[街道-2] 護衛任務 : 野盗の襲撃
カルドアはいつも、俺のフードの中で丸くなって眠っているか、俺の肩に止まっている。そう、いつもなら−−−−−
でも今は、俺じゃなくてアルネの肩に乗っていた。
アルネはというと、自分の頬にカルドアの羽が触れるたびにニコニコと、口元がゆるみっぱなしだ。
「ふふ、可愛いー!カルドアちゃん、あなた案外見る目あるじゃない。どう?このまま私の子になっちゃう?」
冗談めかしてそう言って、カルドアの首元を優しくなでる。カルドアは目を細めて、満更でもなさそうな顔をしていた。
……いや、違う。満更でもなさそうに“見せてる”だけだ。昨日のご飯に怒ってスネてるだけだ。当てつけてるたけだ。そうだ、そうに違いない。
「なあ、カルドア。ごめんな。機嫌直してくれよ。」
俺は少し離れた位置から、懇願するように手を合わせて言う。
「まさか、ミミズを見て気絶するなんて思わなかったんだ。俺、てっきりお前の好物で喜んでくれると思って……。」
カルドアはくるりと首を回して、チラリと俺のほうを見た。視線が冷たい。
俺は、なおも食い下がった。
「今度こそ、お前の好みのやつにする。首都に着いたらさ、何でも好きなもの食べさせてやるから。な? だから、そろそろ許してくれよー!」
”なんでも”が効いたのか、カルドアは羽を広げると、ふわりと飛び立った。そして、ふた呼吸のあいだ空を舞ったあと、いつものように俺の頭に着地した。
「お、おお……戻ってきた……!!!」
安心と喜びが入り混じった声が、思わず口からこぼれた。
アルネが少し寂しそうに笑う。
「あー!私のカルドアちゃんが!やっぱりこの子にはあなたが一番なのね…。」
アルネは残念そうに呟く。
俺はホッとして、頭の上のカルドアにそっと触れながら、空を見上げた。
今日は行程二日目。すでに隊列は動き出していて、明日には首都シャンフへ到着予定だ。天気は悪くないが、雲が低く垂れ込めていて、空気はしっとりと重い。
ふと、思い出したように、隣を歩くアルネに声をかけた。
「なあ、これから向かう首都って、どんなところなんだ?」
「んーとね、首都名はシャンフ。この国って他の国と文化が隔絶してるから、他所から見ると珍しいものが多いらしいの。だから、買い付けに来る商人がたくさん出入りしてるわ。」
「へえ…賑やかそうだな。」
久しぶりにアルネ先生の授業が始まった。
「街の中心には護国の塔と教会があって、信者たちはそこに祈りを捧げに来るの。」
「護国の塔って何だ?防衛用の塔か?」
「ううん、魔物よけの結界装置よ。でもそれを動かせるのは“星君”だけなの。だから、今のティワンじゃ機能してないわ。」
「星君しか動かせない装置?そんなものがあるのか。」
「そうよ、護国の塔は全部で六つ。世界に六芒星みたいな配置で建ってるの。で、その塔を中心に各国が栄えているわけ。けどね、誰が建てたのかも、どうやって作ったのかも、ぜーんぶ不明なの。しかも何百年経っても劣化しないし、傷つきもしないって話よ。不思議でしょ?」
「へぇ……どんな仕組みなんだろうな。やっぱり、星君ってのは特別な存在なんだな。」
なにもわからない謎の塔、興味深い話だ。
もしかして本当に神が作った物なのかもしれない。
「ただ、仮に今ティワンに星君が現れて、護国の塔を起動させたとしても――」
「しても?」
「意味がないのよ。1国だけじゃ効果がないの。隣り合う二つの国でそれぞれ塔を起動させて、神の島を起点に結界が張られる仕組みだから。そしてその結界装置間だけが守られるようになるの。」
「つまり、他国と連携しないとダメってことか。」
「そう。つまり星君の存在する3国が並んでれば、真ん中の国は全域守られるけど、他の2国は半分の土地しか守られない。で、ティワンの両隣――新緑の国と赤の国も、今は星君が不在で摂政王が統治してる状態だから、当分は結界なんて期待できないわね。でもティワンは幸い今代の摂政王ユンリン様が優れた方だから、恵まれてる方よ。」
ふむふむ、アルネ先生の授業はわかりやすいな。
「じゃあ、星君は神が選ぶというけど、どうやって証明…。」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!
突如、地鳴りのような音が響き、俺とアルネは咄嗟に立ち止まった。
足元がわずかに揺れたような気がしたのは、気のせいじゃなかった。
「……なに?」
アルネが眉をひそめ、耳をすます。
その表情が、瞬く間に緊張に変わっていく。
周囲の護衛や騎士たちもざわめき始めた。
馬車の前方の列から、怒鳴り声が次々と響いてくる。
「何事だ!?」
「剣を取れーッ!野盗だーーー!!」
その叫び声が届いた瞬間!
ドオオオオオオオオォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、巨大な岩が崖上から転がり落ちてきた。岩は前方の馬車列のすぐ後ろに激突し、土煙を巻き上げて道を完全に塞ぐ。
「岩が……!」
岩塊を境に、隊列は二手に分断されてしまった。
しかも前列が敵に包囲される寸前だ。
「来るわッ!」
アルネの叫びと同時に、崖の上から武装した男たちが雪崩のように駆け下りてくる。野盗だ。
短剣や鉈を持った連中が、叫びながらこちらに殺到してくる。
「構えろーッ!!防衛陣形を保て!!」
巡礼騎士の一人が指揮を取り、周囲の冒険者たちに号令をかける。旅団の護衛たちが次々と武器を構え、前衛を固めていく。
俺も腰の剣を抜き放ち、アルネは背中の弓をすばやく構えた。
「ルーシェ、私が援護する。ルーシェは前に!」
「わかった、頼んだ!」
俺が前に出ると同時に、アルネが矢をつがえて引き絞る。
――ヒュンッ!
