15
すでに日は暮れ、街は家路を急ぐ人が行き交う。
生徒会メンバーは、店から少し離れた大通りで馬車から降りて、『物語の向こう側』へ向かった。
通りの反対側にある店から、一組の男女が出てくる。
黒い髪の、制服姿のハインリヒと、ほっそりと痩せた黒髪の女性。声は届かないが、二人は親しそうに会話をして、後ろを振り返る。
二人の後ろには小柄なエルザがいた。堂々とした態度のハインリヒと、派手な色合いの服を着た黒髪の女性の陰で、小柄なエルザの存在感は薄かった。
探し求めていたエルザの姿を見つけて、四人の表情はパッと明るくなる。
まだ通りを挟んで距離はあるが、思わず大きな声で呼びかけた。
「エルザ!!」
人通りの多い夕暮れ時だが、エルザは声に気が付き、振り向く。生徒会の四人を見つけて、驚いて、けれど嬉しそうに通りを渡って来ようと駆け出した。
エルザと生徒会メンバーの間を、一台の馬車が遮る。
狭いわりに人通りの多いこの道は、交通量の多い朝と夕方の時間帯は馬車の通行は禁止されている。ルールを守らず、荷台に荷物を高く積んだ馬車が人混みの中を我が物顔で通り過ぎていく。
その馬車の荷台の荷物がぐらりと揺れた。
一瞬のことだった。
バランスを崩した馬車が横に倒れ、土埃が舞い、積み上げられていた荷物が地面に崩れ落ちる。
山の様に積み上げられていた小さな積み荷がゴロゴロと地面に転がり、近くにいた人たちは混乱のため悲鳴を上げて逃げ惑う。
逃げる人を避けて、ジルはエルザを探して周囲を見回す。
馬車の荷台は倒れ、馬は不自然な体勢になって、窮屈な姿勢を正そうと暴れている。
「エルザ!!」
エルザは倒れた荷台の下敷きになっていた。意識がないのか、返事がない。
ジルが駆け寄ろうとすると、馬車に繋がれた馬が大きく暴れ、後ろ足で立った。前足が降りる先にはエルザの頭がある。
ジルはとっさに馬の前に片手をかざした。
パッと小さく発光したかと思うと、とたんに馬は勢いをなくし、その場に横になる。ジルは馬の背を軽く撫でてやり、荷台と馬を繋いでいた縄を、素手でブチリと千切って、馬を自由にしてやった。
大人五人で持ち上がるだろうか、という荷台を、ジルはひょいと片手で押し上げ、エルザをそこから救い出す。店の軒先にエルザを横たえると、ジョルジェット、ロビン、オリバーが落ちた荷物を避けながら二人のところに来た。
「ジル先輩、エルザは……!!」,
「早く、医者に!!」
地面に横たえられたエルザの足には大きな木片が刺さり、ドクドクと血が流れている。意識のないエルザの顔は血の気が引いて白くなっていた
ジルは、エルザの足に手を置き、そっと木片を抜き取る。血が吹き出すこともなく、徐々に止まって行く。
彼女の患部にかざしたジルの手は、温かな金色で包まれていた。
ジルのブルネットの髪が強い黄金色に輝き、薄緑の目は眩い金色の光を放っている。背中から真っ白な翼が生えていてもおかしくないほど、ジルは天に近い神々しさを放っていた。
数時間後、エルザは王宮の一室で眠っていた。宮廷侍医に診察をしてもらい、どこにも異常はないと診断を受けた。メイドが眠るエルザの身体を清め、清潔な寝間着に着替えさせる。
ハインリヒの私室近くの応接間に、ジル、ジョルジェット、オリバー、ロビンは通された。彼らしい、質の良いシンプルな調度品で揃えられたその部屋で、ジョルジェットとロビンとオリバーはチラ、チラとジルを窺いみる。
「さっき、ジルの手、光ってましたわよね~?」
「手をかざしたら、エルザの血、止まったな」
「なんか、髪も目も金色に光ってて、まるで国王陛下のよう……」
ガチャン、と音をたてて、ハインリヒがティーカップを置く。
「オリバー、それ以上喋ったら、ここから生きて出られなくなるぞ」
