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※イーリス視点
10万の軍勢を退け八星魔将を討ち取った魔王は目の前で少女達と戯れている。
普通であれば気が狂っているのではないかと少女達に問い詰めるような光景。しかし3人の少女の表情は明るい。洗脳されている気配もない。
いや、正しく表現するならばこれは―――信頼。
そういえば、彼のことを話すミレイナの表情は明るかった気がする。なんという女たらしか。なんという………不思議な魔王か。
「とりあえず、だ。戦後処理はイーリスに押し付けて俺は帰るぞ。約束通りたっぷりしごいてやる」
「えー。私疲れたんだけど」
「拒否権はない………が、終わったら風呂を用意してやる。疲れも全部吹っ飛ばせるぞ」
陣を構えていた私達は遠距離から魔法を撃っているだけだったが魔力の消耗はイコール体力の消耗といっていい。魔王ジークのお陰で横を抜けてくる魔物はかなり少なかったものの個体としては上位に当たるものでだいぶ消耗している。
「お風呂、ですか?」
「はい、イーリス様。ジークの工房にあるお風呂は浸かるだけで疲れが癒えるどころか美容にも効果があって凄いんですよ」
「それは………まぁ」
羨ましい!行きたい!なんていえるわけもなく反応するわけにも行かずあらあらという感じで反応を返す。先ほど魔王ジークが言っていたようにこの一件の処理は私が行う必要があるため行く事ができないのである。
「でも、大丈夫なの?イーリス様だけで説明できるとは思えないし、ジークがいたほうがいいと思うけど」
「いや、いらんだろ。王宮を血まみれにするわけにもいかんし」
………彼を連れて行ったら何が起こるというのでしょうか。とはいえ、王を取り巻く環境を正しく理解していなければ彼に無礼を働きその逆鱗に触れ、潰されかねないのは事実。
あまりにも、お粗末な現状を知られるのも困るのですが。
「何をするつもり?」
「何も分からない以上、穏便に済まないと考えたほうがいいのさ。
魔王ジークよ!貴様に黒騎士団への入隊を許可しよう!王のために存分に力を振るうがいい!なんて言われたら俺は王のために存分に力を振るうぞ。悪い意味で」
「え、あ、うん。そうね」
確かにそれはやりかねないらしく苦笑いのミラベルさん。そして私も第一王子と黒騎士団ならやりかねないことを知っているので苦笑い。
「ガーベラ、イーリスにアレを」
「はい。イーリス様、こちらをどうぞ」
魔王のメイドに差し出されたのは赤い宝石のついたネックレス。首をかしげると屈託のない笑みを向けられる。
「何かあったら呼べ。期間限定で駆けつけてやる」
そこはいつでも駆けつける、ではないのか。しかし何かあったら呼べというのは―――
「というわけで帰るから。信じてるぜ、イーリス」
魔王ジークが王国へ向けて歩きだすとその後ろにぴったりとメイドが付き、すぐ少女が後を追う。
その後ろ姿に恐怖は無く、困惑することもない。寧ろ、心に温かく染みこむような言葉。応援されるでもなく、期待するでもない、信じているなんて、なんという魔王だろうか。
………でも私のためではないだろう。しかし、これは誰かのためであるのは分かった。でなければここまで慕われることはない。ミラベルさんのことはよく知っているからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。
「さて、ミレイナ。私達も行きましょう。やることは山積みです」
そう言い出した自分の声が弾んでいるのが分かる。心強いと、背中を押してもらえたのだと、このネックレスがそう伝えてくれる気がして。
―――その信頼に応えましょう。イーリスの名にかけて。




