64 黒の民の里への道
「来ると思ったぞ、ヴィーノ」
「やっぱりですか……それなら話が早いです」
ペルエストさんの執務室は各国の装飾品が飾られて彩られている。
外国出張の多いペルエストさんならではの部屋だと思う。
王国最強の冒険者。それはすなわち冒険者や兵士、傭兵その他含めて、王国で最も強い人間であることを示す。
ペルエストさんは葉巻に火を付けて口に咥えた。
「SS級ダンジョン【黒土の森】への入場許可を下さい」
「……」
この国で唯一SS級と設定されているダンジョンである。
場所は交易の街の南東方面、そう……ルビーの指輪の光が指し示す先であった。
「SS級ダンジョン? そんなのあるんだ」
「そう、俺もそんなのあるんだとずっと思ってた。でもよく考えればおかしな話だ。ペルエストさんしか攻略できないダンジョン。そんなものが本当に存在するのかってことだ」
「え?」
スティーナは呆けた声を放つ。
ペルエストさんの実力は確かに飛び抜けている。1対1で敵う者は存在しない。
でも例えばS級5人でペルエストさんに挑んだらどうなるか。恐らくかなり善戦はするんじゃないかと思う。
S級の時点ですでに飛び抜けて強い。俺が支援して、シィンさんが魔法を打ち、超絶に強い前衛が3人いれば倒せない敵など存在しないのだ。
なのでSS級のダンジョンは難しいのではなく、単純にペルエストさん以外の入場を禁じているのが理由と思う。
「森を抜けた先に……カナディアのふるさと。黒髪の民の集落があるんじゃないですか」
「よくそこまで分かったな。勘が鋭いじゃないか、ヴィーノ」
ペルエストさんは嬉しそうに言う。
正直カナディアの件とルビーの指輪の黒魔術が無ければ分からなかったことだ。
ペルエストさんに褒められた件をわざわざ否定するのはやめとこう。
「じゃ、本当に……カナディアはそこに?」
「ああ」
ペルエストさんは頷いた。
「おまえ達はカナディアと共にいるなら分かるな。黒髪が忌み嫌われていることを」
それはよく分かっている。
黒髪は死を呼ぶ、死神を象徴していると。
交易の街でも工芸が盛んな街でも王都でもそのような言葉で詰られることを今までずっと見てきた。
カナディアも理解者が増えたおかげで生活に不自由はないがトータルで見るとやはりほとんどの人から迫害を受けていると言っていい。
「どうしてこの国はここまで黒髪を嫌っているのかって思ってます」
「ここまでか……。もし、王国が世界で一番黒髪に優しい国と言ったらどう思う?」
「はっ!? そんなはず……」
ペルエストさんは俺の目をじっと見つめる。
まさか……そうなのか?
SS級冒険者として世界中をまわってきたペルエストさんだから分かるのか。
「黒髪の民による村。それが許されているの世界でただ1つ。この王国のみだ」
「ほんとですか……それ」
「この王国が白の国の影響力をそう受けていないこと大きい。もちろん国外にも黒の民は存在するが、いずれも山奥で細々と暮らす程度だ。村を形成するほどの人材は集まらない」
白の民の話はアメリがちょろっと言っていたことがきっかけで独自で調べたことがある。
国の規模はそう大きくはないが、なぜか諸外国に強い影響を持っている。それが白の国である。・
王国からはかなり遠く離れており、王国新聞であるキングダムタイムズでもそこまで大きく取り上げられていない。
外国へ行ったことのない俺では認識しづらい世界なんだろう。
「このことはこの国の王、法的機関の最高幹部、わずかな貴族、そしてギルドマスターと俺しか知らない」
「そんなの……あたし達に言って大丈夫なの……? あっ、なんですか」
スティーナは長年スラムで暮らしていたこともあり敬語が若干不自由だ。
それで何かあるわけでもないが、本人も気にして直そうと頑張っている。
「俺は【黒土の森】の管理をカナディアに引き継ごうと思っていたからな。一緒に仕事をすることが多いおまえ達ならばいいだろう……。あの娘と仲良くできるのなら問題はない」
「そういうことですか。やっぱり、カナディアとペルエストさんは元々面識があったのですね。もしかして交易の街へカナディアを連れてきたのも……」
「遠回しだがそうだと言えよう」
ペルエストさんは昔話をしてくれた。
