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週末の過ごし方  作者: Elle


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7日目その3

「総攻撃!」

俺の号令で、全員の攻撃がドラゴンゾンビへ集中する。

ヒュンッ!

ヒュンッ!

瑠奈とみゃー子の聖なる矢。

日向の支援魔法。

魔法使いたちの火炎魔法。

千絵の聖なる斬撃。

ありとあらゆる攻撃が途切れることなく降り注ぐ。

「ギャオオオオオオオッ!」

爆炎。光。矢。煙。

普通の魔物なら、とっくに灰になっている。

だが。

煙が晴れると。

ドラゴンゾンビは平然と立っていた。

傷は増えている。

しかし。

倒れる気配がない。

疲れた様子すらない。

「……まずいな。」

俺は思わず呟く。

「このままじゃ、ジリ貧だ。」

その時。

「ギャオーーーン!」

ドラゴンゾンビが一際大きく吠えた。

すると。

「あっ。」

寧々が急に頬を膨らませた。

「むぅ~~。」

「どうしました?」

俺が聞くと。

寧々は本気でムッとした顔をしている。

「今。とっても失礼なこと言われたんですよぉ。酷いです~。」

「……何て?」

寧々はドラゴンゾンビの言葉を読み上げる。

「『あの子……。』」

「『文鳥が肩に止まってる子は、お嫁さんじゃなくていいや。』」

屋上が静まり返る。

「『あの顔見てると、ヘル様を思い出してしまう。』」

「『ヘル様似の人がお嫁さんなんて、悪夢以外の何ものでもないからね。』」

「…………。」

寧々はぷくーっと頬を膨らませる。

「酷いですよねぇ。失礼しちゃいます。」

すると肩の上のぴーちゃんが平然と言った。

「寧々は神谷のお嫁さんになるから問題ないじゃろ。」

「あ。」

寧々はぱっと笑顔になる。

「そうだった♪問題ないね♪」

その瞬間。

「「「「異議あり!!」」」」

屋上中から声が上がった。

ルナ。

千絵。

日向。

みゃー子。

全員が一斉に立ち上がる。

「それは聞き捨てならない。」

「まだ決まってません。」

「ぴーちゃん、勝手に決めない。」

「私も反対です。」

「多数決を要求します!」

「なんでそこで揉めるんだよ!」

俺は頭を抱えた。


そんな中。

千絵だけは冷静だった。

「ところで、ヘル様というのは、どなたでしょう?」

ぴーちゃんは少しだけ真面目な顔になる。

「冥界の女王じゃ。」

「名はヘル。」

「二つ名は――。冥界を統べる氷の女王。」

屋上の空気が変わる。

「悪神ロキと女巨人アングルボザの娘。」

「主神オーディンによって、世界の最底流ニヴルヘイムへ封じられた。」

「病死や老死した者の魂を支配する女王でもある。」

「半身は美しき乙女。もう半身は青黒く腐り果てた死肉。」

「生と死。美と醜。相反する二つを宿す存在じゃ。」

「黒き城エリュードニルに住み。」

「病を司る刃『スル』。飢えを司る皿『フングル』を従えておる。」

全員が息を呑んだ。

俺はドラゴンゾンビを見る。

「……なぁ、ぴーちゃん。」

「なんじゃ。」

「ふと思ったんだけどさ。」

「あいつ、使い魔なんだよね?」

「そうじゃな。」

「おそらく。」

「冥界の女王ヘル様の眷属。ニーズヘッグ。」

「世界樹の根を齧る邪竜。その配下じゃろう。」

俺は少し考える。

「だったらさ、ヘル様に頼めば。」

「あいつ帰らないかな?」

ぴーちゃんはあっさり答えた。

「帰ると思うぞ。」

「…………。」

全員が固まる。

「なんとか話できないかな。」

「出来るぞ。」

「…………はぃ?」

今度は俺が固まった。

ぴーちゃんは当然のように続ける。

「寧々はヴァルキリー。北欧の神々とは繋がっておる。」

「話を通すだけなら可能じゃ。」

寧々も頷く。

「たぶんできますよ~。」

俺は希望が見えた。

