[トウエンの町-9] ギルド騒動 ハードな1日の終わりに
ギルドの受付カウンターにて。
「お疲れ様でした。無事に登録が終わりましたね!」
アリアに手渡されたギルドカードを確認する。
カードには[Eランク]の記載があった。最下位ランクはFなのだが、腕試しで勝つとEランクからスタートするらしい。
おかげでFランクからEランクに昇格する際の条件、[ドブ掃除]は免除されたのであった。地味にありがたい。
カードの裏面には、ランク以外にもギルドに登録した日付や、今後受けることができるクエストの種類などが細かく記載されていた。
さらに、カードの上部には自分の名前、[ルーシェ]と書かれ、下部には登録番号とギルドのエンブレムが刻まれている。
公式な証明となるこのカードを手にしたことで、ようやく本当に冒険者としての第一歩を踏み出した気がした。
「ルーシェもこれで正式な冒険者ね!」
アルネが嬉しそうに笑いかけてくる。
「アルネは何ランクなんだ?」
「私もEランクよ。同じレベル帯のクエストを受けれるから、さっそく掲示板を見てみましょ!」
ギルドの壁に大きく掲げられた掲示板には、びっしりと依頼の紙が貼られている。討伐依頼、護衛依頼、採取依頼など種類はさまざまだ。
「どんなのがあるんだ?」
興味深く二人で並んで依頼を眺める。
「うーん、スライム討伐、薬草採取……あっ、魔獣討伐もあるわね。近くの森で狼が増えて困ってるって。」
「いきなり戦闘系はちょっと……でも、近いうちに何か受けてみるのもいいかもな!」
そんな話をしていると、すぐ近くでひそひそと話す声が聞こえた。
「おい、あの黒髪のやつ、さっきバッカスさんと戦ってたやつじゃないか?」
「あいつ、結構動けるみたいだったよな……なあ、俺たちのパーティーに入らないか声かけてみようぜ」
一人の冒険者がこちらへ近づいてきた。
「なあ、お前。良かったらうちのパーティーに入らないか? 戦えるやつを探してたんだ。」
突然の誘いに困惑していると、別の冒険者が割り込んできた。
「待てよ、こいつはうちが先に目をつけたんだぞ!」
「何言ってんだ、先に声かけたのは俺だ。それにお前らのとこより、うちの方が条件がいいだろ!」
次々と他のパーティーも集まり、ルーシェ争奪戦のような状況になっていく。
「いや、俺は──」
「おい、こっちの話を聞けって!」
「うちは金払いがいいんだぜ!」
「それよりうちのパーティーの方が経験豊富だから──」
どんどんヒートアップする冒険者たち。
誰も俺の意見など聞いちゃいない。
俺とアーシャは目を合わせ、静かに後退した。
「……今のうちに逃げましょ。」
「ああ、そうしよう。」
二人はそっとその場を離れ、ギルドの出口へ向かう。背後ではまだ言い争いが続いていたが、気づかれる前にギルドを出ることに成功した。
外に出ると、アルネがため息をつく。
「ひどい目にあったわね……。」
「ほんと、さんざんだ……。」
すでに夕暮れ時。空は橙色に染まり、街の灯りがぽつぽつと灯り始めていた。
「そろそろ帰りましょ。馬車は移動させてあるから少し歩くわよ。」
二人で広場を抜けて少し離れた場所へ向かう。御者がこちらに気づいて手を振った。
こうして、俺とアルネはギルドでの騒動を後にし、無事に家への帰路についたのだった。
−−−−−
風呂から上がると、鏡の前で傷を確認した。
肩や腕にバッカスとの戦いで受けた傷がついていた。特に肩の部分がジンジンと疼き、思わず「イテテ…」と漏らす。
その時、ドアが軽くノックされ、アルネが薬箱を持って入ってきた。
「痛むみたいだけど、大丈夫?」
眉尻が下がった表情から、心配してくれてるのがわかる。
「大したことないよ。小さい傷があるだけだ。」
「いいから見せなさい。」
