第十三章:裏の花言葉
小聖職者が魔法防御壁を張り終えると少年は食事を食べた。
ただ青年と一緒に採った植物等も食べて偏りのない食事である。
これは魔法防御壁を張った小聖職者が「栄養バランスを考えて」と言ったからだ。
それに青年は「過保護な母親か姉」と揶揄したが実際その通りと少年は思った。
その際ふと少年は青年の母親が気になり問い掛けてみた。
「貴方の母上は、どんな方だったんですか?」
この問いに青年はスキットルを口から離し、焚き火を暫し見つめる。
いけなかったかと少年は思ったが青年は静かに語った。
「・・・・息子である俺に最大級の愛情を持って育ててくれた、とても優しい女性だった」
それはクソ親父が全く愛情を注がなかった裏返しと青年は語った。
「だが”あの女”にとってはクソ親父が意中の男だったんだろうな?乱暴されても何もせず・・・・されるがままだった。“途中”までは・・・・な」
「途中まで・・・・・・・・?」
少年は奇妙な言葉と感じたが、それは青年の語った次の言葉で解った。
「あのクソ親父・・・・年甲斐もなく若い女に熱を上げたんだよ」
自分と大した年齢の差が無いと青年は語り、それを聞いて少年は驚愕した。
「おまけに死ぬ間際になって漸く手を出してガキまで孕ませやがった。俺にとっては“異母兄弟”って事なる」
衝撃の言葉に少年は言葉に迷った。
小聖職者も聞いてなかったのか、目を見開かせている。
「もっとも言った通り若い女に手を出したのは死ぬ間際だ。それまで表向きは”養女”という扱いだった」
ただし周囲は愛妻家だと言われるクソ親父が若い女に手を出したと言うから蜂の巣を突いたように大騒ぎしたと青年騎士は語った。
「別に俺としては驚いたりしねぇ。あのクソ親父は別の女も抱いて2人の異母兄弟を孕ませたからな。今さら1人くらい異母兄弟が増えても驚かない。ただ・・・・その女を知ってからだ。母上がクソ親父に噛み付いたりするようになったのは」
しかし決して悪い事ではなかったというのは青年の表情を見て少年は察した。
「その女性に貴方の母上は・・・・嫉妬したんですね?」
少年の問いに青年は頷いた。
「あぁ、嫉妬した。しかし、クソ親父は言った」
『”あれ”もマシになった。先に抱いた女にも嫉妬していたが今度は行動に移す辺り良き傾向だ。漸く紛い物から脱却を始めたのだろう。まさに”晩成型”だ』
「・・・・・・・・」
少年は青年が語ったクソ親父の言葉に無言となった。
小聖職者も同じだったが2人の出した結論は皮肉にも同じだった。
それは・・・・・・・・
『貴方の性格は、間違いなく父の性格を受け継いだ』
声を揃えて言った2人に青年は笑った。
「あぁ、周囲にも言われている。だが・・・・俺は、まだ・・・・クソ親父を超えていない」
ギュッと青年はスキットルを握り締めたのを少年は認め、それに対して歯痒さを覚えているとも察した。
「・・・・何が超えていないと思うんですか?」
意を決して問うと青年はこう答えた。
「全部・・・・だな。あのクソ親父は、今も俺が追っている水の騎士をこう評した」
『彼は“陰陽”をバランス良く使っている。貴様の場合は陽だけだ』
「陽だけ・・・・決戦に貴方は特化していて、水の騎士は謀略も出来るという事ですか?」
「そうだ。今までの俺を見れば納得できるだろ?」
青年の言葉に少年は頷いた。
「ただ自慢じゃないが・・・・今まで正面切って戦った中で負けた事は同年代限定で言うなら・・・・あいつ以外には無い」
「・・・・・・・・」
この言葉に少年は青年が悔しがっていると察した。
そして自分も助太刀を出来ればと思った。
もっとも今の自分では何も出来ないが・・・・・・・・
『何時か、きっと・・・・・・・・』
少年が決意した瞬間だった。
突如として強風が吹き起こり、焚き火が消えそうになった。
だが少年にはただの強風ではないと分かった。
