


 状態は安定、


 よく眠っている。


 ルカリオも、


 問題なし。


「……よかった」


 ちび、


 リリアナ、


 ルカリオ。


 全員、


 生きてる。


 まず、


 それだけで、


 十分だった。



 ◇



 昨日までの記録を、


 ミレーヌと、


 ユリウスさんが、


 並べる。


 ラグナが、


 落ち着かなくなった日。


 リリアナが、


 激しく泣いた。


 二度目も、


 似た時間。


 そして、


 昨日、


 幼獣が傷つき、


 群れ全体が激昂した。


 ほぼ同じころ、


 リリアナも、


 今までで一番ひどい状態になった。


 群れが静まると、


 リリアナも静まった。


「完全に証明するには」


 ミレーヌが言う。


「もっと観察は必要だけど」


「うん」


「王女殿下がラグナの感情や本能と連動してる可能性は、かなり高い」


「能力として扱い、警戒すべき段階でしょう」


 ユリウスさんも、


 今回は、


 否定しない。


「威圧とは違うんですね」


「殿下の力は外へ押し出す」


 ユリウスさんが言う。


「王女殿下の場合は、外から受け取っているように見えます」


「でも昨日は、王女殿下のほうからラグナにも返ってたかもしれないんですよね?」


「その可能性もあります」


 一方通行じゃない。


 ミレーヌが、


 紙を見ながら言う。


「響き合ってるのよ」


「響き合う……」


「共鳴」


 その言葉が、


 一番、


 近いらしい。


「じゃあ人工香は?」


「無効だったわけではありません」


 ユリウスさんが、


 すぐ言った。


「普段の鎮静には有効です」


「昨日も効いてはいた」


 ミレーヌも続ける。


「ただ、母獣の防衛本能と群れ全体の怒り。それに王女殿下の共鳴まで重なった」


「強すぎた?」


「そういうこと」


 人工香が、


 駄目だったわけじゃない。


 オレだけが、


 正解だったわけでもない。


 昨日、


 オレ一人だったら、


 絶対、


 無理だった。


 人工香。


 ミレーヌ。


 騎士団。


 カイル。


 ユリウスさん。


 みんな、


 必要だった。


「じゃあ」


 少し考える。


「オレがいれば大丈夫ってこと?」


「逆です」


「え?」


 ユリウスさんに、


 真顔で言われた。


「昨日のあなたを見て、なお一人に依存すべきだと思うのなら、私はあなたの知性を疑います」


「言い方」


「事実です」


 昨日、


 オレも、


 倒れかけた。


「……まあ」


 それは、


 そう。


「人工香も研究を続けます」


 ユリウスさんが言う。


「人員も、技術も、記録も必要です。一人の特殊な体質だけへ依存する体制にはしません」


 最初に、


 この人が言っていたこと、


 今なら、


 ちゃんと分かる。



 ◇



 事件のほうも、


 少しずつ、


 分かってきた。


 正規許可証の不自然な使用。


 そこから、


 搬入担当、


 許可を出せる人間、


 資金の流れ、


 罠に使われた材料、


 一つずつ、


 つながった。


「内部の協力者がいた?」


「はい」


 国獣管理に関係する、


 下級役人。


 金で、


 買われていた。


 正規の許可を利用して、


 外の人間を、


 森へ入れた。


「……」


 ユリウスさんの顔が、


 いつもより、


 ずっと硬い。


「ユリウスさんのせいじゃないでしょ」


「制度があるだけでは駄目だということです」


「え?」


「運用する者まで含めて、制度です」


 悔しそうだった。


 でも、


 逃げない。



 ◇



 その先、


 首謀者まで、


 つながった。


 ヴィオラ王妃を支持する、


 一部の有力貴族。


 ただし、


 ヴィオラ王妃本人が、


 命じた証拠は、


 ない。


 むしろ、


 勝手な行動をするなと、


 止めていたらしい。


「何で」


 分からない。


「ちびを殺したかったわけじゃないんですよね?」