最前列の野盗の一人が矢に射抜かれて倒れた。その一瞬の隙を突き、俺は間合いに入る。
「はッ!」
剣を振りぬき.一人目を倒す。そのまま二人目が斧を振りかざして突っ込んでくる。
「後ろ!」
アルネの声に反応して身体を沈めた瞬間、矢が俺の頭上をかすめて敵の腕を貫いた。斧がそれて、俺はその腹に一撃を叩き込む。
「ナイスだ、アルネ!」
「まだまだ来るわよ!右、三人!」
アルネが次の矢をつがえながら指示を飛ばす。俺はすぐに右側に移動し、敵の斜線に入らないよう身を翻した。
「てやあああッ!!」
剣で二人目をいなすと、三人目の腹に膝蹴りを叩き込み、そのまま地面に叩きつけた。背後ではアルネが冷静に矢を放ち、的確に敵の動きを止めていく。
まるで訓練された部隊のような連携。息が合っていることに自分でも驚く。
「まだ数が多い……!」
アルネが矢筒を確認しながら言う。俺も額に汗を浮かべた。どうやらこれは、ただの野盗じゃない。動きに無駄が少なすぎる。
そのとき――
馬車を中心に、一筋の炎が空を裂いた。
「火矢だ!」
誰かの叫びが、次の瞬間には轟音に掻き消される。
また岩が落ちてきた。
その間、馬車に火が移り、炎があっという間に木枠を包み込んだ。
「馬車の中の方を助け出せ!急げ!」
騎士の一人が馬車の扉を開け、火の粉の舞う中から老婦人と少女を引き出した。
「こちらへ!立てますか、老婦人!」
「わ、わたくしは…大丈夫です。それより、この子を…。」
少女は怯えた目で周囲を見渡していたが、騎士が手を引くと必死に馬車を降りた。
「老婦人を守れ!」
「子供もいるぞ、急げ!」
教会関係者の老婦人と少女を囲むように、騎士たちが駆け寄る。
だが、崖上から追撃の矢の雨が降る。
「出てきたぞ!その女どもを殺せ!」
声が響く。
野盗の指揮官らしき奴が現れ、狙いを指示する。
「ババアじゃない!子供だ!子供の方を狙え!」
複数人の野盗が、一斉に少女に襲いかかる。
騎士たちは老婦人の防衛に集中していたため、少女の守りは手薄だ。
――間に合わない!
「……っ!」
その瞬間、飛び出した者がいた。
アルネだ。少女を庇うように体を投げ出し、鋭い剣戟が彼女の腕を深々と切り裂く。
「アルネ!!!」
思わず、俺は叫んでいた。
「……大丈夫、私は平気。それより……敵をお願い。」
アルネは少女を庇ったまま、顔を顰めて言った。血がじわじわと袖を濡らしていく。
怒りと共に剣を抜き、俺は戦列に戻った。騎士や他の冒険者と連携し、何とか敵の勢いを押し返していく。
そして鎮圧が見えてきた頃、戦況確認のため岩塊の上に登った護衛騎士が叫んだ。
「前列が追い込まれている!こちらの残党狩りは巡礼騎士に任せる!加勢できる者は前列へ向かえ!」
俺はすぐさま前列へと駆け出した。足元には倒れた騎士や冒険者たち。
その中で――見えた。カイザ・ロッシュが剣を振るいながらも、もはや地に座り込んでいた。
敵の剣が彼に振り下ろされようとした瞬間、俺は身を滑り込ませ、その刃を受け止めた。
「大丈夫か?カイザ!」
振り返ったカイザ・ロッシュは肩で荒い息をしながらも、悔しそうに歯を食いしばっていた。その目には、助けられたことへの苛立ちを感じる。
カイザ・ロッシュは血に汚れた顔をしかめ、しかし鋭く言い放った。
「余計な邪魔をするな!」
その声とともに、カイザ・ロッシュが強引に前に出てきた。俺の足元に土が飛び散り、バランスが崩れる。
刹那、敵が好機を逃さず踏み込んできた。
俺の肩が開き、剣を構え直す暇もない――
(しまった!!!……終わりか……?)
鋭い金属音とともに、敵の剣が俺の首筋を狙って迫ってくる。
その時だった。
カルドアが俺の肩から飛び上がり、空中で羽ばたく。
その小さな口元に赤い光が集まり――
火が放たれた。
「カルドア!?おまえ…!!」
燃え上がる炎が敵の陣を裂き、複数の敵が倒れ、あるいは動揺した。
その隙に俺は剣を振るい、残った敵を一気に討ち取った。
静けさが戻った。
辺りには倒れた者たち――敵も味方も入り混じっていた。
(そうだ!!!カルドアは!?)
俺は周囲を見回し、少し離れた木の根元に小さな赤い影を見つけた。
「カルドア!?おい、しっかりしろ!カルドア!」
駆け寄ると、カルドアは息を荒くして、ぐったりと地面に伏していた。
さっきの炎が負担だったのか、羽を震わせて苦しそうにしていた。




