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第十五話 呪いはいつも心に寄り添っている

風が静かに窓を揺らしていた。


 授業が終わり、教室には誰もいない。

 アルはそこにいた。窓際の席で、木漏れ日の中、じっとエレナ先生を見つめている。

「アル。少し、話せる?」

 エレナ先生の声は、いつもよりわずかに硬かった。

 彼女の手には一枚の羊皮紙。そこに走る魔力の痕跡は、明らかに“検査”の結果だった。


「……いいよ」

 アルは、恐れも疑いも見せずに頷いた。

 だが内心では――わかっていた。これは、ただの“話”ではない。


「あなた、異様に賢いわね。年齢に見合わない魔術の理解と制御。それに――あの時、黒い落書きのあった日。あなたの反応は、“何か”を知っている者のそれだった」

「……」

「アル。あなたは、“呪い”を持っているのではないかと、私は疑っていたの」

 その言葉は、静かな刃だった。だがアルは揺れなかった。


 ただ、ほんのわずかに唇を動かす。

「……持ってないよ。呪いなんて。持ってたら、たぶん、こんな風に生きてられない」

 そう。生きてこられなかった――あの記憶が、本当ならば。

 地球の、終わった世界の記憶が、本当に自分のものなら。

「……そうね。あなたは、持っていない」


 エレナは深く息をついた。手の中の紙が、風に揺れ、床に落ちた。本当はこの紙で魔力を見ても、結局は呪いがあるなんて分からないんだけどね。

「でも私は、どうしても……疑ってしまったの。あなたのような子どもが、“この世界”に現れること自体が、不自然だと思っていた」

 そのときだった。エレナの瞳に、一瞬、陰が差す。

 彼女は静かに口を開いた。


「私は……呪いを憎んでいるの。昔、“呪いを持つ者”に家族を殺されたわ。何の前触れもなく、夜の静寂の中で、すべてが壊された」

 アルは目を伏せた。エレナ先生の声は、普段の厳しさとは違う。


 それは“傷”のにおいだった。時間の中に沈んでもなお、癒えぬ過去の。

「私は、“神聖派”に入った。でも……それは、表向きの話よ」

「裏は……異端派、なんだね」

「ええ。でも、あなたを見ているうちに、私の中の確信が揺らいだ。あなたは呪いではない。あなたの中にあるのは……もっと違う何か。形にならない記憶や、断片的な痛み」


 アルは小さく息を吸った。

「それ、わかるの?」

「わかるわ。私も、呪いの痕跡には敏感だから。でもあなたの中にあるものは、呪いじゃない。たとえば――祈り。あるいは……悔恨」


 その言葉に、アルの心が揺れる。

(ぼくは……何を悔いてる? あの世界で、生きられなかったこと? 誰も救えなかったこと? それとも、今この世界に、こうして“生きてしまっている”こと?)

「なんでそんな風に思うの?」

満面な笑みでエレナ先生は「だって私、先生だよ?」そう言った。


 そんなふうに、思考の霧に囚われかけた、その時。

 ――ドォン!

 重い破裂音が、校舎の外で響いた。エレナの表情が一変する。

「来た……!」

「え?」

「本物の“呪い異端派”よ。私があなたにふれたこと、見られていたのかもしれない……っ!」


エレナの過去の記憶が蘇る

エレナが八歳だった冬の夜、村に雪が降った。深い森に囲まれた小さな集落――そこが彼女の故郷だった。暖炉の薪が燃える音、母の編み物の音、そして弟の寝息。その音たちに包まれながら、彼女は一冊の古い書を読んでいた。


 その夜のことを、エレナは何度夢に見ただろう。

「また、あの子と遊んできたの?」

 母が少し困った顔で言う。

「だって、あの子はひとりぼっちだもん。わたしがいなきゃ、だれも話してくれないよ」

 そう口にしたエレナは、首をかしげながら言葉を続けた。

「“呪いもち”って、ほんとうにわるいの?」

 その言葉に、母は少しだけ目を伏せた。

「……悪いわけじゃない。でも……」

「でも?」

「世界が、そう教えているのよ。呪いは災いを呼ぶって。だから、わたしたちが怯えるのも仕方のないことなの」


 腑に落ちないまま、エレナは庭先の木に登っていた少年の姿を思い出した。赤い外套、短く切りそろえた黒髪、細い手足。そして――どこか悲しそうな目。


 彼の名前はカイン。

 村で唯一の「呪いを持った子」として、家からも学校からも遠ざけられていた存在だった。なぜ呪い持ちってなったのか、それは明らかに剣の達人だったからだ。そしてその剣は綺麗じゃない、人の恐怖を呼び起こすようなそんな剣技だった。