「ああ」


 カイルが答える。


「狙いはルカリオ殿下だ」


「ルカリオ?」


 ルカリオが、


 森へ来る日。


 それを、


 犯人たちは、


 知っていた。


 ちびを傷つける、


 ミアナが怒る、


 群れ全体が、


 暴れる。


 国獣の血が、


 極めて濃いルカリオも、


 その場で、


 感情を乱す。


 威圧を、


 暴発させる。


「ルカリオ殿下は力を制御できない」


「……」


「王にふさわしくない」


 そう、


 見せるため。


「……馬鹿じゃないの」


 それしか、


 出なかった。


「リリアナのためにやったのに」


 昨日、


 王宮で苦しんでいた、


 赤ちゃん。


「リリアナまで殺しかけたってこと?」


 誰も、


 否定しなかった。


「何なんですか、それ」


 王様にしたい。


 守りたい。


 そう言いながら、


 その本人まで、


 危険にする。


 全然、


 分からない。



 ◇



 その日の午後、


 王宮から、


 呼び出された。


「また王宮……」


 思わず言う。


「諦めろ」


 カイル。


「最近行きすぎじゃないです?」


「今回は仕方ない」


 オレだけじゃない。


 カイル、


 ユリウスさん、


 ミレーヌも、


 一緒だった。



 ◇



 マリエル王妃、


 ヴィオラ王妃、


 二人とも、


 いる。


 でも、


 血統の儀のときとは、


 少し、


 空気が違った。


「今回の件について」


 ヴィオラ王妃が、


 先に言った。


「私を支持する者であろうと、庇うつもりはありません」


 少し、


 意外だった。


「必要な記録は、すべて提出しています」


「……」


 それから、


 オレを見る。


「昨日」


 頭を下げられたわけではない。


 でも、


 ちゃんと、


 目を合わせた。


「リリアナを助けていただいたこと、感謝します」


「オレは」


 言う。


「ラグナを落ち着かせただけです」


「それが娘を助けました」


「……」


「ありがとうございます」


「でも」


 ちびを、


 思い出す。


「幼獣は、まだ治療中です」


「承知しています」


 ヴィオラ王妃の顔が、


 少し、


 苦しくなる。


「私の娘の名を利用した者が招いたことである以上、責任を持って協力します」


 悪いのは、


 あの人じゃない。


 それは、


 もう、


 分かった。



 ◇



 今回の事件を受けて、


 王位のことも、


 しばらく、


 動かさないことになった。


 ルカリオは、


 現行の順位、


 第一位のまま。


 でも、


 リリアナも、


 同等の資格を持つ候補として、


 正式に残す。


 今、


 五歳と、


 赤ちゃんの、


 どちらが王か、


 無理に決めない。


 成長して、


 能力、


 性格、


 いろんなものが、


 もっと分かってから、


 考える。


 王様とか、


 偉い人たちが、


 そう決めたらしい。


「それでいいんじゃないですか」


 オレには、


 そうとしか思えなかった。


 でも、


 次に、


 問題になったのは、


 オレだった。


「セナはルカリオの婚約者です」


 マリエル王妃。


「ルカリオは以前、セナの匂いによって制御を失っています。今後も安定のため、適切な管理が必要です」


「ですが」


 ヴィオラ王妃。


「リリアナは、自分で距離を取ることすらできない乳児です」


「……」


「共鳴が再び起きれば、ラグナの状態が娘の健康に直結する可能性があります」


 二人とも、


 言ってることは、


 分かる。


「ルカリオ殿下側だけに、セナ・ロウの優先権があるとは認められません」


「ですが婚約者として――」


 何か、


 また始まりそう。


 そして、


 二人とも、


 こっちを見た。


「セナ」


 マリエル王妃。


「あなたはどう考えます?」


「……」


 やっぱり、


 オレ?


