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また来た、とエルザは顔をしかめてしまう。
学院の裏から寮へと続く道に、ロドン侯爵子息がエルザを待ち構えていた。
昨日はジョルジェットが現れたことで、いつの間にか姿を消したロドン侯爵子息だったが、今日もまた、エルザの目の前に現れた。
ジルがエルザに構わなくなってから、エルザに寄ってくる学生は増えた。しかしそれは朝、教室に入る前や移動教室の途中、昼休みの中庭など。人目につく状況で短い時間だった。
ロドン侯爵子息は、エルザが放課後、寮に一人で帰宅する時間を狙って待ち伏せしている。人の目がないせいか、態度は馴れ馴れしく、拘束時間も長かった。
ロドン侯爵子息を無視して、目の前を通り過ぎようとしたエルザに、彼は追いすがって来る。
「エルザ嬢、今日こそは僕の家に行こう。馬車も待たせているんだ」
「いえ、勉強は寮でするので」
「勉強なんてしなくても、どうせ生徒会の連中に試験問題流してもらってるんだろ」
なかなかなびかないエルザに、ロドン侯爵子息はイライラと舌打ちをする。
「そんなわけないじゃないですか」
エルザの
呆れた様子のエルザに、ロドン侯爵子息の感情はますます高まっていく。
「お気に入りのクリスター公爵令息に飽きられて、寂しいんだろ。慰めてやるから来いって言ってるんだよ」
無理やり腕を掴まれそうになったエルザは、驚いてロドン侯爵子息を突き飛ばしてしまう。尻もちをついた男は、道の奥にある木の茂みを見てにやりと笑う。
「うちの屋敷まで我慢できないなら、そこの茂みで可愛がってやるよ」
常軌を逸した彼の言葉に、エルザの顔は青ざめる。しかし、足を止めてはいけない。後ろを振り向かず、寮までの道を全速力で走った。
後ろからロドン侯爵子息の声が聞こえる。その声がどんどん近づいてきたが、なんとか、自分が住む寮まで辿り着き、玄関扉をバタンと閉める。
扉に背を預けたまま、エルザはまだはぁはぁと乱れる息を整えた。
「あら、おかえり、エルザちゃん」
驚いて声の主を確認すると、玄関横の事務室から管理人のおばさんが顔を出している。いつもの優しい笑顔に、エルザの表情も緩む。
「ただいま帰りました」
「今日は早かったのね。あの方は後でいらっしゃるのかしら」
あの方、とは先ほどのロドン侯爵子息だろうか。エルザは恐怖に体を固くする。
「あの方、とは?」
「以前はエルザちゃんを寮まで送ってくれていたクリスター公爵子息様ですよ。試験前で一緒に帰れなくなってからも、エルザちゃんが寮に戻ったか、毎日確認しにここまでいらしてるの、知らなかったかしら?」
「ジル先輩が……?」
あれ以来、ずっと口も聞いていないし、目も合わせていないのに?
「愛されてるわね~」
管理人のおばさんは楽しそうに頬を緩めて、部屋に戻るエルザを見送ってくれた。
エルザが寮に入る寸前、ロドン侯爵子息の伸ばした手が、彼女に届きそうになった。
勝利を確信して、にやりと笑うロドン侯爵子息の腕が強い力で後ろに引っ張られる。
「何をする!?」
寮の扉の向こうに、エルザが消えてしまった。
ロドン侯爵子息は、腕を掴んだ相手に声を上げて睨みつける。
「きみこそ、俺の唯一に何の用だ?」
腕を捻りあげられたロドン侯爵子息が見上げる先には、豪華なブルネットの髪に、透けるような緑の瞳の美丈夫、ジル・クリスター公爵令息のご尊顔があった。
「生徒会長!!いや、彼女の落し物を拾って」
目を合わせずに言い訳を並べるロドン侯爵子息を、ジルは冷たく見下ろす。
「落し物なら、俺が明日、エルザに届けよう。預かるから、出してくれ」
「あ、あれ~、拾ったと思ったけど、見当たらないな。俺も落としたかな。ハハハ」
冷や汗をかきながら、ロドン侯爵子息はジルの拘束から逃れようと体を捻るように動かす。ジルは、暴れるロドン侯爵子息の耳元に顔を寄せる。
「次はないぞ」
冷たく警告すると、腕を離してやる。よろよろと不確かな足取りでロドン侯爵子息が視界から消えるまで、ジルはその姿を見ていた。
両手を顔にあて、大きなため息をつく。
何をやっているんだ、あの子は。いや、あの子が悪いわけじゃない。悪いのはロドン侯爵子息で、傍にいなかった俺だ。
もう気まずいとか、自分の感情が、とか言っている場合じゃない。
俺の見えるところにエルザがいてくれないと、心配で何も手に着かない。
明日からはケンカしたって泣かせたって、絶対傍にいよう。
覚悟を決めて、ジル・クリスターは、来た道を戻る。今日も図書館に行くと、生徒会室を出て来たのだった。
この後、ジルが何をしたかは不明だが、ロドン侯爵子息が学院に登校することはなかった。噂では優秀な次男が跡継ぎとなり、長男は手を出して孕ませた使用人への養育費を稼ぐため領地で働いていたというが、いつしかその姿を見ることもなくなったという。身分を笠にきて学院でも好き放題していた彼のことを、尋ねる者も気に掛ける者もいなかった。
エルザは寮の自室に戻ると、そっとカーテンを開けて外を窺った。
もうロドン侯爵子息の姿はないようで、ほっと安堵の息をつく。
「あれ、ジル先輩」
校舎へ向かう、小さくなったジルの後ろ姿を見つけた。
管理人のおばさんが言っていたことは本当だったんだ。毎日、寮まで来てくれていたんだ。
エルザの胸はほっこりと暖かくなる。
明日は、生徒会室に行こう。ジル先輩が目を逸らしても、彼の目を見て話をしよう。
そして、もし時間があったら、寮まで送って、てお願いしてみよう。




