第十四話
青山と友達になってから、何週間か経った水曜日の午後。赤西は警察署からの帰りに、駅前で青山を探していた。
駅前広場を見回すと、グレーのパーカーのフードを被った、いつもの姿の青山を見つけた。今日の青山は、駅前広場の中心にある噴水を眺めているようだ。
「よう、元気してるか?」
赤西は青山に近づき、声をかけた。友達になってから、青山の身内の話はしていない。赤西は、青山が自ら話してくれるまで、青山の親戚が亡くなった、事故の話題を避けていた。
だが友人になってからお互いに、初対面のころより心の距離が近くなった気がする。敬語で喋らないだけでもこれだけ違うのか、と赤西は内心驚いていた。
「まあ、そうだね。調子は崩してないかな」
青山は赤西に気づくと微笑んで、そう優しげに赤西の目を見て話しかけた。青山が赤西の目を見てくれることも増えたし、口調も自然と砕けている。
「今日は何をしていたんだ?」
赤西は青山に問いかけるが、青山は答えない。普段何をしているか、仕事は何をしているのか、という質問には、今まで聞いても答えてくれなかった。
だから今日沈黙を返されても、特に驚かない。まだそんなタイミングじゃないのだろう。
赤西はめげずに青山に話しかけた。
「そういえば昴って、いくつなんだ? 俺と同年代な気はするけど、聞いたことなかったと思って」
無難そうな話題の中から、気になっていたことを聞く。年上にも見えるし、年下にも見える気がして、いつも気になっていたのだ。
「二十五歳。今年の誕生日が来たら、二十六歳だな」
少し考え込む仕草をしながら、青山が答える。
「俺は今年の誕生日で二十五歳だから……昴は俺の一つ上かな? 歳が近くて嬉しいよ」
赤西と青山は同年代のような気がしていた。しかし今回、正式に歳が近いことが分かって嬉しくなる。
青山が同年代だと分かれば、子供のころの話ができるかもしれない。青山の子供のころどうだったのか気になって、その話題を振ってみることにした。
「なあ、戦隊ヒーロー何が好きだった?」
青山は何を聞かれているのか、いまいち理解していない顔をして、こう言ってのけた。
「せんたいひーろー? 何の話だ?」
戦隊ヒーローは日本の男児がほぼ全員、子供のころに通る道なのに。全く知らないなんてありえるのか。赤西は質問を変えてみた。
「じゃあさ、夕方にやってたアニメ、何が好きだった?」
青山はしばらく考え込んでから、こう呟く。
「夕方にやってたアニメ……? 何のことだかわからないな」
同年代のはずなのに、全く子供のころの話が通じない。この話題は、自分ぐらいの年代の男性には、鉄板のネタなのに。
朝の特撮ヒーローの話も、夕方に始まるアニメの話も知らないなんて。本当に同年代なのか、赤西は訳が分からなくなってしまった。
赤西が難しい顔をして考え込んでいると、青山から意外な言葉が飛んできた。
「『王の帰還』は知ってる……よな?」
赤西はいきなり、教団の名前が出てきたことに驚く。しかし赤西は平静を装い、こう答えた。
「そりゃもちろん。十年前の事件は有名だし」
それにしても、教団と青山に何の関係があるのだろう。即答した赤西に驚いていた青山だったが、なぜこんなことを聞くのか。疑問符を浮かべる赤西に、さらにこう続けた。
「実は私……『王の帰還』の信者だったんだ」
青山は暗い顔をして確かにそう言った。突然の青山の告白に、赤西は絶句する。まさかあんな危険な教団の信者が、身近にいるなんて。
しかしこれはチャンスだとも思う。教団に関する手がかりが向こうからわかりやすく、やってきたようなものだからだ。
赤西はなんて返事しようか、言葉を吟味していた。教団の元信者と会ったことなんてなかった赤西に、青山にかけるべき言葉なんて思いつかない。
しかし赤西が黙り込んでしまったせいで、沈黙が流れてしまった。
「……引いたか? 私があんな危険な宗教の、信者だったって……」