「何で」


 聞く。


「どっちかなんです?」


「……」


「……」


 二人とも、


 黙った。


「ルカリオも」


 指を一本、


「リリアナも」


 もう一本、


「困るんですよね?」


「ええ」


「だったら」


 簡単。


「両方助ければいいじゃないですか」


 また、


 沈黙。


「そう簡単ではありません」


 マリエル王妃が言う。


「あなたは一人しかいないのです」


「だから」


 ユリウスさんを見る。


「オレ一人に頼らないように、人工香とか研究してるんでしょ?」


「……その通りです」


「それがちゃんとできるようになるまで」


 肩をすくめる。


「オレができることはやります」


「ですが、あなたは婚約者として――」


「婚約者になったからって」


 前にも、


 言った。


「オレがルカリオのものになったわけじゃないです」


 マリエル王妃の目が、


 僅かに動く。


「ルカリオも分かってます」


 ヴィオラ王妃を見る。


「リリアナに必要だからって、ヴィオラ王妃のものになるつもりもないです」


 一拍、


 ヴィオラ王妃が、


「もっともです」


 と言った。


 意外、


 でも、


 少しだけ、


 笑いそうになった。


「僕もそう思う」


 声。


「ルカリオ?」


 途中から、


 呼ばれていたらしい。


「セナは僕の婚約者だけど」


 ルカリオが、


 真面目に言う。


「ラグナの世話をする人でもある」


「ルカリオ」


 マリエル王妃が、


 止めようとする。


「僕も助けてもらう」


 続ける。


「リリアナも助けてもらう」


 首を傾げる。


「それでは駄目なのか?」


「……」


 五歳、


 一番、


 分かってる気がする。


「昨日も」


 ヴィオラ王妃を見る。


「ルカリオが、オレに妹を助けろって言ったんですよ」


 ヴィオラ王妃が、


 ルカリオを見る。


「……ありがとう、ルカリオ殿下」


「妹だから当然だ」


 即答。


 それで、


 いいじゃん。


「ラグナって」


 思ったまま、


 口にする。


「幼獣を、母親だけで守らないんです」


 皆が、


 オレを見る。


「群れ全部で守るんです」


 ちび、


 ミアナ、


 ヴァル、


 ルウ、


 他全部。


「自分の子じゃなくても」


 傷ついたら、


 守る。


「なのに何で人間は」


 ルカリオを見る。


 それから、


 ここにはいない、


 小さなリリアナを思う。


「兄と妹を、どっちか一人にしないといけないんです?」


「王は」


 誰かが言う。


「一人でなければなりません」


「それは分かります」


 王様を、


 何人も作ればいいなんて、


 言ってない。


「でも」


 五歳。


 赤ちゃん。


「今すぐ、この二人を敵同士にする必要あります?」


 誰も、


 すぐには、


 答えなかった。



 ◇



 最終的に、


 決めるのは、


 オレじゃない。


 国王、


 王家、


 評議する人たち。


 でも、


 今回の事件を受けて、


 いくつか、


 正式に決まった。


 王位順位の最終判断は、


 急がない。


 ルカリオと、


 リリアナへの、


 政治的な接触も、


 当面、


 かなり制限。


 相手を、


 失脚させるための動きは、


 厳しく監視。


 そして、


 オレは、


 どちらか一人の、


 専属にはしない。


 今まで通り、


 ラグナの森で、


 飼育の仕事をする。


 必要なときだけ、


 王宮医官や、


 国獣院、


 騎士団と連携して、


 ルカリオや、


 リリアナの安定にも、


 協力する。


「……それが一番いいです」


 本当に。



 ◇



 ただ、


 一つだけ、


 変わらなかったものがある。


「婚約は?」


 聞く。


「当面、維持します」


 マリエル王妃。


「……」


「政治的混乱の最中に解消すれば、別の意味を持ちます」


「……そうですか」


 まだ、


 五歳児の婚約者。


「そんなに嫌なのか?」


 ルカリオ。


「そういう聞き方やめて」


「僕は嫌ではない」


「知ってますよ」


 ヴィオラ王妃が、


 少し、


 笑った気がした。



 ◇



 犯人たちは、


 拘束された。


 首謀者、


 協力した貴族、


 許可を悪用した役人。


 国獣への故意の傷害、


 王族を危険にさらしたこと、


 不正侵入、


 権限の悪用、


 正式な裁判を受ける。


 爵位や、


 官職も、


 失う可能性が高いらしい。


 でも、


 ヴィオラ王妃の派閥全部が、


 悪い、


 という話にはならなかった。


 あくまで、


 勝手に動いた、


 一部の人間。


 ヴィオラ王妃本人は、


 関わっていない。


 それも、


 正式に、


 明らかになった。



 ◇



 会議が終わるころ、


 ヴィオラ王妃が、


 マリエル王妃へ言った。


「今回は、意見が一致したようですね」


「今回だけでしょう」


 マリエル王妃。


 二人とも、


 笑ってる。


 でも、


 やっぱり、


 ちょっと怖い。


 多分、


 これからも、


 この二人は、


 揉めるんだろう。


 でも、


 子供を傷つけてまで、


 勝とうとはしない。


 そこだけは、


 同じらしい。



 ◇



 数日後。


「走るな!」


 ちびが、


 走ろうとした。


「お前まだ駄目!」


 包帯。


 脚も、


 少し庇っている。


 なのに、


 動きたい。


「先生!」


「あんたが止めなさいよ」


「止まらない!」


「飼育官でしょ」


「ちびに言ってください!」


 ちびを、


 抱える。


「重っ」


 ちゃんと、


 重い。


 それが、


 嬉しかった。



 ◇



「ちび!」


 ルカリオも。


 また森へ来た。


 でも、


 今回は、


 走らない。


 そっと、


 しゃがむ。


 ちびの頭を、


