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20/22

月に帰る女と、残された日常

英雄とか神話とか、そういう立派な肩書きの裏側には、だいたい“どうでもいいことで怒る人”とか“妙に現実的なやつ”とかが混ざっているものだ。


今回の話では、そんな連中が一斉に集まった結果、月まで巻き込むことになる。


シリアスなようで、たぶんいつも通りの桃太郎一行の話である。


たぶん。

 メデューサの破片を収めた壺を戸棚にしまい、桃太郎一行は備前の自宅へと戻っていた。


 戦いの終わりというにはあまりにも静かで、むしろ何か大切なものが抜け落ちたような空虚さだけが残っている。


 桃太郎は戸棚の壺を一度だけ見て、すぐに視線を逸らした。


 それ以来、彼はあまり多くを語らなくなった。


 サルもキジも、いつもの騒がしさが嘘のように控えめで、犬に至っては妙に空を見上げる時間が増えていた。


 そんな中、かぐや姫だけは相変わらずだった。


「な~んかさ」


 縁側に腰を下ろし、夜空を見上げながら軽く言う。


「ここ、ちょっと寂しくなったわよね」


 桃太郎はすぐには返事をしない。


 できない、という方が近い。


 かぐや姫は続ける。


「ねぇ桃太郎。あたしね、次の満月の夜に月に帰ることになったの」


「……え」


 一瞬だけ、空気が止まる。


 桃太郎は反射的にかぐや姫を見る。


 胸の奥に、うまく形にならない感情がひとつ落ちた。


 だがすぐにそれを押し殺し、わざと沈んだ声を出す。


「……そうか」


「なによ、その顔」


 かぐや姫は笑う。


 だがその笑いは、いつもより少しだけ静かだった。


「泣いてもいいのよ?」


「泣いてねぇし」


「はいはい」


 犬が横からぼそっと言う。


「旦那、完全に“助かったけど寂しい”顔してますね」


「うるさい」


 サルが急に張り切る。


「じゃあ月にお土産持っていきましょうよ! こういう時は土産っす!」


「話聞いてた?」


 かぐや姫がため息をつく。


「まあいいわ。最後くらい、地上の文化ってやつ見せてもらうのも悪くないし」


 その日、一行は“月への土産”を用意することになった。


 サルは渋柿を箱いっぱいに詰める。


「これ熟す前のやつっす! 月で熟成させれば絶対うまいっす!」


「絶対まずいだろそれ」


 犬が即座に突っ込む。


 桃太郎は別の箱に桃を詰める。


 だがそれは明らかに酸っぱい。


「お前それ失敗作じゃねぇか」


「……ちょっと育てすぎた」


「雑すぎる」


 キジは箱の前で固まる。


「ぼ、ぼくは……その……」


「何も入れなくていいから」


「はい……」


 そして最後に、犬がもう一つ箱を差し出した。


「はい、これ」


「なにそれ」


「俺からの贈り物です」


「一番信用できないやつ」


 犬は無言で箱を押し付ける。


「中身は月で開けてください」


「怖いこと言うな」


 そして満月の夜。


 空は異様なほど明るく、月は不思議なほど近い。


 かぐや姫は庭に立つ。


「じゃあね。みんな」


「達者でな!」


 サルが大きく手を振る。


「姐さん! また来てください!」


「今度はもうちょいマシな土産にしなさいよ」


 かぐや姫は笑いながら、光の中へと上昇していく。


 その途中で、ふと犬の箱を思い出した。


「……そういえば」


 月へ向かう途中、箱を開ける。


 まず渋柿。


「はいはい、これは予想通り」


 次に酸っぱい桃。


「まあ想定内ね」


 そして最後の箱。


「……なにこれ」


 中には骨が丁寧に並べられていた。


 そして一枚の紙。


『月でも栄養は大事です』


「ふざけんなあの犬!!」


 かぐや姫の叫びが月に響く。


 その瞬間、月が赤く染まった。


「絶対許さないから!!」


 怒りの光が空を覆う。


 その頃地上では。


 桃太郎たちが空を見上げていた。


「……行ったな」


「ああ」


 しばらくしてサルが言う。


「でもあの人、絶対また来ますよね」


「来るだろうな」


 犬が静かに答える。


「たぶん、次はもっと重いの持って」


「やめろ」


 キジが震える。


「空から何か降ってきませんよね……」


 その瞬間だった。


 ドゴンッ!!


 庭に骨が突き刺さる。


「やっぱり来た!!」


 桃太郎が叫ぶ。


 犬は空を見上げる。


「……完全にキレてますね」


「そりゃそうだろ!!」


 やがて空は静かになり、月だけが赤く残った。


 その夜以降――。


 不思議なことに、月が赤い夜には犬が決して遠吠えをしなくなったという。


 村人は言った。


「月が赤い夜はな、あの犬は絶対に外に出ねぇんだと」


 理由を聞かれると、犬はただ一言だけ言った。


「……生存本能です」


 こうして、月に帰ったかぐや姫と地上の一行は、遠く離れてもなお、奇妙な縁でつながり続けることになったのである。


 めでたしめでたし――と言いたいところだが。


 月が赤い夜だけは、まだ何かが続いているらしい。

今回のポイントは「犬の贈り物が、なぜか世界規模の災厄になる」という一点に尽きる。


本来なら感動的な別れになるはずの場面が、骨のせいで一気に台無しになるあたり、やはりこの一行は平常運転である。


そして赤い月が出るたびに犬が遠吠えしなくなるという設定は、ちょっとしたホラーでありつつ、たぶん本人が一番気にしている。


もし夜空を見上げて月が赤かったら、そっと犬のことを思い出してほしい。


きっとどこかで静かに息をひそめている。

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