「じゃあ!お願いできる!?」

「うん。でも・・・」

寧々は人差し指を立てた。

「捧げ物が必要ですねぇ。」

「捧げ物かぁ……。」

「どんなの?」

ぴーちゃんは少し考え込む。

「ヘル様ほどの位階となると……。」

「神器級。」

「あるいは、それに匹敵する品じゃの。」

「…………。」

屋上に。

今度は別の意味で重い沈黙が流れた。

「……そんなもの、あるわけないだろ。」

俺は頭を抱えた。

「神器なんて。あるわけないだろ……。」

ぴーちゃんは呆れたように俺を見た。

「ないなら。作ればよいではないか。」

「…………は?」

「お前はなんじゃ?クラフターじゃろう。」

「ないなら作ればよい。簡単なことではないか。」

「いやいやいや!」

俺は思わずツッコむ。

「神器だぞ!?木材と石で作る椅子とは訳が違う!」

ぴーちゃんは鼻で笑った。

「ふむ。では聞くが。」

「お主。ここへ来てから。」

「石斧。」

「弓。」

「罠。」

「防壁。」

「トレーラーの修理。」

「全部。」

「最初から作れると思っておったか?」

「……。」

言い返せない。

確かに。

最初は石斧一本作るのにも四苦八苦していた。

だが。

今では。

エレベーターを解体し。

大型トレーラーを修理し。

拠点まで築いている。

ぴーちゃんは続けた。

「クラフターとは。」

「既にある物を作る者ではない。」

「存在しない物を、この世へ生み出す者。」

「それがクラフターじゃ。」

「…………。」

俺は黙る。

「お主が今まで作ってきた物も。」

「最初は誰かが。」

「『そんな物は作れぬ。』」

「そう笑われたものばかりじゃ。」

「なら。」

「神器も同じこと。」

「材料。」

「設計。」

「理論。」

「それらを積み重ねれば。」

「いずれ神へ届く。」

「それが。」

「クラフターの本質じゃ。」

屋上が静まり返る。

今井が小さく笑った。

「確かに、神谷君らしいわ。」

「戦う人じゃなくて。作る人。」

ルナは神谷を見つめる。

「だから。ここまで来られたんだよ。」

みゃー子もニヤリと笑う。

「神谷なら。本当に作りそう。」

日向も微笑んだ。

「私も。そんな気がします。」

寧々は肩のぴーちゃんを見て笑う。

「ぴーちゃん。迅くんなら作れるって信じてるんですね。」

「当然じゃ。」

ぴーちゃんは胸を張る。

「我は知っておる。」

「お主らは。」

「勇者や聖騎士のように。」

「神から力を与えられた者ではない。」

「しかし。」

「クラフターだけは違う。」

「神に与えられるのではなく。」

「神へ届く物を、自らの手で創り出す職。」

「それこそが。」

「クラフターという職業なのじゃ。」

俺はゆっくりと拳を握る。

神器なんて。

無理だと思っていた。

でも。

今までだって。

「無理」を。

一つずつ形にしてきたじゃないか。

「……分かった。」

俺は顔を上げる。

「作ってやる。」

「神様相手に胸を張れるくらいの。」

「最高の神器を。」

その言葉に。

仲間たちは静かに笑みを浮かべた。

赤い月の下。

クラフター・神谷迅の、新たな挑戦が始まろうとしていた。


「さてさて。」

「材料を探さないとな……。」

俺は腕を組みながら考える。

「どうせオリハルコンとか。」

「神鉄とか。」

「世界樹の枝とか。」

「そういうのが要るんだろ……。」

「それで凄い描写される杯とか杖とかを作るんだろ?」

すると、ぴーちゃんが首を振った。

「違う。」

「へ?」

「ヘル様じゃぞ?実用品より、かわいい物の方が喜ぶ。」

「……え?」

「これじゃ。」

ぴーちゃんは空中へ魔法陣を展開する。

そこへ設計図のようなものが映し出された。


タイトル。

『ミラクル・冥土(メイド)・ロッド』

「…………。」

「…………。」

全員が固まる。

俺は一枚目を読む。

世界樹ユグドラシルの折れた根っこ(パステルピンク塗装)

