桃太郎、西洋へ
昔話の英雄・桃太郎。
鬼ヶ島で鬼退治を果たした彼は、その後どうなったのか――。
本作は、そんな「その後の桃太郎」を描く物語です。
しかも今回の敵は鬼ではありません。
西洋からやって来た“吸血鬼ドラキュラ”。
日本昔話の英雄が世界へ飛び出し、各国の怪物や伝説に挑む、ちょっと変わった冒険ファンタジーを目指しました。
昔話ネタ、ゆるい掛け合い、バトル、時々シリアスを混ぜながら、楽しく書いていければと思います。
まずは再集結する桃太郎一行をお楽しみください!
鬼ヶ島から二年――。
かつて日本中を震え上がらせた鬼たちは滅び、英雄・桃太郎の名は全国へ知れ渡った。
だが、英雄譚というものは長くは続かない。
鬼を倒した瞬間が最高潮であり、その後の日常は静かに色褪せていく。
「……はぁ」
桃太郎は縁側に腰を下ろし、空を見上げていた。
初夏の風が、庭先の竹をさわさわと揺らしている。
鬼ヶ島へ向かった頃はまだ十六だった桃太郎も、今では十八歳。
肩幅は広くなり、腕には刀傷が走り、かつての少年らしさは消え失せていた。
頭も丸坊主ではない。
今は後ろ髪を無造作に流し、着物も胸元を少しはだけさせた着流し姿だ。
村娘たちからは、
『最近の桃太郎様、色気がすごい……』
などと言われることも増えていた。
しかし当の本人は、そんな噂に興味を示す様子もない。
「……静かだな」
ぽつりと呟く。
かつては賑やかだった家も、今では広く感じた。
川で桃を拾ってくれたお婆さん。
薪割りを教えてくれたお爺さん。
二人とも去年、流行り病で亡くなった。
鬼を倒した英雄でも、大切な家族を救うことはできなかった。
桃太郎は目を閉じ、小さく息を吐く。
「俺も、そろそろ昔を片付ける頃か……」
立ち上がると、納屋から古い荷物を運び始めた。
鬼退治で使った旗。
“日本一”と書かれた、あののぼり旗。
桃柄のハッピ。
鬼ヶ島で使った鉢巻。
さらには鬼たちから奪った金棒まで転がっている。
「懐かしいな……」
桃太郎は金棒を軽々と持ち上げた。
普通の男なら持ち上げるだけで腰を壊しそうな重さだが、桃太郎には竹箒ほどの感覚しかない。
だが、今の彼には必要のない物だった。
「鬼退治は終わった。俺はもう、ただの金持ちだ」
鬼ヶ島から持ち帰った財宝のおかげで、働かずとも一生暮らせる。
村人たちも桃太郎を崇め、困ることは何一つなかった。
――だからこそ退屈だった。
刺激がない。
命を賭ける理由もない。
毎日、酒を飲み、昼寝をし、時々剣を振るうだけ。
そんな生活を続けていた時だった。
コンコン――。
家の戸を叩く音が響いた。
「……客か?」
村人なら勝手に入ってくる。
律儀に戸を叩くなど珍しい。
桃太郎はゆっくり立ち上がり、玄関へ向かった。
戸を開けた瞬間――。
「こんにちは! ここは桃太郎さんのお宅でしょうか!?」
そこには見慣れぬ男が立っていた。
髪は金色。
鼻筋は高く、服装も奇妙だ。
まるで絵巻物で見た“南蛮人”のような姿だった。
「……異人か」
「あっ、はい! 私はウィリアムと申します!」
男は慌てて頭を下げた。
だが日本式のお辞儀に慣れていないのか、勢い余って額を柱にぶつけた。
ゴッ!