アルネはそう言いながら、薬箱をテーブルに置いて俺に近づき、テキパキと傷の手当てをしながら、バッカスとの戦いのことを話し出す。
「あのバッカスさんが領主様だなんて、本当に驚いたわね。それにあんなに強いとは思わなかったわ。」
傷に薬を乗せて塗り広げるとピリリと痛んだ。
「⋯ッ!うん、意外だった。でも、まああれで終わったからよかったよ。」
俺はそう言いながら、戦った相手が思いのほか強かったことを振り返る。
(バッカスさんのあの強さでDランクなら、自分がEランクなのは妥当だろう。戦闘スキルは身についているようだけど、どちらかといえば俺は弱い方に分類にされる。)
とびきり強いと期待した訳ではないが、自分の実力のなさが明確になり、少しだけ落胆した。
「よし、手当は終わり!」
アルネが傷の手当を終えたところで、俺の頭に乗っていた鳥が、肩へと飛び移る。
「この鳥、ほんとルーシェにベッタリね。」
アルネが呆れたように笑う。
「まったくな。」
アルネは鳥を抱こうと手を伸ばすが、鳥はそれを避けるように飛んで、再びルーシェの頭に戻った。
「たまにはこっちにもいらっしゃいよ。」
アルネは懐かない鳥をじっと見つめて疑問を口にする。
「この子、オスなのかしら、メスなのかしら?」
そう言って、なぜか股の間を覗こうとするが、鳥は少し興奮した様子で羽を広げ飛んだかと思うと、またルーシェの頭に戻る…を繰り返す。
「なにしてんだよ、アルネ。」
アルネがチョッカイをかけて鳥が暴れるせいで、俺の髪の毛はボサボサに乱れていた。
「だってオスかメスか気になるんだもん。」
アルネはムキになって鳥の股ぐらを覗こうと頑張っている。
そのせいで、鳥はちょっと不機嫌そうだ。
「でも、鳥って基本的に外性器がないから、見た目ではわからないと思うぞ。」
「え!そうなの?知らなかった!!」
やっとアルネが諦めたため、鳥の貞操の危機は免れた。
「ところで記憶はないのに、知識は普通にあるのね。」
「うーん、そうだな。生きていくための知識や雑学は問題なさそうだ。でも、自分にまつわることは綺麗にスッポリ抜けていて、何一つ覚えてないんだよな。」
ルーシェは少し困ったように答える。
「それって、なんだか不思議よね。自分のことは思い出せないのに、他のことは問題なく覚えてるんだから。」
アルネは首をかしげる。
「原因はなんだろね?以前のルーシェは究極のドジで、高いところからズリ落ちて後頭部を強打しちゃったとか?躓いてどこかの壁にオデコを激突させちゃったとか?」
そのドジっ子設定は不服だが、記憶がない今は違うとも言い切れず、肯定も否定もできなかった。
「そうだ!明日以降の予定は何かある?」
アルネが話題を変え、予定を聞いてきた。
「特に何もないけど、どうかしたか?」
「それなら、明日は町を案内するから、早くから出かけない?」
「いいな!俺も町を見てみたかったし、むしろこちらからお願いするよ。」
アルネはうなずき、明日の約束を取りつけた。
「じゃあ、明日は観光ツアーってことで、楽しみにしてて!」
「あぁ、わかった。」
アルネは元気よく言い残して、部屋を出て行った。
−−−−−
1人になり、急に静まり返る室内。
俺がベッドに潜ると、鳥がいつものように横に移動してきた。
鳥と向き合い見つめあう。
「お前は、俺のことを知ってるのか?」
鳥はじっと見つめるのみ。
もう一度問いかけると、ほんの少しだけ、鳥の瞳に何か感情の動きが見えたような気がしたが、すぐにそれは見失ってしまった。
「そういえば、おまえにもそろそろ名前をつけてやらないとな。」
そう言った言葉を解しているのか、鳥は嬉しそうに羽を伸ばしてみせた。
だが、疲れが限界だった俺は睡魔に襲われてしまい、鳥に頭を突かれながら眠りについた。