 でもエレナだけは、彼に話しかけることができた。どれだけまわりに止められても。

「ねぇ、エレナ。人ってさ、ほんとうのことを知ったら、こわがると思う?」

「知らなきゃはじまらないでしょ? わたしは、知らないほうがこわいよ」

 彼は少しだけ笑って、手にした古びた剣の形をしたおもちゃを振った。

「じゃあ、ぼくの中にいる“剣鬼”も、知ってみる?」

「なにそれ?」

「……冗談」

 そう言って彼は木から飛び降りた。その時の笑顔を、エレナは忘れられない。


 ――そして、運命の夜は、突如としてやってきた。

 冬の嵐が近づく夜、村の広場に突如として炎が上がった。襲撃だった。獣のような鎧をまとった一団が、村の家々を襲っていた。呪文と刃、火の矢が舞う。絶叫。逃げ惑う人々。

 エレナは、家族とともに隠れていた。

「カインは……っ!」

 気がついたときには、彼女は吹き荒れる雪の中、森の方へと走っていた。

 彼が住む外れの小屋。その前で、彼はひとり立っていた。

「来ちゃダメだよ、エレナ。君まで巻き込まれる」

「何言ってるの、逃げなきゃ!」

「逃げないよ。ぼくが、この村の災いなら――ぼくが、この村を守らなきゃいけない」

 彼の掌には、赤黒く染まった印が浮かんでいた。

 それは“深淵剣鬼”の呪い。

かつて王都を沈めた剣気の力を封じ込めた禁断の刻印。

「……どうして、それが……」

「ずっと、ぼくの中にあった。ずっと、閉じ込めてた。でも……もう止まらない。今、あいつらを止めるなら、これしかない」

 彼の瞳が、炎のように燃えていた。

「やめて……お願い、カイン…!」

「エレナ。ぼくは君のこと、大好きだったよ。君だけが、ぼくを普通の人間として見てくれた」

 そしてカインは、呪いを解き放った。

 雪が逆巻く。空が引き裂かれる。呪詛の力が、雷のように世界を貫く。

 襲撃者たちはその力に押し潰され、次々と崩れ落ちた。


 そのとき、呪い子が暴れたと聞いて、神聖派の騎士団がようやく村に到着した。

 だが――彼らが見たのは、「呪いの力で敵を葬った少年」と「崩れ落ちる村」だった。

「止まれ! その力は禁忌だ!」

 騎士の叫び。術式が空に浮かぶ。

 だが、カインは動かなかった。逆に復讐心を煽った。呪い子ってだけなのに..

