盗賊殺し 8
「ご足労頂き、ありがとうございます」
若い神官に中へ通された奇花達は、改めてニライアの副神官長と挨拶した。
「こちらは、タタ国の神殿副神官長殿です」
紹介されたタタ国のファムア神殿副神官長は、奇花達に深々と腰を折った。
何処の国の神殿でもそうだが、ファサールの各神殿でも、神官の外衣は白である。階級によって銀糸の縫い取りの紋様が多少異なるが、一見すると同じだ。
サード神の神官は、襟にサード神の象徴色である青い線を入れている。
ファムアの神官は女神の象徴色である緑色を、外衣の前立てに縁取りとして入れていた。
「あなたが呪具の使い手の花狩姫でいらっしゃいますか?」
外衣のフードをきっちりと被っているせいもある。
年齢の判別が難しい、低くもなく高くもない柔らかい声音で、男女の別さえ分からない。
しかしおっとりとした言葉の速さに反するきっぱりとした口調で、副神官長は尋ねた。
問われた名に、奇花は内心ぎくり、とする。
「違う」動揺を押し隠し即座に否定した。
「私は奇花。タサラの商隊の傭兵だ」
そうですか、と、タタ国の副神官長は大きく頷いた。
「実は、一週間ほど前に、我が国のルガ・ファムア神殿にイー・リーがやって来たのです。『ムガに亡国の姫がやって来る。姫はタタの助けとなるだろう』と告げて、怪鳥は飛び去りましたが……。その時、亡国とは東の葛木国であること、姫は葛木国の一の姫花狩様であることも、告げて行ったのです」
「だが、私は葛木の姫ではない」奇花は、硬い声で返した。
副神官長は、束の間、逡巡するように言葉を止めた。が、すぐに「解りました」と返した。
「あなたがそうと仰るなら人間違いなのでしょう。——予言をよくするイー・リーとて、万が一にも違えるということはあるのでしょう。しかし、奇花殿、あなたが呪具の使い手であることは変わりませんでしょう?」
奇花はいかにも、と頷く。
奇花が扱う二振の長剣は、間違いなく呪を封じた代物であるし、そのことはタサラの商隊員や同じ傭兵仲間も周知の事実だ。
隠している事柄——実際に奇花が葛木国の一の姫であるというのは、周囲には今は知られたくない。
副神官長は、玄鵬の言葉を、多分信用している。が、身分を明かしたくない奇花にも配慮してくれたのだろう。
「傍題はそれとして。賊がアシェッド=アフェの神殿の宝物庫から盗み出した『天空への門』の鍵である『銀の輪』は、本日はお持ち頂けましたでしょうか?」
「はい。こちらに」
警備隊長のアシュールが、懐から小振りな皮袋を取り出す。
受け取って、副神官長は丁寧に袋を開けた。
「……間違いございません。『天空への門』の正式な鍵です」
「正式な?」
風路が聞き返したのに、副神官長は「いかにも」と頷いた。
「この『銀の輪』は、我が国の太祖ルンバム王の血筋以外、現在は扱えません。ルガ・ファムア神殿の神官は、平民出身者もおりますが、王家出身の者も幾人かおります。私もその一人です」
「と、いうことは、貴殿は呪具が扱えると?」
「はい」
頷いた副神官長に、奇花はやはり、と内心で呟いた。
と。
突然扉の外が騒がしくなった。
争う声が響き、奇花と風路は身に付いた習性で剣の柄を握る。
アシュールも腰に下げた半月刀を抜いた。
「お待ちくださいっ!!」衛兵が制止する声と同時に、扉が乱暴に開け放たれた。
「何者だっ?!」アシュールの誰何を無視して、闖入者はずかずかと奇花達へと近付いて来る。
「そこにおわすのは、タタ国の第二王女アルマーサ様でございましょう?」
大柄な、いかにも武人であると分かる男は、姿に見合った胴間声で言った。
副神官長は、男に向き直ると、すっ、とフードを払った。
「はい。私はタタ国の王女アルマーサ。ですが、今はルガ・ファムア神殿の副神官長でもあります」
素直な黒髪を後ろでひとつに束ね、簡素な髪留めで留めている。
年齢は奇花と同じ程か、ひとつふたつ上かもしれない。
決して派手な顔立ちではないが、アルマーサ王女には威厳と気品があった。
否定されると思っていたらしい武人は、素顔を晒し凛と名乗った王女に、束の間気圧されていた。
「あなたは、アシェット=アフェ国の将軍マスウードさまと、覚えておりますが」
「……いかにも」
大男、アシェッド=アフェ国の将軍マスウードは、アルマーサ王女に身分を言い当てられたのが不服だったのか、いかつい面を真っ赤にした。
「アシェッド=アフェ国の将軍たる高い身分の方が、何故強盗のように我が国の宮殿へ押し入られたのか?」
アシュールが半月刀を下げたままマスウードに問う。マスウードは、忌々しいとばかりにアシュールを睨め付けた。
「おぬしは、ムガの警備隊長だったな。下官が、わしに文句を付けるとは、ニライアも大したものだな」
「この宮殿はニライア国のもの。ムガにあるため、私が警備官の筆頭だ。あなたは正式な手続きで宮殿へ参られたのか?」
下官であろうが自国を守護する武官に変わりはない。
一歩も引かない気構えのアシュールに、将軍マスウードは怒りも露わに怒鳴った。
「我がアシェッド=アフェは、ファムアの大神殿をお守りする重要な任を預かる国であるっ!! ファムアを守護神とする国々にとって、アシェッド=アフェこそが盟主国であると自認するっ!!」
「随分と無茶苦茶な話だな」
風路が、鼻を鳴らした。
「西の小国群とは言っても、それぞれが王家を有し、東の大国ファサールとその同盟である各部族との間に承認証を交わしている。いかにアグ・アクールのファムア大神殿の守護国であっても、勝手に西の盟主国を名乗れる筈がなかろうが」
「ふん。傭兵ごときが国の話に口を出すなっ」
「押し込み強盗ごときが、国を代表しているふうな口を利くな」
「貴様っ!!」
激昂したアシェッド=アフェの将軍が、一際大きな半月刀を抜いた。
振りかぶり、風路を斬ろうとした刹那。
シャンっ、と、美しい鈴のような音が鳴った。
アルマーサ王女が『天空への門』でマスウードの半月刀を止めたのだ。
掌に収まるほどの小さな『銀の輪』は、一回り以上に巨大化し、王女の手にしっかりと握られている。止めた刃と当たっている部分から、細かな光の粒がちらちらと散っていた。
「控えなさいませ大将軍。傭兵と言えど、小国郡には大切な賓客。あなたの一存で敵対してはなりません」
女の細腕とは思えない膂力で己の剣を押し止められ、マスウードはむうっ、と唸る。
相手は一国の王女である。
これ以上無体をして傷付ければ、それこそ国際問題になる。
無茶苦茶な振りで乗り込んできた大将軍でも、さすがにその辺りは分かっていたようだった。
額にびっしょり汗をかきながら、マスウードは渋々という顔で剣を引いた。




