幕間:小聖職者の説教
謎の獣で騒がれる村の中心部に人だかりがあった。
その中心部には小柄な修道女が居り、左右には騎士が居た。
しかし右側に立つ壮年の騎士が小聖職者とは別に説教を説くのに対し、左側に立つ白髪の騎士は不愛想に立っている。
それどころか周囲を氷のように冷めた眼で見回す辺り如何にも「番犬」と言った感じだ。
もっとも先日の一件もあってか「その手」の輩は息を潜めている。
その為か?
小聖職者は集まった村民達に説教を説いた。
「私の生まれ育った聖エルーナ修道院では、フォン・ベルト陛下が伝えたと言う宗教と聖教が対話した歴史があります」
「つまり・・・・異教と対話を?」
小聖職者に村民の一人が挙手して恐る恐ると言った様子で問いを投げた。
対して小聖職者は鷹揚に頷いた。
「えぇ、そうです。ですが別に恥じる事はありません。寧ろ対話を行った修道女は日記にこう書いております」
『私は今まで聖教の教えこそ絶対と思っていた。しかし、今日・・・・対話した異教の方から言われた言葉は衝撃的だった。その言葉は・・・・こうだ』
「信じる神が違えど・・・・我々が行う役目は一緒ではありませんか?」という言葉ですと小聖職者はソプラノ声で言った。
この言葉に村民達は「目から鱗」だったのだろう。
小聖職者の言葉を待った。
「宗教とは人間が正しい道を歩む為の”道標”です。それなのに信仰する神が違うという点で互いに血を流すなどあってはいけない事です」
ただ、その宗教にも階級はあるし、異教を認めない過去があったと小聖職者は語った。
「ですが自分達の過ちに気付き、今では積極的に他の宗教と対話を行っています」
それにより自分達には足りない点を補い、相手を理解していると小聖職者は説き、村民達は「おぉ」と頷いた。
「その対話で何を得たのかは、こちらの方が経験しているので皆さん、聞きましょう」
小聖職者は壮年の騎士に視線を送った。
すると壮年の騎士は心得ているように語り始めた。
「私が聖ニコラ修道院で修行していた、ある日・・・・2人の聖職者が来た」
一人は頭に「頭襟」という黒い被り物をして、白衣装に身を包み、巨大な貝笛と湾剣を所持していたと壮年の騎士は村民達に語った。
「その聖職者は深山幽谷を歩く"修験者"と自らを語った」
修験者という聞き慣れない単語に村民達は首を傾げつつ2人目を語り出した壮年の騎士を注視する。
「もう一人は藍色の綿服を着て、背中には袈裟を掛け、腰には短刀を差し、手には竹で出来た縦笛を持っていた。しかし顔全体を覆い隠す縦長の笠が印象深かった」
「その者も・・・・聖職者と名乗ったのですか?」
余りにも奇怪な服装と見たのか、村民の一人が恐る恐る壮年の騎士に問い掛けた。
「私も初めて見た時は驚き、そして怪しんだ。しかし・・・・今は亡き修道院長は私に説いた」
『身形で他人を疑うのは否定しませんが・・・・その疑いを自身が向けられた時を考えてみなさい』
「これを言われて私は自身を恥じた。そして2人を修道院へ入れた際に・・・・彼等の履物がボロボロだったのを見て・・・・彼等の清貧を悟った」
2人は聖ニコル修道院に着くまで道行く先々で民草に「布施」を請い、そして時には自力で山野の野草等を食いながら着いたんだと壮年の騎士は2人の異教の聖職者が語った内容を村民達に語った。
「それを聞いて、その日の夜に2人の部屋へ行き、無礼を深く詫びたが御2人方は怒らなかった。寧ろ自分達は修行の場を一ヶ所に設けないから私の印象は当たり前と受け入れて下さった」
それを聞いて村民達は2人の聖職者が如何に懐が大きいか察した。
しかし壮年の騎士は更に語り続けた。
「私の無礼を2人は許してくれたが、それだけではない。御2人方は私に自身の宗教を色々と教えて下さった。その話で得た事を今から貴殿等に教えるが・・・・それを如何に捉え、そして後世に活かすかは貴殿等の”心次第”だ」
『・・・・・・・・』
壮年の騎士が言った言葉に村民達は神妙な表情で頷き、無言で話を求めた。
「先ず修験者の話をするが・・・・彼等は山を”聖域”として崇めている。その観点から彼等は山で寝食を行う」
「聖教のように教会に通う事で・・・・神や聖霊と触れ合うのとは違いますね」
村民の一人が感想を口にしたが、それに続いて別の村民が「確かに、聖教では山を悪魔の棲家と称しているからな」と相槌を打った。
