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偶然の目撃者

視点:安藤 修


 探偵稼業というのは、思ったよりも地味だ。


 浮気調査、所在確認、身元調査。

依頼の九割はそのどれかで、残りの一割は間違い電話か冷やかしだ。

江戸川勉と事務所を構えて二年、俺たちは一度も「本物の事件」というものに出くわしたことがない。


 だから、YouTubeを始めることにした。


 江戸川のアイデアだった。

「探偵ネタと地元スポット紹介を合わせれば、差別化できます」と奴は言った。

俺は最初、鼻で笑った。

でも考えてみれば、事務所の家賃は毎月払わなければならないし、依頼は減る一方だし、江戸川はいつも正しいので、結局うなずいた。


 機材を揃えた。チャンネル名は「可児探偵ファイル」にした。江戸川が考えた。俺はダサいと思ったが、奴はまた正しかった。


 最初のロケ地として選んだのが、可児市運動公園だった。


---


 午後二時すぎ、俺たちは正面入口から園内に入った。


 平日の昼間だから人は少ない。年配の夫婦がウォーキングをしている。

小学生が二、三人、自転車を押しながら歩いている。空は白みがかった青で、風はなかった。


 江戸川がカメラを回しながら、少し後ろを歩いている。俺はレンズに向かって話した。


「はい、というわけで今日は可児市運動公園に来ております。

広くてロケに最高なんですよね、ここ。

で??今日の本題は、この公園で三年前に起きた『消えた管理人事件』について、実際の現場を歩きながら解説していこうと」


「修さん、喋りすぎ。テンポ速くして」


 江戸川の声はカメラ越しだと妙に低く聞こえる。

俺は振り返って「うるさい、俺が司会だ」と言った。


 奴は笑った。俺も笑った。


 そういう午後だった。そのはずだった。


---


 少し歩いたところで、女とすれ違った。


 二十代前半。スマホを手に持って、どこか目的地があるふうでもなくぶらぶらしていた。

俺たちに気づいてちらりと目を向け、小声で「あ、YouTuberだ」と呟いた。


「見てくれてます?」


 俺は条件反射で声をかけた。営業である。


「いえ、初めて見ました」


 素っ気ない返事だったが、声は澄んでいた。目が鋭かった。


「チャンネル登録お願いします」


 女は苦笑して立ち去った。


 江戸川が静かにため息をついた。うるさい。


---


 駐車場エリアに差し掛かったのは、午後二時二十分ごろだった。


 メインロードから外れた場所に、金属製のフェンスで区切られたエリアがあった。

「関係者専用」というプレートが錆びかけている。

中には古い車が何台か停まっていた。

雑草が伸び放題で、ずいぶん前から使われていない雰囲気だった。


「あのエリア、なんか撮れそうじゃないですか。廃車っぽいのが何台かあって」


 江戸川が言った。


「柵の外から撮るぶんには問題ないだろ。ちょっと寄ってみよう」


 フェンスに近づいた。江戸川がカメラを向けた。俺も一緒に覗いていた。


 廃車の錆。伸びた雑草。ひびの入ったアスファルト。絵になる廃墟感だな、と思った。


 その瞬間だった。


---


 音が来たのは、光より少し遅れてだった。


 まず白い閃光。目が焼けるような白さ。

次に、腹の底まで届くような轟音。空気が震えた。体が勝手に後退した。足がもつれた。


 黒煙が一気に上がった。


「うわっ??!!」


 自分の叫び声が、遠くから聞こえるような気がした。


「カメラ!カメラ止めるな!」


 江戸川の声だった。俺は振り返った。

奴はカメラを炎に向けたまま、後ろに下がっていた。手が震えていた。でもカメラを手放さなかった。


「止めてる場合か!逃げろ!」


 俺は奴の腕を掴んで引いた。周りで人が叫んでいた。

子供の泣き声がした。煙の匂いが鼻を刺した。


 走りながら、頭の中で映像が繰り返された。


 炎が上がる直前、フレームの端に??何かが動いた。

人の形をした何かが、炎から離れる方向に、素早く、でも静かに歩いていた。


 俺はそのとき、カメラが何を捉えたか、まだ分かっていなかった。


---


 混乱が少し落ち着いたころ、さっきの女が現場にいた。


 さっきすれ違った、スマホを持っていた女だ。

彼女はライブ配信をしていた。動揺した様子はなく、声は落ち着いていた。


「今、可児市運動公園の駐車場で爆発が起きました。車が燃えています。

怪我人がいるかどうかはまだ不明??」


 プロだ、と思った。なんの、かはわからなかったが。


「あなた、さっきの……」


 声をかけると、女は配信を続けたまま視線だけ向けた。


「撮れてましたか、最初から」


 俺は答える前に少し考えた。答えた。


「……全部」


 女の目が、一瞬だけ光った。探偵をやっていると、そういう目を見分けられるようになる。

何かを欲しがっているときの目だ。


「見せてください」


「……後でな」


 遠くでサイレンが鳴り始めていた。


---


 事務所に戻ったのは夜になってからだった。


 江戸川が映像を繋いでパソコンに取り込んだ。

俺たちは黙って画面を見た。爆発の瞬間。黒煙。人々の叫び。


 そして??フレームの端に映った、その人影でコマを止めた。


 暗い。輪郭しか分からない。でも確かに人間だ。

男か女かも分からない。ただ、歩き方に何かある、と俺は思った。うまく言葉にできなかったが。


「警察に渡しますか」


 江戸川が言った。


「渡す」と俺は答えた。「渡すけど??コピーは手元に残す」


「それ、やばくないですか」


「探偵だろ、俺たち」


 江戸川は何も言わなかった。否定もしなかった。


 俺たちは、事件の入り口に立っていた。そのことは分かっていた。

どんな事件かは、まだ何も分かっていなかった。


---


 深夜、匿名のアカウントから映像の切り抜きが投稿された。


 誰がやったのかは、翌朝になっても分からなかった。

ただ、再生数は夜明け前に八十万を超えていた。


 俺のスマホには、非通知の着信履歴が一件残っていた。


 出なかった。


 出ればよかったのかもしれない。出なければよかったのかもしれない。

今でも分からない。


 ただ、その夜を境に、俺たちの「可児探偵ファイル」は、探偵ネタと地元スポットを紹介するチャンネルではなくなった。


*── 第一話 了 ──*



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