「ニーズヘッグおじさんがガジガジ噛みちぎった世界樹の根。」

「パステルピンクでコーティング。」

「……。」

「世界樹までは理解した。」

「なんでピンク?」

ぴーちゃん。

「かわいいからじゃ。」


涙の川(ギョッル)のレジン液

「ブルーとクリアの液体。」

「星型ラメ入り。」

「傾けるとキラキラ。」

「…………。」

「レジン?」

「神器ってレジン使うの?」

「最近の流行りじゃ。」

「知らねぇよ!」


半分きらきら・半分ほねほねのハートクリスタル

「半分はピンク。」

「半分はガイコツ。」

「…………。」

「なんだこのコンセプト。」

「ゆめかわじゃ。」

「ゆめかわって神話にあったっけ?」


悪神ロキの悪戯リボン

「絶対ほどけない。」

「紫と黒のシマシマ。」

「…………。」

「ロキ、何してんの?」

「趣味じゃろ。」

「絶対違う。」


スルちゃん&フングルちゃんチャーム

「ゆめかわアクキー。」

「シャラシャラ鳴る。」

「…………。」

「神器にアクキー付いてる。」

「便利じゃぞ。」

「何に。」

「かわいい。」

「そういう問題じゃねぇ。」


ガルムちゃん肉球スタンプ

「地面を叩くと。」

「『わんっ!』」

「…………。」

「いる?」

「いる。」

「神器に?」

「いる。」

「そう……。」


最後。

俺は読み上げた。


「ドラゴンゾンビのミニウィング。」

「骨だけの羽。」

「パタパタ動く。」

「…………。」


沈黙。

しばらく設計図を見つめる。

そして。


ゆっくり顔を上げた。

「……無理。」

即答だった。

「こんなの作れるか!!」

「世界樹!」

「冥界!」

「ロキ!」

「ニーズヘッグ!」

「全部神話級じゃねぇか!」

「材料集めるだけで人生終わるわ!」

ぴーちゃんは平然としている。

「頑張れ。」

「他人事だと思って!」

寧々は設計図を見ながら目を輝かせる。

「かわいいですねぇ♪」

瑠奈も興味津々だ。

「欲しい。」

綾音まで頷く。

「普通に欲しい。」

千絵も眼鏡を押し上げる。

「……完成したら、少し見てみたいわね。」

日向が微笑む。

「きっと似合うと思います。」

女子たちはすっかり乗り気だった。

俺だけが頭を抱えて叫ぶ。

「誰か!」

「もっと普通の神器を提案してくれぇぇぇぇ!!」


「しょうがないのぅ。」

ぴーちゃんは翼をぱたぱたさせながら言った。

「本物の神器がないなら。」

「代用品で何とかするがよい。」

「代用品?」

「うむ。クラフターなら、代替素材を使うのは基本じゃ。」

空中に、また設計図が現れる。


タイトル。

リアルに手に入る『ミラクル・冥土・ロッド』の材料

俺は恐る恐る読み始めた。


1. シャフト(持ち手)の材料

突っ張り棒 または プラスチックのパイプ(100均)

「『世界樹の根っこ』の代わりに使います。」

「軽くて加工しやすく、長さも選べます。」

「……うん。」

「急に現実的になった。」


パステルピンクのマスキングテープ または スプレー(100均)

「突っ張り棒にぐるぐる巻きにするか、吹き付けるだけで、一気に魔法少女の持ち手になります。」

「世界樹、どこ行った。」


おもちゃのペロペロキャンディのケース または メロディ玩具(100均)

