表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異玄記  作者: 林来栖
第二章
17/18

盗賊殺し 9

 アシェッド=アフェの将軍マスウードは、無言のまま一礼し部屋を去った。

 どうなることかと思いました、と、声を殺して成り行きを見守っていたニライアの副神官長がその場にへたり込む。

 アルマーサ王女は苦笑し、謝りつつ支えた。


 ニライアの副神官長を手近な場所に座らせて、アルマーサ王女は奇花達にも座るよう促した。

 美しい敷物の上にいくつか置かれた円座に、奇花と風路、アシュールが腰を下ろす。


「大変お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません」


 アルマーサ王女は改めて謝罪を述べた。


「お聞き及びのごとく、我がタタ国のファムア神殿とアシェッド=アフェの神殿の間には見解の相違があります。それはこの——『天空への門』の鍵の処遇について、です」


 アルマーサ王女は、今はまた元の大きさに戻り手に収まっている『天空への門』の鍵、『銀の輪』を見下ろした。


「先程も申し上げました通り、この鍵は、現在使える者がほとんどおりません。タタ国の王族でも、呪力の無い者も多くおります。呪力を持つ者が減った遠因は、王族以外の者に呪を使える者がいなくなったことだと、私は考えております」


 それは奇花もよく分かっていた。

 奇花の故国、葛木国でも、王族以外で呪具を扱える者は数える程になっていた。

 呪具が武器なら尚更だ。

 奇花が深く頷いたのを見て、アルマーサ王女は続けた。


「王族は、呪力を有する者を自分達の血統のみが排出するよう、長い間をかけ仕向けて来ました。その結果、極端に大きな呪力を持つ者が出ると同時に、全く呪力を持たない者も増えてしまいました。血が近ければ尚更、その傾向は強くなります。

 私は父王と第二王妃の母の間に生まれました。母の母国はファサード国で、祖父はサード神の神官です。血が遠かった上に、幸いにして、母も微力ですが呪力があり、父王の呪力を十分に受け継ぐことが出来ました。

 ですが、アシェッド=アフェ国では、この300数年間、アクバル大王の呪力を誰一人受け継がなかったのです。初代の双子の王でさえ、呪力を有しておられなかった。それゆえ、アクバル大王は我がタタの祖ルンバム王に『銀の輪』を託されたのです。タタが『銀の輪』をアシェッド=アフェの神殿宝物庫に預けたままにしていたのは、いずれは呪力を有する者が彼の国にも現れるだろうと期待したからです。しかし」


 期待は裏切られた。

 

「アシェッド=アフェの神官達は、真の『天空への門』であるこの『銀の輪』を宝物庫に入れたまま、忘れたふりをしました。彼らが使用している偽物——全く呪力は必要ないただの鍵を日常的に使用することによって。ですが、支障がなければそれでも良かったのです。

 しかし、今期代替わりをしたアグ・アクールの大神官長は、自分達が使用できない本物があることを不快に思われた。マサ・ファムアの礼祭の後に、『銀の輪』を壊すように密かに下の者に命ぜられた。そのことを危惧したアシェッド=アフェの神官が、タタのルガ・ファムア神殿へ知らせて来たのです。

 ルガ・ファムア神殿で協議をした結果、大祭が終わる前に『天空への門』の鍵を持ち出そうということになりました。

 しかしアシェッド=アフェの国内神殿は王宮正殿の隣、後宮との間にあります。宝物庫は神殿の最奥です。他国の者が無闇に入れる場所ではありません。『天空への門』の鍵を持ち出すなど、無謀の極みです。ですが持ち出さねば鍵は永久に失われます。アクバル大王の偉大なる功績も。

 どうにかせねば、と思案していた私達にその無謀を引き受けると手を挙げてくれたのは、アリューシュ村の猟師達でした。自分達は指尺刀(シブリーヤ)を扱えるから、暗殺者(ガラ)に扮して盗賊となる、と……」


「無茶な作戦だな」風路が溜めていた息を吐きながら言った。


「ええ、その通りです。ですが、タタ国の人間と分かってしまうと尚更問題は拗れます。ベンガルの人には申し訳なかったのですが、時間と事情を考え、アリューシュの村人の提案を受け入れました。彼らは苦心して暗殺者(ガラ)の装束を手に入れ、真似て作りました。アシェッド=アフェの神殿の宝物庫へは、報せをくれた神官達が手引きを申し出てくれました。