「……やっと、わかったよ。人間は、力を持たなきゃ生き残れない」

 少年の眼差しは、冷たかった。

 そのときだった。神聖派の副官が、斬りかかろうとした瞬間――カインはその剣を、指先ひとつで弾いた。


 そして言った。

「君たちは、間違ってない。けど、正しくもない」

そう、お前らは呪いを持っているくせに俺の気持ちなんて分からず俺を否定した。そして、助けてなんてくれなかった。

 そう言い残して、カインは神聖派の騎士たちの命を――助けなかった。

 その場にいた者たちが次々に呪気に飲まれて倒れていく中で、カインはただ、エレナの前で立ち尽くしていた。


「……ぼくは、君だけは傷つけたくなかった」

 エレナの頬に触れたその手は、温かかった。

「じゃあ、またね」

 そう言って彼は、森の奥へと姿を消した。


 ――それが、エレナが最後に見たカインの姿だった。


 神聖派の救援により、彼女は村の残骸から救出された。家族はもういなかった。焼け跡と、吹き溜まった雪だけが残されていた。

 彼女の心には、何かが深く刺さった。

 呪いとは何か。信じるとは何か。拒むとは何か。

 そして彼女は知ったのだ。

 「呪いは人を変えるのではない。人が呪いを、受け入れてしまうだけなのだ」そしてその呪いが力を与えるのだと。



 窓の外には、黒い影が複数、跳躍してくる姿があった。

 魔術をまとった者たち――呪いを嫌う、憎しみの使徒たち。


 校舎の結界が、音を立てて崩れた。

 闇のような霧が差し込み、風がざらつく。

 廊下に降り立ったのは、漆黒のローブを纏った数人の大人――否、“何かを失くした者たち”。

「アルタイル•アステラ。この子が、あの《呪われ者》か」


 その男の声は濁っていた。魔力に侵され、声帯すら歪んだような響き。

 だが、その眼だけは――熱を持っていた。復讐の、熱を。

「やめなさい! ここは学び舎。罪なき者を巻き込むつもり!?」


 エレナが前に立つ。手には儀式魔法の術具。

 だが、異端派の一人が嘲るように笑う。

「罪なき? こいつが罪の根だ。呪いの原種かもしれぬ。」

「……罪の根?」

 アルはその名を口の中で転がした。

 それは、意味を持たないはずの言葉だったのに――なぜか、胸の奥が痛んだ。

「やめて……ぼくは……俺は、呪いなんか、持ってない……」

 呟くアルの声に、敵の一人が声を荒げる。

「だまれ! 希望に見える者こそが、絶望をもたらすんだよ! 俺たちはもう、すべてを呪ってるんだ。世界を、神を、人を、自分自身すらな!」


 その叫びと同時に、魔術が放たれる。黒く、螺旋を描いたそれは、確かに“理”に反していた。

 エレナが防御魔法で受け止め、爆風が走る。

 吹き飛ばされる机、散る紙、砕ける床。

 アルは床に手をつき、ようやく立ち上がる。

「くそ..俺の人生お前らなんかに負けない!」

 アルの手から放たれたのは、青い閃光。

 それは術式ではなかった。魔力をそのまま“想い”で転換した、原始的な魔術――けれども、圧倒的に強い。

「っ……この子、何者……!?」


 異端派の一人が怯む。エレナが小さく目を見開いた。

(この魔力……やはりこの子の中には、“記憶”ではなく、“本質”がある。何かを乗り越えた者だけが持つ、真の魔術のかたち)

 だが、異端派はまだひるまない。再び攻撃魔術を編もうとした、そのとき――

 鈴のような音が響いた。

「止まりなさい!」

 その声に、場の空気が凍った。

 現れたのは、白銀の法衣をまとった神聖派の司祭たち。


 そして、その中心にはひときわ強い光をまとう女がいた。光の術式を身に帯びながら、静かに名乗る。

「我が名はセイラ•ユース。神聖派の実行守護官。“聖なる秤”の名のもとに、あなたたちを拘束します」

「チッ……! 今は退くしかないか……!」

 異端派の男たちは呪術で視界を覆い、撤退していった。

 ただ、最後に一人がアルに向けて、言葉を残す。

「俺らの上の存在“七つの影”はお前を見て、動き始めた。次に会う時、お前を殺す。」

「…ごめんな」


この七つの影は呪いが嫌いなわけじゃない、、ただただ普通に殺す事が好きな七つの影だ。でも、だ、異端派の皆はただ呪いが嫌いだっただけの集まりだった。なのに七つの影のせいで、殺す思想まで出てきてた。

俺は人を殺したくないが、呪いが嫌いだ。だからこの下につく。


闇の深淵から生まれし七つの影、彼らは呪いの真髄を操り、世界の理を歪める異端の使徒。その眼差しは凍てつき、その言葉は魂を蝕む。彼らの歩む道は破滅へと続き、その存在自体が禁忌の象徴である。

そう七つの影は自分の欲望で闇の呪いをその身に宿している。



 戦いの後、アルは廊下に座り込んでいた。

 傷はなかった。でも、心が震えていた。

 エレナがそっと隣に座る。

「あなたは……やっぱり、呪いなんかじゃないわ。私が間違ってた」

 アルは静かに首を振った。

「ううん、先生。間違ってなんかないよ。だって……先生は、ほんとうのことを、見ようとしてくれた。こわかったけど、うれしかった」


 そう言ったあと、ふと思う。

(ほんとうのこと……この世界に、それってあるのかな)

 自分は地球の記憶を持っている。でも、それを証明する術はない。

 けれど、それでも――今、自分がこうして誰かと心を通わせているなら。

「先生……ありがとう。ぼく、この世界で、生きてくよ」

 エレナは、小さく微笑んだ。その心の中でこう思う。当たり前じゃない?とはてなになっていた。


 でもアルタイルの目、その表情には、過去と向き合った者の、少しだけあたたかい光が宿っていた。


どうも、葛西です。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


今回はちょっと重めの話でした。エレナ先生の過去、どうしてあんなに呪いに敏感なのか、その理由の一端を描きました。


……なんて言ってますけど、実際はまだ全部じゃないんですけどね。


それと、出てきましたね。異端派。

あれ、まだ本気じゃないです。今回で「助かった」ように見えて、実は全然助かってない。

火種はしっかり、まだくすぶってます。


あと、アルが今回ちょっと追い詰められかけてましたが、こういう話も“あり”だと思って書いてます。

強い主人公もいいけど、苦しんで、迷って、それでも前に進む子のほうが、自分はやっぱり好きなんです。


次回は少し落ち着いた話になる……かも?

それともまた事件が起こるかもしれません(笑)


ではでは、また次の話で。

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