68 カナディアの父と母
村長のシュウザさんに案内され、俺とスティーナはこの村で一番大きな家へと通された。
村長の家だけあり、他の家とは比較にならないほど大きい。
石段の通路に社って言うんだっけ。王国の中にありながら王国にはない文化に俺とスティーナも頭が動き続けていた。
家というよりは屋敷というべきだろう。この屋敷は和を意識された様相になっている、
和とは遠い外国の文化であると聞いたことがある。そのあたりも後で聞けるんだろうか。
小綺麗な客室に通された俺たちはさっそくシュウザさんと向かいあう。
テーブルを挟んで座り合うが……大太刀をテーブルの上に置くのやめてくれないかな。
発言を間違えたら斬り殺されてしまいそうだ。
「よければ王国でのあの子、カナディアの暮らしを教えてはくれないだろうか」
「あ、それなら」
「キサマには聞いとらん」
「はい」
最初の印象最悪だよ!
この人がカナディアの父ってわかっていればあそこまで言わなかったのに……。
失敗したな……。
「えっと、あたしはスティーナと言います。カナディアとは同じパーティを組んでいてあたしにとっても大事な友人です」
「そうか、そうか! あの子にも同世代の友人が出来たか。嬉しいのぅ」
「冒険者としてはカナディアの方が格上なので先輩として頼りにさせてもらってます。休日は買い物を楽しんだりしてますね」
「微笑ましい! これからも仲良くしてやってくれるかな?」
「当然です。早くカナディアと会いたいです!」
この女、騙ってやがる。
確かに仲良しだけど! まるで長年切磋琢磨して時に友人、時にライバルみたいに演じている。
知り合ってまだ三ヶ月も経ってないからな!
さすが元怪盗、シュウザさんの心をばっちり盗みやがった。
「カナディアは今、どこにいるんですか?」
「ふむ、会わせてやりたいのだが……昨日から修練の庵に篭っておるのだ。邪念を振り切り太刀術
の奥義を極めんとする。そこのゴミクズを斬ろうとしているのだろう」
うぐっ。
「じゃがスティーナさんは別じゃ。この村を満喫してくれい!」
「ありがとうございます。おじさま!」
「スイ、スイはおらんか! スティーナさんにお茶菓子を持ってきてくれ」
「はーーい」
さすがスラムのアイドル。仮面の笑顔をしやがって……。
遠くから女性の声が聞こえる。
トタトタと足音を立てて近づいてきた。
「さきほどまで買い物に行っておったので挨拶が遅れてしまったな」
客室の襖を開けて、女性が手を床に付け礼をしてきた。
「お客様、ようこそおいでくださいました。カナディアの母であるスイファンと申します」
「おわっ」「すっごい美人」
黒髪の和服美人がそこにはいた。
カナディアをさらに大人にさせたような容姿で瓜二つであった。
何だか胸がドキドキしてくる。
カナディアのお母さんだぞ! 変な気持ちになったらだめだ。
シュウザさんが50ちょいぐらいとしたら奥さんであるスイファンさんは40後半くらいだろうか。
いや……どう見ても30前半、20後半だろ。
これが噂の美魔女ってやつなのかもしれない。
「おっぱい……大きい。やっぱ血筋かぁ」
思ったけど口に出すなよ。
スイファンさんがお盆に載せた茶飲みを俺とスティーナの前に置く。
次においしそうな饅頭も置かれた。
「おい、その馬の骨に高級菓子など渡すな」
「ですが」
「カビ生えたせっけんがあっただろう。あれでいい」
よくねぇよ。せめて食べられる物にしてくれ。
「もうあなたったら。カナディアがお世話になったのですから礼をつくさねばなりませんよ」
「むぅ……」
シュウザさんが押し黙った。
なるほど、この家で最も強いのはスイファンさんか。
「ヴィーノさんでよかったですよね?」
「は、はい!」