「痛っ!!」
「大丈夫かお前」
「す、すみません……!」
桃太郎は少しだけ笑った。
妙に憎めない男だった。
「で? 俺に何の用だ」
「はい! 実は私は、トランシルバニアという国から来ました!」
「とら……何だって?」
「トランシルバニアです!」
「長ぇな」
「すみません……」
なぜ謝るのか分からない。
桃太郎は腕を組み、ウィリアムを観察した。
服は泥だらけ。
靴も擦り切れている。
長旅をしてきたのは明らかだった。
何より、その目だ。
必死さが滲んでいる。
ただの物見遊山ではない。
「話くらいは聞いてやる。上がれ」
「あ、ありがとうございます!」
二人は囲炉裏の前に座った。
桃太郎は茶を出し、ウィリアムは一口飲んで目を見開いた。
「お、おお……!」
「なんだ」
「美味しいです!」
「ただの茶だぞ」
「私の国にはない味です!」
ずいぶん大げさな男だった。
だが、その後ウィリアムの口から語られた話は、大げさでは済まされないものだった。
「――ドラキュラ?」
「はい……」
ウィリアムの表情が暗くなる。
「奴は夜になると現れ、人の血を吸う化け物です。しかも普通の武器では死なない……!」
「鬼みたいなもんか」
「鬼より恐ろしいです!」
ウィリアムは震える声で続けた。
村が襲われたこと。
城が落とされたこと。
夜になるたび人々が怯えていること。
そして、自分の妹までもが吸血鬼にされたことを。
「……」
桃太郎は黙って聞いていた。
鬼の話を聞く時と同じ顔だ。
戦う男の顔。
「そこで私は、東の国に鬼を倒した英雄がいると聞きました!」
ウィリアムは勢いよく頭を下げた。
「お願いします桃太郎さん! 我々を助けてください!」
囲炉裏の火がぱちりと鳴る。
桃太郎は視線を落とした。
「断る理由ならある」
「……っ!」
「俺はもう引退した身だ。金にも困ってねぇ」
鬼ヶ島で得た財宝は山ほどある。
今さら命を懸ける必要はない。
しかし――。
「ですが……!」
ウィリアムは食い下がった。
「桃太郎さんは英雄だと聞きました!」
「英雄、ねぇ……」
桃太郎は苦笑する。
村人たちは勝手にそう呼ぶ。
だが実際は違う。
鬼退治だって半分は勢いだ。
キビ団子につられた動物たちを引き連れて、大暴れしただけである。
……だが。
もしここで断ればどうなる?
『桃太郎、異国の民を見捨てる』
そんな噂が広まるかもしれない。
それは少し格好悪い。
「……チッ」
桃太郎は頭を掻いた。
「分かったよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ただし、一人じゃ面倒だ。昔の仲間を呼ぶ」
「仲間……?」
「犬とサルとキジだ」
ウィリアムはぽかんとした。
だが桃太郎は真顔だった。
「よし、行くぞ」
「い、今からですか!?」
「旅は勢いだ」
桃太郎は立ち上がる。
腰に刀を差し、着流しを翻した。
その姿はまるで、伝説の侍だった。
数時間後――。
二人は深い森へやって来ていた。
「ここだ」
「さ、サルが住んでいるんですか?」
「出世してボスになったらしい」
「ボス……?」
すると木の上から声が響いた。
「誰ですかー?」
葉の間から現れたのは、サングラスをかけたサルだった。
しかもハンモックで寝転がり、果物を食べている。
完全に遊んでいる。
「おいサル!」
「……げっ」
サルの顔が引きつった。
「桃太郎さん!?」
「久しぶりだな」
「なんで来たんですか!? 借金取りですか!?」
「お前に貸した覚えはねぇよ」
桃太郎は呆れた。
「仕事だ。ドラキュラ退治に行くぞ」
「嫌ですよ!」
即答だった。
「私は今やボスザルなんです! 毎日昼寝して果物食べて暮らしてるんですよ!?」
「平和そうだな」
「最高です!」
「鬼ヶ島では命懸けだったもんな」
「そうですよ! あなたのお婆さんのキビ団子に騙されたんです!」
「騙してねぇ」
「いや絶対ブラック企業でしたって!」
ウィリアムは困惑していた。
伝説の仲間たちの再会が思ったより軽い。
だが桃太郎はニヤリと笑った。
「いいのかサル」
「何がです?」
「このままじゃ、お前の代表作は“サルかに合戦”になるぞ」
「うっ」
「焼き栗にやられた情けないサルとして後世に残る」
「やめてください!」
サルは青ざめた。
「しかも馬糞で失神した奴として語り継がれる」
「ぐあああああっ!」
致命傷だった。
サルは頭を抱える。
「桃太郎の仲間って肩書きがあるから今の地位なんですよ!?」
「じゃあ来るよな?」
「行きますよチクショウ!!」
森中のサルたちが拍手した。
どうやらボス復帰らしい。
「よし。次は犬とキジだな」
「まだ増えるんですか……」
ウィリアムは遠い目をした。
だが桃太郎は楽しそうだった。
二年前、鬼ヶ島へ向かっていた時のように。
「ウィリアム」
「は、はい?」
「安心しろ」
桃太郎は不敵に笑う。
「鬼だろうが吸血鬼だろうが――退治してやるよ」
夕陽が、三人の背中を赤く照らしていた。
第1話を読んでいただきありがとうございました!
今回は「鬼ヶ島後の桃太郎」をテーマに、少し大人になった桃太郎を書いてみました。
かつての英雄が、
「仕事も金もあるけど、どこか退屈している」
という状態から、再び冒険へ踏み出す導入になっています。
そして再登場したサル。
作者としても、サルかに合戦ネタはかなり気に入っています(笑)
今後は犬やキジも登場し、いよいよ“桃太郎パーティー”が再結成されます。
さらに舞台は日本を飛び出し、西洋の怪物たちとの戦いへ。
ドラキュラ、狼男、怪物、魔女――。
昔話の英雄が世界でどこまで暴れ回るのか、ぜひ楽しみにしていただければ嬉しいです!
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