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8

 翌日から中間考査が始まり、考査期間はお昼で放下となる。

 考査前から考査終了までの期間は、アルバイトをお休みしていいと食堂のおばちゃんたちに言ってもらい、エルザは毎日まっすぐ寮へ帰っていた。


「今日はみんな生徒会室に寄らずに家に帰るんじゃないかな」


「そう、だよね」


 同じクラスで生徒会役員のオリバーは小首を傾げる。

 まだ成長途中の中性的な彼は、大きな瞳が猫を思わせる愛らしさだ。時々聞こえる「食べてしまいたい」という声は、可憐で上品なソプラノからちょっと低いバリトンまで幅広いが、彼は全て聞こえないものとしてやり過ごしていた。


「図書館に寄って勉強していく人もいるみたいだけど、エルザは寮に帰るの?」


「うん、そうしようかな」


 エルザは教室でオリバーと別れ、誰もいないはずの生徒会室へ向かった。

 役員でないエルザは、その部屋の鍵を持っていないので、入ることもできないのだけれど。


 コンコンコン


 なんとなくドアをノックしてしまったが、当然返事はない。


「いないよね……」


 エルザは呟いて、生徒会室に背を向けた。

 誰もいないのはわかっていたけれど、エルザはジルに会いたかったのだ。

 数歩進んだところで、扉の開く音が聞こえる。


「エルザ?」


 振り向くと、扉を開けたジルが、こちらを見て驚いていた。


「ジル先輩」


 二人はしばらく何も言わず、無言で見つめ合った。

 会いたかったけれど、何を話そうか、何を言えばよいのか、そんなことは考えていなくて。


「勉強してく?」


 ふ、とジルが笑ったのが嬉しくて、エルザは元気よく返事をする。


「はい!!」


 温かな紅茶と焼き菓子を、ジルはエルザの前に用意して、大きなテーブルに座るエルザの斜め向かいで、自分の勉強を始めた。

 お菓子を食べ終えたエルザは食器を片づけて、自分も鞄から勉強道具を出して並べる。


 生徒会室にはペンがノートを引っ掻く音、ページをめくる音だけが響く。


「エルザ、わからないとこ、ある?」


「ここの理論の応用がうまくハマらなくて」


 見せて、とジルがエルザの横から問題集を覗き込む。テーブルに置かれたエルザの教科書にはたくさんの書き込みがされていて、彼女の努力がよくわかった。

 ジルは見せられた問題を見て、言葉を詰まらせる。


「……これは、考査の範囲外じゃないか?」


 テーブルに置かれた教科書は一年生の魔法学のもの。一年生の中間考査はほとんどが暗記ものだ。理論なんて、ただ丸暗記していれば考査は問題ない。

 しかし、なぜかエルザが手にしているのは上級者、いや研究者向けの問題集だ。


「はい、でもこの応用に導かれる過程を証明できないと、理解しているとは言い難いので」


 普段の無邪気な様子から忘れがちだが、この子は特待生だった、とジルは思いなおす。普通の学生では理解が及ばない部分まで、習熟しようとしているのだ。そういう姿勢で学んでいる。雇われた家庭教師に言われるがまま勉強させられてきた貴族の子女など適うわけがない。


「これはこの理論だけではなく、こちらの理論も使わないと結論には辿り着かないよ」


 ジルは自身の三年生の教科書に載っている、ほかの理論を見せてやる。それだって、まだ授業で習う前のものだが。


「なるほど!!」


 エルザはキラキラした目で三年生の教科書を見て、すらすら問題を解いていく。


 試験対策とは言い難いエルザの勉強だが、この様子では他の科目もすでに学院で習う範囲は超えているのかもしれない。

 驚きながらも、ジルはエルザが夢中で勉強している様子を優しく見守った。


 太陽が雲を橙色に染める頃になって、二人は勉強の手を止めた。


「そろそろ帰ろうか」


 エルザは勉強道具を片づけ、ジルは生徒会室の戸締りをする。

 部屋を出ると、どちらからというわけでもなく、自然に手を繋ぎ、エルザの暮らす寮へと歩き出す。


 お互いに話したいことも、話したほうがいいだろうこともあるが、それはまた今度でいい。今は再びこのぬくもりを手にできたことの喜びのほうが大きかった。


「エルザ、明日も生徒会室においで。一緒に勉強しよう」


 穏やかなジルに、エルザはこくりと頷く。


「明日も送っていくから。明後日も明々後日も、一緒に帰ろう」


 エルザは「はい!」と返事をして、繋いだ手に力を込めた。


 昨日までは、なんだかちょっと悲しい気持ちだったのに、今はふわふわと雲の上にいるような嬉しい気持ちでいっぱいだ。


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