「ヴィーノさんから見てあの娘、カナディアはどうでしたか? 是非とも聞かせてください」
俺はカナディアとの冒険の話を2人にする。
さすがに迫害など悲しいお話は避け、パーティを組んだ後からのお話を続けた。
驚くことにシュウザさんは険しい顔をしながらも話を聞いてくれた。
実際にカナディアの活躍を説明できるのは俺だけだからな。素直に全てを語った。
全てを語り終えた後、スイファンさんはくすり笑みを浮かべた。
「ふふ、カナディアは良い人に出会えたようですね」
「良い人……ですか。……本当にそうでしょうか」
「カナディアとの暮らしを話すヴィーノさんの顔はとても優しさに満ちていましたよ。あの娘もきっと……それはわかっていると思います」
「でも……俺はカナディアを傷つけてしまいました」
「その通りだ!!」
シュウザは声を荒たげた。
「カナディアは泣きはらした顔で帰ってきたのだぞ! 貴様分かっているのか!」
「っ!」
「我らの一族が秘匿されていることが許せず高い志を持って出て行ったのにわずか2年ほどだ! あの子の悲しさを思うと涙が止まらん。あの子はまだ16歳だ! ワシは男に捧げて泣かせるために王国へ差し出したわけではない! まだ若いあの子を傷つけおって!」
「……申し訳……ありません」
返す言葉もなかった。
信じて送り出した一人娘が泣きはらして帰ったんだ。
元凶の俺は叩かれてもしかたない。
「どうせあの子の強さか、美しい容姿に目を付けただけだろう」
「違います!!」
俺は自然と叫んでいた。
「確かに俺はカナディアに好意を抱いていました。もちろん、その恵まれた容姿にも見惚れていたのです。でも……、一番は、一番は」
胸の中に潜む気持ちが溢れ出してきた。
「俺はカナディアの夜空のように美しい黒髪が一番好きなんです!!」
「は?」「あらっ」
シュウザさんもスイファンさんもその言葉に目をぱちくりとさせている。
少し時が止まり、シュウザさんの口が開いた。
「き、貴様正気か……? 黒髪が呪われているなど言われるこの世でそんな」
「正気ですよ! 滅茶苦茶綺麗じゃないですか! カナディアの黒髪を見続けたいんです! 死ぬ時はカナディアの黒髪の中って決めてるんです! 俺はカナディアの黒髪も……カナディア自身も愛しています!」
勢いよく言葉を吐きすぎて、胸が痛く、息が荒くなる。
だけど紛れもない本心だ。
かつて仲間に捨てられタイラントドラゴンに喰われそうになった時、カナディアに助けてもらった時のあの姿を一度だって忘れたことはないんだ。
目を瞑れば今でもなびく黒髪を思い出せる
「……」
唖然と俺を見る両親に思わず口を手で押さえてしまった。
「チッ!」
シュウザさんは立ち上がる。
「ワシが貴様を試してやる。結婚とは親に認められてなんぼじゃ! 裏の広場で待っちょる。準備が出来たらかかってこい」
それだけ放ってシュウザさんは立ち去ってしまった。
これはいったい……どういうことなんだろう。
スイファンさんに視線を送る。
「よかったですね。主人、シュウさんに認められたのですよ」
「え、あれで!?」
あの仏頂面で認められたなんて思えないんだけど……。
隣のスティーナも同じ気持ちのようでお互い見合った。
「黒髪を愛される。私達黒の民にとってその言葉は何よりも嬉しいことなんです」
そうか。
そういえばカナディアもそんなことを言っていた気がする。
俺はあの黒髪の良さに惚れ込んでしまっているが現実は黒髪は忌み嫌われている物だ。
「君の黒髪が好きって言葉はシュウさんの求愛の言葉でもあったのですよ」
「きゃっ、いいわね! ロマンチック!」
あの豪傑がスイファンさんにそんな歯の浮く台詞を放ったのか。
お姫様願望のあるスティーナも思わずうっとりだった。
「スイファンさんはその……娘、カナディアのことをどう思っているんですか?」