「貴殿等の言う通り聖教では・・・・特に西方派聖教では、そう説いている。しかし東方派聖教では人里、離れた山に入る事で己の覚醒を促すと説いている」
これは今は衰退して見る影もないが「聖へレーナ教」なども実践していたと壮年の騎士は村民達に説いた。
「教会に通い、牧師などの説教を聞くのは悪くない。だが、教会の外にも教えはある。ただ常人が簡単に山へ登れる訳ではない。そんな者達の為に生まれたと言えるのが”虚空教”の分派たる”明空教”だ」
修験道に続いて無空教という聞き慣れない宗教の名前に村民は首を傾げる。
しかし、それを今から説明するとばかりに壮年の騎士は口を開いた。
「虚空教は修験道と同じく山岳信仰の”双璧”と称される宗教で、その虚空教から枝分かれしたのが明空教だ。ただ、こちらは修験者や虚空僧のように深山霊山を歩く訳ではない。彼等は竹で出来た”尺八”なる縦笛を吹きながら諸国行脚を行う修行を旨としている」
これには理由があると壮年の騎士は村民達の興味を引くように説き続けた。
「この宗派は第5代目国王レイウィス女王陛下の代に出来たとされていて、その母体となったのは”春の政変”を起こした時の大司教と敵対した・・・・中央貴族の私兵団とされている」
「というと・・・・レイウィス女王陛下に味方した・・・・御隠居達の私兵団、という事ですよね?」
ここで歴史に詳しいと思われる村民の一人が壮年の騎士に尋ねた。
「あぁ、その通りだ。それを知っているという事は歴史に詳しいのか?」
壮年の騎士が問うと村民は「多少」と答えた。
「では、貴殿が知る限りの事を教えてくれないか?貴殿が知っている事を皆に教える事が貴殿の為にもなる」
この意味あり気な言葉に村民は戸惑いつつ自身が知る歴史を語った。
「レイウィス女王陛下に味方し、自身の子息を成敗した御隠居達の何人かは・・・・世を儚み、そして子息の菩提を弔いたい・・・・子息達の事を後世の人間にも知ってもらいたい願いを私兵団に漏らしたとされています」
これを聞いて子を持つ親は自身に身を置き換えたのだろう。
無言で涙ぐむ者が何人か居た。
それは語る村民も同じだったのだろう。
僅かに瞼を潤ませながら語り続けた。
「御隠居達に味方した私兵団の一部は、その願いを聞き入れる形で・・・・諸国を行脚したとされています。ただ、語るのではなく笛を使う事で死者の霊魂を鎮めたとされています」
吟遊詩人とは違い、歌も歌わず、語る訳でもない彼等を最初は皆、奇異の眼で見たと村民は語った。
しかし、そこでハッとしたように壮年の騎士を見る。
「そう・・・・明空教の者達は尺八を吹く事で死者を慰め諸国を行脚したが、その際に彼等は物乞いをして寝食を得た。ただ、今も彼等は”托鉢”等と称している」
それは仮にも貴族の私兵団だったという誇りが彼等にあったからと壮年の騎士は語り、これに一定の理解を示す発言をした。
「彼等の心理を考えれば至極、当然と言えた。私が出会った明空教の僧も元は某地方貴族の私兵団で長を務めていたが然る理由から明空教の僧となった。そんな人物は自らの心境を私にこう語った」
『我々は貴方達のように祈りや経を読む代わりに尺八を吹く。これにより死者の霊魂を鎮め、自らを”無我の極致”へと導く。しかし何も知らぬ者達から見れば素顔を隠し、怪しい笛を吹く者と映る』
だから時には「乞食」とあからさまに罵倒された事もあったらしい。
『これは否定できない一面がある。ただ、私達にも誇りがあるから托鉢と民草からの施しを称しているのだが・・・・その誇りが我々を人間としている反面で・・・・我々が”囚われ”ているとも言える』
「この”囚われ”という言葉は、今も私が見つけられない答えだ」
壮年の騎士は静かに村民達を見て言葉を発した。
「話がズレてしまうので、これ以上は言わないが・・・・私と、修道女が語った言葉に貴殿等が何を思い、そして如何に行動するかは・・・・貴殿等の自由だ」
神に頼るのは否定しないと壮年の騎士は言い・・・・こちらを物陰から見ている「暗い気」を放つ村民達を一瞥した。
「しかし・・・・神に”依存”してはならん。そして最終的に自分を救えるのは、他でもない。自分自身だ」
それだけ言うと壮年の騎士は修道女と、白髪の騎士を伴い去ろうとした。
ところが・・・・それを阻むように白髪の騎士が左手で2人を止め・・・・右手を湾剣に走らせた。