 撫でる。


「……よかった」


 それだけ。


 でも、


 十分だった。


「リリアナも元気だ」


「よかった」


「大きくなったら、ここに連れてくる」


「まだ言ってるんですか」


「当然だ」


 未来の話。


 前なら、


 あまり、


 考えなかった。


 今は、


 聞いていて、


 嫌じゃない。



 ◇



「そういえば」


 隊員の一人に、


 聞かれた。


「お前、抑香魔道具もう王家から支給されてるだろ」


「はい」


「じゃあ今度は何のために金貯めるんだ?」


「……」


 考える。


 前は、


 ずっと、


 それだけだった。


 高い、


 抑香魔道具、


 いつか、


 買う、


 そのため。


「……何にしよう」


「決めてないのか?」


「うん」


「故郷へ帰る金は?」


「……」


 少し、


 考える。


 昔なら、


 どこでも、


 同じだった。


 町が変わる、


 仕事が変わる、


 それだけ。


 今は、


「別に」


 自然に、


 言った。


「帰る予定ないです」


 自分で言ってから、


 少し、


 驚いた。


 でも、


 訂正したいとは、


 思わなかった。



 ◇



 夕方、


 仕事が終わる。


「隊長」


「何だ?」


 カイルと、


 二人。


 森の道。


「いつか聞くって言いましたよね」


 足が、


 止まる。


「婚約がなかったら、って話」


「……覚えていたか」


「忘れませんよ」


 逃がさない。


 今日は、


 聞く。


 カイルが、


 少し、


 困ったように、


 息を吐いた。


「婚約がなければ、お前に」


 一度、


 目を閉じる。


 そして、


 まっすぐ、


 オレを見る。


「好きだと言っている」


「……」


「とっくにな」


 頭が、


 真っ白になる。


 分かってた。


 多分、


 そうだって、


 思ってた。


 でも、


 言葉にされると、


 全然違う。


「今度は」


 カイルが言う。


「お前の番だ」


「……」


 あの日、


 オレも、


 言いかけて、


 やめた。


 今は、


 逃げる理由がない。


「オレも」


 息を吸う。


「隊長が好きです」


 言った。


 すごく、


 簡単な言葉だった。


「だが」


「分かってます」


「まだ何も言ってない」


「婚約者だからでしょ」


「……ああ」


「面倒ですね」


「本当にな」


 二人で、


 笑った。


 好き、


 それは、


 分かった。


 でも、


 今すぐ、


 恋人にはならない。


 それでいい、


 今は。


「じゃあ」


 聞く。


「婚約がなくなるまで、ずっと避けるんですか?」


「……」


「それは嫌です」


 離れられて、


 ずっと、


 嫌だった。


「必要以上に避けるのはやめる」


「必要以上って何」


「またそれか」


「誰が決めるんです?」


「俺だ」


「勝手」


 カイルが、


 笑う。


 そして、


 一歩、


 近づいた。


「……」


 最初に会った日。


 カイルが、


 近づいてきた。


 オレは、


 一歩、


 下がった。


 匂いで、


 苦しませないため。


 それが、


 普通だった。


 今、


 カイルが、


 一歩、


 近づく。


 オレは、


 下がらない。


 それどころか、


 もう一歩、


 自分から、


 近づいた。


 カイルも、


 下がらなかった。


 手が、


 すぐ近くにある。


 祭りの日は、


 カイルが、


 握った。


 今日は、


 オレから、


 繋ぐ。


「セナ」


「手くらいならいいでしょ」


「……」


 少しして、


 カイルが、


 握り返した。


 温かい。


「祭り」


「ん?」


「来年もあるって言いましたよね」


「ああ」


「一緒に行きます?」


 間は、


 なかった。


「行こう」


 即答。


「……はい」


 来年、


 オレは、


 ここにいる。


 誰かに、


 決められたからじゃない。


 婚約があるからでも、


 仕事だからでもない。


 自分で、


 そうしたいから。



 ◇



 数日後。


「カイル」


 森へ戻ったところで、


 ミレーヌの声。


「何だ」


「ドルガ、また太ってるんだけど」


「……」


 カイルを見る。


「隊長」


「知らんな」


「絶対またやったでしょ」


「知らん」


「何で目逸らすんです?」


「仕事へ戻れ」


「もう終わってます」


 ミレーヌが、


 ため息をつく。


 ちびは、


 包帯を巻いたまま、


 ミアナのそば。


 ルウが、


 近くにいる。


 ドルガは、


 相変わらず、


 食べ物を探している。


 騎士団のみんなが、


 いる。


 ミレーヌがいる。


 ルカリオも、


 また来る。


 隣には、


 カイルがいる。



 ◇



 この国に来たとき、


 オレは、


 思っていた。


 動物の世話をする場所が、


 変わるだけ。


 どこにいても、


 そんなに変わらない。


 手に入らないものは、


 欲しがらなければいい。


 そうすれば、


 困らない。


 でも、


 多分、


 間違っていた。


 今は、


 失いたくないものがある。


 ラグナがいる、


 仲間がいる、


 ルカリオがいる。


 会うたび、


 面倒なことになる王宮もある。


 そして、


 隣には、


 カイルがいる。


 それを、


 誰かに与えられたから、


 ここにいるんじゃない。


 自分で、


 選んだ。


 カイルが、


 また一歩、


 近くへ来る。


 今のオレは、


 一歩も、


 下がらない。


 だから――


 オレは、


 ここにいたい。



終わり




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