後編:長かった絶望のトンネル
私がいる町は本当に田舎で、近くの駅に行くだけでほぼ一時間車で移動を必要とし、山を幾つも超えないといけない。
そして当然だが、今私が運転するのは許されない。
そもそも、痛みと不安と無気力感に苛まれる私にそんな余力も気力もない。
ただ、本当に急な事で、しかも間が悪い事に家が数か月に一度レベルの忙しい日で家族の誰もが手が離せない状態であった。
嫁が付いて来る事は出来ず、家族に送って貰う事も叶わない。
とは言え朝からの診断である為バスは距離、時間的に無理がある。
だから結局、タクシーを使う事となった。
タクシーから新幹線の往復というあり得ない位高価な旅が決定してしまった。
先に言っておくが、うちは貧乏である。
本当に貧乏でありこれだけでも十二分な痛手と言える程。
生きていくのに不幸と言う訳ではない為普段は文句を言わないが、こういう場面となるとやはりとても手痛い。
ただ、その痛みさえ現実の痛みと不安の前ではどうでも良い物であったが。
そんな長距離タクシーというメーターが恐ろしい乗り物に乗り、普段乗らない新幹線に乗って、大都会に移動してから更にタクシーで病院に向かい、田舎者特有の大きな建物におろおろしながら中を移動し、診察を受ける。
紹介状を渡し、レントゲンを見せ、不安な気持ちを診察してくれるおそらく看護師であろう事務服の女性の方に話して。
そして次に、女性のお医者さんが出てきた。
幾つか問答をし、そしてその人は私に質問をしてきた。
「〇〇さんが一番気になるのは腫瘍が悪性なのかどうかですね?」
私は「はい」と確かに答えた。
歯の状況や今後の事とか、そういう不安もある。
だけどやっぱり一番怖いのはそれ。
人間現金な物で、身近に死を感じたその瞬間、どうしても死にたくないと強く思ってしまう物だ。
この時、私は気付いていなかった。
いなかったのだが、この女医の方の表情は相当深刻な物となっていたらしい。
「わかりました。では徹底的に調べましょう」
そうして、本当に徹底的な調査がこの日から始まった。
地下に行ってレントゲンを撮って上の方の階に戻って、地下に行って血を取って上の方の階に戻って、尿を取って、空いた時間に歯を調べて。
はっきりいってめちゃくちゃ過酷だった。
大きな病院で何度も何度も色々な部屋を往復して、一月以上寝たきりだったという事もあるがそうじゃなくても体調が芳しくない私にはしんどい物だった。
最近まともに食事もとれず貧血気味。
腰にも大きな負荷があった。
長時間のタクシー、新幹線、病院の診察待ち時間。
ずっと座りっぱなしで痛みが大分ぶりかえしつつあった。
それでも、やっぱり怖かったからか、体は勝手に動いた。
ほとんど無意識に等しい。
ちなみにこの時の検査で、死んでいる歯が一本ではなく二本だったという事が判明する。
明らかに普通の状況じゃないし二本一遍に駄目になるしでショックはでかかった。
そうして、これだけ検査をしても、結局症状は一切確定しなかった。
というか先生は本当に徹底的に調べるつもりであった。
今日一日ではなく、何日も時間をかけて。
「〇〇さん良く頑張りましたね。では次は〇〇日後の午後来て下さい。あ、こちらの同意書をお願いします。造影剤入りMRIの同意書の」
にっこり笑い、先生は私にそれを渡す。
それに書きながら、先生は追加で私にこう話して来た。
「あ、それとリンパがどうやら腫れてるみたいなので超音波の検査もねじ込んでおきました。ですので出来ればなるべく早めに来て下さい」
腫瘍の話の後にそれである。
私の顔色はきっと青くなっただろう。
余談だが、この時の先生は良く褒めてくれる人で、ちょっとした事でも嬉しそうに褒めてくれた。
だから私は挫けず諦めず淡々とでも治療を受ける気持ちになっていた。
次の検査の日。
父に駅まで送って貰い、新幹線で移動。
電車にしようと思ったが、何故か体に力が入らない。
これは心の問題、気のせいと必死に言い訳をしながらも、私は恐ろしい程の速度で弱っていた。
まあネタバレするとまともに食事が取れない程歯茎が腫れて痛く、その所為で食欲もなくなっていて、ついでに検査の為食事を抜いているから純粋に食事方面からの体力低下なのだが、この時の思考の停止した私にそれは気付けなかったが。
造影剤入りMRIを一時間かけて行い、その後超音波。
超音波にて、首の両側に大きな腫れが発見される。
痛い歯の方面だけでなく、両側。
これが何なのか、わからない。
なにせ現時点、この文章を書いている時でもわかっていない。
一体何だったのだろうか。
ただ、この時間軸の私は転移した悪性腫瘍という可能性にただただ怯えていた。
そうして検査も終わり、その日家についたのは夜八時過ぎ。
結果出ず、金だけ消えて、不安増す。
それでもやはり、死ぬのは怖い。
既に夜も眠れなくなっていた。