青山が寂しそうな顔をして、そう呟き俯いた。まずい、誤解させてしまう……せっかく、こんな身の上話まで話してくれる仲になったのに、ここで心を閉ざされてしまっては、今までの苦労も水の泡だ。
そうなったら、母の事故の真実から遠のいてしまう……さまざまな自分の都合でしかない思惑が、赤西の脳内を目まぐるしく駆け巡る。
もちろん青山に、悲しそうな顔をさせてしまった、罪悪感もあったが。
「違う! 黙っちゃったのは、そういう訳じゃないんだ……あの教団の信者って、どういう境遇だったかわからないし、なんて声かけたらいいのかわからなくて」
赤西は落ち込む青山に向かって、自分の自己中心的な思惑を、青山に悟られないように隠そうと、狼狽えながらそう言った。教団のことはネットや遠藤からの話でしか、赤西は知らない。
親や世間と離れて学校にも行かずに、教団の教えだけが全ての世界で過ごす。それはおそらく子供にとって、良くないことなのだろう。そのことは何も知らない赤西でも想像出来た。自分とほぼ同い年の信者なら、要と同様教団で育てられたのだろう、という思い込みも含まれていたが。
青山は相変わらず暗い顔をしながら、自嘲するように言う。
「いいんだ。無理しなくたって。私は運良く抜け出すことが出来たけれど、そうじゃなかった同世代の人間もたくさんいた。それに教団は、世間の皆様に許されないことを、たくさんしていたからね」
今は青山が教団から抜けている口ぶりだったのに、まるで当事者であるかのような青山の言い方に、赤西は違和感を覚える。それに青山は、事件の時は子供だったはずだし、青山が直接教団の悪事に、関係があるとは思えなかった。
しかしこんな小さな違和感でいちいち引っかかっていては、赤西にとって重要な真実を聞き出せない気がする。赤西は青山の発言の違和感を、無視することに決めた。
「でも今の昴って、教団と関係ないんだろ? 今の教団も、昔みたいに危ないのか?」
そう青山に疑問をぶつけてみたものの、暗い顔は変わらなかった。赤西は今の質問が、青山の気に障ることだったのか、と不安に感じる。
青山と会話するときに頻発する、無言の時間がしばらく流れる。そして青山は首を横に振って、重い口を開いた。
「いいや。今の教団は、かつてのようにパトロンもいないはずだし、信者も爆破事件のころと比べると、だいぶ少なく……なってるはず。かつてのように武器や爆弾を作る秘密の施設も、維持できなくなって……るんじゃないかな。だから今の教団に、あの事件のような危険な事件を起こす力はないよ、多分」
赤西は青山の曖昧な、言い方が引っかかる。おそらく青山は今の教団と繋がっていないから、推測でしか話せないのだろう。
赤西は教団にパトロンがいたことも知らなかったし、武器や爆弾を作る施設を、教団が所有していたことも知らなかった。
かつて信者だったのならそういう情報も知っているのだろうが、青山は事件当時未成年だったはずだ。なぜ教団の内情に、ここまで詳しいのだろうか。
赤西は納得いかない部分がありつつも、青山にそれを追求するのをやめた。そこを指摘して、青山に心を閉ざされるのは避けたい。
「昴が今、教団がらみの危険な目に、遭わないならいいんだよ。今は、教団と関わりがないんだろ?」
赤西は青山にそう問いかける。それを聞いた青山は、大きく目を見開いて、赤西の方をじっと見た。赤西はその反応を見て、何か変なことを言ってしまったかもしれない、と不安になる。
もしかして教団とのつながりを聞くのは、当事者からすればやはり不味いことだったのだろうか。青山の無言が続けば続くほど、赤西はだんだん焦ってきた。青山との無言の時間には、慣れていたつもりだったのに。
焦って挙動不審になっている赤西を見て、青山は我に返った。
「いや、嫌だったわけじゃないんだ! ただ、人に心配される経験がほとんどなくて……」
普段の二人の会話より、大きめの声でそう否定する。今まで聞いたことのない青山の大きな声に、赤西は驚いてしまった。
