第六章 13
縫合宮、第三階層最奥。
ミイアが復活し、ついに全員が揃った。
押され続けていた空気は、一気に反転し、戦場には確かな反撃の流れが生まれていた。
だが――
その時だった。
「……ん?」
ケイタが、わずかに眉をひそめる。
空中に浮かぶデミュートの動きが、急に不自然になったのだ。
先ほどまで圧倒的だったその存在が、まるで何かに引っ張られるように、ぴたりと止まる。
沈黙。
場に、妙な間が落ちた。
ややあって――
「ふっ……どうやら、デミュートは時間切れのようだな?」
聞こえてきたのは、あの男の声だった。
「ちょっと、無理をさせすぎたか……?」
その口調、その含み笑い。
アシカガの体を通して、再びベルモントが語っていた。
「いや……キミ達の健闘を讃えるべきだな?」
「では、今日はこの辺で終わるとしよう」
ケイタたちを見下ろしながら、ベルモントは楽しそうに微笑む。
「7号君の核は……また後日、頂くとしよう……」
その言葉を最後に、アシカガの体が力を失い、静かに地面へ倒れ込んだ。
「えっ……終わったのか?」
ケイタが警戒を解かずに呟く。
だが、その直後だった。
「――いやあ……お見事ですな?」
ぴくり、とアシカガの体が動いた。
ゆっくりと上半身を起こしたその顔には、いつもの卑屈な笑みが浮かんでいた。
「では、わたしから、ここで提案があるのですが……?」
「はぁ?」
ケイタが眉をひそめる。
だが、次の瞬間。
アシカガの口が、勝手に別の言葉を紡いだ。
「あっ! 忘れていたよ?」
「後始末をちゃんとしなきゃな?」
「――っ!?」
その瞬間、アシカガ本人の表情が一変した。
目を見開き、口元を引きつらせ、明らかな恐怖を浮かべる。
「や、やめ――」
――ボンッ。
乾いた破裂音が、場に響いた。
アシカガの頭部が弾け飛ぶ。
「…………」
その場の空気が、嫌な意味で凍りついた。
「うわぁ……最低……」
ルカが顔をしかめる。
「ひどいわっ……最後まで、趣味の悪いヤツ!……乙女がいるのに、あんな光景を……!」
ミイアも冷えた目で呟いた。
そのあまりに後味の悪い幕引きに、一同の口からは自然とベルモントへの文句がこぼれた。
ある意味、それは仕方のないことだったのかもしれない。
やがて、少し空気が落ち着いた頃。
ミイアが、静かに自分の胸元へ手を当てた。
「私は、肉体を取り戻せたけど……結局、核は無くなったままだから、完全な人間には戻れないわ……」
その声に、少しだけ寂しさが混じる。
「だから、これまで通り、基本は霊体のままでいる方が無難ね……肉体が主力だと、活動を維持できないから……」
すると、ルカも小さく息を吐いた。
「僕も、核が半覚醒してしまったから……もう、普通の人間とは言えないかもしれない」
「それに、半覚醒だから、解放状態を維持することもできないみたいだ……たぶん、時間制限がある」
「まあ……全部が全部、都合よくはいかないさ」
ケイタが肩をすくめる。
「でも、ひとつだけ確実に言えるのは――」
そこで二人を見て、少しだけ苦笑した。
「お前たち、どう考えても俺よりは人間っぽいぞ?」
「それ、まったく慰めになってないわよ?」
「うん、基準がおかしいよ……」
ミイアとルカが、同時にツッコんだ。
その時だった。
「マイロ……ルカ様! お疲れ様でした……!」
どこからともなく、見知らぬ若い男がにこにこしながら現れた。
「……えっ? 誰ですか?」
ルカが素で聞き返す。
男は、やや照れくさそうに一礼した。
「あのっ……ベルプリですが……」
「「「ええっ!?」」」
一同の声が、見事に揃った。
「人間体になれるの!?」
ルカが驚いて目を丸くする。
「ええっ……ベルナードの姿では、おそばに置いて頂くのに問題があるかと思いまして……?」
「ええっ……一緒にくるの?」
ルカのその一言に、ベルプリが露骨にしゅんとなる。
「あのっ……ダメ……でしょうか……?」
その時――
「オタンコ! お団子をくれっ!」
「うわっ!?」
突然、頭上から声が落ちてきた。
見ると、いつの間にかルカの頭の上に、陽毬がちょこんと乗っていた。
「あっ? いつの間に陽毬になったんだ?」
ケイタが目を瞬かせる。
「えっ、狐白君は?」
ルカが戸惑いながら聞くと、陽毬は胸を張る。
「あっ……あやつには引っ込んでもらった!」
「わらわがっ! お団子を食べないと、いかんのでなっ!」
「ええっ、それって……何か、扱い……ひどくない?」
ルカが微妙な顔をする。
「あのっ……わたくしのお供の件は……?」
ベルプリがまだ気にしている。
「えっ……狐白君って何?」
今度は、ミイアが興味を持った……
一気に場が騒がしくなった。
その様子を見て、ケイタは思わず苦笑する。
「とにかく――一旦、バリエスの町へ戻らないか?」
その一言に、
「賛成!」
全員の声が、今度は自然に揃った。
そして、ふと視線を上げる。
縫合宮の外には――
いつの間にか、気持ちのいい晴天が広がっていた。
正直、ツッコミどころは山ほどある。
ベルモントも、デミュートも、世界の謎も――まだ何ひとつ終わってはいない。
それでも今は、全員がここにいて、ちゃんと生きている。
なら、きっと大丈夫だ。
そう思えるくらいには――
今日の空は、少しだけ優しかった。