ちなみに、次の検査は造影剤入りのCT。
検査の日はまさかのMRIの次の日である。
普通ここまで連日検査を行わない。
大手の病院である為こんな慌ただしい日程が取れる何てことも普通はない。
ついでに言えば喘息持ちである為造影剤を打つのに事前の薬も必要である為、色々と普通じゃない状況となっている。
いや、普通じゃない状況の検査が必要な事態だったと言った方が正しいだろう。
次の日、再び往復一時間をいい年の父にさせ、贅沢な新幹線に乗りながら病院に行き、CT検査を受ける。
特に問題なく……デブな上血管が細く繊細という注射針を入れるのに最悪な私の体に看護師を困らせた事以外には問題なく終わる。
MRIの時の造影剤は一気に入れてから検査だったが、CTの時は点滴形式で入れながらの検査なんだなと、どうでも良い部分がこの時はとても気になっていた。
そうして基本的な検査が終わってから、先生はこう提案……というか方針を示した。
「今のところこれだという確定した物は出ていません。リンパもただの腫れで悪性腫瘍ではないのですが……断言出来ません。ただ……あまり良い腫れとは言えませんね。結構腫れてますし風邪とも違いますし」
何て言われたか良く覚えていないが、リンパの白血病的な何かの可能性があるという事らしい。
「ですので、もう直接生検に出しましょう」
「精検ですか? 精密な検査?」
「いえ、そうですけどそうじゃないです。つまり、患部を直接削ってそれを持って調べて貰うんです。これならはっきりしますから」
「それならお願いします。早く知りたくて仕方がなかったので」
「わかりました。では明後日また来て下さい」
この時気づいたのだが、先生側もかなり無茶なスケジュールを組んでくれていた。
空いた時間やキャンセルの時間を全部私に割いただけでなく、他の先生方にも時間をどうにかして貰う様色々手配していたのだろう。
連日で確かにしんどいが、それでも、この人は頼りになるという事は良く理解出来ていた。
そうして明後日、検査の為の手術の日。
執刀医の人と顔を合わせる。
これは本当に余談だし多少失礼な言いぐさなのだが、相談を受けた人、担当医、執刀医、全員若くて綺麗な女性だった。
珍しいという言い方は良くないが、少しだけ不思議に思った。
当然だが腕の心配はしていない。
連日の無茶なスケジュールを私の為に組んでくれて、そして人柄も良く何時も誰かを褒めているお医者さん。
文句なんて、ある訳がなかった。
そして手術なのだが……まあ当然部分麻酔である為痛くはない。
それに時間も短いからちょっと組織を取る程度の、本当に大した事のない手術である。
だけど、執刀医の方から「うーん」とか「これは……」とか、あまり良くない言葉が聞こえていた。
怖い。
無駄に怖い。
ただ……。
「あーこれ違うな」とか「ああ……」とか、少々違う意味合いの言葉も聞こえる。
少なくとも、悪性腫瘍を相手にする感覚では絶対にない。
その意味は、術後すぐに教えてくれた。
手術時間およそ十分。
手術そのものよりも「後から凄く痛くなる」と言う言葉の方が怖い位の時間の時、執刀医はその真意を私に話してくれた。
「一般的な悪性腫瘍の形は見えませんでしたけど……これ完全に駄目になってるので抜歯ですね」
「ああ……。でしたら差し歯ですか?」
「いえ、根本がないと差し歯は出来ないので入れ歯ですかね」
そうして、まだ治療は終えてないしそもそもどうするか決まってないけど、最低一本の抜歯で入れ歯生活が確定した瞬間だった。
現金な物で、命の危機の可能性が減った事により歯の心配をする余裕が私に生まれていた。
詳しい結果は一週間後。
ただ、この時点で最悪の可能性は限りなく薄くなっていた。
一般的な、口腔外科に携わる悪性腫瘍の可能性は既にほとんどない。
ただ、極めて稀な、一般的でない物の可能性は残るし結果で見ても断言はできないが。
そして一週間後の約束の日、十月某日。
ご家族様を連れて来てくれという言葉と共に嫁と不安を抱えながら出向いた結果――。
「選択肢の中では最良の結果でした」
どうしてこれだけの検査が必要だったかと事の説明を踏まえながらこれまでの検査結果を説明し、そして最後に残ったのは、悪性腫瘍の否定という結果だった。
とは言え、原因はわからないが歯茎の骨が完全に溶け歯の神経が二本死んでいる為大事ではある。
あるのだが……それでも、命にかかわらないこの結果に文句を言う事は出来ない。
「可能性は低くありませんでしたので緊急手術の手配もしていたのですが無駄になって良かったです」
終わった後、笑顔でそう明らかにする美人女性歯科先生の言葉は、決して軽い物じゃあなかった。
これでようやく私の体が悪性腫瘍に蝕まれている疑いは晴れ、腫瘍検査から本格的な歯科治療に移行する事となる。
