第1話 ようこそ、ミネルヴァへ
「事務所紹介動画を、我に?」
事務所の社長からカメラを手渡され、シュヴァルツはそれを物珍しそうに眺めている。
社長は、シュヴァルツに身振り手振りを交えて説明を試みた。
「そう。『初めてのミネルヴァ』みたいな感じでね。ミネルヴァを初めて知った人たちが、みんなのことを好きになってリスナーになってくれたら素敵だよね」
「……ふむ」
シュヴァルツの手の中に、黒いカメラがある。
それはずっしりとした重量で、シュヴァルツの手に馴染んでいる気がした。
実際、全身鎧の暗黒騎士である彼(もしくは彼女)には、そういった黒い機械がよく似合う。
「心得た。ひとまずやってみよう」
こうして、『暗黒騎士』を名乗る性別不詳のVTuber――シュヴァルツは、己の所属するVTuber事務所『ミネルヴァ』のプロモーション動画を撮影することになった。
シュヴァルツはカメラを片手に、事務所内を練り歩く。
「我は暗黒騎士シュヴァルツ。今回はVTuber事務所『ミネルヴァ』を知っていただくべく、メンバーを紹介していこう」
「む、シュヴァルツ殿? 何してるのじゃ?」
「なんかの撮影? 面白そう!」
魔女の姿をした少女と、魔法少女のようなコスチュームに身を包んだ少女がシュヴァルツに話しかけてきた。
シュヴァルツはすかさず、彼女たちにカメラを向ける。
「紹介しよう。黒い魔女が月城ルナ。黄色い魔法少女が小日向ヒナタだ。二人とも、それぞれ自己紹介を頼む」
急なお願いであったが、そこはミネルヴァの一期生、対応力に優れていた。
二人の少女はニヤリと笑って、ルナは杖、ヒナタはステッキを構える。
「妾は闇の魔女、月城ルナ! 世界を闇で覆うためにVTuber活動を始めたのじゃ!」
「私は光の魔法少女、小日向ヒナタ! ルナの野望を阻止するために、対抗してVTuber活動を始めたの! 私がルナに負けないように、みんな応援よろしくね!」
「ちょっと、ヒナタ、ずるいのじゃ! 妾の営業妨害するのやめてくれない!?」
「世界を闇に包もうとしてる魔女の営業妨害して何が悪いのよ!」
二人はいがみ合い、杖とステッキを交差するように突きつけ合った。
それを見て、シュヴァルツは頷く。
「うむ、今日も仲良しで何より」
「仲良くない!」
「アンタ、どこ見て言ってんのよ!」
「この二人は『月日組』と呼ばれている。それでは、次に行こう」
「話聞けーッ!!」
怒鳴る月日組をスルーして、シュヴァルツは事務所の奥へ。
カメラを構えながら次のメンバーを探すシュヴァルツ。
すると、廊下の角から緑色の粘液が見えた。
「む、ライム殿」
「あ、シュヴァルツさん~」
スライム娘VTuberの緑青ライム。
のんびりした口調と動きで、へにゃっとした笑顔を浮かべながらシュヴァルツに近づく。
「シュヴァルツさん~、リリスちゃん見てませんか~?」
「いや。我もミネルヴァのメンバーを探していたところだ」
「じゃあ、一緒に探すの手伝ってもらってもいいですか~? リリスちゃんが見つかれば、そこで自己紹介もしてもらえるし~」
「よかろう。まずはライム殿の自己紹介をお願いできるだろうか?」
「あっ、はい~。えっと、スライム娘の緑青ライムです~。特技は絵を描くこと! みんなで楽しく配信できたらいいな~って思ってます~」
「ライムさン。リリスは見つカりましタか?」
不意にライムの後ろから声がかかり、シュヴァルツのカメラがそちらの方向を向いた。
銀色のアンドロイドがこちらに歩み寄ってくる。
