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ジルはその足で生徒会室に向かった。生徒会室の中では、ジョルジェット、ロビン、オリバーの三人がのんきにお茶を飲んでいる。
ジルは生徒会室に入ると、ツカツカとオリバーの前まで進む。
「エルザ、今日は登校した?」
昼休みにもエルザの所在を聞かれ、答えたはずなのに、とオリバーは首を傾げる。
「いえ、朝から来てないです。昼休み以降も来なかったので、今日は一日休みでしたよ」
ジルはしばしの無言の後、重々しく、言葉を発する。
「エルザが、消えた」
瞬時に三人が固まった。
「どういうことですの~?」
「噂がイヤで休んだんじゃないのか?」
「消えたって、どこに!?」
ジョルジェット、ロビン、オリバー、三人それぞれに疑問を口にする。
「エルザは今朝、寮から学院に登校してまだ帰っていないらしい。けれど、学院には来ていない。教師には『休み』と連絡がいっている」
寮には学院に行く、と言ったが、登校するのが嫌になって街に遊びに出かけた、ということも考えられる。しかし、エルザは学問の知識は素晴らしいが、ちょっと馬鹿がつくほど素直な性質であることを、ここにいる全員が知っていた。
エルザが学院に行くと言って寮を出たのならば、彼女の意思はそうだったはずだ。何かが起こらない限りは。
「俺にも、どういうことかわからない。ただ、事実として、エルザは現状、行方不明だ」
ロビンがガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
「ジャクソン商会の情報網を使う」
ジョルジェットとオリバーも立ち上がった。
「わたくしは学院で目撃情報がないか、聞き込みますわ~」
「僕は、エルザが行きそうなところ、図書館とか中庭とか、探してみる」
ジルは三人の顔を見て、頷いた。
「学院をサボっただけかもしれないが、誘拐、事故、事件に巻き込まれていないとも限らない。みんな慎重に、頼んだ」
「は~い」「ああ」「わかりました」「じゃあ、後ほど」四人は短く言葉を交わして、生徒会室を後にした。
ジルはいったん公爵家に帰宅し、自分付の執事に命令を出した。
「今すぐに、エルザ・スカルチアの所在を探れ。俺の警備も護衛も不要だ。俺の権限で動かせる人員は総動員しろ」
「かしこまりました」
部下に指示を出した執事がジルの私室に戻ってくると、所在なく部屋を歩き回る主がいた。いつも穏やかで、余裕のある、可愛げのない若造、というのが四十代の執事から見た主であるジルであったが。
「エルザ・スカルチア様のことになると、主はまるで少年に戻ってしまわれますね」
少しでも気持ちが落ち着くように、香りが良い紅茶を淹れて、着席するように促す。
「彼女のことになると、冷静な判断が出来なくなる。自覚しているよ」
ソファーに背中を預けて座ったジルは、天井を仰ぎ見る。
笑っていても、悲しんでいても、心はどこか冷静で、すべてが他人事のように感じていた。美しい女性も、ひらひらと舞う蝶も、ジルにとっては同じように綺麗だった。
けれど、今は、エルザの言葉が、笑顔が、彼女だけが、ジルの心の真ん中に届いて来る。
可愛いし、素直だし、賢いし、優しいし、理由なんていくらでも思いつくけれど、もう、エルザがエルザであれば、それが理由だ。
「エルザの生い立ちは?詳細は掴めた?」
「いえ、以前に報告した以上のことは。学院に入学前はドリタラという地方都市で義父と暮らしており、その頃の生活の様子などは調べがついていますが、それ以前は出てきません。おそらく外国から入国して、ドリタラにたどり着いたと思われますが」
円満な関係を築いている近隣国からの出入国は、関所はあるものの、身分証明書があれば簡単に通ることができる。
明確な入国の時期も不明、膨大な情報の中からはエルザと母親と思われる情報は出て来ていない。
一時間も経過すると、途中報告に護衛の一人が戻ってきた。執事に耳打ちをする。焦燥にかられながらジルは執事からの報告を待った。
「主、エルザ様は見つかっていません」
ジルは落胆を見せず、先を促す。
「それで?」
「街で、黒髪の目撃情報が出ています。ハインリヒ殿下と思われる男性と、黒髪の女性があちこちで目撃されているようで」
ジルは目撃情報の詳細を聞き取ると、上着を持って、足早に部屋を出る。
「学院に戻る」
おそらく、街での情報はロビンの家のジャクソン商会からのほうが多く正確だろう。
そういえば、今日は学院ではハインリヒを見ていない。公務で学院を休むこともあるため、ハインリヒの不在を不審に思うことはなかったが。
街で目撃された黒髪の男と女。ハインリヒとエルザはともに街に出かけたのか?わざわざ学院を休んで?
馬車に揺られながら、ジルの頭には解決しない疑問ばかりが浮かんでくる。