ただ、可能性は限りなく零だが念の為、そしてどうせ抜くならついでにともう一度生検に出すという事で抜歯の手術はこちらの大手大学病院で行う事となった為、まだ全部終わったという訳じゃあないが。
そう、悪性腫瘍の可能性が消えたというだけでまだ終わりじゃあない。
むしろ健康の事を考えたらようやく治療が始まるとも言える。
大事になっていて歯さえ残せない一本を抜歯し、その隣の歯を根本治療。
その他見つかった虫歯にヘルニア。
元々虫歯になりやすかった身であるあるのだが、だからこそこまめに歯医者に行っていたけれど、それもコロナで嫌がられ定期診断を断れてから落ち着くまで待っていた事が色々と大きい。
全くもって今年は厄年だ。
ただ、今年は厄年なんてそう思える位に余裕が出来たのは、来年がまだあると安心出来たのは親身になり徹底的に審査をしてくれた先生方のおかげである。
文字通り徹底的に、忙しいにも関わらず一月に何度も時間を入れてくれ、本来受けられない程の速度で検査を進めてくれた美人女医先生並びに美人女性チームの方々。
……いや、全員女性というだけでも凄いのに全員美人で凄腕って今考えたら私は凄い体験をしたのではないだろうか。
生検の時も部分麻酔でかつ十分位の治療だったから大した事していないと思っていたが、後日説明でその術中の写真を見ると歯が根本まで全て露見する程切り開いていた。
何が簡単だ結構大きいじゃねーか、なんて自分自身に突っ込みを入れる位に。
そこまでしていたとは知らずちょっと怖くなった。
よくあれで十分手術に加え一週間程度糸を縫うだけで塞がったなと思う。
今その部分の歯茎は再生しきれず紐で縛ったチャーシューみたいになっていた。
メインの手術をしてくれた先生とはほとんど話していないが最低限だけを話し伝えるクールビューティーな感じで、凄く恰好良かったです。
普段の治療や検査、会話を担当してくれた先生は優しく活発で、ただの患者ではなくそれ以上として親身に接して頂いた。
その上私だけじゃなく他の先生や看護師の方にも、小さな事でも何かある度に褒めていたのは見ていてとても心地よく、気持ちが沈まずにいられました。
メインの女医先生の傍にいた若い方は看護師の方だと思いますが、面倒な患者である私に対して嫌な顔一つせず色々手を回して、落ち着いた今なら相当迷惑をかけたという事が理解出来ます。
皆様には今尚感謝の気持ちが絶えません。
当然、数か月という間活動不能でありながらも問題なく生きられたのは両親や妻、子供達のサポートのおかげだという事も忘れてはいません。
そういった事情があり、更新頻度や文字数が低下していた事、今ここに再びお詫びさせていただきました。
そして治療等の予定がぎっしりつまり、その上家族に迷惑をかけた分色々返さないといけないのでもうしばらく忙しく更新速度がどうしても伸びない事ご了承下さい。
本当なら今頃新作も書いてるはずなのに……。
最後に、後悔と反省、そしてこれから自分の体を労わる為、恥ずかしいと感じ敢えて書かないまま終わろうと思っていた恥部を晒して終わりにしたいと思います。
序盤、大手大学病院にて徹底的に検査をしていた時血液検査でどうにも数値が良くなく、内科で検査をする様女医先生に要請された。
悪性腫瘍の疑いありの中血液の状態が悪いというのは非常に怖く、すぐ次の日私は近所の個人病院に頼み込み調べて貰った。
その結果――全く関係ない数値に異常反応が現れる事となる。
尿酸値である。
……そう、『尿酸値』が基準値を大幅に越えていた。
悪性腫瘍とか、リンパ腫とか、そういう話ではなく、生活習慣病的なアレ。
つまりどういう事かと言えば……痛風である。
予備軍とかそう言う状態ではなく、発症してないだけレベルの酷さらしい。
悪性腫瘍が私を蝕む事はなかったが、日々の食生活と怠惰な日々が私を蝕んでいた。
そんな訳でこれからはジュースではなくお茶や水を沢山飲み、食べすぎに気をつけるという方向で体を労わる事に私は決めたというかそうせざるを得なくなった。
これから長く続くであろう人生の中少しでも痛い時間や苦しい時を減らす為に、私は私の体を大切にする義務がある。
明日がなかったと思った時の怖さを、私は知ったのだから。
この怖さは、当分の間忘れないだろう。
そんな私は今日も生きて居られる事を、そして色々お話を作り続けられる事に感謝しながら、今年中に諸々の治療を終わらせる様努力しようとそれとなく心に誓った。
ありがとうございました。
そういった事情により諸々の事が止まり苦しんでいた事を今ここにお詫び申し上げます。
いいネタになったというよりも、かかった金額や周りの負担やらを考えたらネタにでもしないとやっていられません。
微妙に評価とかコメントとかし辛い内容かもしれませんがどんどんしてください。
むしろしてくれたら無駄な経験にならずに済んで私は喜びお水が美味しく飲めるようになります。