「中にビーズやラメが入っていて、振るとシャカシャカ鳴るタイプのおもちゃをドッキング。」

「中の液体(ギョッルの川)の雰囲気が簡単に再現できます。」

「ギョッルの川、ずいぶん安くなったな。」


2. トップ(先端)の飾り

樹脂粘土(100均・手芸店)

「『半分きらきら・半分ほねほねハート』を作る主役素材。」

「ピンクの粘土と白い粘土を使い、半分は普通のハート、半分はドクロの形にこねて乾燥。」

「…………。」

「工作じゃねぇか。」


ハロウィン用のミニドクロ型オーナメント(100均)

「右半分だけをピンクのハート型おもちゃと接着剤で合体させればOK。」

「OKじゃねぇ!」

「発想が雑!」


サテンリボン(紫と黒のシマシマ)(手芸店・100均)

「ロキパパのリボンは、手芸店のラッピングコーナーで再現。」

「自分で2色を結び合わせても可愛いです。」

「ロキパパが泣くぞ。」


3. ギミック・装飾パーツ

ミニチュアの洋食器・カトラリーセット(100均)

「『スル(ナイフ)』と『フングル(お皿)』の代わり。」

「ミニチュアのおもちゃに穴を開けてぶら下げます。」

「神器がドールハウス用品で代用された……。」


犬用のおもちゃ・肉球キーホルダー(100均)

「ガルムちゃんの肉球。」

「押すとプープー鳴るおもちゃをステッキの底に接着。」

「いや、ガルムだよね?」

「番犬だよね?」

「プープー鳴るの?」


コスプレ用・ハロウィン用のコウモリの羽カチューシャ(100均)

「ドラゴンゾンビの羽は、コウモリの羽を分解して貼り付けます。」

「……もう何でもありだな。」


作るときの「かわいい」裏ワザ

仕上げに、全体に100均の「パステルピンクのラメマニキュア(トップコート)」を塗ったり、ラインストーンのシールをペタペタ貼るだけで、チープなおもちゃ感が「ファンシーゲームのボスっぽい輝き」にグレードアップします!


