盗賊殺し 10
「先程王女は『アクバル大王の偉大な業績も失われる』と仰った。私もそう思う。それに『銀の輪』を失くしても、両国が争うのを止めるとも思えない。却って、破壊することでますますいざこざになる可能性もあります」
「では……、どうすれば?」
縋るように身を乗り出したアルマーサ王女に、奇花は薄く笑んだ。
「知らない、で通してしまわれてはいかがですか? 『銀の輪』を盗んだのは暗殺者らしき盗賊。その盗賊は、ナールダ大人の店に客で来ていたタサラ商隊の傭兵に運悪く殺された。彼らには気の毒だが、私が思うに、これが両国にとって最良の結論です」
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奇花の提案はアルマーサ王女によってルガ・ファムア神殿に伝えられた。
神官達は『銀の輪』を今度はルガ・ファムア神殿の宝物庫へ沈めた。
ルガ・ファムア神殿の宝物庫はアシェット=アフェと違い、扉に呪文が刻まれている。
開けるには、アルマーサ王女の呪力が必要だ。
一方、アシェッド=アフェから二度ほどニライアへ『天空への門』の鍵についての問い合わせがあったが、「壊した」という返答で通したという。
「ちょうど居合わせた呪具使いの傭兵の剣で叩き壊した、ということにしたらしいぜ」
ムガの離宮の騒動から五日。
イルシンダのシムーンが出来上がった、という知らせがナールダから入った。
商隊長のシャウドと共に、奇花と風路は新調したシムーンを改めて見た。
盗賊の一件で汚れてしまった以前のものより、何故か飾り玉が多くなっていた。
「一週間って言っていたのに、それより早く仕上げるとは。さすがレファルの職人達だ」
「前のものより飾り玉がより多くなってるな」
シャウドと風路が、それぞれ勝手な感想を述べる中、奇花は、以前のチャディールよりさらに軽く薄い布になっているのに気が付いた。
そのことをナールダに指摘すると、
「実は、こちらが王太子妃様用の、正式な布だったそうです」
「——は?」シャウドが、間の抜けた声を上げる。
「どういう——」奇花も驚き、言葉を途切れさせた。
「先のシムーンは、試し織の布だったようなのです。しかし、あれはあれで仕上がりが良かったため、織子頭は本織が出来上がるまで取っておくように、仕立て屋に命じたらしいのですが……。どうも仕立て屋が勘違いして、試しの方に刺繍を入れるように手配してしまったという……」
「じゃあ、どっちにしても俺ら待たされることになってた訳か」
はあ、と風路が肩を落とす。
「いえ、そういう訳では」と、ナールダが慌てて手を振った。
「間違いに気付いた織子頭と仕立て屋が、あの一件の前から刺繍のし直しをしていたらしく。それで、先のお約束よりも早くお渡しが出来ました……」
禿頭にびっしょり汗を掻きながら説明するナールダに、シャウドは、
「まあ……、どっちにしても間に合うんだからいいのだが」と苦笑した。
今度こそ『王太子妃のシムーン』の完成品を受け取り、タサラ商隊の一行はナールダの店を後にした。
今回もナールダの計らいでシムーンは二着ある。
こちらの落ち度なので、と、ナールダは一着分はただで進呈してくれた。
奇花達はニライアに来た時と逆の順路で、シシーリ湖を渡り、アクト国へと入った。
大型砂船は乗って来た時と同様、アクト国の船着場に停泊している。早速荷を運び入れる船員達に、シャウドは
「もう一つ頼まれている荷物がある」と言い、船から離れた。
「どこへ行くんだ? 船長」
ついて来てくれと言われた奇花と風路は、バイロンの街の、港に程近い織物店へと連れて来られた。
「ここでもう一組、シムーンを注文しているんだ」
ナールダの店に比べるとずっと小振りな店構えの織物屋だが、店内も小綺麗にされており、店主がしっかりしているのが分かる。
「絹の仕立てはレファルかニライアだとばかり思っていたが」
奇花が言うと、シャウドは苦笑した。
「まあ、普通はそうなんだが。この店は特別な衣装を手掛けているんだ」
話していると、奥から小柄な男が出て来た。
この小さな織物屋の店主に似合の小男は、愛想よく笑んでシャウドに仕上がった衣装を渡す。
「ご希望通り、無地のシムーンでございます」
頷いて、シャウドは衣装を包んでいる薄紙を丁寧に広げる。現れたのは、薄青のシムーンだった。
「この、色、」
言い掛けた奇花に、シャウドは「そうだ」と頷いた。
「空の青。ファサードでは『死者の色』だ。このシムーンを注文したのは、夫君を亡くした長の奥方だ」
空色のシムーンを包み直し、シャウドは織物屋に代金を支払う。
小店を出ると、外はもう夕暮れだった。
「アンダルートへ行ったあと、俺はこのシムーンを届けにカリハラ族領地へ行く。奇花と風路には、アンダルートで待機してもらってもいいんだが」
「いや。私はタサラの商隊の傭兵だ。商隊長が行くのなら、従わねば契約違反だ」
奇花の言葉に、シャウドは苦笑しつつ額を抑えた。
「それはそうなんだが。——このシムーンの件は、イルシンダのシムーンの仕事の直後に入ったんだ。だから、奇花と風路の傭兵の雇い賃は間に合わなかった」
「タサラに帰ってから貰ったっていいんだぜ?」
風路が、揶揄うように片目を瞑る。
奇花も頷いた。
「今更だろう。私らは、もうかなり長いことタサラの傭兵をしているのだが?」
「そうだな。悪かった。——じゃ、アンダルートの後はカリハラ族領へ行く。長の未亡人にシムーンを届けに」
おうよ、と声を上げた風路に、奇花も深く頷いた。
「盗賊殺し」の章は、これで一区切りです^ ^
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