「あっ、イライザちゃん~! いま、シュヴァルツさんが撮影してるんだって~!」
「マネージャーから伺っテおりマす。ミネルヴァの紹介動画でスね」
イライザと呼ばれた機械人形は丁寧にお辞儀をした。
「白銀イライザと申しマす。見ての通りのアンドロイドVTuberでス。ミネルヴァへようコそ」
「ちなみに、ライム殿、イライザ殿、リリス殿の三人組で『金蘭組』と呼ばれている」
シュヴァルツの言葉に、イライザは「はイ」とコクリと頷く。
「金蘭組の言葉の由来は、『金蘭の契り』でスね。固く強い友情や、深く心を通わせた親友同士の親密な交わりを表す言葉でス。私たチも、この言葉の通り、固い絆で長く配信を続けらレたラと思ってオりマす」
「えへへぇ~……。いっぱい頑張ろうね、イライザちゃん!」
「まずは、金蘭組の最後の一人、リリス殿を探さねば」
三人で話し合っていると、
「お~い、何してんだぁ~?」
一升瓶を抱えた和服の女性がやってきた。
「……姐さん。昼間から飲んでいるのか」
シュヴァルツはカメラを止めないまま、女性に話しかける。
女性は赤ら顔で豪快に笑いながら、シュヴァルツの背中をバシバシ叩いた。
「なんだよぉ~。アタシは車も運転しないし、問題ないだろぉ~?」
「……ふむ。たしかに問題ない、のか……?」
「シュヴァルツさん、流されやすすぎない~!?」
「ヤトさン、まズは自己紹介をお願いイたシます」
ライムはびっくりして目を丸くしている。
イライザが話を回して、やっと飲んだくれの女性が名乗った。
「アタシは蛇神ヤトだ! 酒飲み配信とつまみを作る配信なら任せろぉ~!」
「姐さん、リリス殿を見ていないか?」
「リリスなら『歌姫』と一緒に事務室にいるぞぉ~?」
「感謝する」
再び一人で酒盛りを始めたヤトを置き去りにして、シュヴァルツ、ライム、イライザが事務室に向かう。
果たして、そこに探し人はいた。
「リリスちゃん~!」
「あれ? ライムにイライザに、シュヴァルツさんまで。どしたの?」
「リリス殿を探していた、が……いろは殿もいるなら、話は早い」
「私?」
悪魔っ娘VTuberの紫乃リリスと、セイレーンVTuberの美空いろは。
「リリスちゃんは、いろはさんと何してたの~?」
ライムはリリスの手元にある手紙を覗き込む。
イライザはいち早く、それに気付いた。
「ソの手紙……ファンレターでスか?」
「そうよ。アタシたちのファンが手紙を送ってくれたの!」
「今の時代、手書きの手紙なんてありがたいわよねぇ」
いろはは、上機嫌で鼻歌を歌っている。
『歌姫』の名に恥じない、生粋の歌好きだ。
「ちなみに、我とヤト姐さん、いろは殿は同期で『SSS』と呼ばれている」
「Schwarz、Siren、Snakeの頭文字を取ってSSSなんて、なんだかカッコいいわよねぇ」
「では、最後にメンバー全員で撮影しよう」
シュヴァルツがそう言うと、イライザが「他のメンバーを招集しマす」と声をかけに行ってくれた。
「それじゃ、せーの――」
「――ようこそ、ミネルヴァへ!」
全員で手を振って、動画は一旦止まる。
「――はい、OKです!」
マネージャーのサインが出ると、次の瞬間。
「よーし、打ち上げでまた飲むぞぉ~!」
「ヤトさん、まだ仕事残ってるよ~!」
「イライザ、ゲームしよ!」
「リリスはゲームが弱いノに、なぜ私に挑むのデすか?」
「えっ、言い方ひどくない!?」
一気にいつものドタバタが戻ってきた。
その中で、シュヴァルツはポツリと呟く。
「……これが、ミネルヴァだ」
その声色は、笑っているように聞こえた。