「…………。」

俺は設計図を閉じた。

「ぴーちゃん。」

「なんじゃ?」

「これ、神器じゃなくて。」

「夏休みの工作じゃね?」

ぴーちゃんは胸を張る。

「見た目が大事なのじゃ。ヘル様は可愛い物が大好きじゃからな。」

「神話って、こんなゆるかったっけ……。」

その横で女子たちは目を輝かせていた。

「かわいい!」

「作ってみたい!」

「ラインストーンもっと貼ろうよ!」

「羽は左右で色変えてもいいかも!」

「えっ、リボン増やそう!」

神谷は頭を抱える。

「お前ら……。」

「完全に工作モード入ってるじゃねぇか。」

ぴーちゃんは満足そうにうなずいた。

「よし。まずは100均を攻略するところから始めるのじゃ。」

「……クラフターの最終目標が100均なのかよ。」


「……出来てしまった。」

俺は手の中のステッキを見つめる。

『ミラクル・冥土・ロッド』

パステルピンク。

ラメ。

ハート。

ドクロ。

リボン。

肉球。

アクキー。

コウモリの羽。

……どう見ても子ども向けのおもちゃだ。


ドラゴンゾンビと仲間たちが激戦を繰り広げる中。

俺はメガマート中を走り回り。

百均。

玩具売り場。

文房具。

手芸コーナー。

ペット用品。

ハロウィングッズ。

ありとあらゆる売り場から素材を集め、全力でクラフトした。

その結果。

完成した。

「……本当に、こんなのでヘル様……神様が出てくるのか?」

誰が見ても怪しい。

だが。

もう信じるしかない。

俺は屋上へ駆け上がる。

「寧々さん!」

「はい?」

「これ!お願いします!」

寧々はステッキを受け取ると、目をきらきら輝かせた。

「わぁぁぁぁ♪かわいいです~!」

くるり、と一回転。

「ぴったりです♪」

ぴーちゃんも満足そうに頷く。

「うむ。見事な出来じゃ。」

「では。始めるかの。」


寧々はドラゴンゾンビへ向き直る。

ステッキを胸の前で抱きしめ。

ゆっくり掲げた。

周囲の空気が静まり返る。

「それじゃ。」

「詠唱しますね~。」

可愛らしい声が夜空へ響いた。


「冥界のひみつの扉、いまだけ特別にオープンだよ♪」

「響けガルムのわんわんブレス!」

「唸れニーズヘッグの邪竜パワー!」

「闇夜をパタパタ駆け巡る、おっきな相棒『ドラゴンゾンビ』くんを召喚☆」

「半分うるうる、半分骨々の、世界一かわいい冥土のプリンセスをエスコートしてね!」

「ふたりのコンビで、悪い子たちをみーんな凍らせちゃうぞ☆」

「ハッピー・ヘルちゃん&ドラゴンゾンビ、ここに爆誕ッ!」


詠唱が終わる。

……何も起こらない。

「…………。」

俺は額に汗を浮かべる。

「やっぱり。ダメだったか……。」


その瞬間だった。

カラン――。

まるで鈴のような音が、世界中へ響いた。

赤い月が、一瞬で青白く染まる。そして端からゆっくり欠け始める。

月蝕だ。辺り一面が暗くなり始める。


ドラゴンゾンビが突然動きを止めた。

「ギャッ?」

上空に。

真っ黒な亀裂が一本走る。

メリメリメリ……。

空そのものが割れ始めた。

「な……。空が……。」

誰もが息を呑む。

裂け目の向こうから。

氷のように冷たい空気が流れ込み。

無数の青白い光が舞い落ちる。

ドラゴンゾンビは慌てたように後ずさる。

「ギャオッ!?」

寧々の手にある『ミラクル・冥土・ロッド』が、ふわりと宙へ浮かび。

パステルピンクのラメを散らしながら、淡く輝き始めた。

ぴーちゃんは静かに呟く。

「……成功じゃ。冥界の門が。開いた。」

同時に視界が闇に染まった。


神谷迅

月蝕が終わり、視界がもとに戻りはじめると。

ドラゴンゾンビの姿が消えていた。

代わりに。

俺たちの前には、小さなドラゴンゾンビがちょこんと座っている。

「……え?」

その隣には。

十歳くらいにしか見えない、小柄な少女。


鮮やかで透明感のあるラベンダーパープルの髪色。

頭の左右で丸くまとめたお団子ツインテールのような幼いヘアスタイル。

吸い込まれるようなブルー瞳とくりっとした大きなタレ目。

黒と薄桃色を基調とした、魔法少女のようなフリルだらけのドレス。


見た目だけなら、どこにでもいる可愛らしい少女だった。

だが――。

「が……っ。」

息ができない。

胸が締め付けられる。

心臓が嫌な音を立てる。

冷や汗が流れつづけ、背筋のゾクゾクが止まらない。

立っているだけで精一杯。

誰一人として声を出せない。

(圧が……違う。)

