第十八話 守る理由
焼けるような陽光がリビングに差し込んでいた。
俺は、ソファの前で立ち尽くしていた。
そこにいたのは、母の隣に座る――担任教師、エレナ・シャーティア。
けれど、その眼差しは昨日までの「先生」とは違っていた。
いや、もしかしたら昨日も同じだったのかもしれない。
穏やかで、鋭く、まるで“何か”を確かめるような目。
「……アルくん。話をしてもいい?」
母は小さくうなずき、父は腕を組んだまま黙っていた。
エレナはメガネを外して机に置く。
(……いつもつけてないのにな)
「昨日、帰りが遅かったって聞いたの。どうしたの?」
「……別に。散歩してただけです」
「散歩?」
穏やかな声のまま、けれど瞳がわずかに鋭く光った。
「服が破れてたのは?」
「転びました」
「どこで?」
「……道で」
母の肩が震えた。父の目は俺を真っすぐに見据えていた。
(――違う。けど、言えない)
昨日の“戦い”を説明できる言葉なんて、どこにもない。
「アルくん」
エレナが静かに立ち上がる。
「先生はね、あなたが“嘘をつく子”じゃないって思ってるの」
「……」
「でも、なにかを隠してる子ではある」
空気が止まった。
俺は視線を落とす。
「……隠してることなんて、ないです」
「そう。なら、そういうことにしておきましょう」
エレナは微笑んだ。
けれど、その笑みの奥には――確かな探る光が宿っていた。
(……なんで先生が来たのか、もう分かる)
彼女が帰ると、家の中に静けさが戻った。
ーー
「いじめられてるなら、言って。お願いだから」
母さんは泣きそうな目で言った。
「いじめなんて、されてないよ」
それは本当だった。
でも、**“戦っている”**ことまでは、言えなかった。
父はコーヒーのような飲み物、カファを片付けながら、ぽつりと呟いた。
「お前、最近……何か変わったな」
「え?」
「顔つきがさ。大人になったというか……覚悟したみたいな顔だ。アルもさ成長してるんだな」
真剣だったけど、少し口は笑っていた。
俺は答えず、ただ小さく笑った。
(家庭訪問ってだけで恥ずかしかったのに。まさかこんな空気になるとはな)
夜。
外は虫の声。風もほとんどない。
俺は学校帰りにそのまま山の方へ向かっていた。
(……どうせ、また来る気がする)
昨日と同じ木の根元。
闇が揺れ、女の姿が現れる。
「……来たな」
「虚無の王が来ると思ったよ」
虚無の王――レイラは、かすかに笑った。
「予想できるとは、成長したな」
「冗談だよ」
「冗談を言う余裕があるなら、構えろ」
「なんで?」
俺は肩をすくめて立ち上がる。
魔力はもう自然に流れていた。
呼吸のように動く。
水の渦が指先で踊る。
「出せるようにはなった。けど、出す理由がまだ弱い」
レイラの声が鋭く響く。
「昨日、“守る”と言ったな。――守るとは何だ?」
「……誰かを、助けることだろ」
「違う。それは“慰め”だ」
胸がズキンと痛む。
「じゃあ、どうすればいいんだよ……」
「……守るとは、優しさだよ」
「……意味わかんねえよ」
「わかるさ。そのうち、痛みを知ったら」
レイラが手をかざす。
闇が形を変え、巨大な獣のような影が現れる。
「こいつを倒せ」
「理由はなんですか?」
「理由を探しているうちは、何も守れない。――動け」
影が咆哮し、襲いかかる。
俺は反射的に腕を上げ、水を消し、炎の壁を作った。
爆風とともに草が焦げ、煙が立ち上る。
「……本気で殺す気だろ」
「当然だ。死を怖れる者に、守る資格はない」
「うるさいな……」
もうほんと、次から次へと疲れた……。
怒鳴りたい気持ちを飲み込み、炎を放つ。
だが影は再生する。
「まだ恐れている。力を出すことを」
レイラの声が響く。
(なんでわかるんだよ……怖いに決まってる)
それでも足は止まらなかった。
拳を握り、光を叩き込む。
炎が獣の影を照らし、黒い毛並みが一瞬だけ赤く 光った。
爆ぜる音。焦げた匂い。
影が砕け、夜風に溶けた。
沈黙。
俺は膝に手をついて息をつく。
「……守るって、めんどくさいな」
「それが、生きるということだ」
レイラが歩み寄り、指先で額の汗を拭った。
「今日はここまでだ」
「次は何するんですか?」
「“迷い”を捨てる訓練だ」
「迷い捨てたら、人間じゃなくない、ですか?」
その言葉に、レイラが微笑む。
「だからこそ――人間として強くなれ。力ではなく、心でな」
闇が風に溶け、夜に消えた。
残された焦げ跡が、黒く滲んでいた。
(……結局、何の特訓だったんだよ)
呟きながら空を見上げる。
雲の隙間から、月が顔を出していた。
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