それは強風に乗って血生臭い吐息が首筋に掛かったからだ。
血生臭い吐息と共に声も聞こえてきた。
『・・・・美味そうな幼子と・・・・可愛がりのある小娘だ』
自分と小聖職者を言っていると少年は直ぐ理解し、恐怖に駆られた。
しかし・・・・・・・・
「ぼ、僕は、食べられない!!」
少年は声を震わせながら大きく叫んだ。
そうする事で青年に醜態を晒さないようにしたのだった。
だが邪悪な声は薄ら寒い声で笑った。
『ハハハハッ・・・・負けん気が強いな?しかし、その負けん気を恐怖に歪ませるのが我々だ』
「・・・・それでも僕は、負けないっ」
薄ら寒い笑い声を上げた邪悪な者達に対し、少年は負けそうになりながらも言い返した。
もっとも最初より弱々しい。
だが、それが邪悪な者達には「前菜」となったのだろう。
『フハハハハッ!その弱々しい声・・・・実に美味い。その声だけで腹が膨らむ。そちらの小聖職者は・・・・・・・・』
「去りなさい。邪悪な者達・・・・それ以上、戯れるなら灰も残らず消滅しますよ」
小聖職者は凛とした声で邪悪な者達の気配がする方に牧杖を向け宣言した。
牧杖の先からは光の玉が宿っていた。
『フハハハハッ・・・・こちらは中々に手強そうだな?』
『しかし、果たして最後まで持つか・・・・楽しみだ』
『幼子は血の一滴も残さず食べるが、こっちは我等の種を宿す“袋”にするのも良いな』
『聖なる者が我々の種を宿す・・・・ハハハハッ!愉快だな!!』
ゲラゲラと邪悪な者達は高笑いするが、あくまで今夜は「挨拶」なのだろう。
『近い内に参る』
『それまで神に祈れ』
『寝床で震えろ』
『恐怖と絶望は、大きいほど我々には御馳走だ』
「僕は、負けないっ!絶対に負けない!修道女様にも淫らな真似はさせない!!」
少年は再び大声を上げた。
それは邪悪な者達に対する純粋な怒りだったが、その声に邪悪な者達は答えず強風と共に消えた。
強風が止むと焚き火は再び勢いを取り戻し、辺りは静寂となった。
「・・・・・・・・」
少年は大量の冷や汗を掻いている自分に今さらになって気付いた。
そして体も震えていると気付き、何とか落ち着かせようとしたが思うようにいかなかった。
「良い“宣戦布告”だったぜ」
青がスキットルを傾けながら褒め言葉を少年に投げた。
「いえ・・・・僕は・・・・・・・・」
「あいつ等に喧嘩を吹っ掛けた上で退散させたんだ。そうだろ?」
青年が小聖職者に問うと小聖職者は鷹揚に頷いた。
「彼等は貴方の怒りに逃げたのです。怒りは罪の一つですが、時には必要な感情です」
ただ振り回されないようにするのが肝心と小聖職者は説いた。
「貴方は邪悪な者達に純粋な怒りをぶつけました。そう・・・・この方のように」
小聖職者はチラッと青年を見て言ったが青年は少年に眼を向け続けた。
「あいつ等は感情に振り回された、お前になら答えただろうが・・・・だが、振り回されなかったから答えなかったのさ」
青年はスキットルを口に運びながら少年に言った。
「まったく・・・・ここでも・・・・あいつの台詞を言うとは・・・・蕨手の花言葉は”不変の愛”または”真面目”だ」
少年は突如として青年の口ずさんだ蕨の花言葉に目を丸くした。
「蕨は生のまま食うと”中毒症状が出てな。だから俺は言ったのさ」
蕨は真面目などの花言葉を用いるが・・・・・・・・
「”裏の花言葉”は逆と・・・・な」
「真面目の逆は不真面目・・・・不変の愛は変化・・・・生のまま食べると中毒を発症・・・・・・・・」
少年は蕨の花言葉の裏の意味を考えた。
しかし分からなかったが青年に答えを求めようとは思わなかった。
『この答えは、僕が自力で見つけてこそ意味がある』
それを少年は直感していた。
「焦る事はない。ジックリ考えろ」
そう言って青年は再びスキットルを煽り、少年は静かに頷いた。