存在しているだけで世界そのものを押し潰すような威圧感。

これが・・・神。

その一言しか思い浮かばなかった。


少女は宙に浮かぶ『ミラクル・冥土・ロッド』を見つけると、嬉しそうに両手で抱きしめた。

「わぁ♪」

くるくる。

くるくる。

楽しそうにステッキを振り回す。

先端の羽がぱたぱた揺れ。

肉球が「わんっ」と可愛らしく鳴る。

その様子を。

俺たちも。

小さくなったドラゴンゾンビも。

ただ黙って見ていることしかできなかった。


やがて、ぴーちゃんが静かに頭を下げる。


「冥界の女王 ヘル様。」

「ご降臨、ありがとうございます。」

少女は振り返る。

「ん?」

ぴーちゃんは俺を翼で指した。

「そこの、わりといい男が。」

「ヘル様へお願いしたいことがあるそうです。」

「そのロッドも。」

「その、わりといい男が作ったもの。」

「お話くらいは、聞いて損はないかと。」

少女は小さく首を傾げた。

「ん~。」

「どうしようかな~。」

ロッドを抱えながら辺りを見回す。

「その、わりといい男って。」

「どの人?」

ぴーちゃんが迷いなく俺を指した。

「こいつでございます。」

少女はじーーーっと俺を見つめる。

「…………。」

「…………。」

俺は冷や汗しか出ない。

数秒後。

少女はふわりと笑った。

「まぁ。」

「ヘルちゃん好みのイケメンだわ。」

「……へ?」

予想外の一言だった。

少女――ヘルは楽しそうにロッドをくるりと回す。

「ねぇ。」

「私の宮殿に遊びに来ない?」

「冥界って、みんな怖い場所だと思ってるけど、案外そうでもないのよ。」

「珍しい物もいっぱいあるし、おしゃべり相手も歓迎するわ。」

「どう?」

「……。」

俺は固まったまま動けない。

その横で。

「「「「「却下です。」」」」」

瑠奈。千絵。みゃー子。日向。寧々。

五人の返事だけは、不思議なくらいぴったり揃っていた。

ヘルはきょとんと瞬きをする。

「え~~~だめなの?ヘルちゃんがっかり~」

ヘル様は、楽し気に5人の女子をみている。

女子たちは一歩前へ出る。

「迅は忙しいので。」

「今はメガマートの管理者です。」

「冥界旅行はまた今度。」

「……あるんですか、また今度。」

神谷は心の中だけでツッコんだ。

そして、恐る恐るヘルへ頭を下げる。

「あ、あの……。」

「実はお願いっていうのは。」

「そのドラゴンゾンビを……できれば帰していただけないでしょうか。」

ヘル様は小さなドラゴンゾンビを抱き上げる。

「ん~。」

「この子ねぇ。」

「今、レンタル中なのよ。」

「……レンタル?」

俺は思わず聞き返す。

「そう。」

「『選定の儀』があるから貸し出してるの。」

「期間終了前だと返却手続きが面倒なのよねぇ。」

ヘル様は面倒そうに頬を掻いた。

「どうしようかしら。」

「でも~私を直接召喚できた時点で、選定としてはほぼ合格なのよね。」

「なら帰しても……。う~ん。」

少し考え込む。

「でもなぁ。」

「書類書くのが面倒なのよねぇ。」

「冥界のお役所仕事って、本当に嫌。」

ドラゴンゾンビは安心したように尻尾を振る。

「ギャオ♪」

(助かった……。)