『銀の輪』を守備よく宝物庫から持ち出せましたが、その後のことは、ご承知の通りです」


「では、王女や、他の神官から村人に盗むのを依頼してはいないのですね?」


 アシュールの問いに、アルマーサ王女は「はい」と頷いた。


「危険な仕事を、タタの民に押し付けることは出来ません……。ですが、もし、万一捕縛された場合には、ファムア神殿から依頼された、と言うようにとは、申しました」


 なるほどな、と、アシュールは息を吐いた。


「アシェッド=アフェの神殿も、タタ国の者の仕業と気付いているでしょう。でなければ、大将軍閣下が私に会いにいらっしゃることはありません。マスウード将軍は、私が主犯であると言質を取りたかったようですし」


「アルマーサ王女が『銀の輪』を使用したことによって、それは証明されてしまった……、かもしれません」


 アシュールが、恐々というふうに呟いた。


「そうとも言い切れまい」


 奇花はアシュールを、そしてアルマーサ王女を見た。


「アシェッド=アフェの将軍がここへ乗り込んで来たのは、多分『銀の輪』が見つかったという報せを聞いたからだろう。ニライアはアシェッド=アフェに報せを届け、アシェッド=アフェの神殿から「鍵は処分してくれ」という返答が来た、という。神殿の意向を聞いた将軍が、王女がこちらへ出向くと踏んでやって来た、というのがおおよその見解だな」


「どうしてそうなる?」


 アシュールの問いに、奇花は、


「まず、マスウード将軍は正規の装束ではなかった。鎧こそ纏っていたが、あれは私用だろう。他国の離宮へ正規の鎧で乗り込んで来たりしたら、それこそ戦になりかねない。

 ルガ・ファムア神殿へ内通した神官がいたように、アシェッド=アフェの軍部へ密かに神殿内部の情報を提供している者もいるのだろう。だから、将軍は単身で、私服の鎧を纏い乗り込んで来た。アルマーサ王女が仰る通り、王女もしくはルガ・ファムア神殿が今回の盗賊の件に関わっている、という王女の言質を取るつもりはあっただろう。

 だが、将軍の一番大きな目的は、『銀の輪』の破壊だった」


 え、と、アシュールも風路も驚く。


「『銀の輪』は呪具だ。だが、呪具だから壊れないという訳ではない、武器なら簡単ではないが『銀の輪』は鍵だ。そんなに丈夫に作られているとは、アシェッド=アフェの神殿関係者も思ってはいなかったのだろう。しかし、王女は『銀の輪』を変形させマスウード将軍の剣を受け止めてみせた。

 これで、アシェッド=アフェの神殿も呪具が容易に壊せないと分かっただろう」


「と、して。奇花。これからあちらさん、どう出るんだ?」


 風路の問いに奇花は、「さあて」と首を傾げた。


「正式に返せ、と言ってくればそれで丸く収まりそうだが。王女のお話ではそうはいかないだろうな。アシェッド=アフェへ返還した途端、『銀の輪』の破壊の仕方を教えろとか、言って来そうだな」


「将軍の巨大な半月刀(シャムシール)で斬れなかった呪具を破壊する方法があるのか?」


 アシュールが顔を顰めるのに、奇花は「ない訳じゃない」と答えた。


「ただし、呪具は基本、呪具でしか破壊できない。だからアシェッド=アフェ国内で破壊しようとするのは無理だ」


「……もしかして、奇花の剣だったら斬れる、のか?」


 恐いものでも見る顔付きで、風路が尋ねてきた。

 奇花は「多分」と頷いた。


「やったことはないので、絶対とは言えないが。私の剣は使い様によっては城をも破壊する、と言われている。ただ、『銀の輪』は守備に特化した呪具だから、簡単ではない、と思う」


「奇花殿は、もしアシェッド=アフェから正式に『銀の輪』の破壊を依頼されたら、承諾されるか?」


 アシュールが深刻な表情で訊いてきたのに、奇花は首を振った。


「前にも言ったが、私はタサラの商隊に雇われている傭兵だ。その仕事を後回しにして、国同士のいざこざになる依頼は受けたくない」


「ですが、もし、」アルマーサ王女が、逡巡するように口を開いた。


「もし……、私がお願い申し上げたら、『銀の輪』の破壊をお引き受け下さいますか?」


「え?」


「おっ、王女?」


 ニライア神殿の副神官長とアシュールが、同時に驚きの声を上げる。


「ほっ、本気で……?」


「『銀の輪』を壊されるおつもりですかっ!?」


 腰を浮かせた二人に、アルマーサ王女は、


「タタとアシェッド=アフェ、両国の和平を考えたなら、『銀の輪』は無い方がよいのかもしれません……」


「それは、承諾し兼ねますね」奇花は首を振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