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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第5章 1978年 テヘラン
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第19話 イラン革命②

 外務省での道中ではそこかしこでデモ隊を見かけた。人々の目は血走っており、耳をつん裂くようなシュプレヒコールが響いていた。絡まれないようについつい小走りで進んでいた。


「はあ。はあ。……ついた」


 イラン国民の関心はシャーの行く末のようで外交関連は興味ないようだ。外務省の前にはデモ隊がおらず、スイスイと進むことができた。受付の方に名前と用件を伝えたところ、すぐに目的の人物が出迎えてくれた。


「おお、よく来てくれたな。ここまで来んのは大変だったろ」


 いつものように朗らかな顔で、けれども目には疲労の色が滲み出ていた。


「すみません、お忙しいところにお邪魔してしまいまして」


 軽く頭を下げると、


「いいよいいよ。こういう時ほど話し合いが必要だと思うようだし。とにかく上がってくれや」


 ひとこと言うとさっさと館内の奥へと歩いていった。慌ててホスローさんの後をついていった。途中、周りを見るとスタッフの方々が忙しそうに動いてった。顔の険しさから見るに、こちらでも修羅場状態となっていることが窺える。


「おっし。じゃあ、ここで話でもさせてもらおうか」


 こじんまりとした会議室の方へと通された。俺は手前の方にちょこんと座り、ホスローさんは奥の椅子にドカンと座った。


「さて、単刀直入に聞こうか。ご主人様は何と仰せで?」


 俺らアメリカ大使館のトップという意味か、イラン国の飼い主いう意味か判断しかねたが、


「……二つの意見が出ています。ペンタゴンからは軍隊を出動させてデモ隊を鎮圧させろ、国務省からは堪えろ、です」


 俺の言葉を聞いたホスローさんは顔を手で覆い、深いため息をついた。


「さすがは西側陣営の盟主だな。多様な意見が出て素晴らしい。……俺たちに『お願い』する程度では意思統一の必要はないってか」


 露骨な皮肉を漏らした後、


「それでジョン。お前はどっちの方がいいと思う?」


 試すような眼差しで俺を見た。しばし思考を働かせ、


「……私は国務省の所属のため、公式的な答えとしてはデモ鎮圧はあり得ない、ですね。個人的にも『建前上』は国家は国民を守るために存在していますから。国民を弾圧したら存在意義はありません。たとえこの場を切り抜けたとしても、歴史のどこかで落とし前をつけることになるでしょう」


 率直な意見を述べると、


「おうおう。相変わらず優等生的な回答だね。素晴らしい」


「……茶化さないでください」


 反射的に答えると、


「失敬。いやマジで思っているよ。権力機関に勤める人間は最初は理想を何かしら持ってはいるんだよ。……それが次第に打算的になったりだとか、利己的になったりだとか。よく言えば容量良く、悪く言えばズルくなっていくんだよ」


 ふうとため息をついて、


「……ジョンはまだズルさを感じず、理想をベースにして動いている。できればそのまま社会や権力に染まらずに外交官を続けて欲しいもんだ」


 じっくり見るとホスローさんは一気に十歳くらい老けこんでいるように写った。ここ最近の政治情勢で、俺ら以上の苦労があったと見受けられる。再び俺の方をじっと目を向けて、


「今回の件についてはジョンの意見に賛成だ。自国民を弾圧する政府、となるとブランドイメージに傷がつく。もう消費期限が切れている政府だが、晩節を汚さずに退場した方がマシだろ?」


 半ば他人事のように口にした。


「消費期限切れって……。まだシャー政権は崩壊していないですよ」


「遅かれ早かれ退陣するよ。こいつらは以前からイラン文化と相容れない政策を導入して、人々の精神を逆撫でしまくっていた。これまでは経済も発展していたから見逃してもらえたが、ここ最近は金持ちだけが潤う状態になっていた。んで、ここへ来てデモの発生だ。導火線に火がついちまった状態じゃ、もう消せやしねえよ」


 外務省にいる人たちに聞こえやしないかとヒヤヒヤしつつ、


「ホスローさんも今の政権が好きではなかったんですか?」


 であればよく今の今まで仕事できたものだ。んーと唸って、


「個人的には気に入っていたよ。アメリカ映画とかアメリカファッションとか好きだったしさ。改革前だったら享受できないものはたくさんあったからなー」


 けどなとつぶやき、


「時折さみしくなることもあったんだわ。熱心なムスリムではなかったが、俺らに根付いている教えを軽んじるようなやり方にさ。んで、そういう気持ちを俺以上に感じる人たちが多かったってことさ」


 仕方がないというポーズをとり、諦めた表情を見せた。


「……あなたはどうなるんですか? 革命が起きたら体制側の人間はただでは済まないのではないでしょうか」

「ふふっ。若い者よ、いいことを教えてしんぜよう。官僚組織ってのは体制が変わってもある程度は継続する傾向があるみたいだぜ。勢いで首チョンパしたとして、行政に通じている人間なんてすぐに集まるわけでもねえしな」


「……そういうもんなんですか」


「おお、そういうもんだ。フランスではヴィシー政権が第二次世界大戦で『負けた』後、ド・ゴールのレジスタンス政権ができた。んが、官僚たちはスライド式で働かされた。つまり、戦後も『ナチスに協力した奴ら』が変わらずフランスを支えてきたってわけだ。俺たちイランも同じような動きになって、おそらく再雇用されるさ」


 革命や体制崩壊に詳しくない俺としては何もコメントできないので、


「……わかりました。この騒動の後も一緒に働けることを祈っています」


 パフラヴィー朝のイラン外交官はニッと笑って、


「はは、あんがとな。とは言ってもエンシャーン・アッラー(神がお許しになるなら)だがな」


 俺の方も思わず笑ってしまった。確かにな。その言葉を最後にして俺は話すべきことは話したとして、イラン外務省を後にした。面白い官僚に対して、もう会うことはないだろうという惜別の念をいただきながら。



 結局、シャーはデモ隊に攻撃することはなかった。しかし同時にデモ隊を収めることもできなかった。内閣組閣などで立て直しを図るも、国民の怒りを鎮めることはかなわなかった。


 国王モハンマド・レザー・パフラヴィーはイラン国民から逃げるように国外へ退去した。入れ替わるようにパリからホメイニ師が帰国し、「イスラーム法学者の統治」を是とするイラン・イスラーム共和国が樹立された。これにより44年間続いたパフラヴィー朝の幕が降りる形となった。後年、『イラン革命』と呼ばれる一連の出来事である。


 ホスローさんとは革命以降、会っていない。アメリカ側も革命の影響でバタバタしたため、縁が薄れてしまった。彼がどうなっているのか、長年知る由がなかった。

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