思わずこんな大声が出てしまうほど、人生で心配された経験のない人間が、存在するのだろうか。心配され慣れていない自分が、言える話ではないかもしれないが。
青山の境遇よりも、赤西は自分のそんな感情が先行してしまい、こんな言葉を投げかける。
「いやいや、心配されたことがないってどういうことだよ! 友達も家族も、いなかったわけじゃないよな……?」
青山につられてしまって赤西も、大きな声で青山に言い返してしまう。だが赤西は、すぐにその発言を後悔した。青山が教団で育てられていたのなら、世間からも家族からも隔離されていたはず。教団で育てられた子どもなら、友達も家族もいないのも当たり前だ。
それは青山本人の意思と、無関係にそうなっていたのだろう。青山からそんな境遇が語られたことはない。ほぼ同い年の教団の信者なら要と同じように育てられたのだろう、と赤西は思い込んでいた。
赤西は青山に謝罪しようと、口を開こうとした、その時。青山が口を開いた。
「ああ、小さい頃は家族も友達もいなかったけれど、だいぶ昔に里親に引き取られて、教団を抜けたから……さっきの話は忘れて」
そう言って青山はいつも通りの、どこか暗い顔に戻ってしまう。しかし赤西は青山の、「心配された経験がない」という言葉が、本音なのだろうと思った。
忘れてくれと言われてしまった手前、その言葉ごとなかったことにするのが、正解なのかもしれない。だが、心配してくれる周りの人間が、いなかったと話す青山を、このまま見過ごしていいのかもわからない。
ごく最近少し話すようになっただけの間柄だが、今となっては青山を、ただの情報源とは思えなくなっていた。名前で呼び合う仲になって、こんな過去まで話してくれるようになって、心の距離が近づいている気がする。
初めは不快感を覚えていた相手だったのに、青山と心の距離が近くなることを、嬉しく思っている自分がいた。
だが無言の時間が続き、赤西は気まずく思う。やはりどんな相手でも、沈黙が続くのは苦手だ。
赤西は腕時計を見るふりをしようと、左手首に視線を落とす。時計が目に入ると、なんとここで一時間も過ごしていた。まずい、流石に上司に怒られる。本社に戻って上司に大目玉を食らう光景が、脳裏にくっきりと浮かんだ。
こんな様子の青山を置いて、自分だけ帰るのは後ろめたいが、しょうがない。
「ごめん、今日のんびりしすぎたみたいだ! 早く会社に戻らないと……じゃあな、昴!」
赤西は支度を急ぎながら、慌てた様子で青山に別れを告げ、駆け足で駅へと向かって行った。赤西の頭の中はもうすでに、仕事と怒られないための、言い訳探しでいっぱいだ。青山はそんな赤西の背中に、こう言って、微笑んだ。
「ああ、またな」
青山は赤西が去っていった駅の入口を、しばらく眺めていた。その表情は穏やかそのものだった。
そんな青山に徐々に近づく、おかっぱ頭の影。近づいてきた三人の、おかっぱ頭の人間に囲まれた青山。
「もう、そんな時間か」
青山は険しい顔をしながら、冷たく感情のこもっていない声で呟く。赤西と過ごしていた時と比べると、今の青山はすべての感情を削ぎ落したような、冷たい印象だ。おかっぱ頭の集団のうち、最も年長者の男に、こう促される。
「今日のお戯れはここまでです。早く戻りましょう」
青山がそのまま動かないでいると、そう神妙な顔で語り掛け、片膝をついて頭を垂れた、おかっぱ頭の三人。
「貴方様は、王が残された最後の希望なのですよ……御子様」
跪かれている青山の顔つきが険しくなる。苛ついているようだ。青山は三人を順々に見ると、口を開いた。
「わかっている……ここでは目立つ。早く移動しよう」
表情を変えずに、青山が三人に言い放った言葉は、刃物のように鋭利で冷たかった。のどかな駅前広場には、似つかわしくないこの集団に、周りの人間たちも注目し始めていた。
御意、と三人が揃って呟く。青山がフードを被りなおすと、この奇妙な集団は駅前広場から去っていった。
集団が立ち去った駅前広場には、元の賑やかさが徐々に戻っていた。