そんな顔をしている。

俺は一歩前へ出た。

「あの。ヘル様。」

「なぁに?今、いろいろ考えてるのよ~。」

俺は小さなドラゴンゾンビを指差す。

「あいつ。」

「俺たちが言葉をわからないと思って、散々ヘル様の悪口いってましたよ。」

ヘル様の動きが止まる。

「……あいつ?」

「そのドラゴンゾンビです。」

「へぇ?」

「なんて言ってたの?」

俺は横を見る。

「寧々さん。」

「お願いします。」

寧々は元気よく頷いた。

「はーい♪」

そして、ドラゴンゾンビの発言をそのまま読み上げる。

「『ヘル様みたいにヒステリックな年増じゃない女の子は最高だよ。』」

ヘル様の笑顔が固まる。

「…………。」

寧々は続ける。

「『文鳥が肩に止まってる子は、お嫁さんじゃなくていいや。』」

「『あの顔見てると、ヘル様を思い出してしまう。』」

ヘル様のこめかみに青筋が浮かぶ。

ドラゴンゾンビは顔面蒼白になる。

「ギャッ……。」

最後の一撃。

寧々が読み上げた。

「『ヘル様似の人がお嫁さんなんて、悪夢以外の何ものでもないからね。』」

屋上が静まり返る。

俺は。

最高のタイミングで壮絶にチクった。

「ギャオッ!」

「ギャオギャオ!」

小さなドラゴンゾンビは必死に首を振り、何か弁解している。

「寧々さん。」

「何て言ってます?」

「『違うんです! 前後の文脈が! 誤解です! あれは独り言で! ヘル様は素敵です! 世界一です!』」

「だそうです。」

「遅い。」

ヘル様はにっこりと微笑んだ。

その笑顔は、とても優しかった。

とても。

「そう。」

「そんなこと思ってたの。」

ドラゴンゾンビは全力で首を横に振る。

「ギャオオオオオ!!」

ヘル様は小さくため息をついた。

「書類。書く手間が省けたわ。」

「え?」

「選定中に倒されちゃったら仕方ないわよね。」

「処分理由も一行で済むもの。」

ドラゴンゾンビの目から大粒の涙があふれる。

「ギャアアアアアア!!」

ヘル様は満面の笑みで、その頭を優しく撫でた。

「帰ったら。人事評価、楽しみにしてなさい♪」

その一言で。

ドラゴンゾンビは完全に絶望した。

屋上の全員が心の中で思う。

(……神様相手の悪口は。)

(言うものじゃないな。)


神谷迅

ヘル様は小さくため息をついた。

「それじゃ。私は帰るわ。」

凍り付いた小さなドラゴンゾンビを片手でひょいと持ち上げる。

「反省文、百枚じゃ済まないわね。」

「ギャアアアアアア!!」

小さなドラゴンゾンビの悲鳴だけが、冥界への裂け目へ吸い込まれていく。

ヘル様は最後にこちらを振り返った。

「ロッド。ありがとう。」

「すっごく気に入ったわ。」

そう言って。

少しだけ頬を緩めた。

「また作ってくれるなら。」

「今度はちゃんと遊びに来てね。」

「……。」

俺は苦笑しながら頭を下げる。

「その時は。」

「もう少し平和な日にお願いします。」

「ふふっ。」

ヘル様は満足そうに笑う。

「約束ね。」

パチン。

小さく指を鳴らす。

ドラゴンゾンビごと、冥界へ続く門へ吸い込まれていく。

裂け目はゆっくりと閉じ。

最後に、パステルピンクのラメだけが夜空へ舞った。

静寂。

誰も一言も喋れない。

そして。

東の空が少しずつ白み始める。

赤かった月はゆっくりと色を失い。

代わりに朝日が顔を出す。

柔らかな光が。

メガマートの屋上を優しく照らした。

「……終わった。」

俺はその場へ座り込む。

力が抜けた。

みんなも同じだった。

武器を下ろし。

その場へ座る者。

寝転がる者。

空を見上げる者。


誰もが、生きて朝を迎えられたことを実感していた。

日向が朝日に目を細める。

「朝ですね。」

寧々はぴーちゃんを頭へ乗せた。

「終わりましたぁ。」

ぴーちゃんは満足そうに羽を整える。

「うむ。」

「今回も世界は滅ばなかった。」

「いや。」

俺は笑う。

「お前。」

「ほとんど歌ってただけだろ。」

「歌も大事じゃ。」

「士気が上がる。」

「誰の?」

「我の。」

「お前だけか!」

屋上に笑いが広がる。

瑠奈も。

綾音も。

千絵も。

佐々木も。

みゃー子も。

千絵も。

みんな笑っていた。

昨日まで張り詰めていた空気はもうない。

その時。

迅が静かに立ち上がった。

「みんな。」

「七日目。」

「本当にお疲れさま。」

「誰一人欠けることなく。」

「全員で朝を迎えられた。」

「これが何より嬉しい。」

全員が静かに頷く。

神谷は朝日を見上げながら、小さく呟いた。

「……ありがとう。」

誰に向けた言葉なのか。

仲間へか。

この世界へか。

それとも。

もう会うことはないかもしれない冥界の女王へか。

本人にも分からなかった。

ただ一つだけ。

確かなことがある。

七日目は終わった。


そして。

俺たちの物語は。

まだ始まったばかりだった。

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