後編
『じゃあ訊くけど、あなたは嫉妬してくれないの?』
あいつが去った後、ふとその言葉を思い出す。
嫉妬しているに決まってる。立派な婚約者様がいるくせにと妬み、あるいは婚約者の令嬢を羨んだことが、何度あっただろう。
一体あたしは、何を期待しているんだろう。八歳も歳下の、貴族のお坊っちゃまになんて。
本当はあたしの手を引いて、どこかへ連れて行ってほしい。
何のしがらみもない世界へ。貧しくてもいい。だから遠くの、見知らぬどこかへと。
「あたしって馬鹿だね、母さん」
あたしは桜の木に語りかけながら、何度目になるかわからないため息を漏らした。
あたしの人生を狂わせたのは、あのクソッタレな元王太子だ。
婚約者のいたあたしに横恋慕して、奪って。そしてあたしが逆らえないのをいいことに、あたしを『真実の愛』の相手だと勝手に言って婚約破棄をしでかした。
でも、全ての元凶はあたしの父親の男爵だろう。
彼はクズで、元はメイドだったお母さんを孕ませるだけ孕ませて追い出した。かと思えば、お母さんが死んで独りになったあたしを父親ヅラして引き取った。
『お前は美人だからな』とクズ親父は言う。あたしは金持ち貴族に嫁がさせ金にするために娘にされただけ。親子の情なんてない。
お母さんは優しかった。
あんなクズ男の血が流れるあたしを、必死に働いて育ててくれた。
「ミアは幸せになるべき子だから」
あたしの本当の名はウィオミアじゃない、ミアだ。
クズ親父が勝手に貴族らしい名前に変えただけ。お母さんはあたしのことをミアと呼び、可愛がった。
春になると必ずこの木の下まであたしを連れてきて、お花見をしたお母さん。
「ここは、私が愛するあの人と出会った思い出の場所なの」そう言って笑っていたっけ。
お母さんの恋人は、クズ親父に殺されたらしい。
そしてお母さんは最期の瞬間までその人を想いながら死んだ。
だからあたしはお母さんの遺骨を、桜の下に埋めた。
ここはあたしとお母さんの思い出の場。
冤罪で社交界を追放され婚約者の男から見捨てられて、ここから程近くのオンボロ屋敷に押し込められたあたしが、暇さえあれば抜け出して、お母さんとの日々を思い出せる場所。
……そこに割り込んできたのがあいつだった。
あいつはこの桜の元に毎日のように通い詰めては、あたしに会いたがる変わり者。最初はただ鬱陶しいだけだったあいつも、七年も経てば心を許さざるを得なくなった。
そして、時に思ってしまう。
そんなにあたしのことが好きなんだったらここから連れ出して、って。
でもそんなのは叶うはずもない願いだと、思っていた。
二年後、あいつの色の婚約指輪を差し出されるまでは。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が十七歳、ミアが二十五歳になった春。
出会ったあの日と同じで、青空を背景にして咲き乱れる桜の下に彼女は佇んでいる。
だが今日の僕は違った。
僕は一人ではない。僕は隣の少女……婚約者のアンジェリーナを見つめながら、決心を新たにする。
――今日こそ、伝えることを。
「すごく綺麗ね、この桜。わたくしも毎年見に来たかったわ。ずるいわよ、フィー」
「君が本当に見たかったのは別のものだろ?」
「そうだけれど」
朗らかに微笑む彼女は可愛い。
陽の光に煌めく金髪に翡翠色の瞳。頭が良くて、優しくて、僕には勿体無いくらいの女の子だ。
一方で僕たちの姿を見つけたミアは、なんとも言えない表情をしていた。
そして僕らを迎えた彼女は棘のある一言を言い放とうとし――。
「いいご身分だねぇ、婚約者と仲良さそうに…………え?」
止まった。
アンジェリーナがふふっと微笑み、ミアに駆け寄る。
いつもは貴族令嬢らしい彼女だが、今ばかりは淑女をやめて、年相応の少女になった。
「ミア姉様、お久しぶりです! 会いしとうございましたわ!!」
「リーナ……?」
「そう、リーナですわ、ミア姉様」
ミアとアンジェリーナ、実に十年ぶりの再会だった。
僕は決して、ミアと別れを告げる覚悟を決めたわけじゃない。
逆だ。満を持して告白するために、今ここにいる。
