51.元祖悪役令嬢
(そろそろ痛い目に合わせてやりたいわね)
フェリクス宛の手紙を書き終え、書類に向かいながら、オレーリアはそんなことを考えていた。
もう何日も前から、オレーリアはベアトリス王女に会えていない。
豪奢な衣装と気合いを入れたメイクで、圧倒的な美貌を見せつけることができた、あの日が最後だ。
あのときは確かに、オレーリアが圧勝した。だが、あれで満足できたわけではない。
今なお自分が勝ったつもりでいるベアトリス王女を、まだまだ悔しがらせてやりたい。
けれど、ベアトリス王女は徹底的にオレーリアを避けている。
(逃げてる時点で負けだってこと、気づきなさいよ)
会えなければ、こうして希少な石の指輪を見せつけることもできないではないか。
知らず、口からため息が漏れる。
(……何かないかしら?)
会わずして、相手を悔しがらせる方法はないだろうか。
なんとしてでも、ここで一矢報いて、悪役令嬢としての実力差を見せつけてやりたい。
(何か……。何か方法は……)
自分の中の思考に沈んでいく。
(どんなことに激怒するかしら?ベアトリス王女って……)
ベアトリス王女について考えながら、ふと気がつく。
あまり認めたくはないが、ベアトリス王女は、オレーリアと共通点が多い。
王族という、国の最高位の身分。
権力と財力を持つ父から受ける溺愛。
(まあ、私は公爵家の令嬢だし? 王族に次ぐ最高位の身分だけど。それに私は、王族にも引けを取らない財力を持つローゼンベルク公爵のお父様に愛されてるし?)
そして、自分が愛されて当然という、謎の自信。
(私はもう、自分が愛されて当然なんて、愚かな過信はしてないけど?)
さらに、自分より優れたものを持つことが許せない気質。
(それは当たり前だけど)
結局はオレーリアの方が優っているし、決して同じではない。
けれど似ていることは否めない。
だったら――
オレーリア自身がされたら苛立つことを、ベアトリスにしてやればいい。
(さすが私ね)
さすが『氷冠の王子と翡翠の乙女』のオレーリアだ。
ヒロインを窮地に追い込み、ヒーローに国外追放までされた悪役令嬢だけある。
(ベアトリス王女なんて、所詮ポッと出の悪役令嬢だもの。こういうのは元祖が一番優れているって、相場が決まっているものよ)
そんなことを考えると、思わず口元が緩んだ。
(私だったら何をされたら一番腹が立つかしら?そうね、やっぱり……)
――自分が手に入らない宝石やドレスを持つこと。
(かなり苛つくわね)
これは悔しいはずだ。
もしベアトリス王女が、ローゼンベルク公爵家の力を持ってしても手に入れられない希少な宝石やドレスを身につけていたら。
(想像するだけで腹が立つわね。……でも)
オレーリアは自分の指先を見つめる。
そこに輝くのは、父に頼んで取り寄せてもらった希少な石の指輪だ。
(すでに持ってるから、会えさえすれば悔しがらせられるけど)
会えないから、自慢できないのだ。
世界一の腕を持つデザイナーを呼び寄せて、豪奢なドレスを仕立てさせても、ドレスならばベアトリス王女だって仕立てることができる。
財力的には引き分けだろう。
(ダメね。私だけが持てるものじゃないと意味がないわね)
――自分以上に上回る美貌。
ベアトリス王女も顔立ちが整っていないわけではない。
口を開かず淑女らしく微笑めば、グラン国王族らしい知的な雰囲気を漂わせる。
けれど、華やかさを見せるオレーリアの顔立ちには敵わない。
夜会などで気合いを入れたメイクを施せば、会場中の視線を攫うのは――確実にオレーリアだ。
(でも……)
確かにオレーリアは圧倒的な美貌を持つ。
けれどそれも、最高の見せ場を作るには、夜会などの舞台が必要だ。
(これもダメね。舞踏会も夜会も、当分ないもの)
ローゼンベルク公爵家で夜会を開いてもいいが、オレーリアとしては、もてなすより、もてなされる側に回りたい。
賓客として扱われることに価値がある。
(もっと。もっと何かあるはずよ)
オレーリアは書類に目を落としたまま、なおも考え続けた。
(……周りからの人気とか?)
――周囲からの人気。
周りからちやほやされて、いい気になっている令嬢を見れば、苛立つはずだ。
オレーリアだって、以前であれば――
そこでふと気づく。
(苛立っていた……かしら?)
周囲に取り巻きを侍らせている高位貴族は、学園に何人もいる。
その姿を見て、かつての自分は苛立っていただろうか。
(別に腹は立たないわね)
権力に群がるのは当然だ。
取り巻きの数が多いからと、悔しがる必要はない。
大事なのは、誰が自分に取り入ろうとしているかだ。
(誰でもいいわけじゃないのよね。……そうなると、一番効くのは――)
ベアトリス王女が一番欲しがるもの。
それはフェリクスだ。
――フェリクスに特別扱いされる令嬢。
やはりこれが一番効くだろう。
オレーリアだって、フェリクスがシルフィを特別扱いしているように見えたから、あれだけ激怒したのだ。
だからこそ、衝動的にシルフィを階段から突き落とそうとした。
フェリクスがオレーリアだけに微笑んだら、以前のオレーリアのように、ベアトリス王女も激怒するだろう。
フェリクスがオレーリアにだけ優しく声をかけ、微笑む姿を想像してみる。
(……いいわね)
かなりいい。
きっとベアトリス王女は、ものすごく悔しがる。
(でも……)
フェリクスがオレーリアだけに笑いかけるなんてあるだろうか。
少し考える。
――ない。
(絶対にないわね)
すっと真顔になる。
婚約が解消されてから、彼は意外と話しやすい人だとわかったが、フェリクスは氷の王子だ。
ヒロイン以外に優しく微笑むことはない。
そもそも、自分がフェリクスに特別扱いされる理由もない。
――ディラン様なら?
顔立ちの整った、若き天才騎士と呼ばれるディランのことも、ベアトリス王女は相当気に入っている。
見目麗しい男が好きなベアトリス王女のことだ。
もしディランが、オレーリアだけを特別扱いすれば、ベアトリス王女も苛立つのではないだろうか。
(……そうかしら?)
確かに苛立つかもしれない。
けれど、一番欲しいものでなければ、意味がない気もする。
前世を思い出す前のオレーリアだって、見目麗しければ良し、とは思わなかった。
(じゃあ、テオはもっとダメね)
ハニーミルクティーのように甘い顔立ちのテオドールだが、処世術に優れるテオドールは人当たりがいい。
オレーリアに微笑んだところで、通常運転なだけだ。
(そういう意味では、セドリック様よね)
普段嫌味しか言わないセドリックが、オレーリアに微笑めば、ベアトリス王女の受ける衝撃は大きいのではないか。
オレーリアは、そっとセドリックに目を向ける。
すると、オレーリアを見つめているセドリックと、バチっと目が合った。
そんなセドリックを、オレーリアはじっと見つめる。
「……なにか?」
「いえ。何も」
静かに問われ、オレーリアは言葉を返す。
(やっぱりダメね)
『ベアトリス王女様の前で、私に微笑んでくださいよ』
そんなことを頼めば、未来は見えている。
『あなたは貴族令嬢としての品格が足りないようですね』
そんな長いお説教が始まるに決まっている。
(難しいわね……)
細く長いため息が、口から漏れてしまう。