絶対零度の微笑みを浮かべたハインリヒに、オリバーは思わず両手で自分の口を塞いだ。
「だが、見てしまったものはしょうがない。陛下と私、クリスター公爵家のごく少数の者しか知らないことだが、こいつの魔法は異常だ。魔力量がやたら多くて、しかも使える魔法に際限がない」
ハインリヒは大きなため息をついて、ジルを指さす。
「際限がないって、どういうことですの~?」
「雨を降らせようと思えば降らせられるし、火を起こそうと思えば起こせる。物を消そうと思えば、ホラ、消せる」
ジルがテーブルに置かれたお菓子の一つを手の平に載せて、それをパッと消してしまう。
「今のところ、魔法を使ってやろうと思って出来なかったことはないんだ。大きな建物を一棟消すとか、森を丸ごと焼き払うとか、大規模なことはやったことがないから、どの程度まで魔法が使えるかが、自分でも把握できていない」
「さっきは何の魔法を?」
「馬を落ち着かせるために精神作用。縄を千切ったり荷台持ち上げたりで、肉体強化。あとは、エルザの怪我を直す、治癒魔法、かな?」
誰もが魔力を持っているといわれているが、実際に魔法として使える者は極わずか。それらは強い念を込めて、生じさせるエネルギーであった。例えば水を凍らせたり、植物の成長を早めたり。
学院で習う魔法学の教科書にも、精神や肉体に影響を及ぼす魔法は記載されていない。ましてや治癒魔法となると、言い伝えの聖女くらいしか、聞いたことがない。
ジョルジェット、オリバー、ロビンはごくりと唾をのみ込む。見た目も中身も家柄も良いジル・クリスターというこの男は、自分たちが考えていたよりも、遥かにハイスペックな御仁だったのか。
「今回は緊急事態だからしょうがなかったが。救いは、見られたのがジョルジェットとロビンとオリバーの三人だけだったことだ」
呆れたようにジルを見るハインリヒ。その瞳は輝く金色だ。
「しかも、意識していないと、魔法を使うと髪も目も、金色になるんだ」
ユーレリア国の歴代の王はみな、金色の瞳だったという。現在、国には王位継承権を持つ王子が三人。第一王子は金色ともとれる明るい茶目。第二王子は茶目。第三王子ハインリヒは金目。
王妹を母に持つジル・クリスターは薄い緑の瞳。しかし、大きな魔力を使うと、その瞳は内から発光するかのように輝く金色へと変わる。濃いブルネットの髪も、淡く輝き、まるで、現国王と同じような色彩へと変化した。
「王家の血も濃いし、ありえないことではないんだが。初代王妃は聖女だったとも言われているから、その魔力と治癒魔法が隔世遺伝したのかもしれん」
「でも、金髪金目になるってバレちゃうと、ちょっとね」
間違いなく、王位継承争いに巻き込まれるだろう。ジルにそんな野心がないだろうことは、全員わかっている。クリスター公爵家でも、不要な争いを生むつもりはなく、これまでジルの魔法関連のことは秘匿されてきた。
今回の事故で、エルザを助けるためでなければ、ジルは生徒会メンバーにも、秘密を打ち明けることはなかっただろう。知っていても、身の危険が増えるだけの、厄介な秘密だ。
「だから、俺が魔法を使えるっていうことは」
「内緒ですわね~」
「誰にも言いません!」
「墓場まで持っていく」
三人は首を縦にコクコクと振りながら、お返事をした。
ジル・クリスターの力があれば、国を亡ぼすことも、新たに創造することすら出来るだろう。若い想像力のある彼らは、賢く、未来を予想する。
「そういえば、街でハインリヒが一緒にいらした黒髪の女性はどなたですの~?」
話がひと段落したところで、ジョルジェットはみんなが気になっていたが、聞いていいのか?と思っていたことをズバリと切り込む。
ハインリヒは別段気にする様子もなく、平然と答えた。
「ああ、エルザの母親だ」
 