僕の婚約者は、悪女と呼ばれるようになる前のミアと親しかったらしい。
僕の友人……子爵令息の兄である青年とミアは、婚約者だったのだとか。その縁で知り合ったアンジェリーナはミアを慕い、ミアも彼女を可愛がっていた。
「……まあ、当時の王太子殿下がやらかしたのと、上のお兄様がミア姉様を信じずに勝手に婚約解消したために、会えなくなってしまったのだけれど。
まさかフィーがその後のミア姉様と出会っているなんて思わなかったわ!」
そう言って彼女はすぐにミアと会いたがった。
だがそれを止めたのは僕だ。
「今、君がミアに会いに行ってもどうにもならないよ。
アンジェリーナ、僕を手伝ってくれないか。僕、実は彼女が好きなんだ。婚約者である君に頼むのは悪いと思うが、どうしても諦められない。
ミアの冤罪を晴らしたい。当時の彼女を知っている君とならきっとできると思うんだ」
ミア姉様大好きな彼女は、僕の提案に快く頷いてくれて。
僕たちは婚約者でありながら、恋人ではなく協力者となった。
それが十歳の時の話。
あれから七年、長かった。
証拠を集めてミアの無実を明らかにし、それを王太子妃夫妻など多くの王族貴族に認めさせ、ミアを捨てた元婚約者とクズな男爵を謝罪や引退させたりと奔走し、やっと準備を整えることができた。
「これで、やっと……」
口の中だけで呟いた僕は、目を白黒させているミアの前に行き、用意していたものを取り出す。
それは、僕の髪と瞳の色である銀と赤に輝く指輪。自分の色を贈る意味は、プロポーズだ。
ミアはこれを受け取ってくれるだろうか。
不安になる。だが構わなかった。もし断られようとも、僕は何度だって挑むから。
――七年も胸の中に宿し続けたこの想いを叶えるために。
そよぐ風に舞い散る桜吹雪が僕の背中を押してくれているようだ。
僕は思い切って、言った。
「ミア、僕はあなたが好きです。僕の花嫁になってください」
そして、帰ってきた答えは。
「……馬鹿、遅いんだよ」
しばらくの沈黙の後、満開の桜のような柔らかい笑顔でほろりと涙を流しながら、思いっきり抱きしめられる。
そして困惑する僕の唇に、彼女は強引に口づけた。
お読みいただきありがとうございました。
面白い!など思っていただけましたら、ブックマークや評価をしてくださると作者がとっても喜びます。ご意見ご感想、お待ちしております!
そして文字数の関係上などで本文中でははっきり示せなかった設定などを載せておきます。
・主人公 (フィデル)
伯爵家の長男。婚約者兼協力者のアンジェリーナからはフィーと呼ばれている。
ミアに告白後、アンジェリーナとは婚約解消することになったが、その後も友人として関係を続ける。
・ミア(ウィオミア)
婚約破棄騒動に巻き込まれ、汚名を着せられた元平民の男爵令嬢。
十五歳の時から十年間も男爵家の屋敷とも呼べない小屋のような別邸で押し込められ続けていた。
遠くまで逃げようとしたこともあったが、一文なしでは野垂れ死ぬだけだしすぐに連れ戻されると断念していた。そんな時にフィデルに擦り寄られ、気づいたら恋してしまっていた。
・アンジェリーナ
フィデルの友人の妹で、婚約者。
ミア姉様が大好き。フィデルとの婚約解消後、ずっと片想いしていた貴公子に告白して花嫁になる。
・フィデルの友人(名前なし)
アンジェリーナの二番目の兄。フィデルが毎日のように来るものだからアンジェリーナに惚れ込んでいるのだと思い込み、婚約させるように両親に言った。後で二人が両想いではなかったと知り愕然とする。
・その兄(名前なし)
ミアの元婚約者で、アンジェリーナの一番目の兄。悪女として汚名を着せられたミアを突き放した。
ミアのことが冤罪だと判明すると、アンジェリーナとフィデルにたっぷり謝罪させられ、心を入れ替える。
・男爵
正真正銘のクズ。ミアの母を遊びで孕ませ、その恋人も殺している。
フィデルとアンジェリーナによって罪が暴かれ、引退させられた。その後、それなりに厳しい罰を受けることになる。
*追記
秋の桜子様に素敵なファンアートをいただきました。
ありがとうございます!!