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ペルシャの友人  作者: 永岡萌
第5章 1978年 テヘラン
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第18話 イラン革命①

 歴史が動いた日のきっかけは一つの新聞記事だった。内容はいつもと変わらず。ホメイニ師に対しての中傷記事だった。ゴシップ記事曰く『ホメイニ師は英植民地主義の中枢と関係を持ち』、『インド出身の陰謀家・反国民的分子』とのこと。発行した新聞は保守的スタンスだったため、俺はそれを読んだ時には、


「いつもの記事か」


 という程度の感想しか起きなかった。国外にいるホメイニ師が読む訳でもなく、ただただ国内にいる読者を満足させるための取るに足らない記事である。そう頭の中で変換していた。


 後年になって思い返すと自分には政治的センスはあまり伴っていないことを自覚せずにはいられなかった。



 翌々日。休憩時間にコーヒーを飲みつつ、ぼんやりテレビを見ていたらとある場面が映された。場所はイランの都市コム。数多くの聖者の廟があるため、聖地として認定されている街だ。


 そこで群衆と警官隊が衝突している映像があった。人々は興奮している様子で、通りを歩いていった。学者と見られる人々、学生たち、そして一般の市民が次々と叫んでいた。


「おいおい。こりゃヤバいな」


 コリン先輩が険しい顔でテレビを凝視していた。事実、人々の興奮度は今まで見たことのないレベルだ。


「あ、ちょっと!」


 警官が市民に向けて銃を向け、次の瞬間誰かが道端に倒れ込んだ。それにより一層市民は熱を帯び、割れんばかりの怒声が響いてきた。


「……ジョン、これから忙しくなるぞ。ひょっとしたら平和に仲良くできなくなるかもしれないぞ」


 暗澹たる声で呟いた。なぜイランのトラブルで自分達の関係にヒビが入るのか理解できなかった。ただし感じたこととしては、先輩の声が未来を暗示しているかのように、画面からは怒りで溢れかえっていた。



 始まりは一つの暴動だったが、その波紋はイラン全国に波及した。四十日後にタブリーズを初めとする諸都市で追悼の意味を込めてデモが勃発。またもやイラン政府は弾圧を実施したところ、さらに四十日後にデモが勃発。全国で五十五都市と規模が大きくなっている。経済界からも「No」の意味を込めて、ゼネラル・ストライキが発生し、数多の労働者がデモに参加した。


 さらには映画館で放火事件が発生。館外から入り口が施錠され、閉じ込められた四百人以上の観客が焼死した。事件の犯人は見つからなかったが、反シャー運動の流れの中で国王に憎悪の矛先が向かった。


 九月八日には戒厳令が敷かれた中で行われたデモで、軍による無差別発砲事件が起きた。反体制側の主張によると三千人による死者が発生した。



 状況は悪化の一途をたどり、同時に我々アメリカ大使館も混乱の度合いが高まっていった。連日、右往左往する事態となっている。


ートゥルルートゥルルー

ートゥルルートゥルルー


 電話もひっきりなしになっており、つどつどメンバーのイラッとした空気が伝わってきた。ひとまずは一番下っ端の自分が率先してとり、


「はい、もしもし。……え、あの件ですか? この前にお伝えしましたよね? え、もう一回教えてほしい? あの、些細なことでいちいち電話しないでください」


 ガチャンと大きな音がフロアに響き、周囲が一斉に俺に目を向けた。コリン先輩は俺に近づいてきて、


「……おいおい、セルフコントロールはこんな時でも忘れるなよ」


 若干、魂が抜けかけている声で言った。無精ひげが所々生えており、髪も寝癖が残っており、目には隈が出来ていた。いつもの溌剌さは完全に鳴りを潜めていた。


「……はい、すみませんでした」


 この修羅場で気が立つなとは無理あると思うが、ひとまず先輩のいうことに頷いておいた。


「……大使館というのは非常事態があった際の駆け込み寺だ。明日が見えない今この時が忙しいのは仕方がないことだ。今こそ俺らの真価が問われているんだよ」


「はい……」


 理屈ではわかっているが、残業が続くと気が滅入ってくる物である。先輩は微かに笑った後、


「まあ、落ち着いたら飲みに行こうや。気晴らしの愚痴にでも付き合うさ」


 お気遣いいただきありがとうございます。殊勝に答えようとしたら、


ートゥルルートゥルルー

ートゥルルートゥルルー


 ピリピリした空気の中の電話の音はメンバーの苛立ちを余計に煽った。俺は舌打ちをしつつまた取ろうとしたが、一歩早くコリン先輩が受話器を持った。


「もしもし。もしもし? もしもし! 誰ですか!!」


 図らずもご本人みずからセルフコントロールは難しいと後輩に示していた。


「あ……。おつかれさまです。はいスペンサーです。怒鳴り声が聞こえた? いえいえ、空耳じゃないですか?」


 本国のお偉いさんだったのだろう。すぐさま取り繕った。


「え……? いや、嘘ですよね? え、はい。いやその発想はごもっともですよね。おっしゃる通りです。ええ、はい。すぐに何とかします。はい。おつかれさまでした」


 と、電話の前でペコリと挨拶。その仕草は日本人を思わされる。


ーーガッチャン!!!!


 思いっきり電話を叩きつけた。音がフロア中に響き渡り、今度は一斉に先輩の方に目を向けた。


「クソ!!」


 周りのことを気にも留めずに吐き出した。


「ど、どうしたんですか?」


 反射的に先輩に問いかけた。コリンさんは苛立たしげに、


「どうもこうもあるか! 本国からタレコミがあったんだよ。国防総省がイランに対してデモ隊を鎮圧しろと唆しているらしい。暗に軍隊を使用しろと。さすが軍人どもめ。実に『スマート』な発想だねえ」


 ペンタゴンといえば普段は国務省と足並みをそれえて動いているはずが、この時は不協和音が流れた。


「そ、そんなことが……。カーター大統領や我々国務省が許すのでしょうか……」


「許すわけねえだろ馬鹿野郎! 仮初にも平和主義で売ってきた人間が、んな命令を受け入れられねえよ。そして、同盟国に自国民を殺せと指示することもな。あっと言う間に政権は終わりだ!」


 先輩はガリガリと頭をかいていると、


ートゥルルートゥルルー

ートゥルルートゥルルー


 また新しい電話がなった。別のスタッフが手に取っていくつか話した後、


「あの……スペンサーさん、また本省から電話が入りました……」


「またかよ!?」


 アメリカ側も相当混乱していることが窺えた。コリン先輩は頭をガシガシとかき乱した後、


「おい、ジョン! とにかくすぐにイラン外務省に向かえ! ホスローの野郎と話してペンタゴンの命令はシカトしろって伝えておけ!!」


「そんな重要なこと自分が言って良いんですか!?」


 反射的に口にすると、


「あ!? こんな状況でグズな口答えするな! 俺が責任を取んだから良いに決まってんだろ! それなりにホスローはお前のこと気に入ってるから話が早えんだよ! グダグダ言ってねえでさっさと行け!」


 バンと机を叩いたので、慌てて書類をカバンに詰め込んだ。服装が崩れているのも気にせずに急いで大使館の出口へと足を向けた。背後ではあちこちで怒号が響いていた。

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