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異玄記  作者: 林来栖
第二章
16/18

盗賊殺し 8

「ご足労頂き、ありがとうございます」


 若い神官に中へ通された奇花達は、改めてニライアの副神官長と挨拶した。


「こちらは、タタ国の神殿副神官長殿です」


 紹介されたタタ国のファムア神殿副神官長は、奇花達に深々と腰を折った。

 何処の国の神殿でもそうだが、ファサールの各神殿でも、神官の外衣は白である。階級によって銀糸の縫い取りの紋様が多少異なるが、一見すると同じだ。

 サード神の神官は、襟にサード神の象徴色である青い線を入れている。

 ファムアの神官は女神の象徴色である緑色を、外衣の前立てに縁取りとして入れていた。

 

「あなたが呪具の使い手の花狩(かがり)姫でいらっしゃいますか?」


 外衣のフードをきっちりと被っているせいもある。

 年齢の判別が難しい、低くもなく高くもない柔らかい声音で、男女の別さえ分からない。

 しかしおっとりとした言葉の速さに反するきっぱりとした口調で、副神官長は尋ねた。

 問われた名に、奇花は内心ぎくり、とする。


「違う」動揺を押し隠し即座に否定した。


「私は奇花。タサラの商隊の傭兵だ」


 そうですか、と、タタ国の副神官長は大きく頷いた。


「実は、一週間ほど前に、我が国のルガ・ファムア神殿にイー・リーがやって来たのです。『ムガに亡国の姫がやって来る。姫はタタの助けとなるだろう』と告げて、怪鳥は飛び去りましたが……。その時、亡国とは東の葛木(かづらぎ)国であること、姫は葛木国の一の姫花狩様であることも、告げて行ったのです」


「だが、私は葛木の姫ではない」奇花は、硬い声で返した。


 副神官長は、束の間、逡巡するように言葉を止めた。が、すぐに「解りました」と返した。


「あなたがそうと仰るなら人間違いなのでしょう。——予言をよくするイー・リーとて、万が一にも違えるということはあるのでしょう。しかし、奇花殿、あなたが呪具の使い手であることは変わりませんでしょう?」


 奇花はいかにも、と頷く。

 奇花が扱う二振の長剣は、間違いなく呪を封じた代物であるし、そのことはタサラの商隊員や同じ傭兵仲間も周知の事実だ。

 隠している事柄——実際に奇花が葛木国の一の姫であるというのは、周囲には今は知られたくない。

 副神官長は、玄鵬(イー・リー)の言葉を、多分信用している。が、身分を明かしたくない奇花にも配慮してくれたのだろう。


「傍題はそれとして。賊がアシェッド=アフェの神殿の宝物庫から盗み出した『天空への門』の鍵である『銀の輪』は、本日はお持ち頂けましたでしょうか?」


「はい。こちらに」


 警備隊長のアシュールが、懐から小振りな皮袋を取り出す。

 受け取って、副神官長は丁寧に袋を開けた。


「……間違いございません。『天空への門』の正式な鍵です」


「正式な?」


 風路が聞き返したのに、副神官長は「いかにも」と頷いた。


「この『銀の輪』は、我が国の太祖ルンバム王の血筋以外、現在は扱えません。ルガ・ファムア神殿の神官は、平民出身者もおりますが、王家出身の者も幾人かおります。私もその一人です」


「と、いうことは、貴殿は呪具が扱えると?」


「はい」


 頷いた副神官長に、奇花はやはり、と内心で呟いた。

 と。

 突然扉の外が騒がしくなった。

 争う声が響き、奇花と風路は身に付いた習性で剣の柄を握る。

 アシュールも腰に下げた半月刀(シャムシール)を抜いた。


「お待ちくださいっ!!」衛兵が制止する声と同時に、扉が乱暴に開け放たれた。


「何者だっ?!」アシュールの誰何を無視して、闖入者はずかずかと奇花達へと近付いて来る。


「そこにおわすのは、タタ国の第二王女アルマーサ様でございましょう?」


 大柄な、いかにも武人であると分かる男は、姿に見合った胴間声で言った。

 副神官長は、男に向き直ると、すっ、とフードを払った。


「はい。私はタタ国の王女アルマーサ。ですが、今はルガ・ファムア神殿の副神官長でもあります」


 素直な黒髪を後ろでひとつに束ね、簡素な髪留めで留めている。

 年齢は奇花と同じ程か、ひとつふたつ上かもしれない。

 決して派手な顔立ちではないが、アルマーサ王女には威厳と気品があった。

 否定されると思っていたらしい武人は、素顔を晒し凛と名乗った王女に、束の間気圧されていた。


「あなたは、アシェット=アフェ国の将軍マスウードさまと、覚えておりますが」


「……いかにも」


 大男、アシェッド=アフェ国の将軍マスウードは、アルマーサ王女に身分を言い当てられたのが不服だったのか、いかつい面を真っ赤にした。


「アシェッド=アフェ国の将軍たる高い身分の方が、何故強盗のように我が国の宮殿へ押し入られたのか?」


 アシュールが半月刀を下げたままマスウードに問う。マスウードは、忌々しいとばかりにアシュールを睨め付けた。


「おぬしは、ムガの警備隊長だったな。下官が、わしに文句を付けるとは、ニライアも大したものだな」


「この宮殿はニライア国のもの。ムガにあるため、私が警備官の筆頭だ。あなたは正式な手続きで宮殿(ここ)へ参られたのか?」


 下官であろうが自国を守護する武官に変わりはない。

 一歩も引かない気構えのアシュールに、将軍マスウードは怒りも露わに怒鳴った。


「我がアシェッド=アフェは、ファムアの大神殿をお守りする重要な任を預かる国であるっ!! ファムアを守護神とする国々にとって、アシェッド=アフェこそが盟主国であると自認するっ!!」


「随分と無茶苦茶な話だな」


 風路が、鼻を鳴らした。


「西の小国群とは言っても、それぞれが王家を有し、東の大国ファサールとその同盟である各部族との間に承認証を交わしている。いかにアグ・アクールのファムア大神殿の守護国であっても、勝手に西の盟主国を名乗れる筈がなかろうが」


「ふん。傭兵ごときが国の話に口を出すなっ」


「押し込み強盗ごときが、国を代表しているふうな口を利くな」


「貴様っ!!」


 激昂したアシェッド=アフェの将軍が、一際大きな半月刀を抜いた。

 振りかぶり、風路を斬ろうとした刹那。

 シャンっ、と、美しい鈴のような音が鳴った。

 アルマーサ王女が『天空への門』でマスウードの半月刀を止めたのだ。

 掌に収まるほどの小さな『銀の輪』は、一回り以上に巨大化し、王女の手にしっかりと握られている。止めた刃と当たっている部分から、細かな光の粒がちらちらと散っていた。

 

「控えなさいませ大将軍。傭兵と言えど、小国郡には大切な賓客。あなたの一存で敵対してはなりません」


 女の細腕とは思えない膂力で己の剣を押し止められ、マスウードはむうっ、と唸る。

 相手は一国の王女である。

 これ以上無体をして傷付ければ、それこそ国際問題になる。

 無茶苦茶な振りで乗り込んできた大将軍でも、さすがにその辺りは分かっていたようだった。

 額にびっしょり汗をかきながら、マスウードは渋々という顔で剣を引いた。


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