黒の民の村と唯一面識のある冒険者であるペルエストさんは半年に1度来訪し様子を見ているらしい。
世間的には黒髪は忌み嫌われて、白の国に近ければ近いほど黒髪の迫害は強く、生きていくのは難しいと言われている。
昔は黒髪狩りなどもあったそうだが……時代は移り変わり迫害は残れど黒髪を殺したりするのは人道的にまずいという形となっていた。
それでこの国の王は黒髪の一族の歴史的価値から保護するように働きかけた。なるべく白の国に気付かれないように細々と暮らせるよう計らっている。
そんな中黒髪の一族の末裔であるカナディアが立ち上がった。
ペルエストさんも幼少の頃からカナディアのことを知っているのでいろいろ説得したみたいだけど根負けしてしまったようだ。
ただ……ペルエストさんと黒髪の一族の関係が明るみ出ると動きが制限される可能性があるので15歳になったカナディアは後ろ盾無しで交易の街へ向かうこととなる。
その後は俺が知る所に繋がる。
「あの娘の父親も大した剣豪だった。その血を受け継いだカナディアならもしかしたらと思ったんだ」
「1人でA級になるだけの素質がありましたからね。それに今の実力なら俺の支援無しでもS級になれたんじゃないかと思ってます」
技術を極限まで磨いた俺と違いカナディアはまだまだ成長期だ。日に日に成長し、強くなっている。
あのアメリが数年もしないうちに実力で抜かれると言っていたくらいだ。
見た目じゃ分かんないけど9年の差を技術の差を追い抜かすのって相当の才だと思う。
最後にこれを聞こう。
「黒髪の一族って何なんですか」
「……」
ペルエストさんが口を開こうとして噤んでしまう。言いあぐねているのかもしれない。
最高機密……そんなようにも見える。
少しの間の後、ペルエストさんの口が開いた。
「俺の口からは言うことはできない。……あの娘の両親に聞くといいだろう」
カナディアの両親か。大太刀を教えたのが父親だっけ。
やはり直接行くしかないな。
「黒土の森には防衛として魔導ゴーレムを設置している。倒しても時間で復活する魔獣だ。S級ならば超えられるはずだ」
ペルエストさんから黒土の森までの道や、黒髪の集落に入るための推薦状を貰った。
「あの一族は頑固で有名だ。大変かもしれんが頑張れよ」
「ありがとうございます」
「おまえも……」
ペルエストさんはスティーナを見た。
「おまえの力はきっと役に立つこともあるだろう。期待している」
「は、はい!」
ペルエストさんとの話を終え、準備を整えてさっそく向かう。
黒髪の一族が住む集落か。今後は俺とカナディアでのこの秘密を守っていかなきゃいけないのか。責任重大だな。
王都を出た俺とスティーナは交易の街への馬車へと乗り込む。
交易の街から南に小さな村があり、そこで一泊した後は黒土の森まで進み続けるのみだ。
広大な草原をまる2日歩くのも意外に骨が折れる。
セーフエリアはペルエストさんに教えてもらったが……闇雲に進んでたら恐らく無駄な時間を費やすことになっていただろう。相談しておいて正解だった。
「あたし……聞いてもよかったのかな」
馬車の中でスティーナが漏らした。
「あたしってまだD級だし……。荷が重いというか、あたしにはまだ早いんじゃないかなって思ったの」
「本当にまずかったら話をする前に席を外すように言ったと思うぞ。ペルエストさんに期待していると言われたんだ。誇っていいと思う」
「あの人には会ったことないのに……」
「本当に会ったことないのかな?」
「どういうことよ」
「ペルエストさんって外国出張が長いけど、王都自体に30年以上も住んでいるんだ。だから怪盗ティーナに会ったことあるんじゃないかなって思うだけだよ」
「……お姉ちゃん、いやお母さんの時代だったらそうかも」
「スティーナが怪盗ティーナであることはギルド上層部にも伏せている。でも……見破られているんだろうな」
「……。確か【神眼】だっけ。そうかもしれないわね」
全てを見通す神の眼、それがペルエストさんの二つ名である。
あの人に知らないことは何1つとしてない。
ペルエストさんの情報を胸に俺達は馬車に乗って先へと進む。
次話「金髪テイスティング」
どんな話になるか……おわかりかもしれません。