「我が娘ながら情けないと思っています」
「え」
予想外の発言だった。
「一度夫と決めた者を命がけで愛することが妻の役目。それを投げ出したのあの娘には妻の自覚がありません」
「でも……実際、俺とカナディアはそういう関係ではなかったですし」
「そうは言ってもずっと一緒だったのでしょう? あの子はあなたを夫と思っていた。夫の浮気にも寛容になるべきです」
スイファンさんはさらに続ける。
「夫を惑わす泥棒ネコには死を与える。それが妻の役目ですから」
「んぐっ」
スティーナの額から汗が流れて始める。
わ、話題を変えた方がいいだろうか。
よし、シュウザさんには聞きづらいけどスイファンさんならいいだろう。
「カナディアが泣きはらした顔をしていたと言っていましたがやっぱり……俺のことを悪く言ってましたか?」
「ふふっ」
スイファンさんは吹き出すように笑った。
「シュウさんはあのように語りましたが帰ってきて2日目以降のカナディアは随分と落ち込んでいましたよ。やりすぎてしまったとか冒険者の責務から逃げてしまったとか……。冒険者として情けない姿でしたが、やはり娘ゆえに甘くなってしまいますね」
「仕事の方は大丈夫です。きっかけを作った俺が言うのも何ですが……カナディアの帰りをみんな待ってます」
「そしてもう一つ。スティーナさんが泥棒しないか仕切りに心配されてましたよ。やはりそうなのですか?」
「にゃん!? そそそ……そんなことにゃいです」
「猫被ってたのバレてるじゃないか。ザマァないな」
「うるさいわね!」
「あらあら仲良しですね。浮気をした夫は許せと言いましたがやはり家長としてケジメをつけないといけませんね」
「へっ、け、けじめですか? それはいったい……」
「女にすぐ手が出てしまうその腕を折るぐらいはしてもらわないといけませんね」
間違いない、この人やっぱカナディアの母親だ。
カナディアの人生観は全てこの人からの受け売りに違いない。
スイファンさんの発する気迫に俺もスティーナも汗が止まらない。
「ただ……それを決めるのはあの子ですから。これからも仲良くしてあげてくださいね」
俺とスティーナは項垂れるように頷くしかなかった。
◇◇◇
シュウザさんが待つ場所へスイファンさんに案内してもらうことにした。
娘との結婚を親に認めてもらうための試験ってところか。
カナディアの大太刀はシュウザさんから教わったことに違いない。
おそらく戦うことになるだろう。
大太刀の技はカナディアの技を見ている。
そして俺のポーション投擲をシュウザさんは見ていない。
勝機はあるはずだ。
「スイファンさんっておいくつなんですか? すっごく若く見えますよ」
「あらあら……ありがとうございます。でも年相応ですよ」
スティーナの質問にスイファンさんは柔和な笑みのまま言葉を返した。
どう見たって年相応に見えない。
40後半ぐらいのはずが、20後半ぐらいにしか見えないなんて美魔女そのものだ。
カナディアの母だけあって美人でスタイルも抜群。シュウザさんもよく射止めることができたな……。
俺も強調しておく。
「いや、ほんと若いですって。どう見たって20代後半にしか見えないですから」
「はい、20代後半ですよ」
「は」「は」
俺とスティーナの言葉が重なる。
「私、今年で29歳なんです」
「え、じゃあカナディアは……」
「ふふ、あの娘は私が13歳の時に産んだ子なのですよ」
こりゃたまげたぜ……。
美魔女だと思ったら普通に若かった件。
キリが悪かったのでちょっと長くなってしまいました。
創作お約束のお母様は見た目が若すぎる件。
今回はあえて本当に若かったことにさせてもらいました。
次回さらにカナディアのアレが登場です。
ヒロインの出番はまだ少し先……






